57. 巫女の娘
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あの悲劇の直後は、自分がどうして過していたのかは覚えていない。
ただ、ただ毎日を無で過ごしていたと思う。
様子を見てくれていたヨシュアとアッシュは、急に遠方に行くのではなくその場の近海の街を転々としてライオン―――キマイラの行方に繋がるような情報を一緒に探してくれていた。
でも、当時の記憶がほとんどないということは、恐らく本気で探していたのはアッシュとヨシュアで、あたし自身はきっと目の前から消えた温もりを、探していたんだと思う。
「ガロ……」
気がついた時、残されていたのは手に血と一緒に巻き付いた紺のリボン。
彼が、首に巻き付けて愛用していたものだ。
どこへ行ってしまったのか。
正義感から生み出した悲劇。
自分がしたことが間違っていたんだろうとただ責める。
我慢して見過ごせば、悩みだけで終わらせていれば、きっとこれは終わったんだろう。
誰の犠牲を出すこともなく。
誰かが死ぬこともなく。
船の上で、抜け殻状態だったあたしを連れだしてくれたのは、アッシュだった。
あの島―――狼が眠る島からさほど距離ない場所に買い出しに出た時。
今まで何に反応することもなかったのだけれど…。
「オイオイ、バッカーノのカジノ…潰されたんだってな」
「あーそれ聞いたぜ」
「この島にも確かあっただろ、バッカーノが経営に加担してるカジノ」
「―――…」
「なぁ、ユエ。ヨシュアの奴どれのこと……」
洗濯用石鹸を見つめていたアッシュが、種類が多いことに悩んで振り返る。
だが、アッシュの灰色の瞳があたしを捕えるか前に
「ユエ…?」
あたしは居ても立っても居られ無かった……。
「ユエ…っ―――」
あれから、4年近くの時が経とうとしている。
今まで自分がやったことが許されるとも思っていない。
もし許されるのだとしたら、誰が許す許さないを判断するのかも分からない。
知る必要もない。
あたしはガロに許されることなく、生きて行く。
最期の言葉に続くのは
「“ガロは、お前のことがキライだ”」
57. 巫女の娘
「来たな」
ラルダが、現れた2つの影に笑う。
オリビオン側からユエ。
そしてダクト側から参戦したのはジョーリィだった。
「来たね、本物」
「…」
「おまけにレガーロの天才錬金術師まで」
クスクス笑う姉妹とデルセ。
白い腕は未だに4人のファミリーを捕え続けていた。
アロイスやジジは、ユエがオリビオン側から現れたことにも疑問を持っていたけれど。
「まーさか、本物が自ら参戦して仲間を助けようとするなんてな!」
ラルダが嘲笑う。
ジョーリィが葉巻の煙を吐き出して、潰した。
ユエもラルダのバカにしたような視線に睨みを利かせて答える。
シャロスの配下である5人と、ユエが対面するのはここが初めてだった。
「へぇ。お前がユエか」
じっくり見極めるような視線が彼女に向き、ラルダが白い腕を発動させたまま笑う。
「なんだよ、全然強そうじゃねーな」
「……」
「どっちかって言うと、弱い」
レミが守護団側と対峙をしつつ、ラルダの言葉を聞いて同じく嘲笑った。
だが、違和感を感じていたのは、デルセ…―――。
「“紅眼”…」
ぽつりと零された言葉。
エルシアがデルセの言葉を聞きとり、心にどこか違和感を覚える。
「アイツ馬鹿か……っ」
ユエの姿を見て思わず口にしてしまったのはジジ。
だがアロイスもファリベルも、現れた奴らの“本命”に震えを感じていた。
ここでコイツが、ユエが出てきてもしやられたら……―――。
ユエが解くのがバレアとウィルの封印だったとして。
ここでユエが捕えられたら、確実に世界が終わる。
確かに本人が一番、誰よりもこのシャロスの支配下に問いたいことが多いだろう。
でも今は場が悪いのが目に見えている。
それはジョーリィも分かっていた。
だが、彼は止めない…。
サングラスの奥から、いつもより真剣さを見せた視線。
それは己が面倒を見ていた、1人の少女へと…―――。
「ユエ」
呼ばれたので、ルカやデビト、アッシュ、パーチェが捕えられている白い腕の塊を超えて。
先にいるジョーリィに応えた。
「好きに動くがいい」
「ジョーリィ……」
「だが、分かっているだろうな……?その身を持って今、どのような立場にいるのか体感したはずだ」
「…」
「お前の答えを見せて見ろ」
「(答え…―――)」
忘れていた訳じゃない、4年ほど前に起きた悲劇と罪。
口には出さず心に負った傷を隠して、キマイラを追いかけ続けた12年。
その目的が果たされて、新たな居場所が出来た。
アルカナ・ファミリア。
そこに、旧知の傍に居てくれた幽霊船の主が加わって。
“ここが大事な居場所”
決まりつつある意識が、崩れ落とされる。
大事な者を守るために、自らが犠牲になればいい。
―――あの日、それが出来なかったから。自分の想いを、正義感を潰せなかったから、ガロが死んだ。
もう目の前で誰かが殺されたり、奪われるのは、見たくない。
「その為に、強くなった」
でも、自分が味わったのは何だったのか。
目の前で、ダンテがユエを守る。
貫かれて、血が溢れて。
ガロの時と同じく、体中の血が騒いで。
力が暴れて、守れなかった。
強くないと思い知った。
一歩も進んでいないと思い知った。
失うことが怖い。
誰1人、この居場所から欠けてはいけないんだ。
全員が揃って初めてユエの“世界”が成り立つんだ。
「なんでもいいけどよぉ」
ラルダが術を発動した状態で、ユエに手を翳した。
リュアルが応えるようにして一気に脚を早める。
デルセが人形をいくつか新たに生み出して、守護団の相手は人形にさせるように仕組んだ。
エルシアとレミも同じくユエの元へ…。
「とりあえず、来てもらおうか」
総攻撃開始。
真正面から突っ込んできたリュアルの蹴りを軽々かわして、リュアルの脚と背中合わせ。
躱すと同時にユエは蹴りを繰り出して、踵を上げた。
ただの蹴りじゃない。
次の攻撃を交わせるように、空中へ飛び出すように…。
「っ…」
まさかそんな形でくると思わなかったので、リュアルが一瞬怯んだ。
それを見逃すわけない。
ここにいる誰よりも場数だけは踏んできたつもりだ。
誰よりもいっぺんに誰かを相手に出来るような戦い方をしてきたつもりだ。
―――それは守護団も同じであっただろうが。
「クソッ……」
蹴りがリュアルの頬を掠めた瞬間。
腰に備え付けられていた鎖鎌が抜かれた。
左の刃はリュアルを捕えたが、右の鎖は背後から襲ってきていたエルシアとレミを弾き返すために動く。
「な…っ」
「…っ」
近付けない、とエルシアとレミが一旦引いてくる。
代わりに背後から突っ込んだのはラルダ。
そうしている間にも、邪魔をしないように人形は守護団へと襲いかかるのでアロイスやファリベルは人形の相手に追われていた。
「っ、なんて馬力・・・…!」
ファリベルが鞭で女戦士の剣を持ち堪えたが、馬力が異常であった。
押し返されてしまう体。
よけるために空中へと飛び出せば、アロイスが相手にしているもう1体が見えた。
「まったくかわいくないわね、このお人形さん」
アロイスが大きな轟音を起こし、一掃するために力を使う。
彼女の手の甲に刻まれていたスティグマータが光を起こした。
「インパット・デッラ・ヴェロチター・デル・スオーノ…!」
光が当たりを包み込み、ダンテと同じようにアルカナ能力を銃弾に溜めこみ放つことで、音速の力を生み出す…。
「これで終わりよ」
森が振動するくらいの轟き。
思わず捕まっていたアッシュもアロイスの方を見つめてしまうくらいだった。