47. 心
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市場で火事が起きたと言っていた。
結構大規模なものだったようで、ヴァスチェロ・ファンタズマの甲板からも大きな黒い煙が天に昇っていくのが分かる。
ただの事故で起きたものだろうと思っていた。
だからこそ、帰って来た乗船客に目を疑ったんだ。
「……っ」
血まみれ。
茶色の髪も白い肌も、着ている服も全て真っ赤。
瞳の色より濃い、もはや赤ではなく黒に見える血まみれのユエ。
俺がユエに駆け寄ろうとした時、既にヨシュアがユエに言い聞かせるようにして何かを話していた。
ヨシュアが“よくやった”というように、頭を撫でていたが直後に、ユエは叫びをあげて崩れ落ちた。
血まみれの服を雨に濡らし、水滴も赤に染まる。
ヨシュアはただ寄り添うだけで、俺は……―――。
「ヨシュア、ユエのあの血…」
「アッシュ……。大丈夫ですよ」
「でも…」
「アッシュ」
言われた言葉の意味が“聞くな”だったことは俺でも理解出来た。
未だ泣き叫ぶユエ。
一体何があったのか。
指先に力強く握られていたのは、切れてしまったエンジェライトのネックレスと、紺色のリボン。
「もしユエが崩れ落ちそうになった時は、何も聞かず、傍に寄り添ってあげて下さい」
「…?」
「ユエは……―――」
47. 心
「これが、俺が知ってるアイツ……―――ユエの過去はこれだけだ」
「…」
「あのジジって奴が言ってた、ガロについて知ってることもな」
重たくて、言葉が止まる。
「ユエ……」
「口には出してないが、アイツがはガロの死を引きずって自分をどこかで攻め続けてるはずだ」
離れていた時間は12年と長く、ましてデビト達には殆どユエとの記憶がない。
あるのはここ数カ月で築き上げた彼女との思い出だけで……。
「だが、引っ掛かるな」
「あァ」
「え?」
アッシュが切り出した言葉に、頷いたのはデビト。
パーチェは何が?という顔して、真剣な面持ちでルカの瞳を見る。
ルカも頷き、パーチェに説明した。
「100年後……私達の世界で出逢ったユエとガロ。なら、どうしてガロの存在を100年前の世界のジジが知っているのでしょう」
「確かに……」
「コズエがジジだけを100年後に飛ばしたとは考えにくい。何より、ユエに呪縛をかけた男…アルトって奴も、“ガロ”の存在を知ってたなァ」
「…」
「恐らく逆でしょう。時空を飛び越えたのは、ジジやアルトではなく……」
ルカとデビトの読みに、アッシュも同意だった。
「ガロの方だろうな」
今までの守護団から発される言葉の中にも、いくつかヒントはあった。
それに気付き、見落としていたのは自分達。
「ましてアルトって奴と戦った時、人狼はオリビオンの王族に仕える種族だかなんだか言ってただろ。ガロは狼だと聞いてる」
「人狼でほぼ確定だなァ」
「では次に出てくる疑問は、何故ガロが100年の月日を超えて私達の世界にいたのか……ですね」
「……」
パーチェがぼーっとしつつ、アッシュの部屋にあったリンゴを無断でムシャムシャと食べ始める。
他の3人は気にせずに頭を悩ませていた。
「ジジの態度からして、どうもこの引っ掛かる事実を見逃せません」
ルカが手を顎に当てて、思考を巡らす。
アッシュは横目でその姿を確認し、彼自身も頭をフル回転させる。
「ジジの態度……か」
デビトも先程襲ってきた、タトゥーとへらへら笑顔を浮かべた赤褐色の頭の男を思い出す。
「この世界の戦いにガロの死……いや、ガロという存在が関わっていると思えて仕方ありません」
「ルカ……」
「まだ仮定ではありますが彼、ガロがどうして100年という時を超えたのか。そしてユエを命がけで守る理由は何だったのか……」
「オイオイ、ルカちゃんよォ。そんな言い方ねェだろォ」
デビトが宥めつつ、冷たい言い方に釘をさす。
だが、続けたのはアッシュだった。
「でも、ガロがユエを体を張って守る必要はどこにあった?」
「……」
「1ヵ月満たない期間を一緒にいただけで、命に代える必要があったのか…―――」
「アッシュ……」
パーチェも思わず5個目のリンゴを食べる手を止めて、彼の瞳を見つめた。
そんな言い方しなくても。と。
「確かにガロがユエを守らなければ、今ここにユエはいない。……でも、ガロは“人狼”だ」
「?」
「体を張る他に、ユエを助ける方法は本当になかったのか……」
「…」
「あったんじゃないか?だが、余裕もなく自分が盾になることを選んだのは―――」
例えば、もしあの日……ガロがユエを体で守るのではなく、ユエが銃に撃たれたとして。
そこからガロは敵を倒し、何か出来たはずだ。
もしかしたら、そっちの方が結果的によかったのかもしれない。
むしろ銃弾を弾き飛ばすことも出来たのではないだろうか。
ユエに当たらないように。
それをしなかったのは……。
そんな危険を冒さず、“確実にユエを守れる”方法をとった狼は―――。
「狼の中に“死なせちゃいけない、傷つけたくない”って想いが強かったからだろうな……」
「ユエを守る……」
「ガロ……何者なんだ……」
「俺が思うに、ガロの中にあった感情は1ヵ月やそこらで築けるものじゃないと思う」
アッシュの言葉は、更に先を行く。
「もしガロが100年という時を超える前に、“ユエ”という存在が絡んでいたら」
「それって……」
「……アッシュ」
どういうことですか?とルカが聞く前に、デビトは目を細めた。
アルト、ジジ、イオン。
どれも口を揃えて放った言葉…―――
“ユエ”
毎回、乗り込んできてはユエの存在を求める彼ら…。
そして今回のジジの憤りを間近で見て。
「ユエが狙われる理由は、そこにあるはずだ」