遡ること、120日前

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第12のカードの宿主





ゆらゆらと、静かに、だがどこか不気味に揺れるその空間に1つの声が響いた。



「アッシュ、大変だ。大変大変なことになったよ」



ガチャリ、と扉を開けてアッシュの前に現れたのは乗船客の1人…ヨシュア。



「んあぁ?どうした?」



自室の机の上に散乱している文献を、そのまま机自体に腰かけ、足をイスに乗せた状態で目を通している…なんとも態度の悪い彼が、入って来た金髪の男に首をかしげた。


その慌てぶりから、何か重要なことが起きたのかと思えば…



「洗濯用石鹸が……なくなってしまったんだ」


「はぁ?」



告げられたものは……アッシュが予想していたものとは、全くの別物であり、彼は一気に眉間にシワを寄せる。



「いちいち大袈裟なんだよ、ヨシュア。なくなったって、ただ使い終わっただけだよな?」


「そうです。次の洗濯は、水洗いということになるね」


「じゃあ水で洗えよ」


「いい匂いのしない服に袖は通せない」



入り口の近くで立ち尽くしつつ、自分のストライプの服を眺めながら、心底ヨシュアは悲しそうに告げる。


アッシュはそんな彼に、隠そうともせずに溜息をついた。



「めんどくせぇな。服なんてしばらく洗わなくても、死にやしねぇだろ」



というか、お前死んでるしな。とは敢えて言わなかった。


もちろん、彼も自覚しているし。



「いや、待ってほしい。私はストライプの柄が一色に見えるようなシャツに腕を通したくないんだ。私にとっては……死活問題だよ」


「必死すぎだろ。一色のシンプルな服でいいじゃねぇか」



もう聞くだけ無駄だ。とアッシュは読んでいた文献に再度、目を落とした。



「この船で不潔かつ怠惰なことは許されない。さ、アッシュ。買い出しに行ってください」



アッシュは最後の言葉を聞き、パタン!と文献を閉じた。


目を細め、呆れた顔でもう1度、きっちり彼の顔を見る。



「って、船の主は俺だろうが。船の舵を取るのも俺。お前は乗客。違うか?」


「もちろん、わかっているよ。それはそれとして健全な生活維持をするための提案として聞いてほしい」


「ほんと、めんどくせぇな…」



フイッと顔を一瞬逸らして、アッシュが吐き捨てた言葉をヨシュアは何とも思わず聞き流した。



「こんな目立つ船が、そう簡単に人目のある土地をフラフラできるわけないだろ」


「だが…」


「いいか、行き先は俺が決める。そこに余計な口を挟むな」



はぁ…ともう1度、大きな溜息をついてアッシュは机から飛び降りた。



「しばらく書庫にこもる。じゃあな」


「ううーん、そういえば…君の購読している雑誌があっただろう?最新の錬金技術を記した内容だったかな?」



そのままヨシュアの横を抜け、ここにはない本を探しに書庫へと足を向けた時に彼から突き出された言葉。



「あぁ…。古い知識だけじゃなく、新しい知識も研究の役に立つからな」


「その雑誌の…新しい号がそろそろ出ている頃じゃないか?」


「あー……もうそんな時期だったか?ま、知識の買い出しは悪くねぇ」



アッシュの心情の変化を読み取った、ヨシュアの方が上手であった。



「そうそう。暗い部屋に閉じこもってばかりのアッシュに教えておきたいものがある」


「なんだ?小言なら聞かねェぞ」


「君の健康のためにも有益なものだよ。この近海にある島の特産品が視力の低下を押さえる果物らしい」



書庫へ向けていた足は、完全に彼の手によって止められてしまった。



「へぇ。そんなものがあるのか。よく知ってるな」


「いつも読んでいる雑誌に書いてありました。ただ…」



彼が、また意味ありげに言葉を止める。



「連載記事が気になる所で終わっているんです…」


「………あぁ?」



ここで―――そう、彼は表面だけが捻くれているのであり、中身は素直なので―――足を止めなければよかった…と後悔する。



「さ。というわけで、有益な果物と研究書籍と洗濯用石鹸と私が購読している雑誌の買い出しに行ってください」


「ヨシュア、お前その雑誌の続きが読みたいだけだろ?」


「さぁて。そろそろ私は甲板の掃除に行ってきます」



あぁ…やられた、とアッシュは即座に項垂れた。



◇◆◇◆◇



「で。ヨシュアに言われるままに、買い出しのためにいきなり航路変更したわけ?」


「しょーがねぇだろ。あのまま、ほおっておいても、洗濯洗濯、雑誌雑誌うるさそーだったし」


「まぁ確かに……」



ヨシュアに言われるまま一番近い島に降り立ったアッシュと、事情を聞きながら一緒に島の市場を行くもう1人の乗船客・ユエ


彼女は人間なので船を離れ、島に降り立つことができる。


溜息まじりに買い物リストを手にしたアッシュと、ヨシュアの相変わらず――アッシュの扱い方がうまい――部分に、呆れとおかしさの笑みが溢れてしまう。



「で、次はどこ?」


「そうだな…」



アッシュの手には既に自分と、そして船で自分達を待っているであろう乗船客の購読雑誌がぶらさがっている。



「洗濯用石鹸…だな」


「だとしたら…こっちかな」



ユエがなんとなくで決めた方向に行く。


アッシュは一瞬、彼女をこのままアテにしていいのか迷ったが、色々めんどうになってきたので、そのまま彼女について行くことにした。


どうやら勘はいいらしく、目的の洗濯用石鹸が売っている店に偶然にも辿り着くことが出来た。


だが、そこは広場の一番賑やかな場所の近くにあり、人ごみがすごい。


はぐれたら、また手間がかかるな…とアッシュが思っていた時だ。



「っ、ユエ!」


「わ…ッ」



人ごみに逆らうようにして自分達の方へ歩いてきた男と肩がぶつかり、ユエのバランスが崩れる。


隣ではなく、後ろを歩いていたアッシュが迷いなくユエの体を自分の胸と腕で支えた。


右手をユエに回し、後ろから額に手をあてる形で受け止めれば、彼女はそのまま倒れずに済んだ。



「気をつけろ」


「ご、ごめん…」



強いくせに、変なとこぼーっとしてる家族を見下ろしながら、アッシュは唇を尖らせた。


離す時に、その肩に触れると…



「……ん…?」


「え?」



アッシュは少しだけ、違和感を感じる。



「なに?」



肩を掴んだまま、固まってしまったアッシュを見上げてきた紅色が首をかしげる。



「いや」



すっ…とそのまま離せば、彼は前を行く。


ユエは“…?”と思いながら、そのまま何事もなかったように彼の後を進んだ。



「(コイツ…こんな小さかったか?てか、細すぎる…)」



最近、自分はトラから人間に戻るための研究でユエと過す時間が減ってきているのは自覚していた。


その間に、彼女が痩せたのか、やつれたのか、ダイエットをしているのか…。


………だが、最低でも食事の時は顔を合わせるので、彼女にそんなそ素振りがないことは確かだと思う。



「ねぇ、アッシュ」


「あ?」



考え込んでいた所で、今度は背後からユエが声をかけてきた。



「また背のびた?」


「あ?そうか…?」


「うん…」



足を止めてやれば、見上げてくる彼女の角度は少し…首が辛くなりそうだった。


自分では分からないものだったが、彼女はアッシュの変化に気付いている。


…そう、お互い様なのだ。



「そーゆうお前こそ、痩せたか?」


「え?」


「肩、細すぎだろ」


「……そう?変わらないけど…」



自分の肩や、体系を見渡すように視線を送るユエを横目で見ながら、アッシュも自分の頭のてっぺんに意識を集中させてしまった。


…そうか、伸びたのか。と。



「自分じゃ、自分のことなんて分かんないね」


「まぁな」



人ごみを抜け、ようやくお店の前までやってきた2人。


風がだんだんと強くなり、アッシュのマントやユエの髪を靡かせる。


春先の、少し温かい空気が2人の間を駆け抜けた。



「!」



と、その時気付く。



「オイ、ユエ。ピアスどーした?」


「ん?あぁ、コレ?」



アッシュが石鹸を求めつつ、入ろうとした店の前で風が靡かせた彼女の髪の間から、いつも付けられていた小さいオシャレの異変に気付いた。



「失くしたの」



彼女は、自分の決意を忘れないようにと体に傷を刻んでいた。


その傷―――両耳の穴に、小さいシンプルなデザインのピアスを好んでつけていたのをアッシュは知っていた。



「失くした?大事なヤツだったろ?」


「うん……。この前の島でちょっと揉め事起こした時に落としたんだと思う。気付いたのは出航したあとだったし…しょうがないよ」



ユエが特に感情を出さずに言うので、アッシュは一瞬動きを止める。


あれが、あの石のピアスがどれだけ彼女にとって大事なものか……―――彼は知っていたのだ。



「そんな簡単に諦めるなよ」


「探したよ。船の中は」


「何で言わなかったんだ」



アッシュが“言えば戻った”というように告げれば、ユエが笑った。



「ありがと」


「…」


「でも、もう1つは…ちゃんとあるから」



もう片方の耳を見せれば、確かにそこには輝くものがあった。



「“もう失くすなよ”って言ってるみたいじゃない?」


「は?」


「2つが1つに減った時、それがどれだけ大事なのか思い知るから」


「……まぁ、そうだな」


「だから、今まで以上に大事にする」



変なとこ前向きだな、と思いながらアッシュは雑貨屋の店内を見渡し、洗濯用石鹸を手に取る。


店内はこじんまりとしつつ、色々なモノが売られていた。


洗濯用石鹸や、雑貨もあるかと思えば、小物やアクセサリーなども売っていた。



「不思議なお店だね…」



アッシュと同じことを考えながら、ユエが真横で店内をきょろきょろと見渡している。


変なアンティークの置物や、おしゃれなスタンドライトなども販売されていたが、アッシュがある1つのものに目を止めた…。



「…」



ユエはその間に色々なものを手にとり、そして飽きもせずに未だ店内を見渡していた。


アッシュは微笑し…それと洗濯用石鹸を手に会計へと向かった。





◇◆◇◆◇





「おかえり、アッシュ、ユエ


「ただいま、ヨシュア」



無事に言われたもの全て…そして2人が街で必要だと思ったものを買い、充実な時間を過ごした島での買い出しから戻れば、ヨシュアが笑顔で2人を迎えた。



「アッシュ、息が荒いけれど大丈夫かい?」


「そんだけ疲れたんだよ。どっかの誰かが大量に買い出しを頼んでくれたおかげでなッ」


「ははは、私のせいなら謝ろう」



ヨシュアはまた軽く笑いながら、彼の言葉を聞き流す。


ユエが、本当にヨシュアのアッシュへの対応を尊敬する…と思いながら見つめていると、紙袋の中からアッシュが先程買って来たものを手にした。



「あ、ヨシュア。確か買って来たこの果物は、視力が回復するんだったか?」


「えぇ。そうです。君が食べていいものだよ」


「なら、ありがたくいただくぜ」



アッシュの手には、特産品と言われた果物が乗っていた。


半分食うか?と、丸々の形でアッシュがユエに差し出しつつ、ヨシュアが告げてくる。



「アッシュ。視力と健全で健康な生活のために、1つ約束をしてください」


「あ?」


「書庫にこもるのは1日3時間です。それから脱いだ服はきちんと裏返して、たたんでください。洗濯がしにくいです」



ヨシュアの発言に、2人は顔を見合わせて……洗濯大好き紳士に呆れた視線を返した。



「断る」



◇◆◇◆◇




船に戻ってから何時間か経過した所で、アッシュは動力源の炎を落ちつかせ、甲板へと出た。


そこに、1人の少女がいると確信を持っていたから。



ユエ



甲板の淵で、足をブラブラしながら水平線の向こう側をぼーっと眺めている彼女の名前を呼ぶ。


返事をせずに振り返る紅色に、アッシュは思わず笑みを零してしまった。



「よく飽きねぇな」


「ヨシュアも言ってるでしょ?海はいつ見ても同じわけじゃないんだよ」


「そうかぁ?」


「視野が狭いね、お子様は」


「オイ、もういっぺん言ってみろ」


「いやぁ、今日は綺麗な月夜ですねーアッシュさん」


「誤魔化すなコラ」



一蹴にされてしまったので、アッシュがキッとそのままユエを睨み続けたが、やはり横から見つめると…ピアスがないことが気になってしまった。



「……」


「っひゃァ!?」



海を眺めていた横顔……ピアスがなくなってしまった耳たぶに触れる。


気配なく近付いたせいで、ユエが肩を跳ねさせて反応し、声をあげた。



「な…なに…?」



ユエはびっくりして、耳を押さえて目をぱちくりさせていたが、アッシュは気にも留めずに更に距離を縮める。



「…っ」



甲板の手すりと、アッシュに挟まれて身動きが出来なくなったユエは、アッシュの手の行方を追いかけようとしたが……――彼がしたい行動の意味が見えて、動きを止めた。


男らしい…指先に包まれて、なくなってしまった穴に何かが埋め込まれる感覚。


耳元に、真横に彼の顔があって……いつもは意識しないのに、こんな距離に顔に熱が集中する…。



「幼馴染からのもんと比べると、重みもなんもねぇけど」



耳に新しく飾られたのは、緑の石のピアスだった。



「え……これ……」


「やる」



自分があけてる穴は2つなので、1つはアッシュからのもの、もう1つは失くしてしまったモノの対になる石が埋め込まれている。


もちろん、アッシュから受け取ったものにも対になるもう1つ同じデザインのものがあり、残りはそのままユエ手渡された。



「失くすなよ」


「アッシュ…」



これまたシンプルなものでユエは口元を緩めてしまった。



「ねぇ」


「あ?」



呼ばれたので、離れた距離を振り返れば今度はユエがアッシュの耳に手を伸ばす。


彼女は、アッシュがピアスのホールを使っていないことを知っていた。


今、手渡されたそれをそのまま通し…対は彼に託した。



「うん、いーじゃん」


「…っ」



まさか、対を託されると思っていなくて…その距離が近くて、今度はアッシュが少し赤面した。



「両方あったほうが便利だろ…」


「1こずつ持ってたら、繋がってる感じでしょ?」


「…っ」


「ありがとね。これも大事にする」



1つは……自分が捨ててしまった、幼馴染から貰ったもの。


もう1つは…自分を孤独にしなかった、恩人から貰ったもの。


どちらもユエの耳に今も輝き続けている。











幽霊船騒動から2日が経過した。


そこで、フェリチータが1つの事実に気付く。



「……ねぇ、レガーロに戻った時に気付いて、それからずっと気になってたんだけど…」



フェリチータの声に、その場にいたファミリーが廊下を行く足を止める。



ユエとアッシュ……同じピアスつけてるよね?」


「あァ…?」


「え?そうなの?」


「ななななんですって…?」



思わず足を止めてしまったのは、彼女の幼馴染だった。



「昨日2人が一緒にいるとこ見たんだけど、同じピアスしてたから…」


「……。」


「……。」


「……。」


「え、ユエとアッシュってそーゆー仲なのかぁ!?」



リベルタのあげた叫びに、思わずデビトが彼に蹴りを入れる。


パーチェが“ずるいー!”と叫びつつ、ルカに関しては顔に黒い影を残して笑っていた。



「あのガキ…」


「12年の間に、もし、万が一間違いがあってユエに手を出していたとしたら…」


「え、間違い…?」



デビトとルカが悪笑を浮かべつつ銃とナイフを構えようとする。



「あ、ユエ!」



フェリチータが廊下の角から現れた張本人を呼びとめる。


振り向いた彼女の隣にいたのは…



「あ、アッシュも」



直後に、デビトとルカが銃弾と炎を放ったのは言うまでもない。




(アッシュ!アナタばっかりユエと一緒にいて…ッ)
(あぁ?コイツが誰と一緒にいようが自由だろーが)
(テメェ、12年一緒にいるからって調子乗ってんなよ、ガキ)
(なんだ嫉妬か?)
((な…ッ!?))
(図星か)
(とりあえず、そのピアス外して下さい!)
(んで命令されなきゃならねーんだ。これは俺が買ったやつだ)
((誇らしげに翳さないでください!!/翳すんじゃねぇ!!))



「なに、あそこもう仲良くなったの?」
ユエのおかげだよ」







幽霊船の魔術師・限定版の特典CDのワンシーンを書きたくてやってみました。
全然まとまってなくて、すみません…。汗
眠気と格闘した3時間(笑)
アッシュは家族愛から発展してヒロイン争奪戦に参戦なので、距離的に近いんで有利だったりするのかな…とか。逆に家族の意識が強くて、抱きしめられても何にも真意を受け取れないかな…とか考えながら書いてました。
ピアスネタは、このあとくる前日談のルカ編で語る予定。
アッシュ参戦後、“束縛する男はモテない”宣言した原作のデビトさまを崩しつつあり、申し訳ないです…。妬いてるよ、デビトさん。
ルカ兄さんについても、お嬢様と同じような過度な心配じゃね…?とか思いながら書いてます。←
原作キャラが崩れつつあります、すみません…←


そして、わたしヨシュアが好きです。
彼の洗濯用石鹸への愛はハンパないです。笑
CD聞いて、大爆笑した大好きなシーン…。
アッシュとヨシュアのやりとりは、こんなシーンもあるんだよ。ということを分かっていただければ…(笑)
どこか…リベルタの父です。と、かもし出すヨシュアさんでした。笑


ちなみにアッシュがあげたピアスの石は、ダイオプサイドという緑の石の設定。
石言葉は"道しるべ・信頼"です。



10.13 有輝
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