13. 行き違えば、痛みと化して
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陽が沈む。
辺りは再び常闇に包まれ、骸骨が現れ始めるだろう。
どうしてこんな風になってしまったのか。
「ユエ」
耳に届いた声。
声をかけてくれた相手は、先程まで一緒にいた幼馴染ではなかった。
「ノヴァ……」
「1人で行動されても困る。またはぐれでもしたら……」
そこまでノヴァが言いかけて、ユエの頬が赤くなっていることに気付く。
あのルカが……―――彼女の頬を平手で叩いたのだ。
「お説教なら聞きたくない」
「もう……ルカから十分受けただろう」
その言葉が、救いだったのか。
ユエは苦笑いして、隣に来た彼を拒まなかった。
「頼まれたの?」
「いや……」
「……そっか、ありがとう」
それがノヴァの気遣いであるからこそ、彼女は礼を告げたのだ。
「お前はあの男と……」
―――どうゆう関係なんだ?
と言いかけて、ノヴァが口を止めた。
デビトやルカパーチェ。彼ら幼馴染に言わなかったことを、聞いていいのかとおも思ったのだ。
しかし。
「……アッシュは」
「!」
言いかけた言葉を理解して、続けたユエ。
思わず顔をあげたノヴァ。
話してくれるとは思っていなかったからだ。
「あたしはアルカナファミリアを出てから、12年間……このヴァスチェロ・ファンタズマにいたの」
13. 行き違えば、痛みと化して
―――……それは、今から12年前。
あたしが、アルカナファミリアを出てから間もない時のこと。
セナを助けると宣言し、館を出たあたしは歩き疲れ、レガーロの端の端……普段は誰も寄りつかない、港の停泊域で倒れ込んでいた。
たかが7歳の子供の力で行ける場所、探せる場所は限られている。
お金もそんなに持っていなかったし、食べることも眠ることも、実際はうまくいかないことだらけ。
それでも選んだ道だから、あの館にこれ以上迷惑をかけ、戻ることはしないと決めて、歩き続けていた……。
そうして辿りついたのが、レガーロの市街地から3~4日で着くその停泊域だった。
「う……っ…」
泣きはしないけれど疲労感はとんでもなかった。
今までこんなに歩いたこともなかったし、どれだけ自分が誰かに頼って生きてきたのかを思い知った。
「もぅ……っ…、だめ……」
意識が途切れるまで間もなくて。
そのままその場に倒れ込んで、目を閉じた。
もしかしたら、このままあたしはセナを助けることもなく死ぬんじゃないか……―――いや、それはだめだ。
少し休んだら、もう1度歩き出そうと誓って体は微塵も動かなくなった……。
―――……
――……
―…
「おい……」
「…」
「おい、だいじょうぶか……?」
「…」
「オヤジーっ!!ヨシュアー!!人が倒れてるッ!」
「…」
「待ってろ、いま助けてやるから!!」
かすれた視界、でも耳はなんとかまだ働いていた。
目の前に現れた1人の少年が、近くを見上げて叫んでいる。
そうしている間に、自分に近付いてくる人物がもう1人。
「大丈夫か?どうしたんだ」
「…」
「コイツ、何にもしゃべらなないんだ!」
「大丈夫、目は開いているし、息もしている。船の上で休ませてやろう」
2人目の大人の男の人に軽々と運び込まれてあたしは連れて行かれた。
それが、この幽霊船……―――ヴァスチェロ・ファンタズマだった。
―――それから、気が付いた時はベッドの上に寝かされていた。
前の前には、金髪の男の人が1人。
「おや、気が付きましたか?」
「ここ……」
「ようこそ、ヴァスチチェロ・ファンタズマへ」
「ヴァス……チェ……?」
「今、船長とアッシュを呼んできますね」
言い残して出て行った男の人。
部屋の中を見渡せば、ここが船の中であることは造りから理解出来た。
何より、ゆったりとした揺れを感じる。
「あ、気付いたか?」
「!」
ガチャ、と音を立てると同時に入って来たのは自分より小さい、年の近そうな男の子。
そしてその後ろからは、恐らく自分を運んでくれたのであろう男の人が。
「気分はどうだ?」
「お前、海岸沿いに倒れてたんだぜ?」
目をぱちくりさせながら、やっと状況を理解した。
なるほど、自分はこの人達に助けられたのか。
「あ……ありがとうございます」
「いや、気にするな。困った時はお互い様だろう」
そう言ってくれたのがアッシュの父親。
そしてあたしを助けてくれたのが……
「よかったな」
目の前で笑ったアッシュだった。
背後には、目が覚めた時に一番最初にいてくれた金髪の男も……―――ヨシュアも微笑んでくれていた。
「お腹は空いていないかい?」
ヨシュアが両手に抱えていたものを差し出す。
目に見えたのは……
「アップルパイ……」
「いいな!ヨシュア特製のアップルパイ!」
「じゃあ、みなさんで食べましょう」
「疲労の回復には食事が一番だ。ヨシュアのアップルパイは美味いからな。期待してくれ」
なんの違和感もなく、自分を受け入れてくれた3人。
どうしてだか、堪えていた涙が出そうになった。
「うん……!」
ベッドから抜けだし、アッシュに連れられて食堂へ移動する。
目の前には、レガーロ鍋やラザニアが並んでいた。
「すごい料理……!」
「ここの幽霊が作ってくれるんだ!」
「幽霊……?」
「この船は、ヴァスチェロ・ファンタズマ!幽霊船なんだぜ!」
誇らしげに語るアッシュの目が輝く。
別に幽霊が怖いとか、そんなことを思ったことはない。
免疫があるとかでもなかったが、特に違和感は感じなかった。
「そーいや、お前なんて名前なんだ?」
席についたアッシュが、あたしの顔を覗きこんで言う。
隣座れよ、とクッション付きで用意してくれたイスに腰かける…。
「ユエ……」
「ユエか。俺はアッシュ!よろしくな」
少し、新鮮だった。
今まで親しみやすいと思えたデビトやセナと彼もまた同じ空気で安心する。
「で、こっちが俺の親父!ヴァスチェロ・ファンタズマの船長だ!」
「ユエ……と言ったな。決して綺麗な場所ではないが、ゆっくりしていってくれ」
「船長さん……」
「で、こっちがヨシュア!」
次に紹介されたのが、アップルパイをつくってくれた本人であるヨシュア。
「はじめまして、ユエ。乗客のヨシュアです」
「ヨシュアさん……」
「ヨシュアは幽霊なんだ」
「え?」
アッシュから告げられた言葉とは、全く繋がらない彼の姿に2度見をしてしまったのも覚えている。
「他の幽霊とは、また少し違いますけどね」
そうして左手首をさすった彼。
見えたのが痣であり、見覚えのある種類のものであった……。
「(スティグマータ……?)」
同じようなものがある自分の腹部を、条件反射で触れてしまった。
「さぁ、冷めないうちに食べて下さい」
ヨシュアに促されて、自分のために切り取られた皿のアップルパイを見つめる。