02. 侵入者
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【ユエ】
名前を呼ばれて、答える間もなく触れ合った唇。
どうして……?と疑問が浮かんだ。
でも聞いた所で、彼が答えを返さないのもわかっていた。
「……」
布団の中で、その少女―――ユエはうずくまる。
今日は馬車通りで事件に巻き込まれ、色々と疲れていた。
にも関わらず、先日のことが頭から離れずに眠れない日々が続いていた。
「(あのデビトのことだし、どうせ……)」
彼はカジノを経営している金貨の幹部。
この12年、離れていた間に……いい意味でも悪い意味でも成長し、島中の女性に人気者になった。
そして“特定の1人”をつくらずに、いろんな人を喜ばせてきたのだと理解する。
そんな彼が……あの小屋の中で、いきなりユエにキスしてきた。
「(そりゃ昔は色々あったけど……今はデビトにあたしの記憶は無いわけだし……)」
12年前と変わらない、触れるだけのキス。
でも1秒すらを惜しむような……長くて、熱いものだった。
「あそばれた……」
―――……ルカかパーチェあたりから、12年前の思い出を聞いてからかっているんだ……。
キスをした後も、今まで以上に飄々としたその態度。
そうとしか思えない。
だけど同時に、それが虚しくて……
「…っ」
どうしようもなく、切ない思いを消すことができなかった。
02.侵入者
「はぁ!?」
食堂に大きな声が響く。
朝の賑やかな食卓に集まった大アルカナ―――寝ぼすけの吊るし人を除いた――の面々が朝食を頬張りながら、それぞれが口を開き、耳を傾けていた。
「“ヴァスチェロ・ファンタズマ”のこと、知らねぇの!?」
「何それ?新しい料理の名前?」
リベルタの叫びに応えたのは、パーチェの呆れた質問だった。
「“ヴァスチェロ・ファンタズマ”は、幽霊船と称される船だ」
パーチェの質問にきっちり答えてくれたのは、ダンテ。
少しばかり呆れる顔をして、彼もまたパーチェを見た。
「お前も幹部長代理なら、これくらいの雑学には興味を持て」
「ふかーい霧を纏いながら海を彷徨う大きな船影……。その姿をみたら、とにかく全速離脱!って海の男には常識だよな!」
「おい、リベルタ。随分と得意げだが、自慢になっていないことに気付いているか?」
ダンテに続けてリベルタが、その幽霊船について語り始めたので、静かに食事をしていたノヴァが口を開く。
彼の言葉に、リベルタがムッと顔をしかめた。
2人を宥めるように、奥の厨房からルカがやってきて、それに続けた。
「その船かどうかは分からないのですが、最近このレガーロ近海に“不審船”が目撃されたという情報が入りまして……」
「不審船?」
「えぇ」
ルカの問いに、フォークを進めていたフェリチータも手を止めた。
「不審船って、幽霊船ってこと?」
「幽霊?美人なユーレーなら、大歓迎だゼ?」
「デビト……」
声をあげたデビトの発言に、フェリチータが苦笑いをする。
場を真剣なものに変えたのは、ルカから続けられた情報だった。
「単に似ているだけかもしれませんが、国籍も所属も不明な船なんて……。このレガーロ島には縁がないはずです」
「昨日もレガーロの港付近で、不正な侵入で島の平和を脅かす事件を企てたものを拘束したばかり。用心するにこしたことはない」
「そういうことだ……」
――今日は珍しく揃っていた――ジョーリィもダンテの発言に続けて、葉巻を取りだし、煙を吐き出す。
「よって警戒を強める必要も考えられる……。聖杯と金貨のセリエは、市街地を。剣と棍棒のセリエは、交代で館内を警備しろ」
「うん」
フェリチータがジョーリィの視線を受けて頷けば、ちょうどいいところに唯一揃っていなかった、大アルカナの少女が現れた。
「あ、ユエ」
「遅い!」
ノヴァの叱咤も物ともせず、ユエは欠伸をしつつ、自分の用意された席に腰かけた。
「寝坊魔がいい御身分だな……」
「朝から錬金ジジイの説教なんて、ごめんなんだけど」
ジョーリィがその場にいたことを不思議だ、とか、珍しい……と思いながらユエが吐き捨てた。
席が隣のフェリチータがユエの顔を覗きこむ。
「ユエ、最近、眠そうだね?」
「ん……そうかな?」
目を擦って、ぱちぱちと瞬きをすれば、フェリチータが不安そうにしているのが見えた。
「お嬢は過保護だよ」
「え?」
「ルカに似ちゃダメだってこと」
「ユエ!なんてこと言うんですかっ!」
ユエがフェリチータのおでこにでこぴんをかまして、笑う。
ユエが笑ってくれたことで、フェリチータも顔を赤らめつつ、笑った。
「相変わらず、かっこいいよね、ユエ」
ユエが呆れた顔したのを見て、パーチェも身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、ユエのそのカッコイイとこは12年前から?」
「え?」
「いいや、違う……」
パーチェの質問に、当の本人は“え?”という顔をしていたが、きちんと答えたのは席を立ち上がったジョーリィ。
「12年前は、泣き虫の“守ってもらえて当り前”主義だったな」
「もしかしてあたしケンカ売られてますか?」
カチン……と額に怒りを見せて、ユエが睨みを利かす。
が、相手にしても無駄というようにジョーリィはそのまま食堂を出て行ってしまった。
「なにあれ」
「まぁまぁ、ユエも落ちついて」
パーチェに宥められれば、ユエは顔をそっぽに向いて拗ねるだけだった。
「でも、ほんとなのか?」
「何が?」
リベルタがクロワッサンを頬張りながら、こちらを見ている。
「今ジョーリィが言ってた、“守ってもらえて当り前”」
「……」
リベルタの問いは、確かにユエには言い返せないものであった。
「そんなことないですよ」
「!」
フォローを入れたのは、ルカ。
「ユエも昔からそれはもう……気が強かったですからね」
「ちょっとルカ……っ」
「デビトとケンカばかりして……」
「あぁ?」
「結局泣かされてましたけど」
フォローにならないそれを入れたことで、デビトが口にしていたグラスを置いて、こちらに笑みを向けてきた。
「ンま、泣き顔も可愛いってやつだろォ?」
「っ……!」
向けられた笑みと視線に、寝れない原因でもある光景が甦る……。
【ユエ】
瞬時に誤魔化しが利かなくなり、ユエは顔を背けた。
「いや、でもあの時のデビトといったら、陰険でしたね」
「さぁて……昔話は終いにして、さっさと1発仕掛けてくっかな」
デビトが立ち上がり、食堂をあとにする。
彼の態度に紅茶をいれていたルカが“逃げた”と口にしていた。
と、ふとここでフェリチータが気付いたことがあった。
「(……あれ?)」
食堂から立ち去る、デビトの後ろ姿を見つめていると1つの変化が見えた。
「(デビト、前はユエの昔話をルカとパーチェがしてたら、すごくイヤな顔してたのに……)」
今は、自然としてて……。
「何かあったのかな……?」
フェリチータが気にしている間に、ダンテが立ち去ったので、リベルタがそれを追いかける。
もちろん、デビトの後を追うようにノヴァも巡回へと足を向けていて、その場にもう姿はなかった。
「よーし、じゃあオレも巡回してこよーっと」
パーチェが立ち上がり、マーサに“ごちそうさまー”と一声かけて出て行く。
フェリチータも食器を置いた。
「私も行くね」
「いってらっしゃい」
ユエに向けて告げると、彼女はやはり少しだけ眠そうな目で笑ってくれた。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「うんっ」
ヒールを鳴らして出て行ったフェリチータを見送り、ユエは頬杖をついた。
「ついてかないの?」
「えぇ」
「……」
「お嬢様は……剣の幹部ですから」
「……ふーん」
「そんな態度を取りつつ、アナタが一番……信頼している相手なのではないんですか?」
ルカが、“目が覚めますよ”と、ロイヤルミルクティーを差し出してくれた。
「…」
「心が読めるお嬢様に……アナタはアナタらしく、心を開いているように見えます」
「……っ」
「ユエは昔から、不器用ですからね」
ルカの言葉に、気まずくてユエは言葉が返せなかった。
図星だ。
「人に自分の気持ちを伝えるのが大の苦手なユエからしたら、お嬢様は黙っていてもアナタを理解してくれる数少ない人物ですから」
それは、的を射ていた。