37. 拒絶
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毎晩、毎晩。
夜が来るたび。
そうでないとしても。
目を閉じ、意識を眠りに譲り渡せば、その光景はやってくる。
「いやぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁあぁぁああああ」
叫び声。
肌と肌がぶつかる音。
布地が切れる音。
切り裂いて、殴って、縛り上げて。
悲鳴をあげる女性の顔は見えない。
でも、誰もが羨む声で悲痛に叫び続ける。
毎日、毎晩。
もう、聞きたくない。
寝覚めの悪さは生きてきた中で最悪だった。
夢なのに、まるで自分が襲われているみたい。
起きた直後、自分で自分を確かめる。
過剰になる肌。
不安になる。
これは一体…―――
誰の夢なんだろう。
37. 拒絶
「ユエ……」
コズエが用意してくれた朝食。
そこにいた彼女の仲間は、リベルタ、ノヴァ、パーチェ、ルカ、そしてコズエ。
目の前に置かれたパンも焼きたてで美味しそうには見える――味はともかく――だが、食欲がない。
食欲よりもどちらかというと、あの夢のせいで寝付けなかったのでゆっくりと休める安眠が欲しくて仕方なかった。
「ユエ。お前、やっぱり顔色悪いぞ」
真正面に座っていたリベルタが、最初に名前を呼んできたフェリチータの声に顔をあげてこちらを見つめている。
ユエはリベルタの声も、フェリチータの声も聞こえていないようで、ただただぼーっと座っていた。
手にはサラダをつつこうとして、握ったフォーク。
でも、その手が動くことはなかった。
「ユエ、いい加減にしろ」
ノヴァが叱咤の声をかけ、手を止めた。
誰もが、ユエの事情は知っている。
守護団のアルトに、アルカナ能力を封じられる呪いをかけられたこと。
それで酷く落ち込んでいるということも。
だがら声をあげたノヴァも、彼女がただ落ち込んでいるだけだと思った。
真相は違う。
ユエはアルカナ能力のこともそうだが、自分の身に降り注いでいる悪夢から覚めないままでいた。
「お前の気持ちも分かる。こんな時に……。だが、食事はしっかり摂れ」
「…うん、」
ノヴァの言葉にも、いつもなら軽口で反論するのに、今はそのまま鵜呑みにして。
わかっていないまま、ユエはサラダを見つめて動かない。
「ユエ……」
僕を怒らせたいのか…?と思いながら、ノヴァがこめかみを押さえた。
パーチェもクロワッサン――コズエが焼いたので、ちょっと、いや、かなりこげてる――ものを口にして、視線を彼女に向けた。
ルカもコズエとの朝食作りを終えて、イスに腰かけたところでユエの様子がおかしい事は気付いていた。
だが原因が原因なので、聞けずにいたのだ。
「はぁ…」
ダメだこれは。とノヴァが黙って食事を続ける。
リベルタが取りにくくないか…?と気を使って、彼女にオムレツとベーコン、あんまりこげてないクロワッサンを皿に乗せて、ユエに手渡してやった。
フェリチータもティーカップを置いて、ユエの顔を覗きこむ。
「ユエ、どこか調子悪いの…?」
虚ろな瞳だったので、フェリチータが熱でもあるんじゃないか…?とユエの額に手を当てようとした。
その時だ。
「―――ッ」
【やめて……お願い……ッ】
ガタンッとユエがフェリチータの腕を避けるように、イスから立ちあがった。
「っ…」
「ユエ…」
夢が、何度も鮮明に甦る。
頭に浮かぶだけじゃない。
感覚も、聴覚も働いて。
全身で、誰かに触れられることが怖い。
「あ……ごめん……」
「ユエ……」
明らかに、様子がおかしい。
ルカが顔をしかめ、パーチェも視線で“やばいよね…?”とルカを見る。
ルカはパーチェの視線を確認すれば、一度頷いた。
ただ、この場で聞いてやるのはユエにもよくない。
何より、理由を言うわけないと分かっていた。
拒絶を見せられたフェリチータは、どこか傷付いた視線を見せながら笑った。
「ご、ごめんね、ユエ。びっくりしたよね」
「あ、いや……あの…ごめん…」
あのユエもしどろもどろになりながら言うので、誰もが驚いている。
もはやその空間が、そこにいた者がユエの異変に気付いていた。
「あ、あたし戻るね……」
みんなの視線が“どうした”と尋ねているのが分かった。
それだけじゃないけれど。
居心地が悪くなり、ユエがそそくさと食事をしていた部屋を出ていく。
リベルタがガタン!と同じく立ち上がり、ユエを追おうとしたが
「リベルタ」
ルカが制止の声を出す。
「ルカ…」
「1人にしてあげてください」
「はぁ!?なんでだよ!アイツ、様子おかしかっただろッ!」
リベルタも納得いかない!という表情で叫ぶので、パーチェがまぁまぁ…となだめる。
ノヴァがうるさいと言いだせば、ここ2人はいつも通りの言い争いを始めたので、ほっといていいだろう。
フェリチータが心配になって廊下まで出ていけば、まだ遠くない位置で曲がり角目指して歩くユエが見えた。
「ユエ…」
一体、何を考えているのだろうか。
どうしてしまったというのか。
意識的に、誰かの心を盗み見るのはよくないと……散々ノヴァに言われてきたけれど。
この力が、ユエを救うものになれば―――。
「リ・アマンティ」
ドクン…とユエの心の中を見透かすように、アルカナ能力を発動させる。
[悪夢…力…ヴァロン…吊るし人…]
「…」
[ファミリーを抜ける]
「ッ!?」
思わず、心の中に出てきた1つの単語にフェリチータは力を解いてしまった。
「…っ」
それは、何故か。
力が無くなったから?
「ユエ……っ」
すぐさま、追いかけようとも思った。
だがそれが出来なかったのは、先程のルカがリベルタに告げた言葉があったから。
「……」
自分にできることは、きっと限られている。
その限られた中で、ユエのために。家族であり、友人であるユエのために出来ることを探そう。
「…」
意識が、背中に刻まれたスティグマータにいった気がする。
「運命の輪…」
この力で、運命の輪の力で―――呪縛を解けないだろうか。
そう考えること自体をユエが嫌がるのもわかっていたけれど。
フェリチータに出来ることは何だろう、と考えては打ち消しての連続だった。
◇◆◇◆◇
一方、1人になったユエは部屋には戻らず、お気に入りとなっていたテラスで膝を抱え、頭を乗せて座り込んでいた。
ここは日中でも夜でも人が来ない。
だからこそ、とても静かで落ち着ける場所だと気にいっている。
そして簡単に一人にさせてくれる状況が、抜けようと思えばいつでもここを去れると自覚させた。
それが出来ないのは、惰性か。それとも、自分が心のどこかで誰かの助けを待っているからなのか。
後者なら、なんて都合のいい話だろう。
自分からは言おうとしないくせに、助けてほしいなんて。ワガママもいいところだ。