64. その男、天才錬金術師
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「いつまでも……待っているわ」
それは、今から5年前。
一国の心優しい姫君が、自らを眠りにつかせてしてしまった日。
「この体が朽ちようとも、永遠の眠りについて」
世界崩壊への道は、この時歩みだされていたのだろう。
「目が覚めた時に、アナタが隣にいることを願って」
たった1人の、王族とされた少女。
そして……―――。
「アルベル…ティーナ…」
彼女が愛した、この国が誇る天才錬金術師。
「……愛してる」
届かない想いを抱き、かつての友を封印した男。
「貴女を愛している」
名を、ウィル・インゲニオーススという。
64. その男、天才錬金術師
ユエ達がこの世界に飛ばされた時代から遡ること、約10年前。
平和そのものだったオリビオン。
まさにこの小さな島国は錬金術師の島として栄え、誰からも喜ばれるものだった。
人は優しく、温かい。
誰もが幸せに暮らしていた。
「王様ァァァァァァ!!!!」
賑やかとも言えるくらいの、この場所で。
「王様ァァァァァァァアアアアア!!!」
「どうしたんじゃ。そんな大声出さなくても聞こえておるぞ」
オリビオンの中心に聳える大きな城の廊下を、1人の男が堂々と行く。
彼を追いかけるように角から走って来たのは、どうやら一般兵よりも格が上であることを認められた騎士のようだ。
呼びかけに呆れていた王様だったが、次に出された言葉に表情を驚愕させた。
「アルベルティーナ様が怪我されましたァァァァァ!!!」
「ぬぅぉぉぉおお!!!どこぞのバカじゃァァァァワシの可愛い1人娘を傷つけおったのはァァァァ!!!!」
「大ホール一面に張り巡らされた大理石でございますぅぅぅぅぅ!!!」
「今すぐ安全な素材に変えろぉぉぉ!!!アルベルティーナがこけても怪我をしないような絨毯にするのじゃァァァァ!!!」
なんともまぁバカげた会話なのだと、誰もが思っただろう。
お付きの兵士は誰もが苦笑いを浮かべていたが、王のその人柄から全てが笑い話へと変わる。
誰もが笑顔を浮かべて、生きていた。
その宮殿には1つも悲劇なんてなかったんだ。
この頃は。
急いで娘の元まで行こうと廊下を大きな体で小走りに行く王様。
角をいくつか曲がった先にあった扉を開け放ち、メイドである女性を押しのけて、イスに腰かける1人の少女の元へ。
綺麗なオレンジの瞳をした彼女は、淑やかな空気をまとい、いかにも大人しそうな顔をしている。
そして目の前に息を荒げて現れた父親に目をぱちくりさせた。
「お父様……」
「アルベルティーナ!怪我は……その白く美しい肌に傷はついていないか!?」
「大丈夫でございます」
掴みかかる勢いでオレンジの瞳の少女の肩をブンブン振って、王はギャーギャーと騒ぎ続けた。
呆れた顔して、だが抗うことなくそんな父を受け入れた姫。瞳を糸目な表情にしながら彼の勢いが治まるのを待っていた。
やがて王が落ち着いたところで、部屋の入口に今まで感じたことのない1つの空気の気配を察知した。
「アルベルティーナ、頼むから無茶はしない程度にしてくれ!お前に何かあったらパパは……っ!」
「何もございません。ただコケて膝をすりむいただけでございます」
「そうだとしてもだなぁ!」
初めて感じる気配を察知し、オレンジの瞳をそちらに向けた少女……アルベルティーナ。
部屋の入口に、1人の青年が立っている。
「……―――っ」
凛とした佇まい。
誰もを引きつけるような空気と、薄く浮かんだ笑み。
優しくて、人々に好かれそうなその存在に、アルベルティーナは思わず目を奪われた。
「おぉ!来たか、ウィル」
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。国王」
「なに、構うことない!」
ようやく愛娘から手を離し、“ウィル”と呼ばれた男の方へと歩き出す王様。
アルベルティーナは、イスに腰かけたまま、彼のその存在を見つめるだけだった。
「わざわざ来てもらって悪かったな、ウィル。時間がかかったろう?」
「大したことはありません。国王の命とあれば、私はいくらでも動きます」
黄緑色の瞳が笑んだ。
絵に書いたような美青年。
周りにいたメイド達も、突如現れた男に顔を赤くしていく。
この城は、オリビオンの聖域でもある。
ましてやここは王女・アルベルティーナの部屋であるにも関わらず、簡単に足を踏み入れてしまうことを許される男の存在。
一体、彼は何者なんだ…?と思っていたところで、王がアルベルティーナに向きなおし、口を開いた。
「アルベルティーナ。紹介しよう」
「はい」
「彼は、ウィル・インゲニオースス。錬金術師だ」
「(錬金術師……一介の術師が、国王にここまで手厚く紹介を?)」
「ウィル。私の娘のアルベルティーナだ」
王が近くに。というようにウィルを呼ぶ。
イスに腰かけたままのアルベルティーナの前に案内された彼が出てきた。
刹那、アルベルティーナの胸が一瞬にして高鳴った。
「お目にかかれて光栄です。王女様」
「…っ」
「ウィル・インゲニオーススと申します。しがない錬金術師です」
跪かれ、手をとり、しなやかな動きで指先にキスを落とした男。
王女である彼女は、挨拶程度でこのくらいのことは何度もされてきているが、この男は……―――ウィルだけは、まず放っている空気が違った。
ここでは照れなどではなく、驚きと興味。
見えないそれに惹かれる心。
確かな何かを感じていた。
「王女様」
「は、はい」
跪いた彼が、アルベルティーナの足に目を向けて、動きを止めた。
呼びかけられたので答えれば、足の傷を見ていることに気付く。スッ…とさりげなくドレスの裾で隠したが、彼は気付いたようだ。
「このような怪我も、術で治せればいいのですがね」
「え…?」
「生憎、錬金術は万能ではありません……。誰かが傷つき、痛み、哀しむことを止めたり、元に戻すことが出来ない」
アルベルティーナは言葉の意味、1つ1つに耳を傾け続けた。
「もっと努力が必要ですね」
「…」
「本日はこれくらいでご勘弁を」
「っ!」
優しくて、温かい彼の手が、アルベルティーナの裾を掴み、傷を負った肌に触れる。
何をするのかと思えば、どこから出てきたのかが分からなかったが、ペタリとガーゼが傷に貼られた。
「早くよくなることを、お祈りいたします」
それだけ。
それだけ残して、ウィルはアルベルティーナから離れた。
「…っ」
とても、不思議な男だった。
アルベルティーナはこの時僅か17歳。
誰もが認める程の美女であり、病弱でもある父のあとを継ぐべく研鑽を積み重ねていた。
そんなアルベルティーナに気に入られれば国王になるチャンスだと、彼女に近付く者も少なくはなかった。
贈り物は必須で、彼女を喜ばせるために動くのも必然。
惚れさせ、幸せにしようと誓う者も多かった。
だが、アルベルティーナの心が動くことなど一度もなかった。
贈り物を送られることが当り前など思っていない。
想われることが当り前だとも考えたことはない。
どちらかと言えば、真剣に愛されることはないと悟っていた。
誰もが自分の背後に見ているのは“国王”という影。
幼い時からそれは理解していたし、なんとも思わずにいた。
―――だからこそ。
「ウィル、インゲニオースス……」
自分から離れて行く背を見つめて、小さく呟いた。
爽やかな印象を与える短髪。
綺麗な黄緑の瞳。
優しく触れられて、惜しむことなく離れた指先。
媚を売らないその態度に、“誠実さ”を見た。
それが、ウィルとアルベルティーナの初めての出逢いだった。