52. エトワール
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ツェスィは先程までいた城門の広場から自室へと消毒液を取りに小走りでもどっていた。
だんだんと気温が低くなり、寒くなって来た。
霧も濃くなっているし、本格的な冬も目前に迫っているようだ。
そんな未明。
廊下を歩きながら、ツェスィは伏せていた瞳をあげた。
もうすぐ自分の部屋につく。
あとコーナーを2つほど行った所だ。
ふと、あげた視線は1つの扉の先を捕える…。
「…、」
少しだけ開いた扉。
開いたそれは、金具をギイギイと鳴らしながら風に揺らめく。
ツェスィはその部屋に見覚えがあった。
「アルト……?」
彼の部屋であることに間違いはない。
何度か仲間と一緒に訪ねたこともある。
今、アルトは消息不明。
何故いなくなってしまったのか……と思いながら、イオンが騒いでいたのを思い出す。
彼のことなので、特に心配はいらないだろうと軽く考えていたが、それが間違いではないか…と不安を感じ始めていたところだ。
揺らめく扉に、ツェスィは手をかけた。
「アルト……、」
いるのかと思い、部屋の主の名前を呼んだが反応はない。
首をかしげ扉を完全に開け放ち、入口に立つ。
殺風景な部屋には、人影はなかった。
ただただ開いた窓から入り込む風。
靡くカーテン。
サイドテーブルには、読みかけというような本が置いてあった。
入ることには気が引けたけれど、どうしてもその本が――気になった。
「これは…」
100年後の世界から持ってこられた文献。
いつかジョーリィが懸命に探していたものと同じ。
記されている者の名前は、記憶にあった。
「シャロス…フェア……」
印がつけられ、辿って過去に遡れば…―――。
「これは…っ―――」
アルトは誰よりもいち早くこの事実に気付いていたのか。
それでユエの力を封印したというのだろうか。
「アルトは…っ」
どこへ消えたのか。
最初から気付いていたのか。
この事実をすぐ誰かに伝えなければと思ったが、その家系図の次のページに挟まれていた紙切れ。
ツェスィは、その内容に目を疑った。
「え……」
出てきたのは、もう1つの真実。
「ヴァロン様……」
52. エトワール
願ったもの、祈ったもの。
全て、最後は星空になって光輝く。
人の命も同じだと、何度も何度も聞かされてきた。
童話の中の話だ。
だが、その命…―――“なかった”ことになったのならば、それは輝けるのだろうか。
ずっとずっと…おれは、おれ自身を許すことが出来ない。
「ねぇ、おにいちゃん」
「なあにー?エトワール」
その日は、素晴らしい快晴だった。
まさか、戦争が始まる日だとは誰もが思っていなかったはずだ。
「おにいちゃん、悪魔のタロッコの宿主なんだよね?」
「そうだよー」
「エトワールも、タロッコと契約…出来るかな…」
朝食であるバタールを食べながら、彼女のために用意した、市場直送のマスカットを皿に添えて。
コーヒーや紅茶は年齢的にまだ早いから、ミルクをサイドに置いてやれば彼女は笑顔を見せてくれる。
あぁ、おにいちゃんはその笑顔があれば生きていけますー…と感激しながら、食事を見守っていた。
それも最後になるなんて、思ったはずがない。
「エトワール、タロッコと契約したいのー?」
「うん…。おにいちゃんみたいに、強くなって、オリビオンのみんなのために働きたいの」
彼女は年端もいかない女性ながらも意志があり、まっすぐで…。
とても優しかった。
年の離れた妹だからこそ、そう感じたのかもしれないけれど、おれや周りで彼女を見てきていた人たちが、彼女をそうさせたのだと思う。
特に巫女と、アルベルティーナ様。
おまけでウィルもってことにしておこう。
「あ、あとね、ウィルさまの部下になりたい!」
「あんなむっつりなんて、相手にしちゃいけませんよー。エトワール」
「むっつ…?」
エトワールにはまだ早い言葉ですーと言い聞かせて、おれは彼女の言葉を流した。
もうこの頃から、ウィルとアルベルティーナ様は恋仲である雰囲気を出していて。
彼女の側近で世話掛かりの巫女様が傍にいた。
おまけでうちの隊長・ヴァロンが加われば、いい年した大人たちだったけれど、仲がいい子供のような会話をよく聞くことが出来た。
姫様が、ウィルのことが好きなのは見てても分かった。
おれがエトワールを好きというように全面には出していなかったけれど、ウィルの前だけではとびきり美人だと思った。
輝きを増す笑顔。
隣にいた巫女もそれに気付いていたんだ。
もちろん、ヴァロンも。
おれとエトワールは血の繋がった、実の兄妹。
家族はお互いだけ。
親という親は早くに亡くなってしまった。
だからこそ、オリビオンの王族であるアルベルティーナを筆頭とした大人がおれたちを守っていてくれてたことは知っている。
感謝もしている。
おれやエトワールを育ててくれたのは、ウィルとアルベルティーナ様、あと巫女様だった。
対してジジやアルトを育てたといえるのはヴァロン様で。
もちろん同じ街、同じ城に住んでいたから、誰もがこの国を引っ張っていってるメンバーを知っていた。
おれも、エトワールの次に姫様が好きだった。
だから、幸せになってほしかった。
ウィルとくっついて、幸せになってほしかった。
「まったくさー、ウィルも姫様の想いに応えればいいのにねー」
「?」
ウィル・インゲニオースス。
平民の出の、天才錬金術師。
数多の才能と、センス、そして努力を積み重ね、国一の錬金術師と呼ばれた偉大な男。
優しく、強く、美しい顔つきだった。
そんな実力が認められて、城で仕えることになった彼。
おれは姫様の好意で拾われてからずっとここにいるからこそ、姫様がウィルに惹かれていくのを見ていたんだ。
でも、ウィルは絶対に応えない。
姫様の想いに応えることはない。
優しくて、誰にでも好かれて、強い男。
彼が姫様に応えないのは…――平民の出身ということだった。
自分のことよりも、相手のことを考えて先を行く人…。
育ての親ながら、その背中は遠く…誰よりも逞しかった。
「あ、そうだおにいちゃん」
「なあにー?」
「今日ね、パレードがあるでしょ?橋の近くで」
「あぁ、あるねー」
「みんなと見に行ってきていいかな?」
今日は、港の開港記念日だった。
だからこそ、人が多く、賑やかで誰もが笑顔を浮かべている日。
今思えば、ランザスはその日を狙って…――オリビオンを地獄絵図にしたんだ。
あの日…誰もが笑顔で、そして人が出歩くのが多い、このお祭りの日を。
「よーし、じゃあ行こーう。おにいちゃんも一緒に行くから」
「えーやだよぉ!」
「や、やだ…?」
妹から吐き出された言葉は、おれにとっては海に体を投げ出してもいいくらい傷付いたのも覚えている。
ガーン…!と音がつくくらいの反応を見せたイオンが数秒固まる。
そこに足音を響かせてやってきたのは、先程まで噂をしていた男だ。
「イオン、相変わらずだな」
「あ、ウィルさま!」
「ウィール…」
太陽のような笑顔、とは違う。
どちらかというと月が似合う、クールな笑顔。
微笑んでいるという表現が正しい。
この男が…ウィル・インゲニオースス。
「エトワールが、友達とパレードに行くってー…おれがついてくのは当り前でしょー?」
「やだよお!おにいちゃんが来るなんて、みんなに言ってないもん!」
「エトワール!おれは保護者なんだよー?おにいちゃんがついていかないと外出禁止だって、教わらなかったー?」
「ははは、さすがにそれは教えてないぞ、イオン」
「なんでだよー」
目の前にすれば圧倒的な空気。
誰もが仰いでしまいそうな…。
優しい笑顔。
目を細めて、口角をゆっくりと少しあげる彼の仕草が…すきだった。