15. 最後に崩れたつみき
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「アッシュ……」
目の前に迫り来る暴走しているトラ。
その瞳は充血し、獣本来の底光りを帯びて襲いかかってくる。
“どうして?”という感情が強くて、動けなかった。
あぁ……あの日、おじさんは…――同じ気持ちだったのかもしれない。
13. 最後に崩れたつみき
「ユエッ!!」
背後からヨシュアの声が響いたと思えば、同時に突き飛ばされた。
代わりにヨシュアがアッシュの前に出るようになり、ある1つのものを投げて差し出した。
それが……―――あの日、ユエが懸命に探していたもの。
りんごであった。
「目を覚ましてください、アッシュ」
がうぅぅ……喉を鳴らし、とりんごを丸のみにして、アッシュが力を解き放った。
「大丈夫ですか、アッシュ?」
「……っ」
甲板の床に膝と手をついて、アッシュが肩で息をしている。
ユエは何が起きたのかわからず、突き飛ばされた位置で彼とヨシュアを見守る……。
「驚かせてしまったね、ユエ」
「……っ」
未だに視線を俯かせたままのアッシュに、ユエが近寄る。
「アッシュ……今の…」
なに……?と告げれば、アッシュの肩が震えた。
「悪い……ユエ」
「え…?」
「怖い思いさせて……」
「……」
手を貸そうと近付けば、簡単にそれは弾かれてしまった。
「ほっとけッッ!!!」
「っ!」
そこで怒鳴られると思っていなかったので、一瞬怯んでしまった。
そのまま立ちあがり、自室へと戻っていくアッシュ。
追いかけようとしたが、ヨシュアにそれを制される。
「なんでヨシュア……っ」
「1人にしてあげてください」
「でも……」
「彼も、戦っているのです。自分自身と」
「え?」
「アナタが自分の中の“闇”と戦うのと同時に、彼も自分の中の“罪”と戦っています」
「…」
「トラに変身する薬を作った彼は……“人間”に戻る方法を探しているんです」
「!」
それがアッシュの罪……―――。
「彼は確かに、今では立派なヴァスチェロ・ファンタズマの主だ。だが、同時に苦しめるものがある」
「…」
「懸命に、自分が犯した罪を受け入れ、前に進もうとしているのです」
「罪……」
「もう何度も失敗を繰り返しています。その度に自我を失う彼を私は幾度となく見ている」
「あたし、そんなの知らなかった」
「アナタを傷つけないように、実践するのはユエが買い出しに行っている間だけです」
「え……―――」
そういえば、彼は最近自分と一緒に市場などに行かない。
バラバラで行動することが多いな、と思ってはいたが……。
「そんな……」
同時に自分が頼りにされず、邪魔者扱いされている気がした……。
また、アッシュもアッシュで大事な者を再び襲おうとしてしまった事に心を痛めていた。
「…っ」
ユエの“信じられない”という、あの表情が脳裏から離れない。
それは、自分が父親を殺してしまったあの日に見たものと同じだった。
「(脅えてた……っ)」
人間に戻った時の……ユエの表情が脅えていたことが……―――。
「ユエ…」
◇◆◇◆◇
そうしている間にも、停泊した巷での噂はユエの耳に入り続ける。
レガーロを拠点に再び彼らが集結しようと企てていること。
各地で騙され、そして生みだされたキマイラがレガーロに集まるのではないか、という噂。
レガーロ島の自警組織は、このことを把握しているのだろうか。
―――いや、していないだろう。
一刻も早く、自分が手を打たないと。
ろくな情報も持たずに、あのキマイラとやりあうのは無理だ。
いくらタロッコの力を得ているからと言って……。
「(勝てる確証はない……。それはあたしにも言えるけど、でも情報量がまず違う)」
キマイラを生成している組織の名前は知らないが、間違いはないだろう。
となれば、答えは1つ。
「行くしかない」
やはりヴァスチェロ・ファンタズマを降りなければならない。
流暢なことはしてはいられない。
なんとか、アッシュに話をつけなければ。
「(1ヵ月くらいあれば何か掴めるだろうし……。1ヵ月、この島にいたいって言えば……)」
理解してもらえると思ったんだ。
でもそれは、すれ違い始めた2人からすると、考え方の根本がまず違っていた。
◇◆◇◆◇
「アッシュ」
船に戻り、ぽん。と紙袋を彼のテーブルの上に置く。
当の本人は、もう1つ奥の机で資料集めに没頭していた。
―――彼も自分の“罪”と…。
「……」
自分が声をかけたことに気付かないくらいの態度に、ユエが頬を膨らませた。
気付かないのが悪い、というようにアッシュの肩に頬杖ついて、その資料を覗きこんだ。
「気付けよクソガキ」
「!?」
やっとその行動で気付いたらしく、彼がガバッと立ちあがる。
「な、なんだよ……」
「何って、はい。頼まれてたやつ」
買って来たよ。と手渡したのは、ヨシュアではなくアッシュが購読している錬金術の雑誌だった。
「声かけたのに気付かない方が悪い。一応ノックもしたんだよ」
まったく……という風に溜息をつけば、アッシュは居心地悪そうに顔を逸らす。
彼のその態度に違和感を覚えたが、ユエは視線だけ向けて何も言わなかった。
「研究、進んでる?」
「……」
「進展あった?」
「…ッ」
うるさい。というように、アッシュがそのまま唇をかみしめたのが見えたので、この話題はダメか。と逸らした。
「お前には関係ない」
「…」
そう言われてしまえばそうなのだけれど。
昔よりも年を重ねて、年頃の彼。
難しい時期なのかな……?と、ユエは気楽に考えて、自分の頼みを彼に口にした。
「ねぇ、アッシュ」
「あ?」
声音が変わったので、彼が伏せていた視線を重く持ち上げた。
「あたし……1ヵ月だけ、船を降りたいの」