01. 擦れ違い刹那
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「恋しいのか?」
「え?」
「この近海に…あるって聞いた」
「…」
「お前がいた……レガーロ島」
月夜の甲板で、海の向こうを見つめ続けていた。
そうすることで何年か前に離れることを決意した島が一目確認できれば、と思っていたのだけれど……。
呼びかけられたので、振り返ればそこには―――もう1人の、家族。
「うん。見えればいいなとは、思った」
「……」
「でも10年くらい前のことだし。あたしには、やるべきことがあるから」
本心ではなかった。
そんなに近くに来ているのであれば、彼らを求める心の疼きを止められるかもしれないとは思ったのだ。
だが、優先するべきことがある。
「どんな場所なんだ?」
「レガーロ?」
「あぁ」
「そうだね……。海が綺麗に見えて、温かい人ばっかりで……」
最後はクスっと笑って告げた。
「イケメン紳士が多いかな」
隣にムス……っとしてやってきた、ここ最近で身長が伸びた彼を見上げる。
「アンタと同じくらい、背が高い奴なんて、ゴロゴロいるよ」
「だったらなんだ」
「だからアンタも背だけじゃなくて、中身も大人にならないとね」
「意味わかんねぇ」
「お子様だからね」
「黙れひょろチビっ!」
甲板の枠に頬杖ついて、笑った。
あの島を出て、色々なものを見てきた。
そして……彼と過ごしてきた日々も、悪くなかったのだ。
「―――いつか……」
「ん?」
「いつか、この船で……お前をレガーロに連れて行く」
「……―――」
「そしたら……」
水面がざわめいて、さざ波を立てた。
船底にあたる波の音が、浜辺にいるような錯覚を思わせた。
「案内してくれよ。りんご料理の美味い店とか、綺麗な景色の見える場所とか」
「…」
「必ず、連れて行くから」
見上げた灰色の瞳が少しだけ穏やかに、そして強い決意を見せていた……。
その気持ちだけが嬉しくて。
俯いて、一度目を閉じた。
「そうだね……」
感謝をこめて、微笑んだ。
「錬金術の知識が豊富な本のお店も案内する」
「お、それいいな」
「でしょ?レガーロは交易島だから、きっと今まで以上にいいものが手に入るよ」
「そりゃ期待しとかねぇと」
「うん」
2人寄り添って、水平線の向こうにある…見えない島を思った。
「2人ともー!仕度ができましたよー!」
「あ、ヨシュア!はーい」
駆けだしたけれど、その気遣いを忘れてはいけないと思い、くるりーんと効果音がつくように振り返った。
「ねぇ」
「あぁ?」
「ありがと」
距離ができたので、視線はそのままの位置で伝えることができた。
「ありがとう、アッシュ」
君が、優しいのは知ってる……。
ずっと、ずっと寄り添って、12年……過ごしてきたのだから。
だからこそ。
そんな彼の道を誤った方向へなんて……行かせたくない。
あたしが、止めてみせる…―――
― アルカナファミリア ―
~ 幽霊船の魔術師 ~
「そのルートで間違いないんだな」
「あぁ。絶対その部屋にある」
「……なら、お前の意見に任せる」
薄暗い部屋。
こじゃれたバールの隅で男たち5人が密談を交わしているように見えた。
「いいか、この計画が成功しないことには何も上手くいかねぇ」
「なにより、この先に立てたものが全て、水の泡になるんだ」
「あぁ……成功させるぞ」
その密談を交わしている5人の男の席の横で、これまた別の男がフォークを弄び、運ばれてくるものを待っている。
まちくたびれた、というようなその表情は溜息を零し、頬杖をついた男。
背は高く体格も大きいが、その顔はまだ幼さが見えた……。
「タロッコは人智を超えた力だ」
「こ、心してかかろう」
隣の会話を聞く気はなかったのだろうが、頬杖をつき、フォークを構えていた男が、会話の中から聞こえた単語に、反応した。
「―――……」
「それを守るアルカナファミリアも強敵だ」
「おう……」
「よし、じゃあ最後の確認をしよう」
地図をひろげて、作戦の確認に取り掛かろうる男たち。
その地図の中身が見えるように、すこしだけ……彼は身を乗り出した。
「お待たせしました。レガーロ特製、アップルパイです」
「!」
が。
乗り出した彼を元に戻す材料が運ばれて来て、仕方なく腰を下ろす。
目の前には、焼き立てのアップルパイがホールで1つ。
「ごゆっくりどうぞ」
にこっと笑顔を残して去った店員には気も止めず、フォークにアップルパイを突き刺しながら再度身を乗り出した。
「書斎を出た、この部屋に……警備は恐らく2人」
「その2人は、大アルカナじゃないんだよな」
「あぁ。そこは確認してある。大アルカナは恐らく、動いて館内を警備してるだろう」
「ということは、常に気を配らないと……」
少年の気配に気づかずに続けられる作戦会議。
どんどん語られていく内容に、アップルパイを頬張る男の口角が……上がった。
「あと、この館には錬金術に長けた者が2人いる。気をつけろ」
「わ、わかった」
「警備を2人を破れば、最短ルートでタロッコを盗み出すことができる」
「よし!気を抜くなよ!」
「あぁ!」
地図をしまい、ここから出ようと3人が立ち上がる。
その時だ。
「見つけたぞ」
「!」
店の奥へと、1つの声が降り注ぐ。
現れたのは、2人の男と……最前線でこちらを睨む、蒼髪の少年……。
その視線は、5人の男へと向けられていた。
「なんだぁ、おぼっちゃん」
「ここはバール。酒場だぜ?」
「来るには少しばかり早すぎねぇか?」
蒼髪の少年の態度は、ゲラゲラ笑う男たちの前でも凛としていて変わらなかった。
「不法な島への入国、および我がアルカナファミリアの館への潜入計画を立てていることは、わかっている」
「!」
「な……っ」
「事情を聞かせてもらおうか」
腰に携えられた刀に、手が宛てられた。
隣の席で、その騒動を見守るアップルパイを食べ続ける男……。
「(おもしろくなってきやがった)」
光景を見つめつつも、パイを進めるフォークは止めなかった。
「ガキに止められるような―――」
「俺達じゃねえんだよ!!」
5人の男たちも、腰にさしていたカットラスを携えて、蒼髪―――アルカナファミリアの人間に向かっていく。
「ノヴァ様」
「あぁ!」
店の中が同時に、悲鳴やら叫び声で包まれた。
テーブルが倒れ、イスが壊れ、もちろんその上に乗っていたワインやらつまみがこぼれていく。
「逃がすかッ!!」
ついに刀身を現した蒼髪の少年の剣……―――ニホン刀を目にした時、平然とアップルパイを食べ続けていた手が止まった。
「へぇ……ジャッポネの」
懐かしいという表情で笑えば、同時に蒼髪の少年が1人の男をミネウチで気絶させる。
「いまのうちに……っ」
「行くぞ!!」
外へと向かって、少年の部下2人の攻撃をかわし、残りの男たちが駆け抜ける。
「待てッ!!」
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