04話
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宮城県立 烏野高等学校。
自然豊かな場所にあり、男女共学の公立高校。
決して自慢ではないけれど、生まれが比較的都会寄りである私―――晴峯 陽愛は、宮城に家庭の事情で転校が決まった時、一体どんな場所なのだろうと不安に思っていた。
「晴峯さーん!」
四時間目が終わったことを告げるチャイムが鳴り響く。情景反射のようにぐぅ……と空腹の音がチャイムとハーモニーを奏でて苦笑い。
さらに教室の奥から太陽の君の声が私の左耳に届けば、私のお腹の楽器がバレなくてよかったとも思う。
「購買行くけど一緒行く? あと、谷地さんにノート借りる約束してんだ!」
―――宮城に来るまで不安なことは沢山あった。
首都圏とは違って、夏が暑いのはもちろんのこと、冬場は大雪が降ると聞いていた。
閉鎖的な環境で、いじめられたらどうしようか。しっかりと馴染めるかどうか。なにより、私が抱えている問題を含めて『うまくやっていけるだろうか』ということ。
ナイーブになっていたともいえる。普段なら気にしなくていいことまで気にして、引越までの間に図書館で宮城の土地や文化、郷土料理のレシピまで調べ尽くしていたのは異常だったと我ながら思う。
そして、それらは杞憂に終わった。ありがたいことに。
転校初日のお昼過ぎには私の不安は概ね解消され、宮城の郷土料理のレシピについても頭から抜け落ちてしまっていた。
大きな理由はただひとつ。
「私も谷地さんのノート見たいかも。次の数学、前の学校の進捗と少し差があるから確認したい!」
「え、晴峯さん予習してるの? すげー!」
「履修科目が少し違うから、やらないと安心できなくて」
―――あの日向 翔陽が、同じクラスだったからだ。
親友に誘われて参加した、梟谷学園グループのバレー部合同合宿。
あれから一週間と少しが経過した。
合宿の最後に日向をバスまで見送った時、彼と同じ高校に私が転校することが発覚。
その時点で少しだけ不安が拭われていたけれど、まさか転入先のクラスが1年1組で日向のクラスメイトになるとは夢にも思わなかった。
太陽の君と心の中であだ名をつけた、小さなミドルブロッカー。
笑顔がキラキラしていて、バレーをする姿は熱意の塊そのものだった。
知り合いの彼が同じクラスにいてくれたおかげで、私はクラスに―――自分が思っていたよりは―――自然に溶け込めたような気がする。
慣れない私に声をかけてくれる日向。そんな日向に紹介されて、同じクラスの女子や男子が自己紹介をしてくれる。
一度に顔と名前が覚えられなかったけれど、閉鎖的な環境でいじめがあったら……という懸念は間違いなく払拭された。
唯一残った不安は制服の購入だけが間に合わなくて、前の学校の制服を着て登校する羽目になったのは恥ずかしいということだけだった。
「前の学校は、芸術特化の学校だったんだっけ?」
「うん。高校二年生からは入学したコースを専門にしつつ、履修科目は文系か理系を選択して専攻した学科に専念できるカリキュラムだったんだ」
男子は学ランで、女子はブレザーの烏野高校で今の私の制服はどう見ても浮いている。
前の学校は、デザインに凝った“おしゃれセーラー服”だ。素材も一般的より高級志向。というのも……
(自分で言うのもなんだけど、お嬢様学校だったからなぁ……)
自ら望んで入学した高校だっただけに、考えてしまえばまた落ち込んでしまいそうになる。感情と思考に蓋をする。もはやあの学校に私の席はなく、学籍番号も存在も既に抹消されたのだ。
いい加減、自覚しなければ。
「へー! 都会の学校っぽい!」
「そうかな……。芸術専門にしてるだけあって、特殊な学校ではあったけど」
制服の納品は来週になると繋心に聞いているので、今週は耐えなければいけない。
おまけに変な時期の転入生―――高校一年の夏休み直前に転入してきた私―――は、烏野高校の中でも目立ってしまって、廊下を行けばチラチラと注目を浴びてしまっていた。
人の視線も昔は気にしなかったけれど……今はちょっとだけ焦ってしまう。
「そういえば、晴峯さんは何を専攻してたの?」
日向に連れられて購買に出かける昼休みも、これで数回目。
期末テストも終わったし、もうすぐ午前授業になる。その後、夏休みにすぐ突入だ。
一学期終盤のお昼は、こうして日向と―――男子バレー部マネージャーの谷地さんと―――過ごすことが定番になり始めている。
ふと、日向から私の前の学校の話題が振られた。
深掘りされるのは初めてで、ビクッと体が跳ねてしまう。
「え……っと」
二の句が続かないのは理由がある。答えれば、さらに続く質問が予測できるから。
今までもずっとそうだった。そして周りからの質問に、胸を張って期待に応えていた時期だってある。所謂私の“得意だったこと”は、新しい友達を増やしたり、友好関係を築くきっかけにはとてもいい話題だった。
でも。
「あ、日向ー! 晴峯さーん!」
言い淀んだ時、助け舟になってくれた女神に感謝する。
特進クラスで、バレー部のマネージャーをしている谷地 仁花の声だ。
日向と並んで歩いていたけれど、気付いたら購買の近くまで来ていたみたい。
まだ校舎のつくりを全て覚えていないので、迷子にならないようにするので私は必死だったけど。
「はい、ノート持ってきたよ」
谷地さんとは、転入初日にお互いしっかりと自己紹介をした。
合宿でも顔を合わせていたので、お昼を一緒に食べたり、烏野に慣れるための相談をする仲になるのは、時間がかからなかった。
彼女は特進クラスと言われるだけあって、ノートのまとめ方が綺麗らしい。
日向からそんな情報を聞いていたからこそ、私も甘えてしまおうという気持ちが芽生えてしまう。
「おぉー! 谷地さん、ありがとう! あとで教室まで行こうと思ってたのに準備いいね!」
「日向なら先に購買だろうと思って! 私も来たかったからついでに!」
「さんきゅー!」
「谷地さん、ありがとう。本当に助かります!」
「そんなそんな! 困った時はお互い様っす!」
「あざます!」
テンポのいい会話に、思わず気分もよくなってしまう。
照れたように笑う仁花と、他愛のない会話を続けていたのだけれど気付いたら日向が近くから消えていた。
どうやら購買部の人気商品の争奪戦に参加しに行ったみたいだ。
私は谷地さんからノートを預かったらミッションコンプリート。ここでの用事は完了してしまったから日向を追うべきか、先に戻ってもいいか悩ましい。
でも日向を追うには購買部のレジ前は戦場と化していて、今の私には荷が重たいな……。
「あ、影山くん」
谷地さんにもう一度お礼を告げて、先に教室へ戻ろうと思った時。
隣からバレー部セッターを呼ぶ声がした。
見上げれば渡り廊下の奥、自動販売機前にいる黒髪長身の男子がゆらゆらと揺れている。
影山くんだ。
「やっぱり話せてないのかなぁ……」
「影山くんが? 誰と?」
詮索してはいけない気もしたけれど、谷地さんが困ったように零した本音が気になった。
ハッとしたように笑顔で誤魔化そうとする金髪の彼女に私は首を傾げてしまう。星の髪飾りがキラリと揺れていたけれど、不安を表すような光り方に見えた。
「うーん、実は……」
―――谷地さんの話はこうだった。
梟谷学園グループでの合宿から帰ってきた日。つまり最終日。私と日向たちみんなが同じ高校に通うと判明した日。
日向と影山くんは、試合の戦法について意見がぶつかり合い、掴み合いのケンカにまで発展してしまったらしい。
それから約2週間弱。2人は部活中もこれといって会話もなく、得意の“変人速攻”という技も使用していないとのこと。
今は同じ部内でも別々のチーム分けをして試合形式の練習をしたり、個人練習をしたりと、距離をとってしまっているようだ。
「日向は大丈夫だって言ってたけれど、すごい勢いのあるケンカだったし、ちょっと心配で……」
谷地さんが眉を下げながら影山くんの背中を見つめていた。
そういえば、転校初日に日向の口元がちょっと腫れていた気がする。あれは影山くんと取っ組み合いのケンカをした時に負った傷なのかも。そう思うと……かなり勢いのあるケンカだ。
「日向は部活が終わってからも個人練習してるみたいなんだけど、部活中いつもみたいに跳んでる姿をしばらく見てないから。わ、私には見守ることしかできないけど、早く仲直りしてくれればいいな……って」
谷地さんが切なさや悲しみとも違う、少しの期待を覗かせた複雑な笑みで会話を結んでくれた。
いろんな事情があるのだろう。無責任に言葉を返すことができない。まして私はバレー部の人間でもない。
購買でクラスメイトや先輩らしき人に囲まれながら争奪戦に乗り込む日向と、自販機の前でぐんぐん牛乳を飲む影山くんを交互に見つめることしかできなかった。
◇◆◇◆◇
その日の夕方。
学生として一日のスケジュールを終わらせ、日向やクラスメイトと別れた。今度はプライベートとして放課後にやるべきことを終わらせるべく、足早に学校を後にする。
学校前の道を下り、坂ノ下商店に一度顔をだす。
繋心はバレー部の指導で体育館に行っただろうから、おばさんに声をかけて行こう。
ガラガラと音が鳴る引き戸に手をかけ、レジ奥にいるであろう親戚に声を飛ばそうとして―――やめた。
「あれ? 繋心」
「よぉ陽愛。学校終わったのか?」
レジ前に繋心がいたから。
部活はもう始まっている気がするけれど、彼にも予定はあるのだろう。コーチだけで生計を立てているわけでもないし。
「うん。今から面会に行ってくる」
「あぁ。終わったらそのまま帰るか? 戻ってくるなら待ってんけど」
「そのまま帰るよ。病院からそのまま巡回バス出てるから」
私の言葉を聞いた繋心は、一言二言なにか返してそのまま学校へと向かっていった。
なんて言われたのか聞き取れなかったけれど、私は私で交通系ICカードを鞄から取り出してポケットへと突っ込んだ。
市民病院を経由する、駅までのバスが出るまであと数分。
いくらか早足になりながら―――私は、お昼の谷地さんの言葉を思い出してから、転校してきてから今日までのことを思い出していた。
初日は自分のことで精一杯だったし、正直今もさほど変わりはないけれど……日向と影山くんが一緒にいる姿を確かに学校で見かけたことがない。
それが当たり前なのかもしれないと思っていたけれど、今が正常ではなかったのかも。
(合宿中もよく言い合いはするけれど、仲が悪いって感じには見えなかった。日向と影山くんは、お互いに刺激し合える戦友的な感じなのかな……?)
転校してきてから影山くんに挨拶を一度だけしたけれど、それ以来話は特にしてないから影山くんのことは日向以上にわからない。
谷地さんが言っていたように、早く仲直りできればいいな……。
(……なんでそんな風に思うんだろ)
ふと自問自答。
バス停に着くと同時にバスがやってきたのが見えた。ICカードをタッチしてバスの後方、窓側の一人席へ座る。
今日は月曜日で、週の始まりは何だかんだ人の動きが多い。
着々と進んでいくバスが止まるたびに、乗車する人が増えてきた。私の目的地でもある病院を経由するからか、松葉杖をついた人や妊婦さんも乗り合わせてくる。
優先席が埋まっていたのでさり気なく立ち上がれば、誰に声をかけられることもなく席を譲ることに成功。
よかった、譲ったことがおおっぴらにならなくて。
気恥ずかしさやコミュニケーションを避けたいという欲求が強く現れた感情がぽッと色づき、また気づかないフリをする。
松葉杖を通路から引っ込めようと必死になっている男性を視界の端でぼんやり捉えながら、思考を戻した。
(日向が跳んでるところ、もういっかい見たいから……かも)
合宿での彼の動きは凄かった。
誰もができるものではないと、バレー素人の私でもわかる。
その神技を成立させている影山くんのセットアップ。打ち出される日向の攻撃。
―――彼らの凄いバレーが、ケンカが原因で失われるのは嫌だなと思う。
(バレーってテレビで試合がやってても、気にして観ることなんてなかったけれど……私、バレーボールみるの好きなのかな)
だから日向と影山くんのバレーの心配なんてしているのかも。
(ううん、きっとその理由じゃない……。自分にないものを持っている人を凄いとか、尊敬するのは当たり前で……―――)
―――単純に、素晴らしいスキルを失わないでほしいと思っている。
『次は、市民病院、市民病院でございます。降車の方はチャイムでお知らせください』
左に届く目的地のアナウンスに、意識が自分の世界から戻ってくる。
松葉杖を持った人や妊婦さん、その他の方もチャイムを押そうと動いていて、無事に降車のマークが点灯した。
少しでも出口に近いところへ行こうと体の向きを変えたところで、左側の白い壁とぶつかってしまう。
「おっと、」
「す、すみません」
バスが大きく揺れたのもあって、よろけてしまった体。吊り革を持っていた手が離れて、白い壁に激突してしまう。
痛みに猛省―――と思ったのだけれど、思ったよりも痛くはなくて。白い壁ではなくて人肌のそれだと分かったのは顔を上げた時だった。
「大丈夫?」
腕を掴んでそれ以上よろけないようにさせてくれた相手の、声。
心地よいトーンで、ちょっと甘ったるくて。
視界に入ったのは、それはまぁ端正な顔つきの長身男子だった。
「ここで降りるの?」
「あ、はい。ごめんなさい」
真っ白な服装の男子は、俗に言うイケメンというやつだ。言ってることもやってることもイケメンだなんて、この世に滅多にいないと思っていた。
いや多分、偏見だけど。
「すみませーん! この子おりまーす!」
私がぼーっとしていたのに気付いて、彼は運転手さんに手をあげながら声をかけた。
どうやら既にバス停についているようだ。
片耳から聞こえる聴覚を頼りに、急いで降りなければと思い一歩を踏み出す。
段差を降りる時に、イケメンと同じ格好をしたもう一人の男子がいるのに気付いたのはこの時だった。
「それじゃ、気をつけてね」
「あ、あの、ありがとうございました」
「いーえ」
「奥詰めろ、及川」
「はいはーい、岩ちゃん急かさないで!」
バスを降りて振り返る。
病院で人が降りたからか、席が空いたんだろう。後方窓側に座った、なんとも子供っぽい笑顔を浮かべながら、さっきのイケメンがひらひらと手を振ってくれていた。
思わず振り返すことはできなかったけれど、手を軽く上げて挨拶をする。
白い壁……もとい、白いジャージを着たイケメンとの邂逅。
支えてくれた腕は逞しかったから、きっと運動部なんだろうな。後々になってから、ぶつかった時にハグするように胸に飛び込んでしまったことが恥ずかしい。
(バスが止まってから動く!と肝に銘じます……。ありがとう、白ジャージのイケメンさん……)
彼にぶつかる前に、複雑で、心に蓋をしなければいけないようなことを考えていたのを忘れたまま、私は病院での日課を終わらせるのでした……。
◇◆◇◆◇
病院でのやるべきことが終わった私は、再び巡回バスに乗って烏野へと引き返し、片道30分で病院から―――居候としてお邪魔をしている―――家までの帰路につくことができた。
帰り道は特にこれといってハプニングもなく、まばらになった人々たちがバスでうたた寝をしているのが目立った。
私も釣られて眠ってしまうと間違いなく乗り過ごすので我慢。
最寄りのバス停で降りて、そこから少し歩けば田舎特有の広い道に出る。沈みかけた夕陽が綺麗で、山々に囲まれた地の奥に消えて行こうとしていた。
あと数分も歩くと、庭にネットを張ったバレーコートがある民家が見えてくる。
そこが私が居候をしている烏養家だ。
「ただいま戻りましたー」
立派な門をくぐり、引き戸を開いて玄関口で声をかける。
奥から親戚が「陽愛ちゃん、おかえりー!」と声をかけてくれていた。
出迎えはなくても木霊するように挨拶が返ってくるのは、やっぱり嬉しい。
「ほらチビ助! ちゃんとボールを見ろ!」
広い玄関でローファーを脱いで揃えて、廊下の先へ。
縁側沿いの和室の奥、正確には外の庭から、繋心のおじいちゃんの声が響いていた。
最近退院したばっかりだと聞いてたけれど、あんなに動いて大丈夫なんだろうか……。
「相手に任せるな! 自分の意思でボールをさばけ!」
台所にいるおばさんに声をかけ、借りている部屋に荷物を置きにいく間も声は止まなかった。
私が来てからこんなに激しい日は今日で二度目だ。
女性チームと小学生チームの時はここまで声を荒げている気はしない。名将・烏養監督が有名だったのは親戚から聞いていた。
繋心がバレーのコーチができるのも、おじいちゃんのおかげなんだろう。
「もっとテンポをよく考えろ! 高さが足りないなら、てっぺんへいかに素早く駆け抜けられるか、考えながら跳べ!」
「はいッ!」
「……?」
一体、どんな人を相手にしているんだろう。
そんな疑問に囚われた。囚われたが最後、逃げることなんて出来なかった。
2階の借りている部屋からベランダに出て、コートを見下ろす。
オレンジ色の髪。小柄でありながらもコートの上を縦横無尽に駆ける存在感。
あぁ、間違いない。
そこにいたのはクラスメイトで、転校初日からよくしてくれている人で、太陽の君で、ミドルブロッカーの―――
「日向……!」
日向 翔陽だった。
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