14. 約束
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「うーん……また失敗した」
「あーあ」
「あたしセンスないのかな……」
ヴァスチェロ・ファンタズマ。
タロッコと関わり、または巻き込まれ、未練をこの世に残した者の魂が乗る船。
ウィル・インゲニオーススが生み出した、人智を超えた力を得ることができるタロッコ。
彼の人は自分が蒔いた種を刈り取るために、この船を造り出した。
「アッシュはやっぱり天才だね」
「そうか?」
「あたし錬金術のセンスないんだよ、きっと」
そしてあたしがレガーロの端で、この船の主たちに助けられてから……6年が過ぎた。
「お前は別に錬金術を使わなくても、炎出せたり、雷操れるだろ」
「そうだけど、物理的な攻撃がきたらあたしは誰かを守ることができないもん」
アッシュと過した日々は、驚きの連続。
そして勉学と鍛錬の毎日。
新しい知識を得て、尚且つ古い知識を忘れてはならないという教えを全うしていた。
2人で錬金術を勉強し、そして体術も鍛えた。
その頃からだ、あたしの腰に鎖鎌が携わるようになったのは。
1年前、立ち寄った大きな市場。
交易が盛んでレガーロのような場所だった。
その島で手に入れたのが、ジャッポネからきた“鎖鎌”だった。
使い方が最初わからなかったが、長い鎖と鋭い刃が一緒になっているそれはとても便利で今でも愛用している。
アッシュも1年前に、トラになる薬を作って更に戦いが起きた時に備えていた。
「アッシュは簡単に誰かを守れるけどあたしは、まだまだだもん」
「物理的って、大きな岩を片手で持ちあげて投げるような奴がいたらヤバいけど、それ以外ならお前だって足技があるんだから」
この6年後に再会する幼馴染の中にそんな奴がいるのだけれど。
まぁ、それは置いておこう。
「それにお前がダメなら、俺がいる」
向かい合った机の正面から、羽ペンを持ったまま笑むアッシュ…。
「………」
もし………もし。
あの日、この船に拾われることがなかったら……―――。
幼馴染に忘れ去られ、そして親友を失った悲しみと直面しつづける中で、絶望せずにいられたのだろうか。
知識と力、そして技を身につけて、笑いながら目的へ進む毎日を掴めただろうか。
たった1人で。
答えはわかっている……――そんなの無理だ。
「アッシュ」
「あ?」
「あたし、アッシュに会えてよかった」
「……」
この時はまだ、今に比べて多少素直だったから言えた言葉。
「う、うるせーな!」
顔を赤くしながら再び書物へと視線を落とした彼に倣い、あたしもノートに続きを綴った。
14. 約束
「約束の時間には戻ってこいよ!」
「はーいっ!」
「アッシュ、私の雑誌と洗濯用洗剤、忘れないでくださいね」
「わかってるって!」
この日、2人は買い物へと出かけていた。
食糧と日用雑貨の調達のために、ヴァスチェロ・ファンタズマが近くの大きな島に停泊し、アッシュとユエが市場へと繰り出す。
ヨシュアと、船の調子を確認するために残った船長さんに送りだされて、2人は堂々と街を目指した。
「おじさん、欲しいものなかったのかな?」
「いらねーんじゃないか?あるかなら言うだろうし」
「そっか。にしてもヨシュアはいつも多いね」
「アイツ、自分が船から降りられないのをいいことに……」
買い物リストを見ながらアッシュとユエが市場を回り始め、着々と1つずつリストを制覇していく。
船長の私物は今回何も頼まれなかったのに対して、ヨシュアは洗濯用洗剤と購読している雑誌、そしてパイ生地とメガネ拭き…。
「でも、パイ生地は否めないね」
「まぁ、そうだけど」
ちゃっちゃと済ませて帰ろう!とアッシュが前を行くので、ユエも穏やかだなと思いながら追いかける。
「(あ……)」
ふと前を行く、ユエよりまだ頭1つ分小さい少年の背を見ながら思う。
「(背、伸びた……)」
いつか抜かれる日が来るのかと思うと、少し腑に落ちないが。
「待ってよ」
「あー?早く来いよ、ちんたらしてっとはぐれんだから」
「一言いつも多いよね、待ってって頼んだだけじゃん!」
「んだとこのヒョロチビ!」
こんなやりとりも、日常化していた。
今日は天気もいいし、心も少しだけ苦しみから解放されるようだった。
―――それでもどこにもトラブルや争いはつきもので。
そして、これが……1つの運命の節目。
「ドロボウー!!!」
「!」
「え?」
大きな市場の前から、不穏な印象の単語が聞こえてくる。
思わず口と足を止めたアッシュとユエ。
前方からイヤな音が聞こえてくる。
悲鳴や、人をかき分けてくる足音。
そして…
「退けーっ!!」
前から銃を構えた男が1人、銃口を向けながらこちらへとやってきた。
「!」
そしてその男の手の中には…
「退けーっ!!邪魔だ!どかないと撃つぞッ」
「助けてぇぇぇえ」
「女の子が……っ」
恐らく男が人質としてとった者だろう。
小さい4歳くらいの女の子が抱きかかえられていた。
「チッ……」
「アッシュ」
「あぁ」
向かってくる男の前に、ユエが立ち、道を塞ぐ。
「邪魔だ小娘!!」
その間にアッシュが人ごみを利用し、男の真横に回り込んだ。
「撃たれたいのか!?」
「(稲妻よ)」
「なら撃ってやる!!」
「(貫けッ)」
男が引き金を引くと同時に、ユエが念じた想いに反応し、銃口の中へと稲妻が通じる。
発砲され、弾が飛ぶだろうと誰もが口元を覆ったがそれは不発に終わった。
「なに!?」
「残念、弾詰まりです」
ユエが嘲笑したので、男が銃を見つめる。
「呆けてんなよッ!!」
「な……っ!?」
更に真横から出てきたアッシュが剣を抜き、男を捕えた。
「な、もう1人!?」
「はぁぁッ」
「な……っそんな……ッ」
アッシュの方へと視線を取られていた男は、前からも追加でユエの蹴りが飛んできたのを見てかわせずに、2人分の攻撃を受け見事に倒れこむことになった。
「フンっ」
「まったく……」
倒れ込んだ男から解放された女の子をアッシュが気遣い、母親のもとへ行け、と促した。
涙を拭って送りだしてやれば、近くに来ていた母親が何度も何度も2人に頭を下げた。
「さすが、フェノメナキネシス」
アッシュがユエのところまで戻ってきて、笑う。
ユエも笑んで返せば、事件は終息へ向かうと思われた。
しかし、本当の事件は、ここからだった。
「…っ、このやろー!」
「!?」
「え……!?」
倒れ込んでいた男が、アッシュ目がけて剣を向けたのだ。
それ自体は、問題ではない。
問題は―――
「アッシュ……ッ!!」
ぴかり、と太陽の光に反射した白刃がアッシュ自身を映し出したこと。
瞬間、錬成陣を発動させながら、彼が市場の真ん中でトラへと変貌した。
「と、トラ!?」
「ダメ、アッシュ!!!」
彼は1年前、トラへと変身できる薬を作り、それを自分に使った。
そしてその薬には副作用があった。
それは、自分の意志では人間の姿に戻ることができないということ。
ユエが近くの屋台から、あるものを探すが……なかなか見当たらない。
「…っ」
そうしているうちにも、アッシュは市場を来た方向へと戻り始めた。
「ない……ッ」
彼の自我がどれくらい持つのかが明確ではないが、もし……もし万が一、この島の人間を傷つけるようなことになれば厄介だ。