68. 示した居場所
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あの日……13人の子供たちが、岩山からウィル・インゲニオーススの手によって救われたあの日。
あれから、約2年の月日が流れた。
「リアー!」
「!」
修練場で呼ばれた少女が、水色の髪を靡かせて、振り返る。
この修練場に誰よりも通っているのは、あの時……ウィルに斬りかかった少女・リア。
彼女の強さはメキメキと頭角を現していた。
同じくして、あの日はただ痩せ細り動くのがやっとだったジジやアルト、シノブの同い年組もリアと共によく修行を積んでいた。
アルトはド真面目、シノブは親から受け継いだ才能で勝負をしても誰かに負けることも少なくなってきていたが。
「ジジ、寝るな」
「えー……だってめんどくせーんだもん」
アルトが、修練場の端でうたた寝をしようとしているジジに告げる。
リアもその様子を見ながら溜息を零していた。
アルトがどうしたもんか……と、こんなところでも真剣に悩み始めたのを見てリアが彼に助言するようにジジに告げた。
「アンタ、そんなんじゃ金儲け出来ないよ」
「は?金儲けとそこ、どー関係あるんだよ」
「アンタが莫大な金を積まれて“この人物を捕まえてほしい”って言われた時、弱いと雇ってもらえないし、金も積んでもらえないって言ってんの」
「リア、最もだね」
横で聞いていたシノブもジジに視線を向ける。
どこまでも現金な彼は即座に起きあがった。
「おーし!俺に相手をしてもらいたい奴!出てこーい!」
ブンブンと剣を振り回しながら叫ぶ彼。
アルトはそうゆう方法があったか、納得しつつジジの背を見つめていた。
「ねぇ、思うんだけどさ」
「ん?」
シノブが思い返したようにして零した言葉は、目の前に5人ほどの騎士を相手に臨もうとしているジジの姿。
「ジジ、大丈夫かな?」
「ギャアアアアアアアア!!!!」
「遅かったな」
68. 示した居場所
「あんま最初から無理しちゃダメでしょー?」
「無理じゃねえ!全然無理じゃねえ!」
声変わりする頃の、高いとも低いとも言えない悲鳴を聞きつけ、修練場に現れたのは巫女だった。
コテンパンにやられたジジの怪我を診るために、救急道具を手にして駆けて来てくれた彼女。
ジジはボロボロになりつつ、巫女のお説教に見事に言い返す。
「言っとくけど!俺弱くねーから!」
「はいはい。誰もそこ責めてないでしょぉ?」
「痛ってえな!もっと優しくしろよッ!」
ギュウギュウに締め付けられた包帯に、ジジが再度悲鳴をあげた。
隣で思わず笑ってしまっているシノブに、ジジが涙目で睨み上げたが悲鳴が止むことはなかった。
「修行をしないからそーなるんだ」
「アルトは逆に遊ぶこと知らねーじゃん!」
カタブツなアルトにブーブー文句を言いつつ、リアも剣を鞘に納めて、そのまま修練場を後にしようとしていた。
処置が終わったジジだったが、未だに叫びをあげている。
アルトとシノブと楽しそうに会話をしていたのでそっちは置いておいて、巫女はタタタッとリアに駆け寄る。
「リア」
「!」
スッ…と優しく差し出された指先が、リアの頬を撫でた。
疑問に思えば、同時に何かが頬の貼りつく感覚。
「リア、あんまり無茶はしちゃダメだよ?」
「巫女様…」
さっきの修練で、軽く切り傷をつけた頬に絆創膏。
巫女の笑顔には、自然とこちらも照れるような感覚。
だが、それを表に出すことなくリアは1度頷いて、出口へと足を向けた。
「おーっし!アルト!シノブ!手合わせしようぜ!」
巫女が振り返った時、既に同い年の3人は再び剣やクナイを振り回していた。
わんぱくだな…と思いつつ、やはりどこかで心配している自分がいる。
自分の息子も……今どうしているだろうか、と脳裏に過り消えることはなかった。
13人の、保護した彼らを案じ共に過していくことはとても楽しかった。
辛いことも、何もかも全て忘れられる気がしていた。
だが同時に、彼らを見つめていることで巫女も思い出すものもあった。
「…そろそろ戻らないと」
紺色のメイド服に白いエプロン調のワンピースを被る。
巫女と呼ばれた彼女は、その名称には似合わないが、アルベルティーナの世話係……メイドとして仕えるようになっていた。
そろそろアルベルティーナが戻ってくる時間だ。
午後の仕度をして、夕方にかけては掃除も残っている。
一見、とびっきりの笑顔を見せ誰もを癒すそのマスコット的な存在の彼女は、どこかのお嬢様とも見受けられた。
が、彼女が実際にレガーロにいた頃はメイドをしていたのだ。
誰かに仕えることは、何も抵抗がなかった。
長い廊下を行き、日差しが伸び始めたことに気付く。
時間が経つのは、とても早い。
この国に来て、自分が時代を飛び越えて約2年の月日が流れた。
窓から見える景色に最初は戸惑ったものの、彼女は既にこの景色にも見慣れたものだ。
今では城の端から端まで1人で案内することが出来る。
それくらい……ここに馴染めるくらいの時間が経ったのだ。
「……ジョーリィ」
自分を愛してくれていた男は、覚えていてくれているだろうか?
ケンカ別れのような形で“母の看病に行きます”と告げて、ノルドへ向かい……ルカ―――自分の息子も、きちんと生活できているか、心配だった。
心配や、不安はある。
だが、不思議と……―――
「やぁ」
「!」
茜色に変わり始めた空を見つめて、固まっていた巫女に声をかけ、視界に入り込むようにしたのは、
「ヴァロンさん……」
「何見てるの?」
空を同じ方向で見つめながら、ヴァロンが笑顔で尋ねる。
巫女が、紅色の瞳でそれを見つめていた。
「あ、そうだ。兄さんが探してたよ」
「ウィルさんが?」
「そう。アナタがいた時代に帰る方法の話で」
「!」
ビクリ、と肩が震えた。
え?とヴァロンが眉間にシワを寄せた。
何故、そこでそんな反応をするのか、と。
「そ、そうですかっ!今いきますね!」
「え、あ、ちょっと……」
ヴァロンを避けるようにして、タタタっと駆けていく巫女。
そう。
ここ最近の巫女の悩みは、“コレ”だった。
「レガーロ……、」
分かっている。
自分がいるべき場所はここではないことくらい。
それでも。
「…っ」
―――どうしても、帰りたいと思えなかった。
廊下を駆けて、誰もいない場所まで来て、息を整える。
「ははは……っ、私……どうしちゃったんだろ」
本来、帰りたいと思うべきところを全力で否定している自分がいる。
どうしても……どうしても……。
「ひとりは、いやだな……」
◇◆◇◆◇
コズエとコヨミは、この約2年の間で急成長を遂げていた。
やはり人とは違う速度で成長していく彼女たち。
自分たちの時空を操る力も、大分コントロールが効くようになってきた。
「これで巫女様を元の時代に戻すことが出来ますか!?ウィルさま!」
「そうだね、以前よりも安定しているから、もしかしたら叶うかもしれない」
「ほんとう!?」
「あぁ。コヨミもよく扱えるようになったね。長時間、そしてこれだけ安定した時空を生み出すことが出来るなんて」
双子の頭を撫でて、コズエとコヨミが照れながら笑みを浮かべる。
ヴァロンが壁にもたれかかって、それを見つめていたが……表情が晴れなかったのは彼の方だった。
「コズエ、コヨミ。アルベルティーナ様の所にお使いにいってくれるかな?」
「お使い?」
「あぁ。私がよく使う薬草が切れてしまった。彼女が持ってるはずだから」
「お使い行く!」
「分かりました」
「気をつけて行って来て」
双子が、ヴァロンのために席をはずす。
彼女たちはそうは思っていないだろうけれど。
飛び出していった2人を確認し、ウィルは溜息混じりに弟に意見した。
「もう少し、露骨に出すことを控えてくれ。ヴァロン」
「露骨にしてない」
「してるじゃないか」
「…」
「いくらお前が巫女様に惚れているからと言っても、これは仕方がないことだろう」
「……」
しばしの無言。
彼が考えこむようにしてから、何故かウィルに尋ねるようにして吐き出した。
「僕、やっぱり彼女に惚れてるのかな……」
「…………自覚してなかったのか」
「いや……なんかよくわからなくて」
25にもなる男が情けない……と自責するようなヴァロンに、ウィルは苦笑いを浮かべた。
「巫女様と一緒にいる時のお前は、口元が緩み過ぎだからよく分かる」
「な……ッ!?」
「こぶつきだと言われて突き放された後のお前も、それなりにヘコんでてオモシロイ」
「に、兄さん……」
なんてことだ……とこめかみを押さえて、彼は項垂れた。
ウィルは告げてみればいいのに。と思いつつ、自分も進展を望んでいない恋があるので、言えなかった。
「でも……さ」
「…」
「彼女、なんか最近……―――いや、前からそうなんだけどさ」
ヴァロンは、気付いていた。
彼女が決まって表情を暗くする時のことを。
「元の時代の話をすると、すごく嫌がるんだ……」
「え?」
「言葉で拒絶されたことはないんだけど、空気が拒んでて……」
「…」
「聞いていいのか分からないから、いつもやり過ごしちゃうんだけど」
初耳だ、とその事実にはウィルも驚いていた。
「家族とか、そーゆー話も嫌がるんだ」
「…」
実際、何年か前に彼女を引きとめ、“お茶をしよう”と誘ったことがある。
当日はぎこちなくて、なかなか会話も続かなかったけれど……――家族や元の時代を聞こうとすると、必ず話を逸らされたのは覚えていた。
「どうしてだろう……」
「……」
ウィルが顔を歪める。
そして、1つ。
思い至ったように、告げて見た。
「なぁ、ヴァロン」