Dear My Friend
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初めて声をかけられた日を覚えている。
初めて言葉を交わした日を覚えている。
初めて差し出された言葉を、よく覚えている。
『はじめまして、なまえちゃん。あたしね、ずっとね、なまえちゃんに会いたかったの』
その言葉の意味は、今でもよく分からない。
初対面でそんな風に言ってくれたのは、後にも先にもきっとあの子だけだろう。
出会った時はくりくりだった水色の髪。
コンプレックスのようで、束ねて隠した言い訳も。
理解できるようになってしまったのは、長い付き合いの証。
「……あーあ」
自嘲するような笑みと声、ため息が漏れる。
使っていた羽で出来たペンを置いて、自身で”参ったなぁ”なんて思う。
机の上に置かれた一枚のカード。
完成し、できたてのそれを見ながらなまえは次こそ照れたような笑みを見せた。
この笑みには理由がある。
ついたため息にも、参ったなと思ったことにも。
「まぁ……せっかく完成しちゃったんだし……?渡さない方が、時間を無駄にしたってことになるし……?う、うん、ついでだよ、ついで」
自らに言い聞かせるようにして、なまえは自室をゆっくり出て行く。
向かう先はただひとつ。
時刻は0時を過ぎて40分くらい経ったところ。
そろそろだろう、なんて思って開け放った扉を閉めた。
これは、あたしとリリアの小さな物語。
「はじめまして、なまえちゃん。あたしね、ずっとね、なまえちゃんに会いたかったの」
「え……?」
「ずっとずーっと、会いたかったの」
あれは、あたし自身の年はいくつの時だったか。
14になる前の話だった気がする。
突如、あたしの目の前に現れた娘が大きな目をぱちぱちさせながらそう言った。
小さい体、声、雰囲気。きっと年下だと思う。可愛いかわいい女の子。
それが最初の印象だった。
だけど”会いたかった”と言われる理由がわからなくて、首をひねり、上手に受け答えが出来なかった。同時にざわつく心の中には少しだけの不信感が生まれたのも今だからこそ言える真実。
最初から愛想よくしてくれる人は、必ず裏になにかあると思っていた。そんな多感なお年頃に片足突っ込んだ年齢の頃だ。
「あたしの名前は、リリアーヌ。リリアって呼んでね」
「……」
「あたしは、なまえちゃんのこと、なまえちゃんって、呼んでもいいかなぁ?」
ぶら下がっている片手を、両手で包み込んでくれた。
その温度はとても温かい。
見知らぬ、出会ったばかりの人にこうして手を握られるのも初めてだったので、どうしたらいいのかわからなかったのと、”この子の狙いは何だろう”なんて考えてしまった。
これは、その時のあたし自身の環境がそうさせていた気がする。
他人を簡単に信用できない。
他人を信じて、裏切られるのは当たり前。
全てを怪しいと思え。
そんな思考が常にあった。
人手が足りなくて、手を貸した街の巡回中に起きる事件。信用していた街の人が実は薬を密売していた、とか。
仲良しだと思っていた人同士が、拳で喧嘩を繰り広げたり。
平和、なんて形だけで、この島は本当は汚いもので溢れかえっている。それなのに、守る意味があるのだろうか。
あたしの心は疑心暗鬼に満ちていた。
だからこそ、よく覚えている。
リリアが最初にくれた言葉を。猜疑心の塊の中に落ちてきた言葉だったから。
「……よろしく」
「あ……、」
勢いよく腕を振り払うことはなかったけれど、密やかな冷たさでリリアを突き放した。
それは物理的にではなく、心の距離の話だ。
この子も、きっとこんなに愛想よく振る舞っているけれど、あたしのことを少しでも悪く思った時、必ず悪口を言うだろう。必ず離れていくだろう。
だから、最初からこんな態度をとる子を信用したら、自分が傷つくだけだ。
勝手にそう思い込んでいた。
「……」
これが、あたしとリリアの最初の出会いだ。
どこから、どんな理由で、どうやって来たのかもわからないまま、リリアはファミリーの一員になった。
次第にファミリーに馴染んでいく彼女を、ずっと遠巻きに見ていた。
そして視線を送れば、彼女は必ずあたしの存在に気がついた。毎回毎回、飽きもせずに”なまえちゃーん!”なんて大きく手を振って近づいてくるものだから、その度に人混みに紛れて彼女の前から姿を消した。
幸い、リリアよりあたしの方が背も高く、体力もあり、武術に秀でていたから逃げることには苦労しなかった。
懸命に追いかけてくる彼女のことを、振り返ったことなんてない。
その必要があると、思ったこともなかった。
でも。
「あ、なまえちゃん!」
「げっ」
それは、リリアがファミリーに来てから数ヶ月後のことだった。
年の瀬が近く、ナターレの最中だった気がする。
世間が浮き足立っていて、手を貸していた街の巡回がいつも以上に人手不足だった時のこと。
雪でも降りそうなくらい寒い夜。
たまたま館の廊下で、彼女に出くわしてしまったのは。
「なまえちゃん、ひどいよ~!今、”げっ”って言ったでしょ!いつもいつも手振ってるのに、必ず無視してどっか行っちゃうんだもん」
曲がり角を曲がって、出合頭に出くわしたものだからさりげなく逃げられる距離ではない。
どう言って離れるか、どうしたらいいかフル回転で思考を活用したけれど思い浮かばない。
「パーチェもデビトもルカも、あたしとなまえちゃんが一緒にいるところ見たことないから、仲が悪いのか?なんて聞いてくるんだよ~!そんなことないのにっ」
「……でも別に仲良しでも、ない……」
「えぇ!なんでそんなこと言うの?リリさんはなまえちゃんのこと好きなのに」
「好きって言われても、よくも知らない相手に最初からその調子でそんなこと言われても……」
おどけた調子で言ってくるものだから、あたしは完全に思っていたことを口にしてしまった。
一瞬、ぽかん。と表情を失くしたリリアが見えた。
だけど、すぐに巻き返される。
「なーんだ!そんなことぉ?それならこれから知ればいいよっ!きっと悪いところを知っても、リリさんはなまえちゃんのことだーいすきだから!」
「……」
本当に、わけがわからない。
好き好き連呼してくるし、一体なにを理由にそんなことを言えるのか。
ますます信用ならなかった。
「……もう、いい?あたし、明日も巡回の手伝いしないといけないから」
「え、明日はナターレなのに?」
彼女の肩を追い抜いて、背中を向けたまま歩き出した。
顔を見せていないのに、リリアは構わず話し続ける。
「ナターレもなにも関係ないよ」
「そんなに忙しいの?」
「そうだね、きっと君の10倍は忙しい」
嫌味のつもりで言い放った。
そう、塵も積もれば山となる。だから態度も言葉も、嫌われるように仕向ければリリアはあたしに寄り付かなくなるだろう。
それで、いい。めんどうになるのは御免被りたい。
「じゃあさ、」
だが、彼女はまったく違う道から攻めてくる。
侵略されないように防波堤や城壁、柵、山、海をつくっているのにも関わらず。
そんな溝を、飛び越えるような勢いで毎度あたしの前に着地して笑うのだ。
「あたしも手伝ってあげる!」
「は?」
「リリさんも、一緒になまえちゃんと巡回してあげる!そしたら少し、楽になるかな?」
「……………。」
「そうと決まればパーチェにラザニアパーティーする約束、時間ずらしてもらわないと~」
「ちょっと、頼んでないし、あたし1人で十分--」
「じゃあ、なまえちゃん!明日の巡回、よろしくね~!楽しみにしてるよぉー!」
「…………信じらんない……、」
突風のように去っていったリリアは、それだけ残してパーチェの元へと向かっていった。
◇◆◇◆◇
―――どうやって彼女を回避しようか、どうしたら関わらずに済むのか。
考えて考えて、考えたにも関わらず、名案が出てくることはなかった。
むしろ、考えすぎて眠れずに一晩明けてしまったのだ。一睡もできぬまま、巡回に出回ることになるなんて。
これも後にも先にも、この日が最後だ。
「……」
「あ、なまえちゃんおはよー!」
気づかれないうちに出て行こうと正面突破を図ろうとしたのだが、まさかの彼女は早起きで。
正面玄関のホールで待ち伏せされていたのは忘れられない思い出の1つ。
してやられた、なんて思いながら……とりあえず無視して歩き出してみた。
「今日はどの辺を巡回するの?ナターレだから、きっと人の出入りも激しいよね、一緒に頑張って回ろうねっ!」
「……」
「で、帰ってきたら一緒にターキーとラザニアとケーキ食べて、ナターレを過ごそう?きっと楽しいよ~!」
「……」
無視して歩き出しているにも関わらず。
無視されるのはいつものことだと思っているようで、怯まないリリア。置いてきぼりにしたのに、当たり前のように隣を歩き出した彼女。
あたしは諦めて……とりあえず今日は彼女と一緒に巡回することを決め込んだ。
「とりあえず、港の通りから裏通りに抜けて館に戻ってくるつもりだけど……。君、本当に一緒に行くの?」
「うん!一緒に行くよ!なんでなんで?」
「……ファミリーのみんなから、あなたが武術ができるとか、体力があるとか、走りが早いとか聞いたことないから。最近のレガーロは意外と物騒だから、本当に来て大丈夫なのかと思っただけ」
「平気だよ~全然問題ない!」
「嘘っぽくて不安」
「なんで~!?」
前に回り込んだリリアが、あたしを見上げてぷぅっと頬を膨らませて見せた。
どうやら不服らしい。
この時はまだ、そこまで身長差がなかったから目線があまり変わらなかったが上目つかいはやはり可愛らしい印象しかなかった。
だから不安なのだ。いざというとき、守れる保証もまだなかったし、例えリリアが相手でも自分以外の誰かを傷つけたくないと思う。
「それに、リリさんは怪我しても全然だから。気にしないでだいじょうぶだよ」
「は?」
「リリさん、自分のことは自分でなんとかできるから!」
「(意味わかんない……)」
ここで足を止めていても、時間が勿体ないから。
歩き出した道を踏みしめて、2人して港を目指したんだ……。
港はナターレということもあって大賑わいだった。
アクアパッツァをつくるために魚を買い占める人、もちろんマリネをつくるために買っていた人もいるだろう。
最近は港付近での薬物の売買も多かった。
聖杯の巡回も常に回っているけれど、目は多いほうがいい。
まだまだ幼いあたしにでもできる仕事なのだから、きっちりこなそうと目を光らせながらリリアと共に見て回る。
「あ、なまえちゃん見てみて!このお魚まだピチピチ動いてる!すごーい!」
「……」
「あ、こっちはサーモンだね!リリさんサーモンも好き~♪あ、こっちはカキだ!」
「…………」
「ねぇねぇなまえちゃん、ヒラメに似た魚ってなんだっけ?イワシじゃなくて、アジじゃなくて、えーっと……」
「カレイ」
「そうそうそれ~!ヒラメは高級魚だけど、カレイはふつーのお魚なんでしょう?この前ルカが教えてくれてね~」
「…………」
……全く集中できない。
それにしても人懐っこくて、よくしゃべる子だ、なんて思ったのは何度目だったか。
にこにこ笑顔で言われれば、きつくあしらう気にもなれなくて。
ため息をつきながら、港の巡回を終える。
続いてそのまま裏路地を目指して街を行けば、驚いたのは次の瞬間。
「あ!」
「ぐはぁっ!?」
「なまえちゃん!ちょっとここ寄って行こう!」
「ちょ、首!苦しい死ぬ……ッ!」
背後から服の首まわりを目一杯の力を込めて引っ張られた。
そのまま窒息死しそうな状態を堪えて、あたしは鬼の形相でリリアを睨み飛ばす。
彼女は気にもとめずに”こっちこっち~”なんて指差してどんどん先へ進んでいく。
そこがイシス・レガーロだと気付いたのは店に到着してからだった。
「やっほ~デビトぉ!なまえちゃん連れてきたぁ!」
「あ?……なんだ、リリアになまえじゃねェか」
「……」
「珍しいコンビだなァ?むしろ一緒にいるの、初めて見たゼ」
「ほらねほらね?リリさんとなまえちゃん、仲悪くないんだよぉ」
「仲良くもないけど」
ぼそり、と吐き捨てた言葉。
デビトはあたしがこんなに仏頂面であるにも関わらず、リリアに付き合っていることが面白くて面白くて仕方なかったらしい。
「まァいい。巡回の途中だろ?気をつけて見まわれよ」
「はーい!」
この頃、まだデビトは金貨のカポでもなんでもなくて。
ただの手伝いとしてカジノにいたのだったっけ。今から考えれば、もう少しだけ素直だった気がする。
ひらひらと、見送りの挨拶動作を横目で見届けて。
再び歩き出したあたしとリリア。
まだ子供、だけどファミリーとしてのプライドはきっと2人とも既に持っていた。
だからこそ。
2人だけで巡回しよう、なんて思っていたんだろう。
「この裏路地みたら、とりあえず館に戻るから」
「はーい!」
元気に返ってくる返事。本当にわかっているんだろうか。
心配になって、きちんと説明だけはしておこうと口を開く。
彼女の前でこんなに声を発しているのは、今日が初めてだなんて頭の片隅に浮かんで、消えた。
「この辺は日中でも建物の影で暗いから、スリとか密売に使われやすくて―――」
「ん?」
「ッ!」
消えたのは、ぽつりとした無意識での考えだったからではない。
確実にかき消す出来事が起きたからだ。
背後から、物凄い勢いで駆けてくる足音がする。
身構えて、方向を確かめたその時だ。
ドンッッ!!と故意的にリリアを跳ね除け、先へ進もうと走っていく男の姿が捉えられた。
「痛っ……!」
「!」
盛大に転倒し、膝を擦りむいたリリアがいたのをすぐに目で捉えた。
血の色が映ったところで、あたしの感情は憤怒に変わる。
「待てこらァ!」
ここから走って追いかけても出る先は大通りだ。
そうなれば確実に島民を傷つけてしまう。
守る価値なんて、あるかないかわからないけれど……迷っている暇も、実際は迷いもなかった。
追いかけて巻き込んでしまうならば、人気のいないここへ留めたほうがいい。
この頃から唯一、きちんと使いこなせた電撃を男の行く手に大きく落とした。ビリビリ、と音がして辺りの街頭も電気を通している。
「……っ」
背後で怖がる気配。
あたしがフェノメナキネシストだと知らなかったんだろう。はたまた、彼女はあたしのタロッコが電撃使いになるものだと思っただろうか。
どちらでもいい。
男が悲鳴をあげて、足を止める。
戻ってきたのは反省や降参の言葉ではなく、舌打ちだったのであたしの心拍数は更に跳ね上がる。
許せない、という正義感が勝り、冷静な判断ができなくなっていた。
数年経ち、年と心を強くした今なら……そうでないと信じたいところだが。
「なに邪魔してくれんな嬢ちゃんよォ‼‼こちとら忙しいんだ‼‼」
「そんなに急いでどこ行くわけ?この子に謝って」
「るせぇ‼‼ガキは引っ込んでろ‼‼」
まさか、ここでナイフが飛んでくるとは思わなかった。
確実に、何か取引をしている最中だったんだろう。この焦り様、異常である。
飛んできたナイフを確実に交わし、攻め込む隙を1秒たりとも無駄にせずに探していく。
しかし、予想以上の手練れであり、相手の速度が速い。
「(速い……ッ!)」
「オラオラ邪魔すんじゃねェ‼‼」
「ぐっ……」
ナイフの隙間から蹴りと拳が飛んでくる。
背後にいるリリアの前に立ち、左から来た拳を右手で抑え込む。受け止め方が悪かったらしく、手のひらがズキリと痛んだ。
「なまえちゃん……!」
抑え込んだ手を放ち、敵の手首を掴む。片手は封じた。
そこからつま先に力を込めて地を蹴り上げ、体を空中へ。上がった膝で相手の顎目掛けて蹴りを見舞う。
だが、一発目は交わされた。まだまだ。ここからだ。
交わされたままに今度は膝を伸ばし、敵の頬まで全速力と馬力を込めて真横に蹴った。
「ぐあッ‼‼」
「よしっ‼」
これは命中。
一旦手を離し、離れ、リリアよりも後ろで着地する。
倒れたままのリリアより前にいないといけない。彼女は戦えない、ということを念頭からすっかり忘れてしまっていた。
「クソガキが‼‼」
「っ……」
「しまった……ッ」
リリア目掛けて、よろけた男がナイフを投げつけた。
一気に数本の刃物が空中を、風を裂く勢いで見舞われる。
リリアより後ろにいたあたしは、膝を折った状態から出せる限りの速さで動くが……間に合うかどうか。
両膝がついた状態から、空中に跳ね上がり前に出るまでによろけた。
そのタイムロスも大きい。足で地面を全力で蹴ったけれど、自分でもどんな結果になるか分からなかった。
だから、痛みも想像することもできなかったのかもしれない。
ただ前へ出ることを目的としていたから。
「なまえちゃんッ‼‼」
耳を劈くような悲鳴で名前を呼ばれた。
前に出たのはいいけれど、リリアと自分の顔を守ることしかできなかった。
グサリ、と体内に鋭い何かが入り込む気配。次いで出てきたのは内側から沸騰するような熱い温度。
左腕と、右腿にナイフが刺さったとわかるまで数十秒かかった。
「すっこんでやがれ‼‼」
「やめて!」
「ぐぁッ」
「あ……ッ!」
大人と子供だったからか。
ナイフが刺さったまま、今度は相手の蹴りを体の中心に受けて、背後まで飛ばされる。
前に出て、あたしを守ろうとしてくれたリリアが一緒に巻き込まれて飛んでしまったのもわかった。
「くたばってろクソガキが‼」
地面に叩きつけられて、頬を数メートル擦った状態で止まる。
擦り傷と切り傷と、その他もろもろの打撲。痛みにうめき声をあげながら視界を広げた時、相手の男はもういなかった。
「なまえちゃん……っ!」
一緒に飛ばされ、転んでしまったリリアはあたしより軽症だ。だから、隣ですぐに起き上がり、目に涙を浮かべながら手を握りしめてくる。
半分意識が朦朧としていたが……なぜだろう?だんだんとしっかりしてきたそれは、騒ぎを聞きつけた聖杯のメンバーが男を追っている音すら耳に入れてくれた。
「しっかりして、なまえちゃん……っ」
「……、」
「ごめんね、あたしが……ちゃんと……、ごめんね……」
「……」
とても、不思議な感覚だった。
彼女が触れているところが、温かい。痛みはあるのに、痛くない。
血が出る感覚がするのに、なぜか安らぐ気持ちになった。
「ナイフ抜くね、痛いかもしれないけどすぐに癒すから」
「……っ」
体内に侵入していた金属は、すぐに体の外へと出た。一緒に血も道連れにしていたが、ナイフが乱暴に投げられた音しか気にならない。
痛みが一瞬強まったが、すぐに感覚が消える。こんなこと、今までなかった。
「大丈夫、すぐ治るから……っ」
「……なんで……、」
涙で視界をぐしゃぐしゃにし、顔を歪めながら手を宛ててくるリリアを、真下からぼーっと眺めていた。
溢れて止められなかった雫が、なまえの頬や首、肩のところへとぽろぽろ落ちてくる。
「君の……あるかな、能力……?」
「……ぅっ、ちがう……」
「……でも、傷……癒てるよね……」
「これは……あたしの別の能力だよ……」
「……あぁ……、そう」
もう喋れるようになったのに、リリアはなまえへの手当をやめなかった。
痛みが完全に消え、少しだけ痕が残るくらいまで回復する。
起き上がっても何も感じないほどになれば、なまえはリリアの顔をまっすぐ見つめるために体を起こした。
「君、怪我は……」
「うん……なまえちゃんが守ってくれたから、だいじょうぶだよ……ごめんね」
「……」
手当も終えた。最初の状態に元通り。
痛みも、今さっきまで繰り広げられていたこともすべてが嘘に感じられる出来事だった。
なのに、リリアの涙は止まらない。
「ひ……っ、う……」
「もう……いいよ。泣かないでよ」
「……だって、足手まといだったから……っ」
「違うって……。ちゃんと注意してみてなかったのは、あたしも一緒だから」
「でも……なまえちゃん、痛い思いしちゃったし……あたしのこと庇って……っ、ごめんなさい……!」
飛び出したのは、あたしだ。
守れる保証はなかったけれど、守れるなら守りたい。だから、痛みよりも決意のほうが重くて、大切だった。
リリアが傷つかなくて、血が出るほどの痛みを感じなくてよかったと、密かに思う。
しかし、泣かせたかったわけでもないんだ。
「前に出たのはあたしの意志だよ。リリアが悪いわけじゃないから」
「……」
「君に怪我されるのも嫌だったし、巡回……あたしが巻き込んじゃったようなものだから」
「……っ」
「それに、リリアの能力でその……傷、もう治ったし」
だから、大丈夫だよ。
そう続けてやれば、紫の瞳がまっすぐにあたしを射止めた。
汚れを知らない、光を映す瞳。その奥にどうしてあたしに会いたかったのか、理由が潜んでいるんだろうけれど、フェルのような力はない。
ただ、まっすぐ同じ強さで応えたかった。
「なまえちゃん……やっと名前で呼んでくれたね……」
「え?」
「だって、今までずっと、ずっとリリさんのこと”君”とか”あなた”って呼んでたから……」
「……今、そんな話するタイミング?」
「えへへ、でも嬉しくて」
鼻をずびずびと啜りながら、最後の涙を一筋零し、リリアはようやく泣き止んだ。
「……ごめんね。なまえちゃん。あたし、少しでも役に立てたらいいなって……思って」
「……うん」
「でも、あたし体力なくて、なまえちゃんやパーチェみたいに武術もできないし、走るのも遅いし。だからなまえちゃんが庇って怪我しちゃったこと……反省してる」
「もう気にしないで。あたしもちゃんと守ってあげられなくてごめん。……それから、ありがとう」
「なまえちゃん……」
「リリアのおかげで、ちゃんと自分の足で歩いて帰れる」
微かに笑ってやった。
そしたらまた彼女が涙ぐむものだから、どうしたものかと頭を抱えて。
参ったな、なんて思いながら眉を下げたのも忘れられない思い出だ。
結局、あの男は聖杯の連中に捕まり事件は一件落着。
別の問題としては、あたしの怪我を治したリリアが治癒能力の使いすぎということで、その10分後くらいに大通りで意識を失ったことだった。
あとで聞いた話、彼女の能力は自分の生命力を人にあげるようなもので。
リリアの生命力であの時のあたしの怪我が回復されたのだと知った。
だから、急激に力を使いすぎると、倒れてしまったりするのだとか。
しばらく絶対安静になったリリアは、そのまま誰にも会うことを許されずにナターレを越え、年すら越してしまった。
年の瀬にはもう元気だったみたいだけれど、念のためにという理由だったようだ。
本当だったら、みんなで楽しく新年を祝えただろうに。
そう思えば思うほど、リリアに次に会う時、どんな顔をしたらいいのかわからなくなった。
あの時、怪我をしなければ、と自分で自分を責めてしまったあたしがいた。
そんな新年、1月1日だ。
彼女からメッセージカードが届いたのは。
「リリアから……?」
綴られた言葉は、丸っこい可愛い字で書いてあり、彼女らしさが感じられた。
『親愛なるなまえちゃん、ブォナンノ!
ナターレはなまえちゃんと沢山お話ができて、とても嬉しかったです。
また今年もいーっぱいおしゃべりできるといいなぁ。
争いも裏切りも絶えないかもしれないけれど、なまえちゃんがレガーロを守ってくれたから、今のリリさんがいるのです!
今度は、あたしもたっくさん修行して、なまえちゃんの力になるからね!
そしたらまた一緒に巡回しよう?
今度は、リリさんがなまえちゃんを守ります。
なんちゃって♪
それでは、今年もよろしくお願いします!
愛を込めて新年のお祝いカードを送ります。
リリア』
「……っ」
「聞いた話によると」
「!」
カードを読みながら、ぼーっと廊下に佇んでしまっていたからか。
気配を感じられずに、背後から話しかけられた声に肩が跳ねた。
振り返れば、帽子を新調したルカの姿が。
「リリアが初めてなまえを見かけたのは、なまえが巡回の手伝いをしている時のことだそうです」
「え?」
「リストランテの店主が、1人の子供に言いがかりをつけていたのをなまえが止めたこと。覚えていませんか?」
その時、言われてなんとなく思い出した。
そんなことが、あったような、なかったような。
「その言いがかりをつけられていたのが、リリアです」
「そう、だったんだ……」
「だから、リリアはあなたに会いたがっていたのですよ」
だから、初めて会った時に、リリアはあんなことを言ったのか。
なら最初からそう言ってくれれば変に疑わなくてよかったのに、とあたしはリリアを避けていたことを棚に上げてみる。
「小さなことでも勇敢に立ち向かえるなまえに会って、リリアもそんな風になりたいと言っていました」
「……あたしは、そんな大したもんじゃない。リリアをちゃんと守ることもできなくて、おまけに倒れさせちゃったし」
「……なら、一緒に強くなったらどうですか?」
「え?」
「なまえも一緒に、リリアとともに強く。ね?」
ルカの微笑みは、強制的なものでもなく。
単なるアドバイスだったのだろう。だけど、続けられた言葉には大きな効力があった。
「かけがえのない友の存在は、時に己を強くします」
「!」
「そして、それがファミリー……家族ならば尚更」
”私がそうでしたから”と続けられれば、あぁ、確かに。なんて思えた。
デビトも、パーチェも、ルカの存在を支え続ける。また逆も然り。
「新年のメッセージカード。リリアに返事を出したらどうでしょう?きっと喜ぶと思います」
「……」
「それが、きっと第一歩じゃないでしょうか……」
かけがえのない友達。
妄信的に信じてくれて、あたしのために命すら張れる子。
生まれ持ったあの子の性質、性格もあるだろうけれど。そんな気持ちにお返しをしたいと思った。
だから。
「……ううん、返事は出さない」
「へ?出さないのですか?」
「うん」
だから、一歩ずつ歩み寄る。
知らないなら、これから知っていけばいいから。
「直接、会いに行くよ」
Dear My Friend
あれから、何年の時が流れたか。
もう忘れてしまうくらい長い時間リリアと一緒にいる気がする。
リリアはあのメッセージカードの通り、強くなった。
体力がない、馬力がない、小さい体にあった戦い方を見出してリリアはリリアなりにレガーロと、アルカナファミリアのために尽力してくれている。
主に島外からレガーロを守る彼女は、ほとんど館にいることがなくなった。
それでも毎年、幸いなことにリリアは新年だけはレガーロにいてくれる。
同じ館の中にいて、あの時みたいに会えないわけではないのに毎年メッセージカードが届く。が、相も変わらずあたしは返事をしたことがない。
文字だけで、うまく伝えられる自信がないのと、形に残るものは照れ臭い気がしたからだ。
「それは今も変わらないけど」
年を重ねれば、問題ごとをいくつか乗り越えてきていた。
もちろん、ここまでの道のりの中でリリアと大げんかをしたこともあるし、腹が立ったこともあるし、リリアを怒らせたこともあった。
だけど、その度にきちんと言葉に出して。裏切りにもならない、悪口にもならない方法で解決し、絆を深めてきた。
彼女は、あの時の猜疑心に満ち溢れたあたしを最後の最後まで信じ切って、そして笑顔に変えてくれた。
信じる強さを教えてくれた。
「でもまぁ……たまには、ちゃんと形にしてあげてもいいかなってゆー……気分……?」
自分で自分に言い訳を並べて、もうすぐリリアが通るであろう場所へ。
あの日、リリアが待ち伏せていた玄関ホールへ。
階段の踊り場で、リリアが下のホールを通るのを待っていれば予測通り、定刻通りに彼女は現れた。
今年はね、いつもより早くレガーロを発たなきゃいけないんだぁ。だからパーチェとイチャイチャできる時間も、なまえちゃんとおしゃべりできる時間もすこし、少ないの。
だからね、いっぱい話そうね!
なんてナターレに言ってた彼女の顔が浮かぶ。
約束通り、きちんと話した。くだらないことも恋路のことも、真面目なレガーロの話も、たくさん。
彼女はあの日から変わりなく、きちんとそこにいてくれた。支えてくれる友として。
だから、もう一度。
「リリア」
みんなが食堂やら談話室、広間で盛り上がっているからか。静まった玄関ホールに足音ひとつは大きく響き渡った。
真下を通過したリリアに真上から声をかければ、小柄な彼女が上を向く。
「なまえちゃん!」
ぱぁ!と表情を明るくして笑ったリリアに、真上から手だけ伸ばしてリリアの目の前に1つの紙を差し出した。
「?」
「ブォナンノ。リリア」
1月1日。0時50分。
年が明けて、すぐにレガーロを発たなければならないリリアに差し出したそれ。
初めて書いた感謝と、今年も。と願いを込めたメッセージ。
「これ……なまえちゃんから……?」
「……。ま、気をつけて行ってきなよ」
やっぱり素直に言えなくて。
話を強引に逸らして、部屋に戻ろうと踵を返す。
リリアは素直だ。素直すぎるから、顔を見ながら言えないこともある。例えるなら、そう、小動物のようだからこそ全力で向けられる好意に照れてしまう。
さっさと退散するに限る。
踊り場から段差を踏み、高度をあげようとしていたら。
ドン!とその場に似合わない不自然な音が鳴り響く。
え?と振り返ったのが間違いだった気もした。
「なまえちゃーーーーん!!!!!」
「ぬわっ!?」
彼女は強くなった。脚力もあげてきた。
だから、下から力一杯ジャンプして--そんなに高くない踊り場まで--手すりを飛び越えてやってきた。
手すりを越える時にもう一度、勢いをつけて振り返ったあたしに後ろから思いっきり抱きついたのだ。
それはもう、あたしが耐えられず顔面から階段の段差に突っ込むくらいの強さで。
「ありがとう!ありがとう!リリさん本当に嬉しいっ」
「あぁ、そうですか……とりあえず痛いんですけど」
「その痛さもリリさんとの友情の証だよぉ!」
「痛い友情はいらない……」
「なら!リリさんが能力で治してあげる!ね?それならいいでしょ?もうあの時みたいに倒れたりしないからぁ!」
「いい、勘弁して、それでリリアになんかあって代わりに永久シエスタ組のあたしが島外任務に出されても困るから」
「え~!?もう、なまえちゃーーん!」
痛い友情は確かにいらない気もするけれど。
でも、こんなに賑やかで、温かい気持ちになれる新年が毎年用意されているならば。それはそれで許してあげようと思えた。
2016.01.01
あけましておめでとうございます!
今年も仲良くしてください。よろしくお願いいたします!
有輝