65. 錬金術師とお姫様
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「姫様」
自室にノック音と、聞きなれた声。
メイド達が部屋の外から室内に入ってきて、1日の始まりを告げる。
今日も海に囲まれたこの国、オリビオンはとても美しい。
瞼を押し上げて、オレンジ色の瞳を表せばメイド達の奥に1人の男の姿があることに気付く。
「おはようございます。アルベルティーナ様」
「おはよう。………、…っ!」
寝起きの顔で、寝起きの髪型で起きあがった時、目の前にいた男に赤面する。
「ウィ、ウィル…!」
「おはようございます」
「ど、どうしてここに……ッ」
「今日はヴァロンが修練場で騎士たちと朝の修行があるとのことで、代わりに私が紅茶を淹れに来ました」
「アナタは錬金術師でしょ…!?こ、紅茶ならメイド達が淹れるから……」
まさか国一の術師がいくら弟の代わりとは言え、わざわざ従者のように紅茶を淹れるのは想定していなかった。
眠りにつく前にそれを想定しておくこと自体が難しいだろう。
「私にやらせてもらえますか?」
「ウィル!」
アルベルティーナの言葉を聞かずメイドに声をかけて、ティーカップの前を譲ってしまった彼女たち。
代わりに慣れた手つきとも言えないが、器用な指先でウィルは紅茶を淹れ始めた。
「もぅ……なんでよ」
「弟のフォローは、兄がするものですから」
「…」
「それに姫様の寝起きのお顔を拝見出来るのは特権だ」
「な…っ」
国王の娘として生きてきた。
誰からも大事にされ、城から出ることは滅多になかったこの時。
外からやってきた、凛としていて優しい男。
自分が一声鳴けば、誰もが必ず言う事を聞くこの世界で。
唯一、自分に逆らう者……ウィル・インゲニオースス。
知識も経験も、全てが豊富なんだろう。
「(私が知らない世界を知ってるんだろうな……)」
城に縛られ、外出もままならないアルベルティーナからしてみれば、ウィルという男は未知で。
「どうぞ。今日はオレンジからとれたハチミツを添えたものです」
「…」
「姫のお口に合いますように」
「…っ」
どうしようもなく、惹かれてしまった。
65. 錬金術師とお姫様
「姫様」
「ヴァロン……」
朝からウィルに紅茶を淹れてもらい、朝食をとり。
ここから何時間にも及んで、立て続けにある一国の王女としての躾たる稽古に向かう途中。
廊下の端から、汗まみれで軽装の従者に声をかけられた。
振り返り、答えると彼は小走りにこちらに向かってくる。
従えていたメイドや付き人からコソコソと、顔を赤くして騒いでいるのはこの際ほっといた。
「今朝はすみませんでした。修練場での修業、今終わったとこです」
「えぇ。ウィルから聞いたわ」
「兄さんが紅茶を淹れに行ったとか言ってましたけど、大丈夫でした?」
「え?」
ヴァロンの口から出てきた言葉1つ1つが、何故かアルベルティーナを案じているものだったので、首をかしげる。
確かにヴァロンが淹れた紅茶に比べると、少しだけ――蒸らす時間が長すぎたので――濃かったが、それ以外は何も問題なかったはずだ。
そう伝えると、ヴァロンはどこか胸をなでおろして笑んだ。
「よかったです。兄さん、やったことない分野でも何も知らずに挑戦しちゃうんで……」
「……。」
「下手なことして姫様に取り返しのつかないことがあったら、って、内心ヒヤヒヤでしたよ」
なんてことをしてくれたんだ、あの男は。
キラキラした爽やかな笑顔で全てを丸めこめるとでも思ったのだろうか。
知らないなら知らないで誰かに聞いてくれと色々浮かぶものがあったが、そこまでしてくれた彼の優しさが……ちょっぴり嬉しかった。
「その精神が、錬金術に宿ってるんですね」
「え?」
アルベルティーナが発した言葉に、ヴァロンは腕で汗を拭いながら目をぱちくりさせた。
「自らが限界に臨み、そして知らない世界にもチャレンジすること……」
「……」
「私には、ないものです」
それだけ言い残し、手持ちのハンカチをヴァロンに手渡してアルベルティーナは先を急いだ。
ヴァロンは受け取ったハンカチと、アルベルティーナの背中を見つめながら兄を想うのだった。
◇◆◇◆◇
稽古や勉学の最中も、アルベルティーナは集中することが出来ずにいた。
メイド達が騒ぐ方向には、必ずウィルがいて。
最近は黄色い声の対象にヴァロンも加わり始めていて。
近くにいるのに、どこか遠くて。
自分がいる場所と、ウィルやヴァロンが立っている場所は、どこか線引きされ“お前は違う”と言われているようだった。
ましてやそこに“王女”という立場もあって、アルベルティーナは一生……ウィルと同じ世界には立てないと悟った。
自分がここから自由にはばたくことが出来ないのは、一体誰のせいか。
何故こんなにも毎日毎日、お花だの過去の歴史だのに捕らわれ、広い部屋と広い城から出ることをなかなか許されないのだろうか。
「……望んだものじゃないのに」
“お姫様”に生まれたいとは思ったこともなかった。
自分がその地位を持って生まれたからこそ、そう思うのだとしても。
自分は、彼と同じ場所に立ちたいと願っていた。
「どうして……」
同時に戸惑う。
この感情は、何なのだろう。と。
何故、こんなにも全てを投げてでも傍にいたいと願うのか……―――。
知れば知るほど、心を占められ。
知れば知るほど、“違う”と思い知らされる。
いつの間にか、今までの自分が壊されて、そして限界が近付いていた。
◇◆◇◆◇
「もうイヤッ!!」
「姫様……!」
ウィルと出会い、ヴァロンが従者になって約1年と半年。
アルベルティーナが18歳という人として一番難しい時期に突入していたその頃。
ついに一国の王女様は身を取り巻く環境に耐えることが出来ずに、城を脱走しようと足を弾かせた。
昼間のお花の稽古。
集中出来ず、色々考えていて講師に注意をされた。
そこで不満が爆発し、そのまま城を飛び出そうと長い長い廊下を走る。
姫がお花のお稽古から脱走し、城から抜けだそうとしていることは即座に召使いやメイドに伝わった。
もちろん、心を近くにおいていた従者にも。
「ヴァロンさまぁぁぁ!!!」
「ん?」
従者らしくないその従者は、自室で剣を磨いているところだった。
廊下からも響いてくる声に、“なんだなんだ”と顔を覗かせる。
やってきた年配の男性に、ヴァロンは少し顔をしかめて次の言葉を待っていた。
「ヴァロンさまぁぁぁ!!!姫様が脱走されましたぁぁぁぁ!!!」
「姫様が脱走……。……。…脱走!?」
さすがの彼も、その言葉に持っていた剣の手入れをする道具を落としそうになる。
なんで!?と思いながらも、ヴァロンはそのまま走りだした。
自分が従う主を捜して。
同じ頃、中庭にある城壁の傍に隠れていたアルベルティーナは、半泣き状態でドレスを汚しながら蹲っていた。
しばらくして、近くの騒ぎ声が聞こえなくなる頃。
アルベルティーナは城壁にある小さな穴から体を突っ込み、城の外へと抜けだそうと企てる。
ここは以前メイド達が見つけた場所であり、早く修復しなければ!と言っていた城壁の脆い部分だ。
一回もぐってみたものの、どうしてもスペースが足りずに一度体勢を立て直す。
苛立ちを見せた彼女は、今までやったことも、もちろん他人に見せたこともない―――全力の蹴りを披露した。
「もうッ!!」
レンガ作りの壊れかけた城壁を蹴って、スペースを大きくする。
ボロボロと壊れていくそれを構うことなく、外へと抜けだして姫はドレスの汚れを払った。
ペールピンクのドレスが真っ黒になりながらも、外への脱走を見事にこなしたアルベルティーナ。
よし!とガッツポーズをとった所で、顔をあげたら…―――。
「ごきげんよう。アルベルティーナ様」
「ッ!!!!」
「お付きの従者も連れず、本日はどちらへお出かけですか?」
「ウィ……ウィル……っ」
目の前で優しい笑みを浮かべていたのはどう考えても、どう見てもかのウィル・インゲニオースス。
血の気が引く感覚と、止まらない驚愕。
半分口を開けたまま、城壁に背を預けてしまった。
「ぷ…っ」
「え?」
耐えられなかったようで、ウィルがアルベルティーナの顔を見て口元を押さえて笑った。
「アルベルティーナ様……そのお顔……っ」
「な、なによ!」
「貴女でもそんなお顔、出来るんですね」
凛とした笑みではなく、今までに見たことのないくらい無邪気な笑顔を浮かべるウィル。
その様はやはり兄弟だと実感させるくらい、ヴァロンと似ていた。
「あ、アナタだって……。そんな笑い方出来るんじゃない……」
「えぇ、私も初めて知りました。自分がこんな笑い方が出来るなんて」
「…っ」
「姫様のおかげですね」
心に、何かが浸透する感覚。
温かくて、そして優しい―――初めて知る、感覚。