ありがとうへ、ありがとう
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鏡に映る自身の姿。
指先でなぞる毛先。
茶色いそれに懐かしい香りがした。
例えば、あたしにもう少し力量があって、器の大きな女だったのならば。
例えば、あたしがもう少し愛想よく笑って説明できる奴ならば。
例えば、あたしがもう少しリップサービスができて、気遣い屋だったのならば。
きっともっと楽しい結末になっていたのかもしれないと思うと、不安だ。
気付きながらも、どうしたら形にして伝えられるかを考えるばかりで、なにも出来ないことが、なにもしてあげられない場面が多すぎた。
「(少し無理しすぎたかな……。疲れたし、頭いたい)」
右のこめかみを押さえて、うんうん唸る。
山小屋からの帰り道、日が陰る坂道をとぼとぼと歩けばゆらゆらと体が左右に揺れた。
こんなに身近にいるのに、なかなか会えない仲。
「ただいま」といえば「おかえり」と当たり前のように返してくれる人。笑顔を向けてくれるのが目に浮かぶ。
だけど、とても遠くにいて、それは不思議な絆で結ばれた仲間たち。
そんな彼、彼女たちに、一度全員で会ってみたいと思ったのは他の誰でもなくあたしの一番強い気持ちだった。
本当に、形に残る絆を求めて。
心から信頼した仲間になりたくて。
なにか、確信を得たくて。
君たちじゃなきゃだめなんだよ。っていう証拠が欲しかった。
昔からある、”誰かに必要とされなければそこに存在する意味などない”と自分に言い聞かせてしまう闇。
求めた分、求め返して欲しい。誰かに必要として欲しいっていうエゴを抱えたまま……ーー。
その願いは、みんなの優しさで実現した。
ニーナの小屋にドルチェを持ち寄って、わいわい騒ぎながら紅茶を嗜み、ただ笑うだけの時間。
とても素敵で、いつもと同じにみえるそれは、その場にいるメンバーが違いを教えてくれた。
相変わらずのイルマとアンナ。
最強の暴走コンビであり、ムードメーカーだ。彼女たちがいなければ静かに笑うだけで、お腹を抱えてバカみたいに笑うことはなかっただろう。
リリアはちょこちょこと、お茶会の準備をするあたしの後ろを付いて回り、準備を手伝ってくれた。
リアは相変わらずの無表情だったけれど、的確に時間配分や先を見越した助言をくれて、とても助かった。
ニーナは小屋で優しくみんなを迎え入れてくれた。静かに、でも包み込んでくれる温かさが心に沁みる。
マナフィリアもそうだ。久しぶりに会ったのに、年月を感じさせない空気。そしてしっかりとみんなをまとめてくれて、手助けしてくれることに心から感謝した。
忘れられがちだが、意外と常識人としてあたしを支えてくれたのはジジだった。
もうだめだ、とへばりそうになった時。
「ねぇ、みんな、話を聞いて」と。苦しいよ。と声をあげれば、「ほら聞け!」って代わりにまとめてくれていた。
おかげで大人数のお茶会の中、少し休憩できる場面ができてとても助かったのを覚えている。
ひとりひとりがみんな違って、その良さも、良い意味での悪さもよくわかっている。ただ、理解と納得は別物だと突きつけられたこともあった。
うまくまとめられていた自信がまったくない。
正直、手強かった。
「はぁ……。あたしがもう少しきちんとしてたら、もっと楽しい空気になった場面もあるよなぁ」
口下手だ、は言い訳にならない。
思い返せば辛かった場面が頭を過る。その数知れず、闇が襲う。
「あたしって、必要なんだっけ?」
違う、違うと言い聞かせて。そうじゃない、大丈夫と教え込む。
どうしたらもっと上手く行ったのか。次はどうしたら経験を活かせるのか。この心の成長がまだ足りないのか。あといくつ歳月を重ねれば大人になれるのか。
考えてはネガティブな方向にばかり進んでしまうのは、きっと頭が痛いからだ。
「あ」
痛みは偏頭痛が原因だったが、体を冷やしてはいけないと思い、気付く。
舞台となったニーナの小屋に、自身のジャケットを忘れてきてしまったことを。どうりで秋風が体に突き刺さるわけだ。肌がひりひり痛いと感じるほどに。
「戻らないと……」
今来た道をゆっくり戻る。
先に行ってしまったメンバーたちは、今頃どうしているだろうか。
もう少し一緒にいたかったなと思いながらも、叶わない願いに苦笑いし、眉が下がっていくのを自覚した。
ドアノブを遠慮なくノックして、「ニーナ」と呼びかける。
さっきお茶会が終わり、ここを去ったばかりだ。
今頃、後片付けでもしているんだろう。
すべて任せて帰ってきてしまったことに罪悪感はあるけれど、今は中にいる彼女の返事がない方が心配だった。
「ニーナ?」
しばらく経っても返事がないので、仕方なしにドアを開く。
奥で動きを止めているキャメルの髪した女性が見えて、安否は確認できた。
どうやら考え事をしているようで、あたしの気配に気づいていない。
どうしたのだろう、と思いつつもう一度しっかり声をかける。
「ニーナ」
「っ、驚いた。……ユエ、どうかしたの?」
本当に驚いた顔して見上げてきた彼女。
ライトブラウンの瞳があたしを見つめた。
ジャケットを、と返事をする前に夢から戻ったニーナはくすり、と得意の微笑みを向けてくる。
え?なに、どうしたの?と声を上げる前に、ニーナは形のいい唇でこう告げた。
「ありがとう、ユエ」
「? なにが? 今日のこと……?」
確かに、みんなでお茶会をしたい!と声をあげたのはあたし。
その責任を果たしたくて。
それはまぁとても濃い素敵なメンバーたちと相談しながら作り上げた時間だったけれど。
お礼を言われるほど、きちんと動けていたのか。全員が楽しめていたのか。文句ない行程だったのか。本当に心残りはないのだろうか。ちゃんとみんなをまとめられていただろうか。誰かを言葉で傷つけたんじゃないだろうか。中心のぶれない芯で、頼りになるリーダーだっただろうか。
すべて自信を持って「いえす!」と言える答えは用意できない。
だから、なにに対してのお礼なのか。はたまた社交辞令か。
理解できないまま問いかければ、ニーナは静かに首を横へ振る。
「あの娘たちと、私を繋いでくれて……出会わせてくれて、本当にありがとう」
「……ーー」
シンプルで。
飾らない言葉。
ストレートに胸に刺さる。
温かくて、優しいもの。
目頭が、少しだけ熱くなる。
「……それなら、あたし達だって、ありがとうって言わなきゃ。出会ってくれて、本当にありがとう」
せっかくさっきのバイバイで、泣き出したイルマとリリアを慰めつつ、泣くのを堪えていたのに。
「なーんてね。ちょっと恥ずかしいけど」
ここで泣いたら、泣き顔を見えせたら意味なんてない。
だったらあの時、思いっきり泣けばよかった。
茶色の髪が頬まで垂れる。
あたしの色、あたしの生まれた時の色。
その髪が、表情を隠してくれたから、その隙にジャケットを羽織りニーナに背中を向けてやる。
「気をつけて帰るのよ」
「わかってるよ」
ーー……そうだ。なにを最初から諦めているんだ。
出会った頃もそうだった。ならば、これだって、この素敵な時間も記念すべき最初の一歩ではないか。
「ニーナ」
「うん?」
本当に、あたしは心の底から諦めが悪いと思う。
自分をだめだと思い、本当に詫びて、逃げる気でいるなら今がチャンスなんだ。
句切れも良い、やりきった。ダメならもう会わなければ良いだけなのに。
「どうしたら次に活かせるか」なんて考えている時点で、もう前を向いている。
とっくの昔に、答えはもう決まっていた。
「また次集まる時、何するか考えといてね」
それはいつになるだろう。
また歳をひとつ重ねて、心が成長して、自分に自信が持てるくらいになる頃か。
はたまた全てを笑い飛ばして受け入れられるくらい、強さを身につけた時か。
自分の言動や器の大きさに、胸張って自信を持てる頃か。
いや、それとも……ーー。
閉じきった扉。
またひとり、山道を歩き出す。
いつの間にか、堪えきれなくなった雫が伝った。
泣いているのに笑っていて、笑っているのに泣いている。
歪で情けなくて、でも愛しくて大切な時間。心から失くしたくないもの。
「ありがとう……」
素敵な響き。
何度言っても足りない。
何回言っても、意味を宿す言葉。からっぽになんてなりはしない。
誰かを温かくする言葉。
感謝を告げるもの。
愛を渡すもの。
存在を認めてくれる証。
「ありがとう……っ」
顔をあげて、思い出したんだ。
辛かったことも、後悔したことも。
プレッシャーも寂しさも。
振り返った時間の中、かけがえのない笑顔がある。
みんなが笑った瞬間がある。
みんなで笑った場面がある。
それは、噓いつわりなく、あたしにとって楽しいものだった。
楽しい気持ちでいっぱいだった。
それが、今日もまたあたしを”次”へと向かわせる。
なりたいあたしになるために、目指すべき道標。
「……戻ろう」
瞼を落として、囁いた。
ねぇ、ユエ。最初のユエ。生まれてきたばかりの、歪で情けない茶髪のあたし。
幾度も戦い抜いて、強さと優しさと胸に、いずれ姿形を変えていく。
疾風が纏わり付いて。
次に目を開けた時、目の前はオリビオンへの入り口だ。
毛先まで通した指先は、触れたところから髪の色を塗り替える。
強さと優しさを揃えた星色へ。
少しでも、なりたい自分に変われるように。
再会の一声を鳴らす音。それが響き渡るその時を、今か今かと待ちながら。
あるべき場所へ、今はただ帰るとしよう。
【ありがとうへ、ありがとう】
2016.11.06
有輝