54. 名もなく影もなく
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「―――っ」
城の中。
第一波の襲撃を免れた国民たちと共にあったアルベルティーナは、心の奥底でいやな予感を感じ取り振り返る。
「…」
一体何があったんだ…!と叫ぶ国民と、城の窓から状況を確認しようと身を乗り出す者たち。
「イオン……?」
パッと出てきて浮かんだのは、彼の名前だった。
姫が振り返る先には、惑いを見せる民の姿しかない。
イオンがここにいるわけではなのに、どうしても彼の声が耳から離れなかった。
54. 名もなく、影もなく
光をあげて目の前の少女を助けるために、彼は縋った。
力を貸してほしいと。
助けてほしいと。
自分より、彼女の幸せを願った。
イオンの世界はエトワールだけで出来ていると言っても過言ではなかった。
彼女の為に生きて、彼女のために死ねるなら構わなかった。
だが、その願いすら……。
傷を負ったことすら彼は誰にも打ち明けることが出来ずに、生きて行く羽目になる。
―――それが、イオンが犯した過ちだ。
「―――……」
光が止んで、辺り一面には何もなかった。
自分は多くの銃口に狙われ、この場に膝立ちでいたのに、次に意識がしっかりとした時……周りは死体しかなかった。
背後から声がする。
よく知った声だ。
「イオン!」
ウィルの声。
だが、反応することが出来ない。
多くの死体がゴロゴロ転がっているのは、心優しい彼がこの国を守る為に奪った命。
理解は出来ている。
死んだ彼らの墓標には、恐らく家族が名前をつけて、生きた証を立てるだろう。
だが、イオンが言葉を出せないのは、そんな名も知らない戦士のことを気にしているんじゃない。
「大丈夫か、イオン……!」
ウィルが駆け寄ってきて、反応を窺っているのが分かる。
それでも答える余裕なんてなかった。
倒れていたはずの存在。
ピンクのワンピースを着て、フリフリのレースを靡かせて。
笑顔で呼びかける存在。
最期は内部から破裂したような形で、顔を確認することも出来ないくらい破壊されてしまった愛しい存在。
だが、違う。
留めをさしたのは―――。
「エトワール………」
イオン自身だった。
「エトワール…」
目の前には、血の海はなかった。
姿形をぐちゃぐちゃにして、吐き気がするような光景は、ない。
ないというのは、“亡くなった”じゃない。
“無い”なんだ。
「エトワール……エトワール…」
血の海も、ぐちゃぐちゃの死体も。
ここにいた愛しい存在は、“無くなった”。
「嘘だ……」
温もりも、姿も。
「イオン…?」
その声も。
「嘘だ…嘘だろ…」
「イオン…っ」
「ウィル…エトワールが…」
縋るようにして、虚ろな瞳のまま、ウィルに掴みかかった。
嘘だと言ってくれ。
ここに在った存在が、目の前から消えたことを嘘だと言ってほしい。
彼女が生きていた証を教えてほしい。
「ウィル、エトワールが…!」
指差して、何もない空間を指示せば、彼はただただ困り果てた表情を見せるだけだった。
「エトワール…?」
「ウィル…」
「イオン、誰かいたのか…?」
「え…」
「エトワール…とは…誰だ?」
ランザスからの突如の攻撃。
錬金術の街と呼ばれるオリビオンには、誰もが焦りの表情を見せていた。
開港記念の式典の日……奪われた命は2000人にも及んだ。
大きくもないこの陸から離れた孤島の国の2000人。
見知った顔がいくつもあった。
並べられていく死体の中を歩き、誰もが涙を流していた。
街中、そこかしこにランザスの一般兵の死体が転がっていた。
腐って異臭を放ち、処理に追われる錬金術師たち。
王族を含め、協議会では今後の対応に迷っていた。
ランザスは軍国国家。
戦うとしても、オリビオンが勝てるはずもなく。
ウィルの元には、バレアについての話が殺到して彼が口を閉ざす日々が始まったのだった。
イオンは並べられた死体の中に、1つの面影を捜していた。
どこを探しても見つからない。
いない、いない、いない。
あったはずの温もりも、何もかも。
「あ……イオン」
葬儀場を1人で歩いていた先で、同じく孤児でウィルに拾われたウタラ、そしてシノブと遭遇した。
2人も旧知の人間の弔いに来ていたようだ。
シノブの頬には目立つ傷がいくつもあって、彼もどこかで戦っていたのが分かる。
「イオンも誰かの確認……?」
シノブが儚い表情を見せながら告げれば、イオンは光が宿らない目で2人を見つめる。
ただ一言返したが、この2人も……
「エトワールを、」
「エトワール?」
「誰?それ」
反応は、予想と違ったんだ。
部屋に戻って、サイドテーブルの引き出しをひっくり返す。
ずっとずっと撮りためてきた写真。
エトワールと、イオン。
もちろん、守護団のメンバーとイオン、エトワールのものもあった。
確認するように姿を捜したが、―――無い。
「エトワール…」
彼女の姿は、どこにも無かった。
写真は手元にあるんだ。
だが、エトワールが写っていない。
最初からいなかったように、彼女が写っていた場所は全て風景になっていた。
違和感があるくらい隙間があいたそこ。
だが、誰かが指摘することもないのだろう。
エトワールの存在を知らなければ。
「なんで…」
“なんで。どうして”
理由はわかっていた。
だが、理解はしていなかった。
これが、自分が発動したアルカナ能力の代償だと。
「エトワール……どこに行ったんだよ…」
ふらふらと街へ出向いては、イオンは誰かを捜し続けていた。
存在しなかった誰かを。
その間にも、ランザスからの襲撃は止むことはなかった。
夜中の空襲。
効かない錬金術の結界。
結界を破る威力を誇る銃撃。
この国は一体どうして狙われているのか。
ランザスとは友好関係にあったはずだ。
“何故”しか頭にない。
理由を求めたとしても、納得できるものなんてない。
平和な国を陥れた、あの国が許せない。
「イオンはまた出かけたのですか?」
「みたいだな……」
「ウィル、何も聞いていないの……?」
彼の行動を心配したアルベルティーナは、育ての親であるウィルに色々尋ね続けたが、ウィルは首を横に振るばかり。
もちろん、それはそうだろう。
ウィルも、周りにいた巫女も、ヴァロンも、守護団のメンバーも……誰一人、エトワールの存在と記憶を消されてしまっていたのだから。
「エトワール……」