3つの願いのその先に
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空が青いということを教えてくれたのは水平線との境界が曖昧になり、似た色を持っているんだ、と思わせてくれた海があったから。
海が青いということを教えてくれたのも、水平線の境界の先にある青い空があったから。
滲んで、ひとつには交われないけれど、どちらも人々が青と口ずさむ色だ。
そんな空と海の青さに感動したのは、レガーロから遠く離れたこの島だった気がする。
澄んだ色は優しく、心に語りかけてくる。堕落する第一歩、シエスタ時だよ、と。
澄んだ色、もとより小悪魔の囁きに抵抗するには少しばかりの正義感が必要だ。同時にそのまま飲み込まれることに罪悪感も覚える。
ごろり、と結局誘惑に負け、欲にまみれた視界の反転。認めてしまえばもう瞼を閉じるだけ。
だが、瞼を閉じるには小悪魔の色が美しすぎるのだ。あぁ、勿体無い。
「やぁや、なまえ。奇遇だねぇ、こんなところで会うなんて」
寝っ転がった大いなる草原。
ここの気候は少しだけ、レガーロに似ている。
遠く離れた、あの贈り物を意味する小さな交易島と同じ匂い。
閉じかけた瞼を開くには十分すぎる理由が届いた。
陽気な声で、今、呼ばれた。ここにいるはずない声だ。
「イルマ」
続けて何してるの、と尋ねた。
少々、いつもより低い声になってしまったのは今日、まだ誰とも話しておらず、喉が開き口を利いたのが初めてだったから。
機嫌について突っ込まれたら弁解しようと思っていたが、相手は何も聞いてこない。この子はそーゆー娘なのだ。
「なまえと一緒にお昼寝しながら語らおうかと思って」
「サーカスはどうしたの?今日、公演あったでしょ」
天井に見える青空を遮り、視界いっぱいに見えたのは1人の少女の笑顔だった。
にこにこしながらこちらを見下ろしていた彼女に、小悪魔の囁き邪魔された。瞼を持ち上げてみえたのは青ではなく胡桃色の瞳だったからだ。
「あったよ~。もう終わったんだぁ」
「そっか。早かったね」
「なまえもお昼寝してるなら、また見に来てほしかったなぁ。今日のあたしの飛び方はそれなりにうまくできたんだよ」
「だってイルマが出てくるまで結構時間かかるんだもん」
「仕方ないじゃ~ん、看板娘で大トリ務めてるんだからさっ」
「……とにかくお疲れさま」
「えへへっ、ありがとう」
突如現れて、なまえの横についに寝転んだ少女。名前をイルマという。
ここはレガーロから遠く離れた異国の地。
セナの情報を探して、こんなに遠くまでヨシュアとアッシュと来てしまったなと改めて実感する。
食料と燃料の調達、何より船旅から少しの間解放されて、ストレス解消しよう!という案で立ち寄った大きくはない街。
そこで出会ったのが彼女……イルマだった。
「でもさ、まさか大陸でも有名なサーカス団の、しかも看板娘がこんなところで一般人とシエスタしてていの?」
「シエスタって?」
「……簡単に言うと、」
「あ!わかった!」
彼女との出会い方はとても斬新なものであり、今までに出会った者たちと比べて本当に数奇な運命のもとの一期一会に近かった。
故にわかる。彼女とはいつか、それも近いうちに必ず別れがくることも。
彼女は大陸で有名なサーカス団の一座に身を置き、看板娘として活躍している。種目は空中ブランコであり、命綱もつけずにあっちへ飛んではこっちへ飛んで。天真爛漫で、天然にも思える明るい彼女にはぴったりのイメージだ。
そして、なまえとイルマは、お互いにとって故郷でもなく馴染んだ場所でもない、この島で出会った。
大陸から島国を移動し、渡り歩くサーカス団と、ヴァスチェロファンタズマでセナを探すなまえ。運命が重ならなければ出会うはずもなかった2人。
さらには、宿命と繋ぐ絆がなければ互いが見知った間柄になることもなかっただろう。だからこそ、2人はこの出会いを大事にしたいと思っていた。
「シエスタの意味、知ってるんだ?」
「うん。なんだか聞いたことあるよ、コーヒー淹れたりする人でしょ?」
「違う、それバリスタ」
「あれ?」
遮られた言葉の先。重ねてきたのだから、きっと自信があったのだろう。しかし、イルマの場合、単に口が先へと出てしまっただけなようだ。
「シエスタは、お昼寝とか、お休み日和って意味で使うの」
「へえ!それ、なまえの祖国の言葉?」
「……まぁ、そう」
「いいねぇ、シエスタ!シエスタシエスタ!気に入った♪」
「あたしの話、ちゃんと聞いてる?」
意味がわかればどうでもいい。というように繰り返し口の中で転がされる音。イルマは相当気に入ったのだろうか。
どちらでもいいが、陽気な彼女の傍にいると確かにお休み日和というよりも、語り合う時間になりそうである。まぁ、それも悪い気はしない。
「で。本当のここに来た意味は?」
「本当って?なまえと一緒にシエスタしたいなって思っただけだよ」
「でも、いつもここにいてもイルマがあたしを訪ねてくるなんて初めてじゃん」
「そうだったね。あ、ついでに言うと一緒にご飯食べようかな~って」
ついでが食事の誘いなのか、とふと疑問に思ってしまう。シエスタしたがったり、ご飯が食べたいと言ったり。表情がころころと変わり百面相な彼女には見ていて飽きたという感情が湧いてくることはないだろう。
せっかく隣に来て寝っ転がったのに、次に鳴り響いたお腹の大合唱・第1章により彼女は早急に立ち上がることになった。
「どうやら、ついでじゃなくてそっちが本題なわけね」
「へへ~ばれた?」
「最初から言えばいいのに」
「いやぁ、なまえ眠たいかなぁ?って思って。邪魔したらかわいそうだから、なら一緒に寝ようかと」
「どうせお腹の虫に起こされて、あたしを引きずってでもリストランテに連れていく気でしょ」
「うっ」
息を詰まらせ、前のめりになり固まったイルマになまえは相変わらずだな、と眉を下げて笑う。
彼女は嘘もつけない性なのだ。
ついたとしても、うまく誤魔化せるはずもなく。すぐに、ばれる。
「そうなる前に自主的に行くことにする」
「へへっ、そうこなきゃね!」
結局こうだ。初めて出会った時から、なまえのペースに合わせているようで、実はなまえがイルマのペースに巻き込まれていく毎日。
年も近くて、話が合う。お互い旅をしている身だからこそ、いつかくる別れも自覚していて。でも悲観的にならず、お互いにある時間を確実に大事にしようとしていた。
初めて出会った日から、もう1ヶ月近くの時間が経つだろう。
この島から先に飛び立つのはどちらか。あとどれくらい一緒にいれるのか。悲しくは思わないが、考えると少し寂しくなった。
「そういえば、年越したでしょ?ついに新年だけど、なまえは今年の何か目標とか夢とかやること決めてるの?」
「いや、特にこれと言っては……。親友を探す旅はやめるつもりはないんだけど、それ以外にこれをする!っていうのはない……かも」
「そっか~」
イルマから零された言葉に、ふとなまえは思い出した。
数日前、新年を迎えたこの世界。新しい年と共に、目標を決めたり夢を語るのはどこの島や街でも同じ風習なのかもしれない。
イルマから告げられた一言は、生まれも育ちも違う2人の共通点を1つ見つけ出させた。
「イルマは?」
「よくぞ!聞いてくれましたぁ!」
何気なく聞き返したら、回りこむようにして目の前に胡桃色の大きな瞳がやってくる。
口角をこれでもか、というくらいにあげて頬をピンクに染めながら教えてくれたのは、彼女らしい抱負。
「あたしの願いは3つあって、」
「多いね……」
「1つはサーカス団で、もーっとすごいことができるようになること!」
それは抱負にしなくても、彼女なら時間さえ与えれば確実にこなしてくるだろうと思っていた。声には出さなかったけれど。
「2つ目は、新しい料理に出会いたい!特に甘い甘~いドルチェみたいな料理」
「それはドルチェじゃなくて?あくまで料理なの?」
「うん、料理」
「それはそれは……また面白いことをいうね、イルマは」
ドルチェのように甘くて、でもあくまで料理。デザートはカウントしないとのこと。
そんな食べ物、あっただろうか。とふとこれまでの食事を思い返してしまう。
パッと浮かび、彼女に紹介したい食べ物は何一つ出てこない。それくらいありふれたものしか己が食べてきていなかったことを、少しだけ残念に思った。
「で、3つ目の願いは?」
ついに市街地へ向かうために歩き出したなまえとイルマ。
最後の抱負を聞いてみよう、と頭の片隅でまだ知っている料理をスライドショーさせながら続きを待った。
しかし、彼女はなぜか--いやというほどわかりやすく--言葉を詰まらせ、吃り出した。
「え、ま、まぁそれは……それ?これはこれ、じゃん?」
「は?」
「だ、だから3つ目は、ま、まだ秘密!そゆことにしといて!」
「しといてって」
決めたんじゃなかったのか、なんて口に出しかけて、飲み込む。
挙動不審に手足が同時に動きながら歩くイルマの姿が異常すぎて、これ以上詰めたら更に彼女はおかしくなるだろう。そのあとに起きるかもしれない数々の事件を思うだけで悪寒がするので、深く聞かないことにした。
「まぁ、いいけど」
そしてイルマも知っていた。
なまえがこーゆー娘であることも。
興味がないわけではなくて、単に深く聞かれたくないことは聞かないのだ。
イルマを気まぐれと例えるなら、なまえは間違いなく飄々としている。掴みどころがないところと、自由気質であることはもう1つの共通点かもしれない。
「で、どこのリストランテに食べに行くの?」
「それも悩みなんだー。丘の上のカフェはご飯もドルチェも美味しいけれど、今はカッサータの気分で、カッサータなら港の小道の先にあるお店が……!!」
「……」
「悩む、悩むよこれは……!でも、でもっ……!」
「なら港の方でいいじゃん」
さして悩む理由はない。食べたいもの、食べたい気分のものを選べばいいだけだ。
おそらくこのままじゃイルマは決められないだろう。まるで何かの小動物が呻き声を上げながら頭を抱えている情景が浮かぶような状態。
なまえがそのまま気にせず歩き出せば、イルマはギョッとした顔をしてから眉を下げ、嘆くようにして走りだす。
「ちょっとなまえ~!待ってよー!」
「そのままイルマに任せてたら、きっと昼時終わっちゃうから」
「そっかそっか!今日はなまえもカッサータな気分だったんだね!」
別にカッサータが食べたかったわけではない。が、嫌いなわけでもないしイルマのオススメなら外れることはないだろう。
のせられた気もするが、たまにはいいだろう。
「そういえば」
自分で港の方面で、カッサータのリストランテと決めたはいいものの、ふと聞いた話を思い出してみる。
数日前に年越しをしたこの地に、ジャッポネの郷土料理を伝えるための商人が来ているという。少し気になっていたが、アッシュはいつも通りに錬金術やらヨシュアからの買い出しがあるため、なかなか手が空かない。
1人で行こうかどうしようか、迷っていたところにイルマからのこの誘い。これはチャンスかとも思ったが、イルマが食べたいのはカッサータだ。
「ん?なになに?」
「いや……イルマさえよければだけど、ちょっと寄りたいところがあって」
「うん、いいよ。どこ?」
内容や場所も伝えていないのに、即答した彼女。
先に歩いていたなまえが振り返れば、にこにこ笑顔のイルマがいる。首を傾け、なあに?という表情。
「港の近くに、ジャッポネの郷土料理を伝える商人が来てるみたいなんだけど、行ってみたいなって思って」
「ジャッポネの郷土料理!?すごい、美味しそうだね!」
「じゃあ、決まりね?」
よーし!と腕まくりをしながら、食事に意欲満々な彼女を見ていると、誘ってよかったと素直に思えた。
まさかこんなにすんなりと同意を得られるとは思わなかったので安心したが、その安心は次の瞬間、なまえを追い越して走り出したイルマの背に裏切られる。
「なまえ遅いとあたしが全部食べちゃうからねー!」
走りながら手を大きくこちらに振り、早くおいで!と手招きするイルマに、なまえは呆れたような、優しい笑みを見せる。
「シエスタしてたのは、走るためだったのかも」
自分がさっきまで寝ていたのは、こんな因果が絡んでいるのかもしれない。なまえはなんだかおかしくなって、足を素早く加速させてイルマを追いかけることにした。
「わぁ……!すごい人の集まりだね!」
期間限定で、とあるリストランテで開かれたジャッポネの郷土料理を伝える場。
懐石料理と呼ばれるものや、こういった新年で好んで食される料理がメインで出ており、集まった人々を楽しませている。
席は既に満席だったが、しばらく待てば用意されるとのことで、口だけ動かし待つこと数分。
サーカス団の一員として有名人であるイルマの顔のおかげで、優先的に案内され、辿り付いたのは既に料理が用意されたVIP席だった。
「お待たせいたしました。イルマ様、そしてご友人様。本日はようこそいらっしゃいました」
「へへっ、用意してくれてありがとう」
「とんでもございません。街の者、皆イルマ様から勇気や楽しみをもらっております。ささやかなお返しです」
「こちらこそだよ!いつも見に来てくれてありがとうね」
どっかの誰かとは大違いだ、と小さく聞こえたのは間違いない。
お互いが確信犯であるからこそ、その一言にはそれ以上2人とも触れなかった。
イルマがなまえを支配人に紹介し、軽く会釈したところで、支配人はなまえにも楽しんでいってください。と告げた。
これから運ばれてくるのは、本格的なジャッポネの料理のようで趣向を凝らし、この国の人でも口に合うようにしているようだ。
コース料理のように出てくるらしく、前菜、メイン等を決めているのではなく小分けにして出してくれるようだ。
「楽しみだねっ」
「うん」
腕をぶんぶん上下に振りつつ、両手には既にナイフとフォークをスタンバイ。襟元にはナプキンまで準備してあれば、もう食という戦闘準備は万端だ。
イルマの明るい雰囲気に飲み込まれながら、なまえも料理が出てくるのを待つ。
さすがにナイフやフォークまで手に持ち、応戦体制はしなかったもののナプキンくらいは用意していてもいいだろう、と首に指をかけた時だ。
「お待たせいたしました。本コース料理は、ジャッポネの方々がブォナンノに食べる”オセチ”と呼ばれる料理にございます」
「オセチ!かわいい響き!」
「こちらは祝い肴三種でございます。黒豆、数の子、田作りと呼ばれるお料理で、それぞれをブォナンノに食べることには意味がございます」
「意味?」
その年の最初のイベントで食べる料理。その意味があるというのか。
確かにレガーロや各国に、そういった伝統はあるだろう。ジャッポネの人々はどんな伝統があるのだろうか。
「まず、黒豆は健康を意味する料理の一品です。またジャッポネには”まめに働く”という熟語があり、その語呂合わせとしても用いられているようです」
「なるほどなるほど。勤勉なジャッポネの人にぴったりだねぇ」
「他にも数の子はニシンの卵であり、”二親(にしん)”から多くの子がうまれるので、めでたいと言われております。田作りは五穀豊穣を願い、小魚を畑に肥料として撒いたことから由来されております」
いろんな意味があるものだ。感心しながら話を聞いていると、どうぞ。と促されたのでようやく料理に手をつけてみた。
まず、数の子はぷちぷちとしていて不思議な食感が楽しめた。対して田作りは小魚なので、ボリボリとしている。小さな骨が歯に挟まらないかが少し心配だ。
最後に食べた黒豆は、レガーロなどでよく見ていたビーンズともまた少し違う。かなり大きな粒であり、味も産地が違うから独特だった気がする。
「はむ……ん……っ、数の子おいひぃね!」
「不思議な食感だね」
「あと田作りってのは、味が香ばしくていい!」
イルマが遠慮なくジャッポネの料理を片っ端から、それなりの勢いで食い尽くしていく。
この3つの中では数の子がお気に入りだったようで、どんどん黄色い塊は減っていった。あげく、イルマはなまえが意外と見ていないところで、なまえの皿からそれを奪っていって見せる。
気づいた時にはもう遅く、なんとも言えない気持ちになったのは見逃してあげようと思う。
「次はこちらの4品です。順に伊達巻、紅白かまぼこ、昆布巻き、なますでございます」
更にテーブルを囲んだのは、色とりどりな逸品たち。白や黒、そして赤に黄色。
カラフルなそれらも、めでたい新年には向いている料理たちだ。
「わ、この卵焼き可愛い!」
「すごく器用に巻いてある……」
「そちらは伊達巻でございます。もとはカステラかまぼこと呼ばれるものが、伊達者の着物に似ていたことからそう呼ばれております。ジャッポネの人々は大切な文章などは巻物にする習慣があったので、オセチには巻いてあるものが多いそうです」
「じゃあ、この昆布巻きってのも同じ理由?」
「はい。昆布の響きと”喜ぶ”の響きをかけているそうで、縁起物になっております」
端から支配人に案内を受けながら、イルマは手を止めることはない。
リズミカルに、隅から隅まで手をだし、フォークをつけて口へ運ぶ。たまに変則的にあっちこっちに飛んで見せたが、どうにも順序良く食べたいようだ。
「紅白かまぼこも、その色から縁起物とされ、なますに関しましても水引をかたどったもので、おめでたい意味が含まれております」
「伊達巻おかわりー!」
「イルマ、少しは味わったら……」
「味わってるあじわってる!」
リスのように頬を膨らませながら、ピンクに染まるそれを見て、イルマらしいか。と結局許してしまうなまえ。
支配人もオセチがイルマの口に合っていることに安心し、説明をしながら微笑んでくれた。
「次は煮しめ、焼き物のエビ、花かぶでございます」
「わわ!すごいこれ!菊の花になってる!」
次々に運ばれてくる料理は止まることをしらないようだった。
なまえが速度においつけず、まだ最初の黒豆を食べているところで3回目に運ばれてきた料理を目にして確かに驚いた。
イルマが皿をからっぽにすると同時にあげた声も頷ける。皿の上には散りばめられた菊の花が大いに咲いていたからだ。
「そちらは花の形に飾り切りし、食紅で染めたかぶと普通のかぶを並べました。消化にいいので箸休めとしてもぴったりにございます」
目を輝かせ、上から覗き込むように菊の花を見つめるイルマは、それはもう夢中でしょうがなかった。
エビはもはや説明不要であり、香ばしく焼かれたエビの丸焼きが出てきた。
また煮しめに関しては、子宝祈願や先を見通せるようにレンコンを含んだ料理として楽しまれていたようである。
どんどんテーブルを囲んでいく料理がひと段落ついたところ。
ゆっくりと手を動かしていたなまえが、皿を綺麗に片付け始めたイルマに尋ねた。
「どう?イルマ。気にいったものはあった?」
近しいところでいけば、伊達巻はイルマの抱負に出てきていた”ドルチェのような料理”に似ている気がする。少し甘く作られた玉子は見た目といい味といい、とても可愛らしかったからだ。
「うーん。どれも美味しかったし、ジャッポネの文化とうまく付き合っていけそうだけれど、ドルチェみたいな料理にはまだ出会ってないかなぁ」
「まぁ、新年早々に叶っても先がつまらなくなるだろうしね」
そんなすぐ見つかってしまったら、探し甲斐もない気がした。が、イルマは早々に出会いたいらしく、どうやら”そうかな?”なんて唇をとんがらせている。
机に突っ伏してフォークとナイフを未だに構えたままのイルマに、支配人が尋ねた。
「イルマ様は、料理をお探しなんですの?」
「うん」
よくぞ聞いてくれた!の第二弾のくだりが始まっている。
支配人がイルマの口から語られる”ドルチェのような料理”について聞き耳をたて、大きく頷くと……ハッと何かに気づき、笑った。
「でしたら、イルマ様。次に出てくるものがイルマ様のお探しのものかもしれません」
「え、本当!?」
「はい」
それはコース料理のデザートとして用意されたものだった。
ガラガラとカートで運ばれてきたのは、黄色くゴツゴツしたものの塊。まるで小さな山のように積まれたそれは、一見財宝の山城。
なんだこれは、と2人が目を合わせ、息を飲んだ。
「お待たせいたしました。最後のオセチはこちら、栗きんとんでございます」
「栗?」
「はい。きっとイルマ様のお口に合うかと思います。ぜひお召し上がりください」
支配人があまりにも自信満々に言うものだから、なまえは栗きんとんをみつめて唾を飲み込む。こう、何故か緊張してしまった。
先にイルマがフォークでがっつりと財宝の山城を分断し、てんこ盛りにして目の前まで持って行った。
黄金色に輝く栗と、煮詰められたのであろうあんこ。もしかしたら、と思い……目を閉じて一気にそれを口の中へ放り込んだ。
「ど、どう?」
数秒したのち、イルマに尋ねてみたが……反応がない。
もぐもぐしたまま口を動かし、噛み砕く運動を無言で繰り返す。俯いた視線が上がらず、どっちに転んだのかわからないまま時間が過ぎた。
--……永久に思える刹那、ぱぁぁあと顔をあげたイルマが叫ぶ。
「これだぁぁ!!!!」
立ち上がる勢いでフォークを放ち、皿に盛られた栗きんとを指し示しながら、イルマは始まったばかりの今年、最大の声で感動している。
「これ!これです……うぅ、ありがたき出会い……!素晴らしき栗きんとん……!」
「……気に入ったってこと?」
「なまえ、食べてみて!これすごいよ!ドルチェみたい!」
出会えた!と第一声に叫ぶイルマに目を丸くしながら、料理なのにドルチェ並みに甘いのか……なんて心して、あーんと口を開いてみた。
迎え入れた栗たちは、確かに甘く、舌触りのいいあんこに身を包まれていた。
ごろごろした一口サイズの栗と口の中で対話をすれば、それはまるで、
「……和風モンブランのクリームのところみたい」
「そう!それだぁ!」
がっつきつつ、本当に美味しそうに食べるイルマの姿に支配人も安心したようだ。
イルマのドルチェ好きは、おそらく彼女のサーカス団と同じくらい有名になる気がする。そして誰からもこうして愛されるのであろう。
結局、新年数日目にして2つ目の抱負自体が叶ってしまうという異例の事態が起きたが、それはそれでとても幸せな出会いだったとなまえは思った。
口に溶けていく栗きんとんの甘さを思い出すたびに、今日ここでイルマと一緒に過ごしたことを思い出すだろう……。
◇◆◇◆◇
「ん~!美味しかったね、なまえ」
一通りのオセチを食べつくし、ご満悦のイルマは猫のように背伸びをしながら後ろ姿のまま告げた。
なまえはあの量を、ぺろりと平らげたイルマの胃袋の秘密に迫りたいと思いつつ、今にも倒れそうな腹を抱えながら彼女の後をついていく。
それなのに、当初の予定通りこのあとカッサータを食べに行くなんて言われた日には顔面蒼白になるしかなかった。
「伊達巻も可愛いデザインだったし、エビも美味しかったし、あと昆布巻きってのも器用な手作業の元つくられた料理だったよね!」
「うん、そうだね」
「あとは栗きんとん!あたしの願いは今日、あの料理と出会ったことで1つ叶っちゃったよー」
「よかったね、栗きんとんと出会えて」
「うんっ!満足!強いて言うならもう少し、全体的に量があったら更に満足かなぁ。てことで、やっぱりカッサータ食べに行こう!」
「まだ食べるんだ……」
あんなに食べてたのに、とは敢えて言わなかったが考えただけで胃もたれしそうだ。
彼女の小柄で細い身のどこに、あれだけの量が収められているのか。誰か教えて欲しい。
「願い事はあと2つになっちゃったしなぁ……もう1つ追加しようかな……」
前を歩きながら港へ向かうイルマは、夕焼けに染まる空を見上げながら指先で顎を抑えている。
チャイニーズシューズが音を立てながら進む中、なまえは再度気になっていたことを尋ねてみた。
「残ったもう2つのうち、1つの願いを聞いてないんだけど」
直後、体がまた挙動不審になるイルマ。
ロボット並な動きもいいところで、目を疑ってしまう。素直な性格は、嘘がつけない。彼女はスパイ役や特別司令などには向いていないだろうな、と思ってしまった。
悪い意味ではない、これが彼女のいいところなのだ。
「そ、それは……」
「……言いたくないならいいけど、イルマが吃るなんて珍しい気がしたから」
だから、なんとなく追求したくなった。
話したくないのならば、それはそれでいいのだ。深くは聞かないようにする。なまえがそんな娘であることは自他共に認める事実。
イルマがもう1度誤魔化したら、もうこの話題はやめよう。深い意味なく口から出た言葉だったのだが、それはとある現実を1つ突き出した。
「…………実は、ね」
「うん」
「あたし……」
夕陽の色が、イルマを染めた。
美しくもあるオレンジが、今は少し恐ろしい。そのまま全てを赤く飲み込んでしまいそうだったから。
嫌な予感がした。それは最初からわかっていたこと。
「……あたしね、もう少ししたら次の公演場所に向かうんだ」
「……―――」
「だからなまえやアッシュと…お別れなんだよね」
にへらっと、振り返りながら笑う目は、無理やり笑っているように見えた。
あぁ、やはりそうきたか、と思う。
イルマの態度も、いつかくる別れも、いろんな意味で”そうきたか”と痛感した。
「といってもね、次の公演場所はまだ決まってないみたいなんだけど、移動しながら決めるんだって。団長が言ってた」
「……そっか」
「……ごめんね!せっかくのお祝いの時期に、こんなにしんみりさせちゃって!あー、オセチ美味しかったなぁ~!カッサータ楽しみだなぁ~!」
脈絡のない話題の振りは、逆に清々しいくらいわかりやすい。
あはははは~なんて笑いながら頭の後ろで腕を組んだイルマの背を、なまえは黙ってずっと見ていた。
アッシュは……彼女との別れを、なんて言うだろう。なんて思うだろう。
どこかで必ず起きること、とわかっていたから、悲しいまではいかなくても寂しいとは思うはずだ。
いや、それはアッシュの気持ちではなく、なまえ自身の気持ちか、と腑に落ちた。
「……3つ目の、願いは?」
打ち明けられた秘密。挙動不審だった理由。
言いたくないなら聞かなくてよかったが、これは聞いておいて正解だ。
そして、もとの話へ戻した時、3つ目の願いにこの事実がどう関わるのかを知る必要があった。
「……3つ目の願いは、なまえがきっと叶えてくれるよ」
「……」
「離れても、あたしと友達でいてほしいなって……思ってさ!」
沈みかけた茜色の太陽をバックに、イルマが気まぐれに振り返る。
なまえは眩しくても、今だけは、友から目を離したくなかった。
「離れても、また再会できた時に……なまえはあたしの友達!って、言いたいなって。それが3つ目の願いだよ」
「イルマ……」
「ね、お願い!」
まるで切なさを感じさせない頼み方。近所までのお使いを頼むような軽さ。
それも、彼女のいいところ。
両手を合わせて、勢い良く頭だけ下げるイルマを見て、なまえはいつも通り眉を下げて笑う。
「それは、あたしからもお願いしたいな」
「っ、」
「女の子で……ちゃんと友達になれたの、きっとイルマが始めてだから」
だから、たった数十日だけ一緒に過ごした間柄だとしても。
この別れが来るとわかっていた関係だとしても、これからも”友達”と言い続けたい。
それは今年に関わらず、来年も、再来年も、そのまた先にも願うこと。
「もちろん!あたしはなまえと友達だと思ってるからっ」
「それはあたしも」
夕陽に飲み込まれると思っていたけれど、太陽を飲み込んだのは2人の友情だった。
「……それから、次の公演場所、悩むなら―――」
その情を、絆と呼び、2人を結びつけるならば。
先を信じてもいいと思える。
「レガーロに行って欲しい」
「レガーロ……?」
「あたしの故郷だよ」
その感動できる、宙の舞を、なまえの故郷の人にも披露して欲しい。
きっと誰もが心を奪われる。空中の舞い姫が、こんなに天真爛漫で誰にでも勇気と元気をあげられる人だと、いろんな人に知って欲しい。
「じゃあ、レガーロでシエスタしてこようかなぁ。本場だよね」
「ははっ!それはいいかも。ぜひ」
「うんっ!」
そして、いつかレガーロに帰る時。
島でイルマの名前を探すだろう。その名を耳にし、目にした時、きっとなまえはレガーロでイルマと再会できる。
そんな願いを込めて。
3つの願いのその先に
なまえとイルマが、あの島でお別れをしてどれくらいの月日が経ったことか。
数年単位で時は流れ、なまえとイルマの年、体そして心は確実に成長を遂げていることだろう。
街中で”ブォナンノ!”という挨拶が響き渡るのは、1年ぶりの光景。
至るところに新年の祝い飾りが目立つ中、なまえはとある場所へと足を伸ばしていた。
それは、レガーロに帰還したなまえがファミリーの者達とよく使うリストランテ。
毎年、新年を迎えると必ずここへやってきて、食べるものがあった。
カランカラン、と甲高い音を響かせれば扉が開いたことを告げ、なまえの来訪を店の者が大きく挨拶し、迎え入れる。
辺りを一通り見渡せば、探し当てる前に声をかけられた。
「なまえー!こっちこっち!」
あの時のように手招きされ、なまえを呼び止めたのは見知った少女。
笑顔も、気まぐれなところも変わらない、あの日の友達は今、なまえの隣にいた。
「ごめん、少し遅れたね」
「いーよ!お勤め、ごくろーさまでーす!」
「お勤めってわけじゃないけどね」
「でも、ファミリーとして仕事してきたんでしょ?お疲れさまだよっ」
友達は、友達のままで変わらない。それ以上の絆を育み、そして繋がりは切れることはなかった。
友達は今、なまえの家族でもあったからだ。
「イルマは?諜報部の方どうなの?」
「相変わらずって感じだねぇ。暴漢やら島への無許可の侵入者……この手のおバカさんは尽きないからさ」
「なるほど。手を焼いてるってわけだ」
「でもいーの!今それより……」
会話の途中で、馴染みの店主が運んできたのは黒い四角の箱。
箱は箱でもただの箱ではなく、蒔絵やらの雅なデザインがあしらってあるもの。
蓋をあけて差し出されれば、あの日みたものよりアレンジしてある、あのオセチが。
「栗きんとん!」
「好きだねぇ……」
「もっちろん!これがないと、新年始まったって感じがしないんだよねぇ。いっただきまーす!」
あの日、フォークで食べていた光景は、手慣れたもので今では箸まで使いこなせるイルマ。成長と食への意識の高さに感心しながら、なまえも運ばれてきた重箱に入っている黒豆やエビを頬張ることにする。
「ん~!おいひい!」
「あんま栗きんとんばっか食べてると、いつか口の中が砂糖みたいに溶けてなくなるよ」
「それは困るけど、それもそれで本望かもぉ。なんちって」
「だめだこりゃ……」
えへへ、と笑いながら飽きずに栗きんとんを口に運ぶイルマ。
本当に変わらない光景に、なまえはなんだか安心してしまった。だからこそ、出てきた本音。
「イルマは昔から変わらないね」
それはいい意味で。
ずっと見知った友達が、変わらずのあり続けてくれるという意味で。
ぶれることなく、まっすぐに彼女らしくいてくれるから感謝の意味を込めて伝えた。
「ふふっ、ずっと変わらずにいる友達ってゆーのも素敵でしょ?」
正しく真意は伝わったようで。
返事はせずに、なまえは目を伏せて笑う。
ごろごろした栗を噛み締め、心から思った。
栗きんとんの甘さも、友情のスパイスの前では負けてしまう、と。
2016.01.01
今年もよろしくお願いします!
有輝