30. 楔が齎す綻び
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ティーカップを置いて、少し黙った、物知りじいさんと言われるご老人。
憂いと切なさを見せる視線が上がった時、彼はこの戦いの発端であろう2人の天才錬金術師について、教えてくれた…。
30. 楔が齎す綻び
「ウィル・インゲニオーススとバレア・フォルド…。どちらも、ワシの弟子じゃ…」
ウィルとバレアは同じ師匠の下で錬金術を学んでいた。
兄弟弟子というやつだった。
「入門はバレアの方が早かったのぉ。ワシの最後の弟子はバレアになることを覚悟し取ったある春のことじゃ…」
「…」
「ワシもバレアが一人前になると同時に、隠居しようと考えておってな…。そんな時だったよ、ウィルが現れたのは」
遠くを眺める視線はどこか嬉しそうで…。
だが、その想いも今はどこか悲しく見える。
「幾数年に1人という逸材じゃったよ、ウィル・インゲニオーススという男は」
「…」
「あの頃から、後の天才錬金術師の影を見せておった…」
その春。
バレアと2人で修業を積んでいたご老人の下にやってきたウィル。
僅か8歳という年でありながら、知識を自ら溜めこみ、それを活かすために入門ということで老人のもとへとやってきたのが彼だった。
「8歳のウィルと、20歳になろうとしておったバレア。2人は年の差もあり、バレアがウィルを弟のように可愛がり…。2人の絆は生まれたのじゃよ」
だが、それは天才と天才というものが齎した…悲劇によって失われる日が来る…。
「2人は互いの力を競い、そして負けずとして力を高めていった…。だが、根本の力が違ったのだ…」
「根本の力というと…」
ルカが錬金術の根本の力と言う言葉を聞き、首をかしげる。
この時代の錬金術時代が自分達がいた100年後の世界のものとはまた少し違う。
100年後…レガーロの錬金術でいえば、それは知識の量、活かせるだけの技量と経験になってくる。
だがこの時代のそれは―――
「才能というべきか…。ウィルは本物の天才肌じゃった。対してバレアはどちらかというと、それが備わっておらん」
「才能…」
「素質の無さをカバーしたのが、バレアの負けず嫌いと努力を惜しみなく続ける力だった」
よく努力に勝る天才はいない、という言葉があるが…この2人に例の言葉は当て嵌まらなかったようだ。
「バレアも負けぬ実力だったさ…。だがそれはウィルより12年多く生きており、そして見てきた経験を活用したから…。じゃがのぉ…ウィルは奴をたった1年で追い負かす程だった」
「1年で!?」
「ウィル・インゲニオーススをそこらの錬金術師と一緒にするでないぞ…。ウィルはワシの最後の弟子であり、最初で最後の―――」
バレアは、どんな気持ちだったのだろう。
「化け物と呼ばれた男じゃ……」
きっと、悔しくて仕方なかったはずだ。
「バレアはそれで、どうしたの……?」
パーチェが気になる、というように聞けばご老人はティーカップに角砂糖を1つ、ミルクを数滴足して溜息をついた。
「何も言わんかったの……。ウィルが1年で最年少記録を叩きだし、オリビオンの錬金術師の資格を取った時も」
「…」
「バレアは最後の最後まで、ウィルに思いをぶつけることなく、耐え抜き、努力を続けた」
「(バレア・フォルド……)」
だが、いつかそれにも限界が来る。
いや、限界が来たから…―――この事態が起こっているのだろう。
「ウィルと出逢って間もなく、バレアはある事実を知ることになってのぉ」
「ある事実?」
「バレアの国籍じゃ」
「国籍……。ランザスの人間ってことか?」
「そうじゃ」
ノヴァの問いに、老人は静かに答えた。
「バレアは自分ではオリビオンの人間だと思っていたのじゃが、実際はランザスの……しかも王族の人間じゃった」
「!」
「ランザスの王族?」
「そう。奴が正統後継者じゃよ」
糸が…繋がり始める…―――。
「バレアはその事実を知ってすぐ、王族の女と婚約をし、2年後には子宝にも恵まれ……幸せじゃっただろうに」
「…」
「バレアはそれでもオリビオンのワシらの所に通い、錬金術を学び続けていた。それがバレアの最後の意地だったのじゃろう」
窓辺に飾ってあった首ちょんぱのピエロのアンティークが、隙間風で揺れる。
隣に飾ってあった花も1枚、花弁を落とし……朽ちていく。
「だが、妬みの限界がきていたのか……。バレアの中の糸が切れたのか……。当時の心情を読み解けはしないが―――」
デビトも、ルカも顔をしかめ…視線を老人に向けて続けた。
リベルタとノヴァも、コズエも黙って話を聞き続ける。
「バレアが廻国のことを嗅ぎつけ始め、そして確信する。オリビオンに廻国が存在し、その力が強大であることに」
「!」
辛い、悲しい出来事。
「それをもってして……バレアは全てを壊すことを決めてしまった」
「ランザスの王族の人間であるなら、軍などを動かす権力もバレアが握っているんだよな……?」
リベルタの言葉は最もだ。
「バレアの指令の下、ランザスはオリビオンに攻撃を始める」
「…」
「この時、ウィルが26歳、バレアが38歳。出逢って18年の月日が流れておった」
18年間で築いてきた、弟のように可愛がってきたウィル・インゲニオーススとの絆。それらが作りだした劣等感が、バレアには募っていたはずだ。
彼だって努力から手に入れた実力は嘘などではなかっただろう。
だが、それも信じられないくらい…“ウィル・インゲニオースス”という男の存在が心に焼き付いていたとしたら…――。
負けず嫌いな彼からすれば、辛かった部分もたくさんあるだろう。
「ですが、だからと言って強大な力を使い、オリビオンを征服させ世界を滅亡させていい理由なんてないでしょう」
「正論だなァ」
ルカの凛とした声にデビトが頷く。
「その嫉妬に、大勢の人間を巻きこんでいいはずねェ」
「だね。どんな理由であれ、戦争はダメだよ…」
パーチェも悲しそうに言えば、老人は黙ってしまった。
だが、コズエは小さく拳を作って震えながらそれを振りかざさないように耐えていた。