02話
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「お疲れ様でしたー!」
「したー!」
指先の隙間から、生温い水滴が落ちていくのを感じていた。
初夏といえる熱気に当てられれば、陽が落ちたとはいえ19時もそれなりに気温が高い。
一般的な学校では期末テストも終了し、夏休みを待つ期間である今日この頃。
私、晴峯 陽愛は音駒高校に通う親友の誘いで、バレー部の週末合宿にお邪魔していた。
「陽愛とあたしはこっちの教室! あとで布団敷くから、机は下げちゃうねー!」
音駒高校バレー部の週末合宿とは言ったものの、正確には梟谷学園グループのバレー部合宿らしい。音駒以外にも、いくつかの高校が集まって試合形式で練習を重ねているようだった。
この合宿において私はやっぱりイレギュラーな存在だったみたい。
音駒高校に通う生徒でもなく、梟谷学園グループの学生でもない。単に音駒のマネージャーの誘いにより手伝いに来ている“友人A”のポジションだ。
しかも手伝いに来るのだからマネージャーとして有能で敏腕なのかといえば、初心者同然。得点板の係も今日はデビュー戦ついさっき済ませたペーペーである。
そんな私がどうして通学をしてない学園グループのバレー部合宿へ参加ができたのか。
親友のおかげという以外にも―――別の承認もあったからだろうけど―――それは今は置いておくことにする。
「とりあえず、安静に座ってて!」
保健室から借りてきた氷袋は既に役目を終えてしまっているが、テキパキと私を休ませるために動き続ける親友を安心させる意味も含めて、こめかみに当て続けていた。
さっきからダラダラと生温い水滴が頬を伝っていて、ちょっと煩わしい。
初めての合宿のお手伝い。
カラスチームのセッター・影山くんが打ったボールを避けきれなかった私は、見事に流れ球にクリーンヒット。保健室行きとなったのは数時間前のこと。
なんとか体育館へは復帰したのだけれど、手伝いに来たのに手伝えないという、情けない状態で合宿一日目を終えてしまった。
「私はもう大丈夫だよ。他のマネージャーと夕飯作る当番でしょ?」
「そうだけど! でも陽愛も心配だし!」
「ここまで案内してくれたし、私は適当に休むから。あれだけ運動した男子高校生が大勢いるんだから、夕飯が遅れたらきっと困っちゃうよ」
抱えていた荷物を下ろし、彼女と一緒に机を教室の後ろまで下げながら伝える。
本人は迷っていたようだけれど、それから二言三言交わしてから教室を出て行った。
「あとでご飯、呼びに来るからね!」
頷きながらひらひらと手を振る。
本当ならば手伝えればいいのだけれど、彼女は心配性だ。この負傷に対しても手厚く持て成されてしまうことが申し訳ない。
バタバタと廊下を走っていく彼女の足音が遠退けば、急速に静かな空間がやってきた。
「なんか……あっという間だった」
週末合宿は、明日で終わりだ。
もともと夏休み前の週末二日間が日程だからこそ、短く感じるのは当たり前かもしれない。
そうではなくて。
そうではなくて、こんなに時間の流れを早いと私が感じた一日が久しぶりであった。
一日を通して体育館で色々なバレーチームを眺めるだけで終わってしまったが、チームによって特徴は様々だったことは、素人の私が見てもわかった。
サーブが強いチーム、多方向から動き出して相手を撹乱するチーム、大砲を抱えたチーム、粘り強くボールを拾うチーム。
特に、途中から参加したメンバーがいた“カラスチーム”は素早い攻撃が目立っていた。
あのオレンジ色の髪をした―――日向 翔陽くんと影山 飛雄くんがいるチームだ。
(みんな、熱心に打ち込んでた……)
なにかに熱中する空気感。それこそが青春なのかもしれない。
私は、この空気を知っている。知っていた。
今となっては、もはやどうにもならないことだけれど。
「晴峯さーん!」
脳内で日向くんの縦横無尽にコートを飛び交う姿を思い返していた時。
まさに教室の外から彼の声がした。
さっき自己紹介をしたばかりなのに、もう懐っこい声で呼ばれていることに心がそわそわしてしまう。
彼のコミュニケーション能力の高さが声のトーンで伝わってきた。どちらかといえば、大人しいグループに所属しがちな私からしてみれば日向くんはコミュニケーションおばけに分類される。
「は、はーい……」
短い返事をしたあとに教室のドアを開けてみた。
用事があったのだろうから何事かと思えば、日向くん以外にも人影が見えた。
「これ! 布団持ってきた!」
「あ、ありがとう。重かった?」
「全然! これくらいヨユー!」
「翔陽、どいて。俺はさっさと下ろしたい」
「研磨ちょっと待って! 押すな! たんま!」
既に陽が落ちて夜になったというのに、日向くんの笑顔は日光のようだった。
両手いっぱいに抱えられた敷布団は、数人分ありそうだ。
彼の奥には親友の幼馴染であるケンマさんの姿もあった。クローさんと同じく、我が友人をバレーボール好きにした人。
彼と会うのも久しぶりで、彼はクローさんよりも最後に会ったのは幼い頃だった気がする。
金髪になっていたことから、最初は誰だか分からなかった。
(高校デビューするようなタイプには見えなかったのに……)
きっとケンマさんにもなにか事情があるのだろう。
『この人はこうなるはず!』なんて予想に、確証なんてないのだ。万人に対して平等に。
「調子はどう?」
「へ?」
声をかけられるとは思わなくて、間抜けな声が漏れてしまった。
どさっと置かれた布団に向けていた視線をあげれば、少々姿勢が悪い立ち姿のケンマさんと目が合った。
金髪プリンになっている以外にも、知っているより声が低くなっている気がするし、背は―――姿勢が悪いだけで―――随分と高くなったのがわかる。
失礼であるのも承知な上で、まじまじと視線を向けてしまったせいか。
真っ直ぐぶつかっていた視線が、気まずそうにゆらゆら〜と左右へ逃げて行った。
「晴峯さん……だよね。随分前に会ったと思うんだけど……覚えてる?」
私が視線をぶつけるだけで、ケンマさんからの問いに返事をしなかったせいで忘れられたと思っているらしい。
忘れてはいない。忘れてはない。ケンマさん。下の名前は。名字は……うん。
むむむ……と眉間に僅かに寄ったシワが、彼との距離感を一気に広げてしまった。
「なんか、ごめん」
「あ、いえ!」
「馴れ馴れしくしたつもりはなかったんだけど……忘れられてるならそう思う、かも」
「わ、忘れてません! ケンマさん!」
あ。思わず呼びかけた名前だったが、イントネーションが絶対違った。恥ずかしい。
「け、ケンマさんですよね! 小学校を卒業する少し前に会ったのが最後でしたよね?」
むしろケンマさんからしてみれば、私が名前で呼ぶこと自体が意外だったようだ。
一気に開いた心の距離感が―――無理やり―――ぎゅっと縮められたような感じだろうか。ぎょっとしたような、驚きが隠せないような……猫の毛が逆立つようなびっくりした顔で私を見ている。
やがてじーーーっと品定めされた後、視線をもう一度ゆっくり逸らされながら答えを教えてもらった。
「孤爪 研磨」
「あ、そう! 孤爪さん! 研磨さん!」
思い出した!と思わず、手をぽん。と叩いてしまう。
それを見た研磨さんは、忘れてたんだね。と言いたげな視線を布団に投げつけていた。
「研磨、晴峯さんと知り合い?」
「うん。幼馴染の親友がこの子」
「あー! 音駒のマネージャーな!」
日向くんが研磨さんの会話に入っていくのを見守りながら、あれ?と思い返す。
この2人はチームメイトでもないし、同じ学校でもないはずなのに仲良しなんだ。
チーム名ならネコとカラス。共通点はバレーをしていることだけなのに、確かな友情がそこに存在する気がした。
男子高校生同士の会話は新鮮だ。
周りに男の子が殆どいない環境で育ってきたせいか、意外にもテンション高めで会話を続ける日向くんと研磨さんのやりとりは見てて面白い。
テンションが真逆の日向くんとの会話を嫌がっていない研磨さん。相反してリアクションが大きい日向くんは、ドライなようにも見える研磨さんの反応にも笑顔だ。
「日向くんと研磨さん、仲良いんですね」
2人の会話の区切りがいいところで、思っていたことを口にした。
どちらも私の顔を見てから“らしい”反応を示してくれる。
「翔陽は面白いからね」
「研磨は音駒のセッターだからな! バレーも上手いしトス上げもしてくれるし!」
つまりチーム外の良き友達、なのかな?
私と音駒のマネージャーと同じかもしれない。
学校も違う。住んでる地区も違う。でも彼女とは親友だ。彼らと同じように、共通して熱中しているものがあったから。
今はもう過去形だけれど、彼女との交流が続いていることは私が築けた財産のひとつかもしれない。
「でも安心した。晴峯さん、顔色よくなってんな」
「さっき保健室で見た時は真っ青だったからね」
「お騒がせしました。ありがとね」
布団を運んできてくれるついでに顔色を見にきて来れたらしい。
特に日向くんは、影山くんのレシーブがとれなかったせいで私が負傷したと気にしてるみたい。
気遣わせてしまったなという反面、今日初めて会った私にも親切にしてくれることが嬉しい。
“もう少し話がしたい”
そんな風に思えたことが、私にとっては予想外の感情で。
合宿の手伝いに来てよかったと思える一つのきっかけになった。
なにか話題はないかな? と思考を巡らせた時。
廊下からノック音が聞こえて、影が現れたのが見えた。
マネージャーたちによるお手製の夜ご飯が出来上がるには早すぎる。
誰だろう? とドアを開け放って、目の前に立っていた人物に私は思わず声が漏れてしまう。
「あ」
「“あ”じゃねーよ……。お前、俺のこと忘れてただろ」
悪態をつきながら、呆れた顔で廊下に突っ立っていたのは背の高い男性。
高いといっても私よりという意味で、この合宿に参加しているメンバーの中にはこの人より背が高い方もいるだろう。
金の髪をカチューシャで上げ、バチバチにピアスを開けている容姿は、側から見たらヤンキーだ。
おじいさん譲りの眉毛の形も健在で、仄かに煙草の匂いがするのはいつものこと。
彼は―――。
「え? コーチ!」
「“コーチ”?」
私の―――と思いかけて、日向くんの言葉に振り返ってしまう。
え? コーチ? 誰が、誰の?
「よぉ、日向。さっき教室にいないと思ったら陽愛のとこにいたのか。面倒みてくれてたのか?」
「はい、いいえ!」
「どっちだよ」
テンポよく繰り出される金髪ヤンキーと日向くんのやりとりに、私と研磨くんは見守るだけの姿勢になる。
いや、見守っているのは研磨くんだけで、私は瞬きの回数が数倍までに増えていた。
「つーかお前、陽愛と知り合いなのか? もう親しくなったのかよ」
「影山の殺人サーブで晴峯さん負傷させちゃって、その時に」
「なるほどな。こいつが合宿中に保健室に運ばれたって聞いてたが、影山のサーブだったのか」
「うっす! すみませんでした!」
「つまり運んでくれたのは日向たちか? そりゃ、世話になったな」
「?」
気まずそうに遠くを見ていた日向くんが小首を傾げてた。
その場にいた研磨くんは存在感を消し、我関せずについにスマホを取り出し始めてしまった。
が。
“コーチ”と呼ばれる彼が続けた事実に、日向くんも研磨くんも視線を私に向けるのである。
「陽愛は俺の再従姉妹なんだよ」
「コーチの、はとこ!?」
―――彼の名前は烏養 繋心。
正真正銘、私の再従姉妹だ。
再従姉妹といえば近しく聞こえるけれど、家系図にしたら六親等も離れているから、もはや遠い親戚と表して良いと思う。
私の母と繋心のお母さんが従姉妹同士で。
私の祖母と繋心のおばあちゃんが、姉妹である。
つまり、祖母たちからみて孫同士が私と繋心の続柄だ。非常に分かりづらい。
私は音駒の生徒でもなく、梟谷学園グループの生徒でもない。
全く関係ない学校に在籍資格を持った、高校一年生。
そんな私が、親友の誘いを受けてここへ参加できたのは―――再従姉妹にあたる繋心が保護者として参加すると聞いていたからだ。
猫又監督が快諾してくれたのも、一応血の繋がりのある繋心の存在があるからこそだ。
そうじゃなければ、在籍もしていない生徒の受け入れなんてきっとしてくれないだろう。流れ球が避けられない、どんくさい私を預かるならば、なおのこと。
「合宿が始まってみたものの、声かけにも全然来ねぇし、俺が声かけに行こうとしたら今度はどこかに行ってやがるし、おまけに保健室に運ばれたって後から聞いてな。お前らに紹介する暇もなかったが、まぁ親戚ってわけだ。仲良くしてやってくれよ」
「あっす!」
「へぇ」
思わず研磨さんも新しい情報に関心を示していたのを、頭の片隅で聞き取っていた。
確かに繋心に挨拶に行くタイミングを逃してはいたけれど、今の驚きはそこではない。
「け、繋心ってコーチだったの……?」
「あ? そうだ。言ってなかったか?」
「き、聞いてなかった……。てっきりOBとして運転手とか、そんな感じで来るのかと思ってた」
意外だったのは繋心がコーチであったこと。つまり指南役だ。
このヤンキーなビジュアルで、男子高校生とバレーをしているなんて思わなかった。
すごいギャップである。
彼は坂ノ下商店という地元の方に愛されている小さなお店の後継息子である。
バレー部のコーチをしつつ、お店のことや畑のことなどをしている想像ができなかったので本当に意外だ。
「今年からな。武田先生に説得されて、男子バレー部を見てるんだ」
「コーチが来てから、練習メニューもしっかりしてるし、まさにバレー部って感じなんだ!」
横から日向くんがひょこっと出てきて、私に解説をしてくれた。
バレーのことはわからないけれど、指導者がいるのといないのとでは大違いなのは分かる。
「ところで陽愛。お前、合宿に参加するのは良いが家の方は大丈夫なのか?」
繋心が私の顔色を伺いながら尋ねてきた。
うっ、と喉に何かがつっかえる感じ。思わず右耳に垂れかかる髪を触りながら苦笑い。
彼と、音駒のマネージャーである親友、もしかしたら猫又先生は私の事情を知っているのかもしれない。合宿参加の許可をとる上で話をしたのかもしれないから。
「晴峯さんの家、なんかあったの?」
日向くんの心は素直だ。
会話の流れと空気がオープンだったので、“今日の夜メシは何食うの?”くらいの感覚で尋ねられる。
瞬きひとつ残して、彼の視線と繋心の視線から逸らすように顔を背けてしまった。
「翔陽、いくよ」
「研磨? え、あ、ちょっと引っ張んなってば!」
「クロが早く来ないとカレーのおかわり禁止って言ってた。俺はいいけど、翔陽はいいの?」
「それはダメだろ! じゃあまたな、晴峯さん!」
嵐のような早さで立ち退いてった日向くんと研磨さん。
部屋を出る時に、猫の瞳のように鋭くも何かを気遣う視線と目が合った。研磨さんも、なにか感じているのか……幼馴染から何か聞いていたのかも。
有り難い気遣いに感謝と、申し訳なさを感じて視線が下を向きがちになる。
二人の気配が消えたと察知できてから、私はおずおずと言葉を差し出した。
「お父さんの転院の準備はできてて、書類もこの間提出した。一週間後に移るみたい。私の転校届も受理されたし、今の所は問題ない、かな」
「……そうか」
―――転院と転校。
私はこの後、取り巻く環境を大きく変えなければいけない。
幼い頃から目指し、望んで入学した学校は、とある事情を加味して自主的に退学をしようとしていた。だが、親戚―――それこそ繋心たち烏養一家に色々とアドバイスをもらい退学ではなく転校という選択肢を選ぶことにしたのは、つい最近のこと。
このことを考えると、心が重たい。涙はもう流れないけれど、傷口からずっと出血しているような感覚になる。
父の看病と自分の生活で一杯いっぱいになり、悩んでいた時に親友が声をかけてくれた。
それが今日の合宿の手伝いだ。
『気分転換になるように』
そう願いを込められた今日の機会、確かに私は久しぶりに人とまともに話をしている気がする。
「母ちゃんが最初の荷物は受け取ったって言ってたぜ」
「うん」
「転入の手続きも済んでるなら、あとはとりあえず待つだけだな」
「……うん」
「まぁ……なんだ。不安もあるだろうが、ドンッと構えて来いよ」
親戚のこのお兄さんが、口下手なのは昔から知っている。
年も十も離れていれば、繋心だって今の私に何を言うのが最適か、わからないだろう。逆の立場だったら、私は気を遣い続けるだけで、本当の意で気の利いたことなんて言えないだろうな。
「繋心」
「ん?」
「ありがとう」
有り難いことだ。
六親等。血縁だとしても離れすぎている私に対し、烏養家は本当によくしてくれている。
素直であればいいのに、私の心に壁ができているのがわかる。
情けなくて、お荷物で。そう言われたことなんてないのに、自己肯定感が下がっていく。
ナイーブになっているのを察した兄貴分は、私の髪をくしゃくしゃと撫でながら、『合宿中も困ったら頼れよ』と言ってくれた。
手渡された袋には、ジェル製の氷枕が入っていた。
背を向けて立ち去っていく繋心は、本当に優しいと思う。あんな見た目だけれども。
「宮城かぁ……」
日向くんや研磨さんが持ってきてくれた布団をゆるゆると敷き、最終的にはジャージ姿のまま布団へダイブ。体はどんどん安堵の沼へ沈み込んでしまう。
布団は誰かが干してくれてたみたいで、太陽の匂いがした。
繋心から受け取った氷枕をこめかみに宛てて、一週間後に迫っている人生の分岐点について考え込む。
宮城の片田舎に引っ越す、私。
事情が事情なだけに前向きな気持ちではないけれど、父の看病を一人でするという環境から解放されるのは少しだけ……気が楽になる。そう思うことすらも、親不孝者だとまた自分を責めた。
考えるのをやめよう。
ゆっくりと目を閉じて、鼻から息を吸う。昔、大きなホールの舞台袖でスポットライトを浴びる前にルーティンとしてやっていたように。
高揚感とプレッシャーに挟まれたあの場所は、今はもう遠いけれど―――久しぶりに“熱意”というものに触れた一日だった。
(日向くんのジャンプ……とっても高かった)
脳裏に蘇る、オレンジ色の彼。
大きな強者にも負けない跳躍力と機動力は、コートを舞台に例えたときに間違いなく主役だった。
すごいと思った。もっと見たいと思った。
(繋心がコーチってことは、頼めばこれからも見せてもらえるかな……)
そう思うと、少しだけ。本当に少しだけ不安を忘れることができた。
とある年の、七月。
梅雨が明けた、初夏の日の夜にそんなことを思って―――私は眠りについていた。