67. 家族
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「いい式典でしたね。ランザスの王位承継の儀式」
「そうですね」
ランザスの王位承継の儀式に赴いていたアルベルティーナとウィルが、オリビオンに帰還した。
2人を待っていたというようにコズエは待ちかねて飛び付きに行く。
コヨミは特に何かを表に出すことなく、巫女とヴァロンと一緒に2人の元まで歩いて行った。
「おかえりなさい!ウィル様!姫様!」
「ただいま、コズエ」
「コズエ、ただいま」
コヨミも、と付け足したアルベルティーナが微笑む。
ようやく少しだけ笑顔を見せたコヨミが2人の元に抱きつきに行っていた。
「特に変わったことは?」
「何もなかったですよ」
兄の質問に穏やかな1日だったとヴァロン。
1つ変化があったとしたら、ヴァロンの気持ちだけだろう。
まるで子供をあやすような2人に、思わず紅色の瞳の少女が笑みを漏らして言う。
「フフっ、ウィルさんとアルベルティーナさん、まるで夫婦みたい」
「えっ!?」
顔を真っ赤にして過敏に反応してしまったのは、アルベルティーナの方だった。
ウィルはアルベルティーナを横目で見つめてから、優しく笑う。
ヴァロンが“お、良いこと言うじゃないですか”と思いながら隣の紅色の少女を見つめていた。
「そ、そんな……!わっ、私とウィルが夫婦なわけないでしょ…ッ」
「そうですよ。アルベルティーナ様に失礼です、私が夫だなんて」
「え」
「そうですか?私はお似合いだと思います!」
この時代にやってきたばかりのこの紅色の瞳の少女が、一国の王女とその国を支える錬金術師に“様”ではなく“さん”呼ばわりで。
意見までしてしまうなんて、通常は許されないことだった。
アルベルティーナが彼女のその扱いを許したのは、分け隔てなく、“一国の姫”としてではなく、1人の人間として彼女が接していると分かっていたから。
そしてウィルも周りの評価を耳にしても、態度を変えない彼女に何も咎めることはなかった。
どれだけ天才と持て囃されても、自分がそれを認める訳にはいかない。
そう、この時から、“巫女”と呼ばれた彼女はこの時代を生き抜いた、伝承で語られるべく人物の1人だった。
67. 家族
「貧困の民?」
「そーなんスよ!ダクトの森の奥から、山ほど出てきたらしいんスッ!」
「もともとはオリビオンの人間らしいですよ。ランザスの錬金術の実験によって追われた身だとか」
「酷い話っスよねー!ランザスも!王がなんだっけ?バレア・フォルドとかいう奴になって、変わればいいんスけどー…」
「…」
たまには息抜きをしたいとアルベルティーナが言うので、彼女の傍を離れてヴァロンは修練場で汗を流していた。
そこでふと騎士たちの話を聞きながら、ヴァロンは水を口に含み首をかしげた。
貧困の民。
ダクト……――あの湧水の庭園がある森を抜けて、ダクトの市街地へ。
そこから更に奥へ行った所に、この近辺で一番大きな山がある。
岩山とも言えるようなその外観から、鬼が住んでいると言われて誰も近付かない場所だ。
ダクトが繁栄する前は、その山を抜けないと次の街へ行けないと言われていたけれど、近年は整備された迂回路があるために山はめっきり人の気配がなくなった。
そんな山奥から、オリビオンの血を引いた“貧困の民”と呼ばれる者が発見されたらしい。
「なんか先代がランザスに騙されたみたいですね。で、発見されたのは殆どが子供のようです」
「子供か……」
「全員年端もいかないとかで、いま色々ダクトが調査をしてるらしいっス」
「じゃあ、ダクトが引きとるのか?」
「いやいや、それは無理じゃないッスか?」
「ダクトはここ最近、荒れてますからね。食糧すら上手く調達が出来ていないとかで」
ダクトにもオリビオンは支援をしていたが、それですら間に合わないくらいの事態なのか?とヴァロンは思う。
それを含めて、どうやら自分の目で確かめる必要があるらしい。
「そんなダクトに、大勢の子供たちが引きとられてもねー……行く先真っ暗ッス」
「だな」
騎士たちはダクトとその貧困の民から話を発展させて、色々と話題を生み出していたが、ヴァロンは剣を鞘に納めて立ち上がる。
「あれ?団長もう行くんスか?」
「あぁ」
「えっ、まだ2セットしかしてないですよ?」
色々と止められたが、ヴァロンはニィッと笑みを見せるだけで、手をフラフラと後ろ背で振りながら修練場を後にした。
どうも気になるのだ。
その貧困の民というのが。
「(元はと言えば、オリビオンの民……か。なら、僕たちが保護するべきだろう)」
とりあえず、姫様の所へ……と足を向けようとしたが、ゆっくりしたいと言われたのを思い出し、思いとどまる。
では兄の所へと方向転換をし、振り返った所で目の前に影。
「!」
驚き、目を点にすると笑顔の紅色があった。
「ヴァロンさん!」
はい!と手渡されたタオルを握りしめながら、ヴァロンは現れた少女に目をぱちくりさせた。
どっから出てきた?と。
「何度も呼んでも答えてくれないんで、無視されてるのかと思いました」
「え?そんな呼ばれてた…?」
「はい。何度も呼びましたよっ?」
気付かないくらい、貧困の民について考えていたのか……とヴァロンは頭を抱えた。
こーゆー1つの所に没頭してしまうのは兄に似たようだ。
溜息をついてから、貰ったタオルで汗を拭きとる。
「タオル、ありがとうございます」
「いいえ!たまたまさっきアルベルティーナさんに頼まれて」
「姫に?」
「うん。そろそろヴァロンさんの修練が一段落つく頃だからって」
まさか帰ってくるとは思っていなかっただろう。
だが何故この娘に来させるんだ。とぼやきながら、ふと何か後ろめたい……ギクリ、とした感情に侵される。
まさか、ヴァロン自身がこの紅色の少女を気になっていることを姫様は……。
いやいや、そんなまだ数日しか一緒にいない、他の時代から来たこの人物に惹かれているなど、毛ほどにも出していないではないか。
だから……!
と、延々と言い訳が続きそうだったのでヴァロンは自分を自制する。
「ところで、どうしたんですか?」
「え?」
「何か考えごとですか?」
首をかしげながら尋ねてくる彼女に、またドキリと心が跳ねた。
「あんまり思いつめちゃ、ダメですよ?」
「そ……そんなことない。僕は大丈夫だから」
「でも、人の話も聞こえないくらい考えにふけるって……」
「いや、あのそれは…―――」
そこまで言いかけて、ヴァロンは見逃さなかった。
一瞬。
本当に一瞬。
彼女の表情に“苦しい”が写ったのを。
「―――……、」
こっちこそ、何か言葉を……と思った時点で笑顔に切り返した少女。
「すみません、足止めしちゃって。どこか向かわれる予定だったんですよね?」
「あ……いや」
「じゃあ、私はこれで」
踵を簡単に返した少女。
だが、どうしても脳裏に写った1つの表情が……映えて、消えない。
「ちょっと、あの!」
「え?」
ガシッ!とヴァロンが少女の肩を掴み、もう片方の腕で手首を握りしめた。
完全に、何を言えばいいのか分からないまま、ヴァロンは彼女を引きとめてしまったのだ。
「ヴァロン……さん?」
「い、いや……あの……」
一体何をしているんだ、ヴァロン。と自身に言い聞かせる。
今まで自分はありとあらゆる女性を丁寧に扱い、困惑させることなど無かったじゃないか。
錬金術師ではない代わりに、オリビオンの色事師と呼ばれたってオカシくない状況だったじゃないか。と思いながらも、次の言葉がなかなか出てこない。
代わりに出てきたのは……
「こ、今度……お茶しないか…?」
「お茶……?」
「あ……あぁ……」
何故、こんなにも顔が赤くなるのか。
姫と兄がくっつけばいいのにと願い、もどかしさを感じていたが、これでは前者に並ぶレベルの自分。
おどおどしつつ、ヴァロンが彼女の言葉を待っていた。
帰って来たのは、少しの驚いた表情と。
太陽のような笑顔。
「はい、喜んで」
「…っ」
息が詰まる。
彼女といると、どうしてこんなにも、温かい想いが生まれるのだろうか。
「でも、ヴァロンさん」
「ん?」
「忘れないでくださいね?」
優しくて、笑顔が素敵で。
誰かの心にある、暗雲を取り除く力を持っている。
特別な能力じゃない。
これは彼女の“力”だった。
だからこそ、“巫女”と呼ばれるのにふさわしい。
ここから彼女はそう呼ばれ始めたのだ。
誰もが認める、その力故に。
そして……
「私、夫と子供いるので♪」
誰よりも、手強かった。
◇◆◇◆◇
「貧困の民……か。それは調べた方がよさそうだな」
「そうね……」
シャワーを浴びてから、ヴァロンは騎士たちに聞いた情報をウィルの元へと届けた。
偶然なのか必然なのか分からないが、その場にはアルベルティーナも一緒で。
結局メイドたちにコズエとコヨミを預け、こんな所にいたのか……むしろ二人の時間を邪魔したかもしれないと思い返す。
ただ、伝える手間は1回に省けたので2人の意見を聞きつつ、動くつもりでいたのはヴァロンだ。
「今回は、私が動こう」
「え?」
許可を得たということになるので支度をしようととしたのはヴァロンだったが、先に口を開いたのはウィルだった。
「兄さん……?」
「ランザスの錬金術の実験のせいで追われた民……。ランザスが一体そこで何をしていたのかが気になる」
「…」
「だが、それ以上にその子供たちが心配だ」
「なら、僕も行く」
兄について行くと間髪置かずに告げる弟。
ウィルはわかっていたようで優しく笑いながら頷く。
「では、コズエとコヨミはアルベルティーナ様にお願いしてもよろしいですか?」
「えぇ」
じゃあ、今から早速行ってみようと2人が仕度を始め、部屋を出ていく。
アルベルティーナが兄弟の背を見つめて、願いを零した。
「気をつけてね…」