05. 牢獄ブラザーズ
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水は昔から嫌いだった。
どうしても好きになれなかった。
「むぅ……」
火を見ても、相手を傷つけないことを覚えた。
静電気を帯びていても、相手に触れたときに通電させないことを身につけた。
でも、水は違った。
「………」
意識もしてないのに、お風呂がぐるぐると渦巻く。
決して不便だったり、何か問題があるわけではないけれどあたしが普通でないことを思い知らされてしまう。
「できないぃ」
入浴場で、制御できるか何度も何度も試したけれど叶わなかった。
「……もうヤダ」
入浴場の淵に突っ伏して涙ぐんでしまう。
どうしてあたしはフェノメナキネシストなどという、変な力を持っているのか。
力というより体質なのだけれど、こんなもの望んだ思えはない。
「ぅっ……」
声を押し殺して泣くことさえ出来なかった弱虫。
自分で自分が――力を含めて――好きになれなかった。
「へェ」
「!」
「風呂が渦巻いてらァ」
「デビト……」
浴室に現れたのは、幼き少年。
涙目のまま顔をあげれば、また泣いてたのかと笑われる。
「デビトのえっち」
「なんでだよ」
「入浴中って、張り紙したのに」
「あんな字読めねーよ」
「ひどいッ!」
確かに、6歳の字では10歳の彼からしたら汚いと言われて仕方ない。
でも読めるように書いたから、読めないなんてないはずだ。
「読めないのはデビトがばかだからだよ」
「なんつった?」
「……」
「それにここ、男湯だぜ」
「だから?」
「…………。」
きょとん…と返した彼女に、デビトが“信じらんねえ”という顔をしていた。
「……ジョーリィが素っ裸で入ってきても、逃げられねーぞ」
「ジョーリィは字が読めるもん」
「お前はアイツの陰険さを知らないんだよ」
「インケン……?」
“それってなあに?”と尋ねようと思って、きちんと振り返った時だ。
指先が少しデビトの方へ向いただけで、大きな浴槽にためてあった水が彼へと向かい、そして――
「あ……っ、デビト!!」
「!?」
ザァァァァ!!と頭から降り注ぎ、彼はびしょ濡れになってしまった。
思わずユエの顔が青ざめる。
「ご……ごめんな、さい……」
「……」
未だに浴槽の中でより勢いよく渦巻いているそれ。
瞳にまた、涙が溜まっていくのがわかった。
「ぷ……っ」
「え……」
「ハハハっ」
「で、デビト……?」
怒りに狂って笑い出したのかと思えば、彼はあたしの頭に手をぽん!と乗せた。
「ほんと……お前は思い通りにならねェな、ユエ」
「デビト……?」
聞きとれない大きさで囁かれた言葉。
聞き返す前に、彼が笑ってくれた。
「飽きないって意味」
「飽きない?」
「相変わらず、いい力持ってるな」
「!」
そんな風に言われたのは、初めてだった。
「将来、どんな女になるかが面白いぜ。お前はよ」
「……」
そのまま渦巻く浴槽の中に入るデビトの背を見て、あたしは更に目を丸くすることしかできなかった。
「ユエ、来い!」
「え……」
「嫌いとか、怖いとか思ってるからダメなんだよ」
「そ、そんなことない……っ!」
「嘘つけ!ルカがお前は“カナヅチ”だって言ってたぜ」
「な……言わないでって言ったのに!!」
急いで撤回したけれど、彼はケラケラ笑いながら自分に浴槽の水をかけてくる。
顔にかけられ、不快だったのだけれど……――それ以上に見れた笑顔が嬉しくて。
「デビトのばかーっ!」
言葉はそれはもう悪く言うものだったけれど、笑顔で大浴槽に飛び込んだユエ。
安心してそれを見たデビトと、水遊びがしばらく……その年の夏は続いていた。
それからだ。
水も多少は制御ができるようになり、今では日常生活に支障は殆どない。
カナヅチは……―――さすがに完全に克服は出来なかったけれど。
あたしの強さの根底にあるのは、あの日のデビトのやりとりのおかげだと思っている。
「(海面が……遠い……)」
投げ出された海の中、意識をギリギリ保ちながらあたしはそんなことを考えていた……。
04.牢獄ブラザーズ
海中へと投げ出されたユエ。
打ち所が悪かったらしく、体が一気にだるさを増していた。
酸欠となる体は、海面に浮上する気力と意識を低下させる……。
「(やばい……意識が……―――)」
酸素が脳に足りないらしく、静かに……ユエは目を閉じてしまった…。
制御する力がなくなり、彼女の周りに渦巻き始める海水。
渦潮とまではいかないけれど、ユエの体を取り巻いていく。
一度目を閉じたユエ。
このまま海の餌食となるかと思えたが、彼女が目を開けようと思う出来事が起きた。
「(だ……れ……?)」
海面から差し込む光で反射してしまい、顔の確認ができない。
まして溶け込む意識の中。
だが、確実に自分は誰かに腕を引かれた。
「(……だ……れ、…)」
引かれた腕はそのまま誰かに包まれて、体がだんだん浮上していく。
力を振り絞って相手の体にしがみついた。
掴んだ先にあったなにか―――金属製のものを握り締める。
「……っはぁ…!!!」
無事に浮上し、酸素のある所まで戻って来たようだ。
助け出してくれたその人物が息を大きく吸った。
「ユエ……っ」
噎せ返るユエの背を押さえ、ヨシュアの強い力で弾かれた肩の傷をさすってくれた。
「ユエ……っ」
「―――……」
顔を見る前に、意識が途切れる……。
何度も名前を呼ばれたのだけれど一度も返事をすることはできなかった―――。
◇◆◇◆◇
「ほら、お前にもやるよ」
「!」
アッシュに連れ去られたフェリチータは、彼の自室にいた。
何が何だかわからないうちに連れてこられた部屋は、本や資料が山ほど散らかっており、そして何よりりんごがあちこちに落ちていた。
「りんご……?」
そして、彼から差し出されたのもりんごだった。
「腹へってねーのか?」
「……」
何を悠長なことを言っているのか、とフェリチータは思い、敵である彼を睨み上げる。
「んだよ、ここへ連れてきた時のこと、まだ怒ってんのか?」
「当り前」
「なら食わなくていい。貴重なここでの食料だ」
「……」
フェリチータはまだ納得いかない。という顔でアッシュを見つめていた。
アッシュはそれに気付いていたが、何も言わない。
「タロッコを返して」
「“返して”はオカシイだろ。タロッコはもともと、俺の一族に伝わるものだ」
「!」
そう言えば。と思い出す。
【我、偉大なるウィル・インゲニオーススの力を解き放つ……】
「ウィル・インゲニオースス……」
「なんだ、知ってんのか?」
「タロッコを作った錬金術師……でしょ」
ルカが昔、教えてくれたと心で思い返した。
彼はその子孫だというのだろうか。
「俺はその血を継ぐ一族だ。だからタロッコは、俺のもの」
納得できる答えが返ってきてしまったので、フェリチータが黙る。
次はこっちの番だ、というように彼が口を開いた。
「お前以外に、もう1人―――女がいたな」
「!」
唐突に切りだされたのは、タロッコでも、アルカナファミリアについてでもなく……ユエのことだった…。
「お前、アイツの知り合いか?」
「アナタこそ……ユエの知り合い?」
「今質問してるのは、俺だ」
フェリチータが言葉を詰まらせたという雰囲気を見せたが一度、頷いた。
「ユエは、私の家族」
「……」
フェリチータから吐き出された言葉に、今度はアッシュが息を止め、目を少し―――見開く。
「家族……ね」
「……?」
悲しみを少し見せたアッシュの背から、心を覗くことも出来たが……フェリチータはそれをしなかった。
「この部屋は、骸骨が入れないようになってる。俺が普段から使用してる部屋だ」
「!」
アッシュから出てきた単語に、さきほど甲板でとんでもなく怖い思いをしたのが甦った。
「休みたいなら休め。俺は疲れた。少し寝る」
「どうして助けてくれたの……?」
ベッドにごろん…となったアッシュを、フェリチータが見つめながら尋ねた。