09. 幸せにふれたら
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「どこにもいない……」
船底の船室で、ユエは溜息をついた。
探している人物・アッシュが見つからないのだ。
巧い具合にすれ違っていることは予想していたが、全く手掛かりがなかったので雲隠れしてしまったのではないかと睨んでいた。
だが、デビトやルカ、パーチェからしたらユエが雲隠れしたと言っていい状況であることを彼女は理解していない。
「!」
船底を見て回っている時のこと。
この船を動かす動力である炎が見えた。
アッシュが絶やすことなく燃やし続けることによって、幽霊船は帆を進めることが出来ている。
そしてその炎をまじまじと見つめ、見上げる存在が佇んでいた。
「なにしてるの」
「……」
「ジョーリィ」
呆れた。という声を出して彼の後ろ姿に話しかければ、葉巻の煙を出しながら怪しい笑みを浮かべる……。
「珍しい炎だ」
「……」
「素晴らしい研究対象だと思ってね……」
「働けこの能無し相談役」
09. 幸せにふれたら
ジョーリィは1人でそこにいたようで、他には誰の姿も見えなかった。
ダンテあたりと一緒だったのではないかと思ったのだが……。
「フェルは?」
彼が一人でいることを見れば、フェリチータの所在はつかめていないのだろう。
それでも念のため聞いておこうという心持ちで尋ねれば、表情を変えずに彼は答える。
「残念ながら、私は確保していない」
「…」
「貴様こそ、収穫はあったのか……?」
「あったら1人でいないってば」
吐き捨てるように言えば、足を止めたことで今までの疲労感が一気に体に現れた。
腰を下ろしたいという体。
それもそのはずで丸一日探し回っていたのだ。
デビト達と離れてたのは明け方だが、もうすぐ夜が来る……。
このままでは再び骸骨の襲撃に遭った時、自己防衛すら出来ないかもしれない。
疲れた、と顔に出ていたようだ。
ジョーリィがユエの顔を覗きこむために近くまでやってくる。
「顔色が悪いな」
「……」
顔をまじまじと見つめられ、ユエが目をぱちくりさせる。
「あー……ずっと船内、歩いてたから」
「何か口にしたか?」
「……」
そういえばしてないということを思い出した。
「来い」
「あ、ちょっと……!」
いきなりユエを引っ張り、ジョーリィが船底の一室へと扉を開け放った。
そこは、船底の書庫。
アッシュが常日頃から籠る部屋の1つでもあるし、ユエにはあまり必要ない専門的すぎる錬金術の本が置いてある部屋だ。
「食べるといい」
差し出されたのは、りんごだった。
これはアッシュがすぐに口にできるようにと、だいたいどこにでも置いてあるもので……。
色々と理由があるのも知っていた。
「……ありがとう」
差し出されれば、感じていなかった空腹感に襲われる。
しゃりしゃりと音を立てながら口にすれば、新鮮であることが窺えた。
「ジョーリィはなにしてたの?」
「この船の燃料を調べていた」
「……」
「出航したこの船が、レガーロに戻るためにはどれだけの燃料が必要か……。計算しなくてはなるまい。残りの時間を出して行動しなければ、お嬢様もタロッコも奪還したとしても意味などないからな」
ジョーリィの言ってることは最もだった。
が。
ユエはこの船の仕組みを知っている。
彼・アッシュが望めばどこへでも、どこまででも行けることを。
「じゃあ、あたしにりんご差し出してる時間なんてないじゃん」
「そうだな…」
返って来た言葉は、船の仕組みを理解できていないからこそだと思ったのだが。
「だが、私からすれば燃料を持たずとも動くこの船より……」
「!」
すっ……と顔の横に腕を突かれ、壁に追い込まれた状態になる。
「おまえの顔色の方が、よっぽど気になることだ」
「っ……」
デビトとは違う、パーチェやルカとも違う、ストレートすぎる言葉。
ユエが戸惑い、顔を逸らした。
「それに燃料がないのであれば、問題はない」
ジョーリィがそのまま会話を続ける。
「あの炎は……特殊なものだ」
「……」
「あれで船が動くのであれば、タロッコを盗んだ者を捕まえれば全て治まること」
さすが。と思わずにはいられなかった。
やはりジョーリィを超える錬金術師はそうそういない。
そんなこと、当の昔にわかっている。
「それに気になることもある」
「気になること?」
ジョーリィがようやくユエを開放し、ポケットに片手を突っ込みつつ、告げる。
「“正義”の宿主……」
「!」
「モンドの息子が……この船にいる」
そうか。とユエは確信した。
ジョーリィは外見上の時を止めているだけである。
彼の年齢を考えれば、ヨシュアと面識があったとしても、なんら違和感はない。
「ヨシュアを知ってるの……?」
「!」
今度は、ジョーリィが驚く番だった。
「ユエ……何故、お前がアイツの名を知っている…?」
「……」
答えるつもりは、なかった。
あの幸せな時間を。
苦労もしたが、間違いなく望んだ道を歩いた12年間を……曝す気にはなれなかった。
それはアッシュやヨシュア、タロッコを盗んだ彼らの仲間であると思われたくないという感情からくるものではない。
むしろ逆だった。
仲間だからこそ。
大事だからこそ……ユエが止めなければ。と思っていたのだ。
「ヨシュアの息子って誰?」
「……」
「モンドさんの孫、アンタなら誰だか知ってるんじゃない?」
ユエが鋭く尋ねるが、ジョーリィもただで答える気はなさそうだ。
「アイツの望みはそれか?」
「そんなことでタロッコが暴走するの?」
「暴走……?」
「今まで……―――ヨシュアが白骨化することなんて一度もなかった」
アッシュと同じことを思い、述べたユエ。
彼女から出た言葉にジョーリィが目を見開く。
「―――……ここに、いたのか」
「……」
「なるほどな」
否定はしなかった。
させる気もない。
レガーロを出て、どんな道を歩いてきたのかを晒す気もない。
「続けろ」
葉巻を潰し、手元にあった1つの本をめくりながらジョーリィが言う。
ユエからすれば彼の態度が気に食わなかったが、ジョーリィが何か知っているならば止められる方法が見える気がした。
「見たところこの船は、あたしが降りてからも何も変わってない。つまり、影響を及ぼしているのは外部から与えられたものってこと」
「それがタロッコだと?」
「可能性の話。でもタロッコが自我を乗っ取るなんて……あり得るの?」
「……なくはない。スミレも以前、審判のカードに意識を奪われている」
そうなのか……と、読みは正しい方向へと進んでいた。
「どうやってスミレさんは助かったの?」
「お嬢様だ」
「フェル……?」