33. 夢の中の狼
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大きな音を立てて、長くもない廊下を2つの足音が響く。
バタバタと駆けていくその音に表情しかめて、ダイニングで本を読んでいたジョーリィが顔をあげる。
同じくしてダイニングで紅茶をフェリチータと楽しんでいたルカとパーチェも“?”と扉の方へと顔を向けた。
同時だった。
視線が一点に集まった頃、大きく弾いて開いた扉の向こうから血相変えたデビトと追いかけてきたアッシュが声をあげる。
「ルカッッ!!!」
「へ…!?」
紅茶をスプーンでかき回していたルカが名前を呼ばれたので首をかしげた。
だが直後、ルカもパーチェも目を見開き、フェリチータは手で口を押さえた。
「ユエ…ッ」
ガチャン、と音を立てながら立ち上がったルカがデビトと彼に抱えられたユエに駆け寄る。
呼ばれた名前に、ソファーに寝ころんでいたジョーリィも読みかけの本を閉じた。
「これは……一体…ッ」
「守護団の奴がかけた呪縛だ……」
「呪縛…!?」
アッシュから事情を聞けば、ユエの腹部で未だに熱を持ち、焼きつけるように光を放つスティグマータから視線が逸らせない。
「ルカ…ッ!!!」
なんとかしてくれ、と縋るようなデビトの声にルカも立ち尽くす。
ルカ自身もこの時代の文献を読み漁り、多少の知識を既に得ていた。
レガーロで扱う錬金術とは違う…もっと強力で、そして用途の多い技の数々。
その中に“特殊能力を封じる錬金術”があることも、ほんの数時間前に知ったばかりだ。
だがそれを解く方法なんて……心得ていない。
「ルカッ!!」
「…っ」
叫びをあげて、痛いと訴える少女。
見兼ねて出てきたのは、彼女の育ての親とされるサングラスの男。
デビトの腕の中で腹部を押さえて叫び続けるユエを一度見れば、冷静に告げた。
「ルカ。コズエに鎮痛剤があるかどうか、聞いて来い」
「ジョーリィ…」
「これは口移し程度の解毒ではどうにもならないな…」
真剣に告げる彼の声に、ルカより先に動いたのはフェリチータだった。
「お嬢!」
「私が行く!」
逆方向のドアから出ていき、別の部屋にいるであろうコズエの元へ。
ジョーリィはその間にユエの手をどかし、異常な炎のような色を放つスティグマータを直に確認する。
素肌の上に記された“吊るし人”のマークが赤く濁る。
目をぎゅう…と瞑り、声も細々と堪えつつ叫ぶ彼女の声は止むことがなかった。
33. 夢の中の狼
それは、もう随分昔の記憶だ。
今から十数年も前の記憶。
人狼族というのは、何百年も生きれる命を持っている。
容姿の成長は人間と比べて4分の1くらいの速度で進んでいく。
つまり、同い年くらいに見えても相手の精神年齢はきちんと俺の4倍年老いている。
だからこそ。
だからこそ。
俺はアイツといるのが、とても心地よかったのかもしれない。
オリビオンと呼ばれる地域が見下ろせる城の、最上部にある大きなテラスに出て、その光景を目に焼き付ける。
何十年もここで過ごしてきたが、1人でこんな気持ちで来るのは…久しぶりだ。
いや、違う。
いつでもこんな気持ちで、奴の帰りを待っていた。
だが、それをやめたのはいつからか。
“戻らない”と脳内で過り、それが確信へとだんだんへと変わり…――いつからか目を逸らした事実。
だから、“待っている”という認識でそこに立つのは久しぶりだった。
「ガロ…」
濃灰の髪が揺れる。ここから去った友人の名前をジジが零した。
出逢ったのも、ここ。
そして、別れたのもこの場所だった。
「ジジ」
高い声が、ジジの名前を呼ぶ。
返事はしなかったが、仲間が自分を呼んでいるのは理解できていた。
半身振り返って、いつもと変わらない平常を装って返せば立っていた蒼い瞳の少女。
「ファリベル…」
珍しく1人か?と思いながらジジがきちんと振り返る。
ファリベルはジジの下まで行けば、オリビオンの景色を一度見渡して黙った。
「……ねぇ、アルト見なかった?」
ファリベルが――何かを想ったのは確かだろう。だが、それは語らずに――ここに来た理由を告げる。
「アルト?」
「えぇ。もう結構前から姿が見えないの」
どうしたのかしら…と言いながら、ファリベルはもう1度オリビオンの姿へ視線を落とす。
ジジは彼女の顔を少し見つめてから目を伏せた。
「さぁ。見てない」
「そう。どこ行ったのかしら…。ラディもまだ戻らないし」
「…――」
ジジが目を見張る。
「ラディ…?」
まだ戻ってないのか…とジジが眉間にシワを寄せる。
「アルトもラディも大丈夫かしら……」
「2人はそんな弱くねぇだろ」
「そうだけど」
だけど、とファリベルは続ける。
「何か……嫌な予感がするの」
「…」
そんなのとっくの昔からしてる、と思いながら口には出さなかった。
オリビオンと陸を結ぶ橋が見えるが、その先にはダクトへ続く森が広がる。
「ジジ」
「あ?」
この場を立ち去ろうと足を進め始めたジジを止めるように、ファリベルが視線を空の向こうに投げながら告げた。
「私達…姫様を救う事が出来るかしら……?」
「…」
ゆっくり振り返った瞳が、不安を訴える。
半面だけ視線を合わせるようにしてジジがファリベルと向かい合う。
「ごめん…。ジジも色々考えていて思い詰めてるでしょうに、弱音を吐いて」
「は?色々ってなんだよ」
「…」
少しだけ、図星だったのでムキになって返してしまった。
ファリベルは顔を俯かせて…小さく小さく声にした。
「帰らずの友人のこととか……」
「―――……」
「ジジがここに1人で来る時って、彼のこと考えてるんでしょう…?」
仲間想いの、面倒見のいい姉貴のようなファリベルだ。
彼女の言葉に少しだけ動揺を見せたのは間違いじゃない。
言葉を返すことが出来なかった。
「私はその彼のことよく知らないけれど…ジジにとっては……―――」
「…」
【ジジ】
名前を呼ぶ声が、まだ木霊する。
耳に張り付いて、消えない声。
腕についた子猫がつけるような鈴のアクセサリー。
そこから響く音色。
首に重ねて巻かれた紺色のリボン。
初めて心を通わせた、“友達”…―――。