45. いつかどこかで出逢っても
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「……何してるんだ」
「ん?」
ガロと出逢って半月。
ヴァスチェロ・ファンタズマの調子は何故か一向によくなることがなかった。
それが何故だかはわからないので、アッシュも試行錯誤で書物とにらめっこをしている日々が続く。
どうしても邪魔はしたくないので、ユエがガロの所に通うのは既に日課になっていた。
そんな狼の元へユエは、ヨシュアが使っているトランプを持ちだして向かう。
風通しのいい丘の上で何やらカードを懸命に勉強をしていた。
「ポーカーの練習」
「ぽー……?」
「トランプのゲームだよ」
「…?」
ガロはユエの口から出てくるものを“知らない”と空気で訴える。
猫がねこじゃらしを扱うような手つきで1枚……スペードのエースを手にした彼は首をかしげた。
「ガロの知らないことか」
「ガロ、トランプ知らないの?」
ユエが自分よりも幾分も年上である彼がトランプを知らないのがちょっと意外で、紅色の瞳を大きくした。
無の表情をしていたガロが紅色の瞳に射抜かれて少しだけ表情を柔らかくする。
「こんな紙くず、ガロには必要ない」
「おもしろいのに」
「…」
「教えてあげるよ?」
「べつにいい」
「えー?やろうよ?」
「べつに…」
拒否をしているのに、隣にいたユエの頬が少しだけ膨らむ。
ガロが言葉の行方に、迷った。
「やろうよ?」
「ガロはべつに…」
「やろう」
「ガロは…」
「やるの」
「………。」
45. いつかどこかで出逢っても
いつの間にか強行手段に出たユエに渡されたカードをガロは握りしめ、ユエの横でポーカーのルールにきちんと聞き入る。
なんだかんだいいつつ、きちんと話しを聞いてやり、付き合ってやるのがガロの優しさ。
この頃の、この幼さでユエがそれに気付く訳もなく。
ワガママを言いたい放題言い、付き合ってもらっていたのは言うまでもない。
「うーん、ブラックジャックからの方が分かりやすいかなぁ…」
「…」
一生懸命、色々考えて説明してくれる彼女。
横目でそれを見つめる。
長い睫毛。
大きな紅色の瞳。
子供の特徴である1つの、ピンクの頬。
ガロが、どこか愛しいというように目を細め、笑う…。
ユエが彼のその表情に気付くことはなかったけれど。
とても穏やかで、優しい時間が今日も過ぎていく…。
「お前は、これを練習してどうするんだ」
「カジノに行く」
「カジノ…?」
「セブンスレイグに行きたいの」
「…」
ガロがユエと出逢った場所を思い返して、“あそこか…”と思いついた。
「おまえ、未成年だ。行けない」
「分かってるよ」
「行くな」
「いやだ」
即座に返される、否定の言葉にガロは顔をしかめた。
理由を求めてしまったが、聞くことが出来ずにぶすぅっとしていると、ユエが何かを決めたという顔で告げた。
「あのカジノで、イカサマをしてる人がいる」
「イカサマ?」
「不正でお金のやり取りをしてる、悪い人」
「…」
ガロは、“イカサマ”という言葉も聞いたことがなかったが、ユエから出てきた強い言葉に瞬きを何度かした。
「止めたいの」
「…」
「ズルはよくないもん」
真っ直ぐで、信念がある少女。
ガロの心に1つの面影。
想いから成される者が、ガロの名を優しく呼ぶ。
重なった影に目を伏せて、ガロは自分の手札の中にあったジョーカーを見つめていた…。
それから毎日、毎日、ユエはガロの元でひたすらカードゲーム。
だが、そのカードゲームはただ手札に回ってきたものを抜いて回してなど、お遊びではない。
何より頭脳を働かすことで勝利も掴める。
同じく、敗北も味わうことになるゲームだ。
だから、コツを掴むため。
ひたすら、ひたすらゲームをしていた。
その時間が、ユエにとってもガロにとっても大事な時間になる。
後にも先にも―――。
◇◆◇◆◇
「あれ?」
この島にやってきて、24日目。
ユエがいつもと同じようにガロの元を訪ねた時。
「ガロ……?」
彼の姿はなかった。
「…」
どこに行ってしまったんだ。と思いながらも、ユエはそのまま丘で空を見上げていた。
さすがに1人でトランプをここでするのは寂しい奴だったので、日向ぼっこをかねて、ごろりーん。と寝っ転がってみた。
綺麗に澄んだ空気と、少しだけ感じられる潮風。
かなり高い所を海の近くに生息する鳥が自由に飛んでいく。
「なんか…すっごーく平和…」
目をとろーんとさせて、ユエが零した言葉。
瞼を落としてしまえば意識をお昼寝という選択に手渡すのは容易いことで。
幸せな顔しながら、年端も行かない彼女はあまりにも無防備な格好で眠りについた…。
そこから何時間も経過してしまうのは予想外だっただろう。
1時間ぐらい経過したところで、無表情なまま住処に戻って来たガロがギョッとした顔でユエを見つける。
「……、」
寝返りを打ちつつ、腹を出して眠る少女。
なんて危ないんだ。と叩き起こしてやろうかと思ったが、それは思うだけで留まるのがガロ。
呆れた顔して見つめてから―――ここには誰も来ないことを見越して、深く被っていたローブをユエにかけてやった。
そのままガロは横に腰かけ、ただただ目の前に広がる大きな海原を見つめるだけ。
何度か寝返りを更に繰り返したユエ。
横目でそれを確認しながら、ガロが頭を不器用ながらに撫でてやる。
どこかでそれを分かっているように、ユエが笑顔をこぼせばガロも幸せそうに瞳を閉じた。
「ユエ」
まるで自らの運命を知っていたかのように。
何度も、名前を呼ぶ。
「ユエ」
“ガロを忘れるな”というように。
◇◆◇◆◇
「なんで起こしてくれなかったの…」
「お前がアホ面で眠っていたから」
時刻は夕方。
伸びる影を見つめて、ユエが1日寝てしまった…と時間を無駄にしてしまったことをガロにチクチクと小姑のように責めていた。
ガロは痛くも痒くもない。というように火を起こそうとして夜の準備をしている。
かけられていたローブを、ユエがふざけて被れば、とんがり耳とふわふわの尻尾を曝け出したままガロが呆れた視線を向けていた。
「戻らなくていいのか?」
「戻るよ、こんな時間だもんね」
夕陽が海の向こうに沈んでいく。
対岸といってもかなり先の島であり、晴れていないと見えない場所の緑が輝いた。
「送るぞ」
「だいじょぶだよ」
「ガロは暇だ」
だから送る、と言っているのだと分かったがユエがニッと笑顔を返せば彼は黙った。
「平気だって!毎日行き来している道だもん!」
「…」
そう言われればそうなのだけれど。
ユエが立ち上がり、ガロにローブを返し、きっちりと被せてやった。
身長差があるので、必死に手を伸ばしてようやく――紺色のリボンが重ねて巻いてある――首に手が届く。
ガロがありがたい、というようにしゃがんでローブを受け取れば、いつも通りの彼が完成した。
「ありがとう!また明日ね」
「……ガロ、明日はここにいるぞ」
「うん」
今日が異例だったんだね。と納得し、沈んだ陽から伸びる光が消える前に船に戻ろうと走りだす。
駆けながら振り返って両手で、後ろ背がまだ明るいせいで黒い塊になるガロに大きく手を振った。
ガロが返すことはなかったけれど、日々心の距離は縮まっていったんだ……―――。