44. ガロ
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あの1ヵ月を―――あたしには、忘れらない。
「ったく……。なんだよ、うごかね―じゃねェか」
「壊れたの?」
「わっかんね。ヨシュアー!」
「…」
その1ヵ月はあたしにとって安らかで、1匹の狼との出逢いが詰まっている。
今から数年前。
あたしがヨシュアから本格的に“戦い”というものを教えられ、慣れてきた頃。
自分が、一般人より強いと認識し始めた頃。
「ダメだ。しばらく船倉の修理だな」
「沈没させないでね」
「任せとけって」
1ヵ月……――いつもより長い期間1つの島に滞在することが決まった。
ヴァスチェロ・ファンタズマ号でいろんな海を見ていた頃の話だ。
44. ガロ
アッシュはヨシュアと船の修理。
ユエはその島―――レガーロよりは交易島として栄えていなかったけれど、それなりに大きな島に1人でブラブラする時間を持て余すことになる。
「もぉ……アッシュが船の修理するなら、買い出しは全部あたしがやるってこと?」
ぷぅ…と頬を膨らませて、買い物リストを見つめるだけで溜息が出た。
洗濯用石鹸、購読している雑誌、牛乳、リンゴのタル1つ。
出だしからどう考えても重たいものばかりで、眉間に寄せたシワが元に戻らなかった。
「ありえない」
居候させてもらってることに間違いはない。
居心地のいい場所だ。
だがこれを1人で買って来い。というのはあまりにもひどすぎる扱いだ。
盛大な溜息をついて、ユエは1人……大きな街の市場を行く。
まずはそこまで重たくないであろう購読雑誌を求めて書店を探していた時だ。
裏通りの方から、とても賑やかな音が聞こえてくる。
「?」
なんだろう?と顔を覗かせてみると、その先には華やかなドレスを纏った女性たちが綺麗な立ち姿で笑顔を浮かべていた。
「…」
ユエは自分には縁遠い世界だと思いながら、目をぱちくりさせて女性達が入っていく店の名前を見つめる。
「セブンスレイグ……」
店の真ん前まで来て、英語で書いてある文字をなぞれば確かにそう書いてあった。
人が出入りする扉の隙間から中を覗けば、騒ぎ立てる大人たちとトランプやチップがちらりと見えた。
「(ここ、ヨシュアが言ってたカジノかな……?)」
とても大きなお店だ。
ユエが今いるのは裏門らしいが、正面である反対側の扉はとても大きく門構えも美しい。
実は、この頃からユエは暇を持て余してはヨシュアとカードゲームをしていた。
ブラックジャック、ポーカーなど。
もちろん、子供が好む7並べや大富豪などもやっては見たが、ヨシュアと楽しむには多少難しいルールの方が楽しかったのも覚えている。
船長とアッシュを交えて4人で白熱したこともある。
アッシュは大して興味がないようで、すぐにやめてしまっていたが。
そんなカードでお金のやり取りをするのが、カジノ。
ヨシュアから教えられた知識をこの目で確かめ、そして瞳に映したのもこれが初めてだった。
「(入っちゃダメかな?)」
もちろん、未成年なのであまりいいとは言えないだろう。
迷いに迷い、裏口の――綺麗に装飾された――ドアノブに手をかけたその時だ。
「キャァァァァアアア」
「!」
反対の路地から悲鳴。
戸惑ってはみたものの、気になる。
好奇心大盛だったユエは、さほど自分の身の危険は感じずに足をそちらへと向けて行った…。
「いやぁぁぁぁ!!化物ォォォォ!!!」
「…っ」
悲鳴をあげて、逃げてきた女性と出会い頭でぶつかる。
ユエはよろけつつ、更に悲鳴を上げて逃げていく女性を視線だけで見送り、改めて彼女がいた場所を見つめた。
「あ……」
そこには、1人のローブを深く被った人物。
悲鳴をあげる要素がどこにもないじゃないか、と思いながら首をかしげる。
目の前の人物がユエの気配に気付いて、ゆっくりと振り返った……。
「…っ」
思わず、息を飲む。
真っ赤な瞳。
ユエ自身は確かに赤系の瞳だったが、真っ赤ではない。
ピンクと赤の中間色。
人は彼女の瞳の色を紅色と呼んだ。
「―――……なんだおまえ」
目が合う。
どこか相手も、目を見開いて。
驚いたような顔をしてから、キッと視線を冷たくして言い放つ。
凛とした、低くもなく高くもない。心地いい音色で話す声。
茶色が混ざった髪。
そして何よりフードの隙間から見えた、とんがった耳。
彼は人だったけれど、人間ではなかった。
人狼。
よく言う、オオカミ人間。
でも月夜の夜だけ変身する!など、レガーロでの迷信とは違い彼は常にとんがった耳ともふもふの尻尾がついていた。
彼の名は…―――ガロ。
名前がなかった彼にジャッポネという島国の漢字を使って、名付けた女性がいたそうだ。
その漢字にして、雅狼。
雅なる狼。
意味は難しくて分からなかったけれど、彼はその名前を気にいっていると言っていた。
「オオカミ……?」
思わず初対面で零してしまった言葉。
どこか彼はズキン…と傷付いたという表情を見せた。
さっきの女性のように拒絶されると思ったのだろうか。
真っ赤な目を逸らして、フードを深く被る。
この時のユエは、トラに化ける幼馴染がいた分オオカミでもトラでも別になんでも怖くなかった。
ましてやこの頃の目的―――探しているのが“ライオン”だったのだから。
「あっち行け」
命令口調で言われたのだが、彼の言葉にユエは更に近付いて行く。
来るな、という顔でこちらに視線を投げられたが、――失礼ながら――ユエはガロの耳をまっすぐに見つめ続ける。
だんだん、恐らく恥ずかしくなったのだろう。
ぺろん、と垂れてくる耳にユエが笑顔を見せた。
「かわいい!」
「…っ」
ガロが、小さい少女の笑顔に目を見開き、頬を赤く染める。
黙ったまま顔を逸らして、ユエが至近距離に近付いてくることも、許した。
「しゃがんで!耳触りたい!」
少しだけ、柄にもなくはしゃいだユエに、ガロは赤い顔して睨みを利かす。
全然怖いものではなくて。
彼女は笑顔を絶やさなかった。
そこで確かめるように。
ガロが小さく、ユエに尋ねた。
「お前は、ガロが怖くないのか?」
投げかけられた言葉。
ユエは一瞬、首をかしげて、笑った。
「ぜんぜんっ!」
彼は、優しい人だった。
何か悲鳴をあげられるようなことをしたのかと尋ねれば、ただ“ハンカチを拾って、持ち主に返しただけ”と言う。
手から覗かせた鋭い爪に、女性が驚いて顔をあげればフードから覗く耳に悲鳴をあげたらしい。
何より、ガロの表情が通常時は無に等しかった。
だからこそ、赤い瞳が恐怖心をそそっていたのかもしれない。
そんな心優しいオオカミを、嫌いになることなんて出来なかった。
そしてこの日からユエはヴァスチェロ・ファンタズマ号がなおるまで、アッシュの代わりにガロに相手をしてもらうことが多くなる。
毎日、毎日、彼がいる丘へと向かう日々が穏やかに続いた……。