三日月は見届けた

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近藤さんは、みんなで騒げるような、楽しい空気を作れる行事が好きだった。


花見をしながら宴会をすることも、七夕も、年越しも、誰もが幸せに浸れるような行事を開催するのが好きだった。


といっても、最初の言いだしっぺは結局のところ平助だったり新八さんだったり、事あるごとに色々な名目でお酒を飲もうと企む人だったけれど、優しい近藤さんは土方さんの意見も押しのけて、いつだってみんなのことを考えてくれていた。


試衛館のみんなのことを考えて。


そんな僕たちが、江戸に出てきたのには理由がある。


田舎の寂れた小さな道場主だった近藤さんを筆頭に、江戸に出てきたのはかねてからの夢を叶えるためだった。


もちろん、僕も同行した。今日までそれはまぁ、色々なことがあったけれど、ここまでこれて、近藤さんの傍にいれたことを僕は幸せに思う。


新選組と名を貰い、こうして会津藩の御預かりの身となり、隊士も増えた。試衛館にいた頃ほど、沢山の行事は出来なくなったけれど、それでも近藤さんは常に優しい人だった。


土方さんなんかと違って。



「ねぇ。なんで、湾曲を描いた月を“三日月”って言うのかな」



それはいつのことだっただろうか。


屯所を西本願寺に移してから、間もなくの事だった気がする。


近藤さんが、秋も深まり過ごしやすい夜が多くなってきたから月見をしようと提案してくれた。


そこにいつも通り平助や新八さんを始めとした試衛館の面子――詳しく話すと、そこにおまけで蘭方医の娘が一人――が顔を揃え、こうしてお月見が始まったのだけれど。


僕はふと思ったことを口にしてみたんだ。


屯所の縁側にみんなで腰掛けて月を眺めるなんて、京で恐れられる新選組の幹部がやってると知れたらどんな印象を持たれるだろうなんて頭の片隅で考えていた。



「そういえばそうだな。なんで三日月っていうんだ?半月はわかるけどよ。半分だし」



千鶴ちゃんが用意してくれた団子を頬張りながら、平助が頷いてくれた。


確かに、半月はそのままの意味だと思う。だけど、どうして三日月は“三日月”なのか。


名前をつける才能は特にないけれど、適当に湾曲月とかでもよかったんじゃないの。


くだらないけれど、近藤さんと月見をすれば、幼き頃から思っていたことを今日初めて口にしてみた。



「ほほう。総司、いいところに気が付いたな」


「え、そうですか?」



団子を頬張ったあと、お茶を飲みながら近藤さんがにこりと微笑んでくれた。


僕も思わず顔を傾けて目を細めれば、またそれが返される。


奥の奥では堅物が目を伏せて茶を啜っているのが見えたけれど、視界から抹消し、近藤さんとだけ微笑みをかわしてやった。



「三日月の語源は、その様にある」



意外にも返答してくれたのは、僕と笑みを交わしていた近藤さんではなかった。


僕の隣にいた一君が、ゆっくりといつもの口調で話し出す。



「月は満ち欠けを繰り返し、その周期は大よそ三十日と言われている。満月から徐々に欠けてゆき、完全に姿を消すことを新月という」


「あぁ、新月な」



左之さんはどこで興味を持ったのか、一君に軽く相槌を返していた。



「新月から再び満ちて、満月に戻るこの周期をもとに、まず秋の満月が十五夜と呼ばれるようになった」


「それって、新月から十五日で満月になるからってこと?」


「あぁ」


「じゃあ、なんだ。もしかして“三日月”ってやつは、三日目に現れる月の形だからってことか?」



新八さんの問いに、一君が微かに頷いたのが見える。


なんだ、なんて単純な思考をした人が名付けたんだろう。


腕を背後に下げて反り返り、つまらなさそうに三日月を見上げてやれば、どこか月光から反論するような空気を感じたのは気のせいだろう。


つまりは同じことを繰り返して、変わり映えのしないことって意味か。


なんだか子供の頃から考えていた理由や由来よりも残念で、深く溜息をついてしまったのは内緒だ。



「でも、それもなんだか素敵じゃありませんか?」


「え?」



縁側ではなく、みんなのお茶を用意し終わり、ようやく腰を畳におろした千鶴ちゃんが優しく声をかけてきた。



「同じことの繰り返しでも、また同じ形の月に巡り会えるのも、素敵だと思います」


「そう?結局、変わり映えしないし、つまらないじゃない。同じ月なんだし」


「そうですか?見る日の気持ちや、温度、天気によって同じものでも違ってみえたりしませんか?」



あぁ、この子はとても純粋なんだな。


そう感じたのは何度目だっただろう。


千鶴ちゃんの意見に、同意していた平助も、左之さんも新八さんもゲラゲラ笑っていたことも。


近藤さんが優しく頷いたのも、一君が微笑したことも、目を伏せていた土方さんがゆっくりと三日月を見上げていたことも。


こうして試衛館時代のみんなと共にいることが、当たり前で変わり映えなどない日々で、ずっと続くものだと思っていた僕も……――この理論でいえば、つまらないことになる。


それでも、僕は……。


僕たちは……――。







「間違いない。あれは土方だ」



変わり映えしなかった日々は、終わりを迎えた。


慶応四年の三が日に勃発した鳥羽伏見の戦いを始め、この戊辰戦争は僕たちを引き裂くことになる。


揺れ動く時代の中、少しでも平穏な時間を味わえた武士を幸せだと思った方がいいのかもしれない。


僕は、近藤さんの剣であるためにここにいた。


体がいうことをきかなくなったとしても、誰かに療養を命令されたとしても、あの西洋から渡来した劇薬を口にし、本物の化け物になったとしても。


僕はあの笑顔を、近藤さんの力になりたくて、ここにいた。


……はずだった。



「よし、皆に知らせろ」


「土方は怪我をしちょる。狙うなら今や」



随分と昔の夢を見ていた気がする。


目が覚めた時、祠の戸の柵から覗いたのが三日月で、僕は“あぁ、月のせいだね”なんて考えていた。


だからあんな夢を見たんだ。新選組のみんなと一緒にいて、月見なんてしている夢を。


千鶴ちゃんが笑顔でいる夢を、近藤さんがいた夢を。



(近藤さん……)



結局、僕は何をしたかったのだろう。


守るべき人を守れず、誰よりも先に逝かせてしまった。


僕が近藤さんの盾になるはずだったのに、助けることも出来なかった。


そして……。



「よし、土方を討つぞ!」


「仇を取ったる!」


「……」



目が覚めたのは、偶然だったのか。それとも、月による知らせだったのか。


祠の外で、どうやら新政府軍に組する者が、僕のきらいな土方さんを殺そうと計画を立てているのが聞こえた。


胸は内側から切り刻まれたように痛い。息を吸うだけで音がなる。


こんな僕に何が出来るかを、まるで教え込むような夜だった。


三日月が不気味なくらいに輝く、綺麗な夜だった。



「近藤さん」



奴らを追えば、行きつく先は宿場町までの街道だった。


ここにくるまでに幾度、血を吐いてしまったか。


ここに来るまでに、何度羅刹となったのか。


どうやら、僕の命はもう長くないらしい。



(そんなこと、とっくの昔にわかっていたけどね……)



思わず浮かんできてしまったのは、諦めに似た笑みだった。


覚悟、って言えるかな。


そうだといい。



「近藤さんが新選組を託した土方さんなら、」



手元にあった細帯を使い、力の入らなくなった手から刀が零れ落ちないように巻きつける。


零れ落ちるのは、あの幸福と感じられる温かい日々だけでいい。その時間だけでいい。


思い出は、僕がこのまま持っていくよ。


深い痛みも、僕がこのまま背負っていくよ。



「僕も守らなきゃ、だめだよね」



偉そうで、意地っ張りな誰かさんのことがきらいだった。


最後の最後まで、好きにはなれなかったな。


これで終わるであろう、僕の物語を沈みかけた三日月が見ていた。


三十日という周期で繰り返し現れる姿の月が、僕の最期を見届けていた。


新選組にかけた日々、全てを捧げられた日々を幸せと呼べるのならば。


結果が同じ繰り返しで、変わり映えのない日々だとしても、また巡り会えればいい。


三日月が満ち欠けを繰り返し、何度も同じ姿で現れるように、僕たちも。


時間をかけ、また全てを奪われたとしても、巡り会いたいと願う。



「新選組……一番組組長、沖田 総司……!」



愚かな希望を胸に、また巡り会うために。


僕は剣を振った。




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