03. 隠されたもの
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漆黒のマントが音を立てて、靡く。
―――ファミリーが寝静まった夜。
待っていた、という形で1人の少女は黒スーツを脱いだ。
フェリチータと同じ黒いスカートを脱ぎ捨てて、自分が動きやすい、ショートパンツに。
腿の外側にはチャックがついており、開閉が出来る。
ベルトには小さいポシェットが3つ。
右に2つと左に1つ。
左側にだけ襞がついたショートパンツと、上着はスーツを脱ぎ捨ててネクタイもやめた。
黒いナポレオンジャケットのような上着を羽織り、その胸に輝いたのは1つの“A”というバッチ。
ニーハイを履きなおして、両脚に武器を仕込むためのベルトをして。
最後に灰色のフードつきのローブを被れば完成。
顔をあげた瞳の色は紅色。
静かに、いつもと違う闇に溶ける格好で館を出れば、彼女は小さく呟いた。
「オーラコンドゥシャン・レターニタ」
紅色の光は空へ伸びて―――ユエはゆっくりと足を進める。
今日も同じ作業をするために。
何度やっても、どこをどうやっても彼女は納得が出来ていなかった。
その結果に。
間違えるはずのない、この能力で叩きだした結果に。
「相変わらずだな」
そんな光景を見つめていたのが、館の中から葉巻を揺らしたジョーリィ。
彼には分かっていた。
ユエの体が、もう持たないということは。
「休まず、あれだけ莫大な能力を毎日使い続ければ…」
精神力などの問題ではない。
ユエの体が壊れるのは目に見えている結果だ。
「ユエ…」
今日もボロボロになる姿を想像し……彼は彼女の帰りを待っていた―――。
03. 隠されたもの
「あれ?」
夕食時のリストランテ。
パーチェは馴染みのそこへ足を踏み入れた時、声をあげた。
「デビト、ユエは?」
パーチェはここでユエとデビトと約束をしていた。
ルカはフェリチータとの剣の仕事があるとかで、今日は来れないと言っていたのでここにいるのは3人のはずなのに…。
1人、姿が足りなかった。
「あァ?お前、一緒じゃなかったのか?」
「え?オレ、朝から見てないよ?」
いるはずのユエの姿が見えないので、デビトのいた席に腰かけながらパーチェが首をかしげた。
「………ねぇ、オレ思うんだけど」
パーチェがあんまり言いたくないなと思いつつ、つい口にしてしまった。
「最近、ユエ……あんまり見かけないよね?」
「…」
「食堂でも決まった時間に来ないし、館で見かけることも少ないし、リベルタもユエが船になかなか来ないって言ってて」
パーチェの疑問と不安は、彼だけのものではなかった。
ユエは、幽霊船騒動後くらいから彼らに隠れて何かをしているように思えていた。
その行動がこの1ヵ月くらい、続いているように思えたのだ。
「なんかオレ、イヤな予感がするんだ…」
「……」
「ユエ…また1人で抱え込んでるんじゃ…」
ここに来ないことも、約束を平気ですっぽかしたり、以前はきっちりと時間通りに食堂に現れていた彼女が現れなかったり。
弛んでいるとも言える行動だったが、その根本が違う気がした。
「直接聞いても、口は割らないだろうな」
「だよね…」
「ま、取り越し苦労なら1番だけどなァ」
デビトが注文していたワインに口をつけると同時だった。
カラン…とリストランテの扉が大きく開かれ、彼らの前に現れた人物の姿。
話題の中心である者であれば1番よかったのだが、全くの別人だった。
ただ相手はファミリーの端くれと言える人物だったので2人が顔をあげる。
「あ、アッシュ!」
パーチェが現れた銀髪の少年に、ラザニアを注文して届くのを待っていたフォークを左右に振り、挨拶をする。
アッシュが一瞬、“面倒なのに見つかった…”という顔をしていた。
「どーしたの?アッシュもご飯?」
「違う」
「ならなんだァ?1人でリストランテに来るなんて」
「ユエの居場所、知らねぇか?」
「!」
先程まで会話の真ん中にいた彼女の名前が彼から出てきたので、デビトとパーチェが顔を合わせた。
「ユエがどうかしたの?」
「アイツに錬金術の本……まぁ、用があって昼間から捜してんだが、捕まらねぇ」
「……」
まぁまぁ、座りなよ!とパーチェが持ち前の怪力で彼を椅子に座らせる。
デビトはアッシュの言葉に彼女の身を案じ、ついに動き出す。
ガタン…と立ち上がり、彼はその場を後にする。
「デビト?」
「先に戻るぜ、パーチェ」
「え、あっ、ちょっとデビト!」
制止の声を飛ばしたのだが、彼は止まることはなかった。
「デビトのやつぅ…」
パーチェがぶぅぅ…と頬を膨らませたところで、お目当てのラザニアが運ばれてきたので、彼は黙ってそれを口にし始めた。
アッシュは、デビトの背がどこへ向かっているのかが分かったが、それに着いていくのは自分のプライドが許さない。
「あ、アッシュも行っちゃうのぉ?」
「ユエを捜す」
じゃあな、と告げてパーチェを残し、アッシュもリストランテから出ていく。
パーチェは溜息をつきつつ、ラザニアを食べ進めるのであった。
◇◆◇◆◇
【ヨシュア……】
【ユエ……っ!?】
【……】
【どうしたんです、その血…】
慌てて駆け寄って来たモノクルの彼の目は見れずに、視線を逸らした。
自分の体に、何がどれだけ付着しているのかも分かっている。
だが、痛みはない。
【ユエ……】
【――……カジノを1つ、潰した】
【…】
【不正運営してたからケーサツは助かったって、お礼をしてくれた……】
【…】
【………褒めて】
【……、よくやりましたね。ユエ】
【…】
【ですが、1つ聞かせて下さい。それだけ正しいことに貢献したのに…――】
顔に、服に、髪に、脚に。
大量の血を、返り血を纏い…。
ユエは今にも壊れそうな目でヨシュアを見ていた。
【どうしてそんな哀しそうな顔をしているんですか?】
気付いた時には目から涙が零れていた。
血を洗い流し、止まることを知らず…。
手に握られたリボンと、もう戻らない温もりが……未だそこにあって…―――。
【あたし……もっと強くなる…】
もう、こんな気持ちはごめんだ。
【誰もあたしに背を見せて、あたしを守ることがないように】