20. 背を預け、父を救って
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頭の片隅で目があったな、と思った。
「アッシュ」
名前を呼べば、答えてくれた気がした。
目を閉じて、見据える未来。
両手で先程までいた船室から持ってきたリンゴを包み込んで―――差し出した。
そして知る。
きっと、おじさんもあの日……―――。
恐怖ではなく、そこにあったのは愛だ。
彼を止めたい一心で、差し出されたのは大きな愛だった。
20. 背を預け、父を救って
「ユエッッ!!!」
骸骨の群れの中心に追いやられたファミリー。
デビトだけが船長室前の高い位置から、その様子を見つめていた。
叫びを上げると同時に、ユエが顔をあげる。
差し出されたリンゴは……―――
「…ッ」
「アッシュ」
彼に、届いた。
「―――っ、バカ野郎ッッ!!!」
人の姿に戻ったアッシュが、かじりついたリンゴを手から落とすと同時に、ユエを抱きしめた。
ユエが危険を顧みずに差し出したリンゴ。
残っていた少しの自我がアッシュを留め、人に戻した。
背の高い―――デビトと同じ身長のアッシュに抱きしめられれば、ユエの頭がくる位置は同じ。
だが細さも優しさも、抱きしめ方も全く違う。
思考の端で、ユエはそんなことを考えていた。
「なんで飛び出て来たッッ!!!」
ガッと、今度は肩を掴んで目と目を合わせたアッシュとユエ。
睨み上げ、言い返す。
「止めたかったから」
「そんな当り前みたいな言い方するなッ!!」
アッシュの表情が歪んだ。
彼が戦い続けている、苦しみが見える。
「親父もッ、お前もヨシュアも!!!」
奥歯を噛み締め、全身で痛みを語る彼にユエが惑う。
何と声をかければいいのかが見つからない。
だが、素直に気持ちを伝えなければ。
ノヴァに言われたようにちゃんと話しておけば、彼の苦しみも交わらなかった時間も、存在しなかったかもしれない。
「アッシュ」
俯き、ユエの肩を痛いほど握る彼の頬に、指先で触れた。
「繋がりって……何だろう」
「は……?」
「人との距離感って、難しいね……。近くにいるのに……確かに同じ時間を過ごしていたはずなのに……とても遠く感じることもあったり……」
ユエが語り始めた言葉が、少しだけルカとデビト、パーチェを突き刺した。
「でも、どれだけ一緒にいても、あたしはまだアッシュの知らない所もあって」
「……」
「人との繋がりの形が何なのかは分からないし、見えるものじゃないけど……そこに嘘や偽りなんてないよ」
「…っ」
「だから、止められた」
優しく微笑めば、アッシュが目を見開いた。
「怖いって、思ったことない。驚いたことはあるけど」
「ユエ…」
「アッシュに襲われて、ケガしたことないし」
「っ…」
「それに、アッシュも自分を保ってくれたでしょ」
今度はニィッて笑ってやれば、アッシュの心の黒いものが解けて行くのがフェリチータには見えていた。
ルカも、目の前で獣を止めたユエの表情がとても輝いていたことに息を飲む。
「ごめんね」
「ユエ……」
「ごめんね、アッシュ」
あの日黙って出て行って、きちんと1ヵ月後にここへ戻ってこなかったこと。
「全部……終わらせたから」
「…っ」
凛々しく告げられた言葉にアッシュは救われる。
1人でヨシュアが救えないことは、痛いほど理解していた。
「なんで……お前が謝るんだ……」
「え?」
「俺だって……お前に悲しい顔をさせた。お互い様だ」
そこで、彼は気付く。
恨んでいた、突き放した、拒絶した。
そうじゃない。
求めていたんだ。
「頼む、ユエ」
アッシュが俯いたまま小さく、弱く告げた。
ユエが彼を見つめ……そして、頷く。
「うん」
力強く頷かれた言葉。
「一緒に助けよう」
アッシュが顔をあげたそこには、迷わない、真っ直ぐに在る紅色の瞳があった。
2人が和解している間にも、背後で骸骨の排除に励んでいたのはダンテやノヴァ、パーチェ。
フェリチータもアッシュとユエの行動を見届けて、反撃の意志を表す。
「―――ありがとな」
思えば、アッシュの傍に長い間一緒にいたのはユエだ。
そして、ヨシュアだ。
それが崩れてしまうことが怖くて、3ヵ月前……―――ユエと気まずくなった。
しかし考えてみれば、彼女は自分の身を捨ててでも助けたい存在がいたことが何よりもの原動力だったことを思い出す。
アッシュが小さく零した言葉は、前を見据えたユエには届いていなかった。
「我、偉大なるウィル・インゲニオーススの力を解き放つ」
「オーラコンドゥシャン・レターニタ」
アッシュとユエ、同時に放たれた言葉が、それぞれ光を放つ。
特にユエの解放した力は、とても強かった。
「ミラコロ・ディ・ナスチータ」
アッシュが撃った錬金術の攻撃が、一直線に骸骨を捕える。
そこへ追尾を加えるように参戦したのが、ユエのアルカナ能力だった。
「“止まれ”ッッ!!!」
ユエの言葉に、甲板全体を覆い尽くし始めた骸骨が動きを止める。
攻撃をしてくることがなくなった奴らに、ダンテがバズーカを更に放ち、フェリチータやルカもナイフなどで排除をしていく。
一番驚いていたのは、アッシュだった。
「…っ」
こんな力、見たことない。と目が語っていた。
そうだろう。
ユエはアッシュにアルカナ能力のことは話していないし、まず第一に彼女が彼の前でこれを使うのは初めてだった。
「もしかして……」
アッシュが、ユエを見つめる。
彼も、今は契約者だからこそわかる真実。
ユエの腹部が、トクン…っと紅色に光っているのが見えた気がした。
「―――…そうゆうことか」
何故ユエがアルカナファミリアにいるのかを悟り、アッシュは、どこか安心した。
ようやく避けられていたのではなく、彼女が“在るべき場所”がここだったのか、と理解する。
だが、いつまでも骸骨だけを相手にしてるわけにもいかない。
時を止めた骸骨の中に1つ、黄色の歪んだ光を放つものが見えた。
「運命の輪……ッッ!!!」
「ヨシュア……っ」