66. 舞い降りた少女
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国王が永久の眠りについた。
オリビオンを背負う者が代わり、時代がそれに合わせて変化していく。
アルベルティーナが背負った“国”はみるみるうちに、更に発展を遂げた。
繁栄を更に齎し、近隣の島と友好関係を作り交易をし、そして更にまた大きくなってく。
錬金術師の街として有名になったオリビオン。
21歳という若さで彼女は国を守ることに全力で取り組んでいた。
そこに、18歳の時の脱走した姫の姿はない。
近くでそれを守り、見守っていたウィルだからこそ彼女の強さと成長が窺えた。
そんなオリビオンにまた1つ、変化が訪れる。
66. 舞い降りた少女
「コズエー?」
アルベルティーナは、いつの間にか色々な知識を“教えられる側”から“教える側”になっていた。
コズエとコヨミがウィルの手によって作られて、1年。
同時に国王が眠りについて、1年。
ホムンクルスが人間と唯一違うのは成長の速度だった。
見る見るうちに語源を覚え、“人”というものを観察し、同じ行動をし始めた彼女たち。
そんな成長に頭脳がついていけるようにと、アルベルティーナが時間を確保してはコズエとコヨミの面倒をよく見ていた。
交代しながらヴァロンとウィルもそこに加わっていた。
が、ウィルに関しては錬金術や、オリビオンに技術を求めてやって来た錬金術師たちの世話で多忙を極めている。
生みの親であるウィルに構ってもらえずに、コズエはよくグズっていたけれど、コヨミは文句を1つも言う事が無かった。
そんなある日、やはりウィルに構ってもらえないことにヤキモチを妬いたコズエが、城から逃亡する。
ヴァロンとアルベルティーナであちこちを捜したが、見当たらない。
困り果て、どこに消えてしまったのかと思っていた時に、コヨミが呟いた言葉があった。
「時空が……開かれた」
「え?」
「誰かが来る」
「……?」
コヨミが読んでいた本を静かに閉じて、アルベルティーナを見つめる。
碧い瞳が、変化を訴えていた。
「姫様、姉さんはきっと時空を飛び越えてどっかに行ったんだと思います」
「時空を飛び越えて……!?」
「はい。でも、戻ってきます。ここから少し行ったところに、時空が開かれた形跡を感じました」
コヨミが淡々と述べるので目をぱちくりさせてしまったが、アルベルティーナはコヨミの言葉を信じることにした。
「ヴァロン」
「はい」
「お願いしてもいいかしら?」
「分かりました。僕が行きます」
ヴァロンに、そのコヨミが示した“形跡”を捜すように命じる。
即座に頷き、会釈を返したヴァロンが消えるように部屋を出ていく。
アルベルティーナは、時空のことについて聞くために…ウィルの元へと向かうことを決めた。
「行きましょう?コヨミ」
「どちらへ?」
「ウィルの所よ」
「……はい」
アルベルティーナに手を引かれ、コヨミは歩き出した。
◇◆◇◆◇
ダクトの森の入口。
後にコズエが1人で離れて暮らす民家を建てる森の入口に、ヴァロンは来ていた。
この頃のダクトは不気味なくらい静かで、誰も寄りつかない森だった。
それは7年後の世界……オリビオンが没落し、守護団がシャロスに仕えた時代でも大きく変わらない。
だが、オリビオンの華やかさがあったので、更に強く印象付いてしまっていた。
そんな森の中に誰が手入れをしているのか分からない庭園があった。
ヴァロンはここに来ることがある。
頻度としては多くないけれど、オリビオンでは土の養分か何かが原因で咲かない花が庭園では見られたから。
湧水の庭園でもあり、とても美しいそこは天使の梯子がよく見える場所。
光の下、本当に天使が降りてきてもいいような空間。まぁ、そんな非現実的なことがあってたまるものか……と思っていた。
―――この日までは。
「……っ」
息を飲んだ。
庭園の入口から、ただ確認しようと中を見つめた時。
光が降り注ぐ湧水の前で1人の少女が倒れていたから。
「え…」
信じられなかった。
ま、まさか本当に天使……?と思いながら、ゆっくりと花の中に埋もれている少女に近付く。
「人間…ですね……」
コズエやコヨミのような、またちょっと違った“人”もいるけれど彼女の外見は見る限り人間であった。
死んだように眠る少女にだんだんと不安を覚え、肩を掴み、起こしてみる。
「しっかりしてください」
「…」
「大丈夫ですか……? 何があったんだい……?」
呼びかけに、声で反応することはまだなかった。
だが、瞼がギュッと動いたのは見逃さない。
―――生きている。
安堵を感じるとほぼ同時に、腕の中に収まっていた少女が目を覚ます。
「ん……」
「あ……気がつきました?」
「……」
「どこか痛みませんか?大丈夫ですか?」
ゆっくりと押し上げられる瞼。
中から現れた瞳。
ヴァロンは、再び息を呑んだ。
「…―――」
この国で、見たことのない色。
とても綺麗な、赤とピンクの中間色。
この世の色の中でも最上級に美しいと思える輝きがあった。
彼女と同じ色をした瞳の女性が、この世にいるはずないと確信した。
とても綺麗な、紅色。
「ここ……どこ……」
誰もが羨む、美しい声。
栗色の、くるくるとした癖っ毛のとても長い髪。
彼女もまた、どこかの一国の王女のような……。
「アナタ…は……?」
「あ……」
まだ少しだるそうに、ぐったりしながらヴァロンの瞳を見上げる少女。
年はアルベルティーナと同じくらいだろうか。
ヴァロンより、少しだけ年下に見えた。
そうすると20代なので少女と形容するのはオカシイ。
美しい女性。
天使がオリビオンに与えた美しい女性。
「僕は、ヴァロン。ヴァロン・インゲニオースス」
「ヴァロン……さん」
「ここはオリビオン。錬金術の街です」
「オリビオン……?ノルドじゃないの?」
「ノルド?」
聞いたことのない地名だな、と思いつつヴァロンの腕から起きあがった紅色の瞳の女性。
支えていてはやったが、既に助けは必要なかったようだ。
どこも怪我はしていないようで、こめかみを押さえて僅かな頭痛を訴えるだけ。
「大丈夫です。ありがとう」
「そう……。怪我がなくてよかった」
笑顔を浮かべた紅色の瞳の女性。
笑えば、やはり女性ではあるが少女と形容したくなる空気。
誰からも好かれる、優しさが滲み出ていた。
「一体、どうしてこんな所で……?」
倒れていた理由を聞きたかったのだが、彼女はそれをよく覚えていないらしい。
首をかしげつつ、辺りを見渡すように庭園の花畑と湧水を見つめていた。
「私……ノルドで、母の看病をするためにレガーロを出て……」
「レガーロ?」
「えぇ…。ジョーリィとルカ……。夫と、息子がいるんですけど…」
「(こぶつき……)」
ヴァロンがどこかショックを受けていたのは、また別の話。
だが、彼女は明らかに知らない地名を口にしている。
ヴァロンはこの辺の地理も状勢も基本は頭に入れていた。
そうでないと、自分の主であるアルベルティーナ、そして誇りである兄を支えられないから。
遠い異国の錬金術が栄えた町。
そこまでの島の名前を全て。
ここから東も西も、南も北も。
行ける範囲内も、それ以外も記憶していたが“ノルド”、そして“レガーロ”という地名は全く知らないものだった。
考えを巡らせていると、同時に背後で足音。
「!」
振り返れば、そこにいたのは泣きじゃくっているコズエの姿―――。
「コズエ……」
「…っ、ヴァロン…しゃま…っひ……ぃぃ…」
幼い少女が泣いている姿にヴァロンは戸惑ったが、もっと戸惑ったのは背後にいる紅色の瞳の少女であろう。
知らない土地に来て、知らない男と知らない幼子が泣いている場面。
戸惑わない方がおかしい。
「ぴぎゃぁぁぁぁああああああ!!!」
「え……!?ちょ、コズエ…!どうしたんだ……っ?」
「ぴぃぃぃぃぎゃぁぁぁあああああ!!!」
駆け寄ってあやそうとしたが、全く意味のないヴァロンの行為。
身近に女性はたくさん居た。
優しい空気は纏っているものの明るい、ニッとした印象を与える笑顔は、凛とした孤高の空気を出すウィルより近付きやすいものが見えた。
だが、幼い子供が近くに居た覚えはない。
年下はアルベルティーナを始め確かにいたけれど。
あたふたと迷う、美青年の困惑に動いたのは紛れもなく…―――
「どうしたの?」
「ぴぃぃぃいいぎゃあああああああ!!!!」
「ほら、そんな顔しないで。綺麗な瞳が台無しよ?」
無邪気な笑顔を見せて持っていた白いハンカチを取り出し、コズエの汚い涙顔を優しく拭きとったのは紅色の瞳の少女だった。