34. 衷心
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脳内の片隅で、衣服が破れる音が響いた。
次に聞こえてたきたのが、悲鳴。
高い、誰からも羨ましがられるような美しい声が泣き叫ぶ。
「いやぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
両腕を拘束されて、逃げられない状態で痛めつけられる。
顔に大きな痣を作り、押し倒され、見上げれば見知らぬ男。
それは彼女の国を苦しめる、敵国の正統後継者…。
「お前を傷つければ、ヴァロンは死ぬか…?」
「やめて……」
「ウィルも、ヴァロンも消えればいい…」
「いや…っ…お願い、やめて…っ」
震えながら願う。
斬りつけられ、血が流れる脚。
抵抗する力はなかったけれど、せめて。
せめて受け入れてほしかった…。
「お前らオリビオンは、ランザスの奴隷であればいい」
告げられた言葉が最後。
「いやああぁぁあぁあぁぁあぁあああああぁぁああああああああぁぁぁああああああああああああああああぁぁあああああああああああああぁあああぁぁあ」
冷たくて無機質なその部屋に響いた声は、止むことがなかった…。
34. 衷心
「―――ッッ!!」
鮮明に映し出された光景。
肩を上下に揺らし、ユエは息を荒げて飛び起きた。
呼吸の整え方を忘れたように治まらない動悸。
苦しいと思い、口元と胸を押さえ、起きあがった体を再びベッドに投げ出した。
「なにこれ…っ」
息を大きく吸って、先程見た光景が脳裏から離れない。
今までも何度か似たような夢を見たが、今日ほど鮮明ではなかった。
響く音も、触れられる感覚も、叫び声も。
全てがリアルで、まるで自分が襲われているかのようだった。
ビクリと全身を震わせて、ユエは自分で自分を抱きしめるように静かに蹲った。
ここにきて、ようやく夢を現実の境がわからなくなっていることに気がつく。
「…」
自分で自分を抱きしめたまま、気を失う前に起きたことを全力で思い出す。
「アルト…」
ユエはアルトに襲撃された。
そこで激痛を伴う攻撃を受けたことを思い出す。
「…」
トクン…と鼓動が訴える。
ゆっくり、ゆっくりと服をめくりあげて、攻撃をうけた腹部を見つめた。
「ッ!」
見えたものに、彼女は目を疑う。
ユエのタロッコ・第12のカード、ラ・ペーソ…吊るし人。
腹部に宿主であることを主張する紅色のスティグマータが、黒い謎のマークに覆われていた。
以前のユエなら、それが一体なんなのか…わからなかったが、今は多少の知識を得ていた。
この時代に飛んできたことも理由の1つであるが。
「錬金術…」
黒いマークがスティグマータの上に連なる。
その力を封じるような模様に、ユエの心がザワついた。
確かめようと、迷わずにベッドの中を飛び出る。
体に痛みはなかったので、動くことに何も問題はない。
昨日…昨夜アルトから受けた痛みが嘘のようだ。
「…っ」
ジョーリィあたりなら分かるだろう、とブーツも履かずに裸足で扉に手をかけた。
自分の方にドアノブを引けば、同時に向こう側から押される感覚。
顔をあげると、仲のいい友達がそこにいた。
「ユエ!」
「リベルタ…っ」
金髪を揺らして、ドアの向こう側から現れたリベルタにユエは素肌を晒したままの足を止めた。
「起きあがって大丈夫なのか?」
「う、うん……なんとか」
「昨日のこと覚えてるか?デビトが慌ててユエを担いで戻って来た時は、びくっりしたぜ」
リベルタがそこまでを手を広げて説明してくれれば、昨日のこと…気を失いかけた強烈の痛みと戦っている時を思い出す。
「ってか、ユエ…」
リベルタが身を乗り出して確認するように顔を覗かせた。
「大丈夫か?顔色すげぇ悪いけど…」
「…」
「真っ青だぜ?」
指の腹ではなく、指の甲で頬を撫でられればユエは視線を逸らした。
照れとかではなく、何かを気にしているようだった。
「だいじょうぶ…」
弱気に小さく返せば、リベルタの中の不安は拭いきれなかった。
だが、背後から足音が響いてきたのでリベルタが振り返る。
「朝から仲がいいことだな…」
「ジョーリィ!」
「ジョーリィ…」
「ユエ、体はどうだ」
サングラスの奥が細められた。
やっぱり何か知ってる…と確信して、頷いた。
「体調は平気」
「そうか…」
ジョーリィがリベルタを抜いて、ユエの前まで来れば当り前の動きのように、ユエの服に手をかけた。
先程の夢のせいか、一瞬だけ本気で警戒をしたが、めくられた服が腹部のスティグマータを確認するものだと分かりジョーリィを弾き飛ばそうとした腕を止める。
「なッ、じょ、ジョーリィ…っ!?」
うぶなリベルタの前でユエの素肌を晒す行為を当り前のようにしているジョーリィ。
思わず制止の声を出しつつも視線が逸らせなかったリベルタ。
気にすることなく黒い呪縛を見て、ジョーリィの瞳が真剣さを帯びた。
「……解けない、か」
「これ、何なの…」
「…」
ユエが服をめくられ、お腹を晒された状態のまま睨むように尋ねる。
サングラスの奥から注がれる視線も、声も、ユエの質問に答えるまで時間がかかった。
もう一拍置いてからジョーリィは告げる。
「力を封じる呪いだ。この時代の錬金術の1つ…」
「力…ッ?」
「ラ・ペーソ…。数字を操る吊るし人の力を封じるものだよ…」
「じゃあ…ッ」
リベルタも、ユエの腹部に視線を固め、黒い序列をただただ眺める…。
「ユエのアルカナ能力は今…―――」
「リベルタ…、とりあえずその情けない鼻血を拭け」
「ぬぐぉおおッ!?」
ユエもジョーリィもリベルタの顔を見つめて少しだけ呆れたが、話を戻すことにしよう。
「つまり、お前は今アルカナ能力を使うことが出来ないはずだ」
「…」
「簡単に破れる力ではないだろう…。この錬金術は…」
ジョーリィの言われた通り、心の中で能力を使おうとしたが、全くもって反応がない。
スティグマータが光ることもない。
無理やり使おうとすれば、痛みが腹部を駆け抜けた。
「どうすればいいの…?」
焦りを見せるように、掴みかかる勢いのユエ。
ジョーリィはどこか違和感を感じる…。
「…」
「どうすれば元に戻れるの!?」
「ユエ…」
リベルタが服の裾で鼻血を拭きつつ、ユエの反応に目をぱちぱちとさせた。
「アルカナ能力がないなんて…っ」
別にアルカナ能力だけに頼っている訳ではない。
体術も武器の扱いも、おまけでフェノメナキネシスの力も備わっている。
簡単に負けるつもりはない。
だが、違う。
そこにアルカナ能力を足した時でもあの守護団に勝てなかった。
油断していた、本気でなかった。それもある。
だが、敗戦し、ダンテを傷つけた。
“本気じゃなかった”なんてただの負け惜しみで、言い訳だ。
通用なんてさせたくない。
そんな自分から、今…アルカナ能力が取り上げられるとなると―――。
「弱くなんて…ッ」
それじゃあ、本当に…―――
「(なりたくない…っ)」
誰も守れないじゃないか……