and boyfriend
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一体、この予兆はいつから出ていたのだろう。
そうだな、気が付いた時には彼は冷めたような態度をとるようになっていた気がする。
「……あっ、もしもし!?」
私が重たかったから冷めたのか。それとも、彼が私に対して無関心になったから、こんな態度をとるようになったのだろうか。
「ちょっと土方さん!今どこにいるんですか!?」
発信履歴に残るのはいつも同じ相手。私が大好きな年上の彼氏の名前だけ。同時に思い知るのは、着信履歴に残るのは友達や会社の上司、同僚の名前ばかりで彼の名前はないということ。気持ちの反比例を見事に表していたようだった。
かけて、求めて、声が聞きたくて、会いたくて、約束を取り付けるのはいつも私から。
仕事が忙しいことは知っている。彼は、私の彼氏――土方さんは高校教師。ただのOLの私と違って、残業だったりこなさなければならない業務の量も違う。それはわかっている。これでも言わないようにしているつもりだった。
でも。でもでもでも。
今日という今日こそは。
「もう約束の時間、過ぎてるんですけど!なんかあったんですか!?」
平べったくて、少し手に馴染むとは言えない大きさのスマートフォンの奥から、長いコールが鳴った後、久しぶりに彼の声が応答を示した。それもまぁ、とてもめんどくさそうな声と溜息を混ぜたような態度で。
『あぁ、すまねぇな。仕事が長引いちまってる』
「あー……そうなんですか……。わかりました、あとどれくらいで終わるんですか?私、待ってますから」
冷たいな、相変わらず。冷たいというか、無愛想というか、なんというか。そんなところすら彼らしくて愛おしくて好きなんだけれど、最近そう思いつつ物足りなくなってしまっている。
もうすぐ付き合って1年の記念日。
ちょうど祝日連休にあたったから、旅行にでも行こうかと予定をしていた。記念日に旅行だなんて素敵だなぁ、と思いながら今日は二人で予定を立てるはずだった。どこへ行こうか、行った先で何をしようか。どんなご飯を食べて、どんな宿に泊まろうか。泊まった先ではもちろん……――。
『いや、待たなくていい』
「え?」
とても楽しみにしていた。久しぶりに彼に会えるからというのもあったのだけれど、どうやら楽しみにしていたのは私だけみたい。
平べったい手に馴染まないスマホを思わずズリ落としそうになりながら、無機質な機械から聞こえる音を、私はゆっくり聞き取った。
『今日はそっちに向かえそうにない。悪いが今度埋め合わせさせてくれ』
「え……ちょ、ちょっと……」
『本当に悪いな。じゃ、もう戻らなきゃならねぇから切るぞ』
「ちょっと!なんで、え、そんな……!」
“土方さん!?”
言いかけた途中で、2人を繋いでいた電波はブツリと途切れた。きっと私の最後の呼びかけは聞こえていなかったはず。それくらい、早急に切られてしまったのだ。
「ありえない……」
忙しいのは知っているよ、言わないようにしていたじゃない。彼が立派な教師で、教頭という立場にいるのも私だって誇りに思ってる。
でも、でもでも今のはありえなくない!?なによあの謝り方!謝罪の気持ちなんて微塵も感じられなかったし、忙しいのは嫌ってほど伝わってくるけれど、そんなに煩わしそうにしなくていいよね!?声に溜息混ざってるの聞こえてたんだからね!
握りしめていたスマホは、ついに腕ごとぶらりと宙吊りになる。
あぁ、今すぐ泣きそう。泣いちゃいたい。なんだこれ、酷すぎるじゃない。土方さんのばか。
予定はドタキャン。詫びるつもりのない謝罪。冷たい電話の切り方。電波が切られた瞬間、この関係の終わりを感じたのは私だけだと思いたい。彼にそんなつもりはなかったのだと思いたい。
「……帰ろう、かな」
レースのワンピースを翻して、私は待ち合わせの駅前から歩き出す。もうここも待ち合わせ場所とは呼べない。待ったって、彼は来ないんだから。
鞄に抱え込んでいた旅行のパンフレットがさっきまで微塵も重さを感じさせなかったのに、今は腕がちぎれそうな程重たかった。私、何冊詰め込んだんだっけ。
あー、私はバカか。いい大人なのに、成人女性であるにも関わらず、予定が一つキャンセルされただけでこんなに落ち込むなんて。旅行自体がキャンセルになったわけじゃないのだから、こんなに落ち込む必要なんてないのに。
俯いてとぼとぼと歩いていたせいか、私は前から来た人に気付かなかった。
よくドラマであるけれど、見事に私は前から歩いてきた人にぶつかってしまう。衝撃を覚えて顔をあげれば、こちらも聞き覚えのある声が耳に届いた。
「あれ?なまえちゃん?」
「え?」
“大丈夫?”と、ぶつかってしまった人に謝罪を述べようとした時。まるでタイミングを読んだように現れたのは、神出鬼没な昔馴染みの彼だった。
「沖田くん……」
――数日後。
デートのすっぽかしを喰らってから、私は土方さんに連絡を一切しなかった。
あのあと、偶然に街中で出会った沖田くんに話を聞いてもらい、飲み明かして家に帰った。深夜近い時間に珍しく土方さんからのラインが入っていたけれど、既読の文字すらつける気にならずに放置しておいた。そうすれば、彼がもう少し構ってくれるかと思っていたのだけれど、甘い考えだった。
たったそれだけ。以降、彼から連絡は一切なし。だから私も一切しない。
向こうはきっと張り合っているつもりなんてないんだろうな。ただ、私が意地を張っているだけ。彼の気持ちを試すようなことをしているだけ。女の子なら誰しも一度はしたくなるものじゃないの?しかも私は平然とデートをドタキャンされる彼女になりつつある。不安だらけ、お先真っ暗。土方さんは仕事と恋愛しているの?なんて、フラれる発言1位同然の言葉を投げつけそうにもなっていた。
そんな時だ。
「おい」
「……なんでいるんですか」
「なんで、じゃねぇよ。お前が既読も付けずに俺をシカトしやがるからだろーが」
今日はたまたま残業だった。そのあと、友人と焼き鳥を食べて飲んでいた。職場の最寄駅から程近い場所。この最寄駅は土方さんが住んでいるマンションや、沖田くんの家からの最寄駅でもある。私の家は次の次の駅なのだけれど。
そんな駅前で、終電に間に合うように余裕を持って店を出てみたら、改札のところでたまたま会いたくなくて会いたかった彼氏に遭遇。
なんて絶妙なタイミングなんだろう。そして土方さんはどうしてここにいるのだろう。
「既読?なにそれ」
「はァ?」
あぁ、ラインのことね。そういえば、見る気も失せて、拗ねてそのままトーク消しちゃったんだっけ。そりゃ既読になるはずもないか。だから心配して会いに来てくれたの?なんだ、可愛……優しいところもちゃんとまだあるじゃないか。
「お前、俺がラインしたのにシカトしてんだろ。その辺でくたばってるのかと思っただろうが」
「その辺でくたばったりしませんよー。私だって仕事が忙しいんですぅ。土方さんと同じ社畜なんですぅ」
「酒飲みに行く時間はあるんじゃねぇか」
「そりゃぁ、数少ない息抜きですしぃ?土方さんみたいに私弱くないしぃ?」
あ、一言余計だったかも。左の眉がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。
終電がくる改札の前。誰も辺りに見当たらない駅。電光掲示板だけが怪しく光っている。
「はぁ……。まぁいい。生きてるんなら問題ねぇな」
「生きてますよ、勝手に殺さないでくださいぃ。それに土方さんだって、人のこと言えないじゃないですか。既読無視するし、電話しないと生きてるのか死んでるのかわからないしぃ、仕事と恋愛してるし」
「はァ?なんだそりゃ」
「そのまぁんまの意味ですよ」
あぁ、口がぺらぺらと回る。そのまま回る。さっきまで友達に愚痴というか相談していたことがそのまま出てくる。吐き出したはずなのに。当の本人を目の前にして、私はお酒のせいで彼に本心をぶつけようとしている。
「土方さんは、私より仕事を愛してるんですよねわかります」
「くだらねぇこと言ってねえで帰るぞ」
「帰るぞって私の家は電車の向こうです」
「何言ってんだ。明日は休日だろ、このまま家来て旅行の予定立てるんじゃねぇのかよ」
「はいぃ?私、そんなの聞いてません」
「ラインでこの間送った。お前が既読にしなかったやつだ。駅で待ってると書いただろ」
「見てないんだからわかるわけないですぅ」
確かに埋め合わせはすると言われた。でも、それが今?全部が自分の都合に合わせられるわけ?なんでよ。
棘がある気持ちが、私を素直にしなかった。
明日が会社は休み。素直に彼の家にお泊りして、明日1日かけて予定を立てればよかったのに。この間から拗ねていた私の心は彼の謝罪を求めていた。いや、優しさというか、行為を求めていたのかもしれない。
「だいたいぃ、この間の電話、あれなんですか?謝ってるけど反省してないみたいな。ありえませんよ」
「それは……悪かったと思ってる」
「本当に思ってます?」
なんとなく。素直になったら負けだと思って。私はSuicaを改札に押し当てて、彼から簡単に離れてやった。改札を潜って、電車に乗り込むためにゆっくり歩いていく。
土方さんの舌打ちが聞こえた。彼も何故だか私を追って、電子マネーの機器を使い改札を潜ってきた。
やばい、めんどくさいことになりそう。
頭の片隅で警報が鳴っているのに気付きながら、私は気づかないフリをした。
「じゃあ、思ってるならここでキスしてください」
「な……、」
背後から追いかけてきた土方さんの気配を感じ取って、私は振り向き様に言ってやった。
彼の驚いた顔、見開かれた紫の瞳。どんな表情をしてもこの人は綺麗だ。
少しくらい、我儘になってもいいだろう。ドタキャン喰らって、我慢して我慢して耐えたんだから。
誰もいない改札の中央で、公開キスしたって恥ずかしくなんてないでしょ。
そう思っていた。
バカなのは、私なのか。彼だったのか。
「くだらねぇこと言ってねぇで、帰るなら帰るでさっさと電車乗っちまえ」
重なっていた視線が逸らされた。
あぁ、冷めたんだろう。彼が背を向けて、改札の方へと帰っていくのが見える。
え?
そこは我儘を聞くか、“ここじゃ無理だろ”って怒るところじゃないの?
顔も見ないで、あっさり引いちゃうところなの?どうしてそんなにめんどくさそうにするの?
開いていく距離。頭の中でまた警報が鳴る。それとは別に、発車ベルが鳴っていた。
もう、どうでもいい。
離れた隙間を、埋めなければならないと思った。どうにかしなければならないと思った。
ポケットの中のスマホが揺れる。走れば走るほど揺れる。やがてそれは重力に従い、ポケットから落ちて行った。
背後でガラスに何かが当たる音がしていて、発車ベルの音が混ざって、もう一つ、服を引っ張って翻させた音が重なる。私が作った音。
背が高い彼の口元に、懸命に背伸びをした。ピンヒールで背伸びをしてもまだ届かない口元に、ぎこちなくキスを残せば、帰ってきたのは肩に緩い痛み。
「な、やめろ……っ」
「……ッ」
ドン、と倒れ込みはしなかったけれど、押し返された。
カツンカツン、とヒールの音が数回響いて、止まる。心臓も止まるかと思った。
明らかな拒絶が見えて。隙間は、埋まらない?と確信した気がする。
背後のスマホがブルブル振動して音を立てていた。それで現実に戻ってみれば、私は一目散に駆けだした。
「おい、なまえ!」
終電のベルは逃した。改札はもう一度パスモを擦りつけて通過。後ろにSuicaを落としたままだなんて忘れていた。
大好きで大切な彼氏が何か叫んでいたのだけれど、もうどうでもいいです。拒絶されたからには逃げるしかないです。泣き顔をここで晒しても惨めなだけです。
「どこ行くつもりだ……!」
「沖田くんのとこ!!!!」
そこだけ強調してやった。ざまあみろ。嫉妬だってしないんでしょ。だって今、あなたは拒絶したじゃない。
ヤキモチを妬かせるために言った言葉だったけれど、そこからの反応はなかった。うわ、そうくる?シカト?私だってもう傷つきますよ、さすがに。
そこからは、もうヒールを脱ぎ捨てる勢いで走った。
沖田くんのアパートは5分もかからずに行ける距離。もうすぐ着く。背後から土方さんの気配もないし、止められる理由もない。
終わったんだ。私と彼の関係は、あの完全なる拒絶で終わった。ゲームオーバー。コンティニュー?答えは、No。
丘を駆け上がれば、沖田くんの部屋が見えた。部屋の電気がついているから、まだ起きているみたい。
よかった。これはもう飲み直して、話を聞いてもらうしかない。
扉の前まで行けば、どうやら部屋に誰かを既に招き入れているらしくて、ドンチャン騒ぎのような騒音が聞こえてくる。全く近所迷惑だ。しかし、私が今まさにこの中に加わろうとしていることで、沖田くんにかかる迷惑は多大なものになるだろう。
「沖田くーん!!!」
ドンドンと扉を叩いて、遠慮なしに叫んでやった深夜1時過ぎ。
“なに、今度は誰”
なんて言いながら、扉の向こうに人影が現れるのが見えた。
ドアノブが回る。私側に開く扉の隙間から、ジャージ姿の沖田くんが見えた。
半分だけ。
「―――」
そう。半分だけ。
原因を理解するには、もう少し時間がかかった。
耳元で痛々しい、扉を破壊してしまうんじゃないかというような強さの音と同時に、沖田くんの家の扉は開かないように押さえつけられていた。勢いに任せて閉じられて、半分見えていた沖田くんすら見えなくなった。
背後から伸びてきた手を辿り振り返れば、まさに鬼の形相でこちらを睨んでいる……土方さん。
「……」
追って、来たんですか。
「てめぇ……何考えてやがる……」
あまりの怖さに、酔いが覚める気がした。
いや、覚めた。完全に私、覚醒しましたなう。
「何……って……」
「こんな夜中に男の部屋に行くたァ、俺に喧嘩売ってるのか?」
「えっ、と……」
「人の話もろくに聞きやしねぇで、散々ギャーギャー喚きちらした揚句、最後は別の男に逃げますだァ?そんな都合のいいことが通用すると思ってんのか」
「つ、都合のいいって、土方さんだって都合いいじゃないですか!人のこと待たせた揚句、あんな無愛想に“今日は無理”だなんて!私のことなんだと思ってるんですか!」
いつもなら、言い返さない。
彼は仕事が忙しくて、その仕事や立場に誇りを持っていて、誠実に務めを果たす男だ。私は、そんな彼に心底惚れているんだ。だから、いつもなら言わない。言わなくたっていいと、己に言い聞かせてきた。
「……だろ……」
でも我慢が出来なくて。思ってしまったことを、溜め込んだことを、我儘を、見事に吐き出してしまった。
どうせ終わるなら、もう最後の最後くらい嘘をつかずにいたい。本心で彼にぶつかりたかった。
いや、最後を望んでいないのだから、これすらも強がりなのだけれど……。
「なんですか!?めんどくさくて、重たい女だって言いました!?」
「言ってねえだろそんなこと!」
「じゃあなんて言ったんですか!?」
背後に立ってて、こんなに耳元で話されているのに、まったく聞き取れない大きさ。
イラッとしてしまい、本当に近所迷惑になる大きさで聞き返してしまえば。
帰ってきた声の大きさは、これまた大きくて。
「お前は俺の女だろうがッ!」
騒音の後、ピタリと空間が静寂に包まれた。
酔っていた思考はどこかへと飛んで行った。今、彼は私に目を覚まさせるようなことをハッキリと口にした。
近所迷惑になる声の大きさで。
「あーッ、もうくそ!めんどくせえ!」
「……」
「仕事が忙しかったのは本当だ。お前に詫びる態度がなってなかったのも悪いと思ってる」
「え……、と」
「だからラインで誠実に気持ちを伝えれば、お前は既読すらしやがらねぇ。だから今日、駅でお前が来るまで待っててみれば、あーだこーだ騒いだ揚句、公衆の面前で駄々こねやがって……」
どこか、ほんのりと頬を赤らめた私の彼氏は、そっぽを向きながら真相を明かしていく。
「……っ、どう反応していいか惑ったから素っ気なく返せば、いきなり掴みかかってきやがって……。人前でするもんじゃねぇだろ」
「……誰もいませんでしたよ」
「そーゆー問題じゃねぇんだよ」
「だからって突き飛ばすんですか」
「驚いて勢いついちまっただけだ。反省してる」
「……」
「お前こそ、時間も考えず男の部屋に行く神経、反省してんのか」
赤い顔されてお説教されてみたものの、全然怖くなくて。
その憤怒の声よりも、さっきの言葉が頭から離れてくれなくて。
あれ?私、彼の隣に戻ってきたんだ。なんて、勝手に離れた錯覚をしていた。
触れられる距離に、会いたくて仕方なかった人が、いる。
「土方さん、」
「なんだ」
まだ彼はどこか不服そうにブツブツ文句を言っていたけれど。
それすらも遮って。私はもう一つ、我儘を口にしてやった。
今日くらいは、許してほしい。今日だけは。
どうか、土方さんの声で安心させてほしい。
「さっきの、もう1回言ってください……!」
「……っ、そんな簡単に言えるか……!」
and boyfriend
「ねぇ、終わった?人の家の前で痴話喧嘩とか、やめてほしいよね」
「土方先生が、あ、愛の告白を……」
「は、一君、なに動揺してんだよ……!」
「平助、そーゆー君も顔真っ赤だよ」
「なっ、ちげーよ!俺は照れてなんか……!」
一難去って、また一難。
土方先生の元教え子である沖田くんの家に集まっていた、斎藤くん、藤堂くんにもまさかこの告白が聞こえていただなんて、その時は思わなくて。
次に街中で顔を合わせるたびに、からかわれるネタにされていたことも、今となってはいい思い出だったりする。
***
三作目にして、この歌詞モチーフ小説がめっちゃ難しいということに気付き始めました(笑)
土方さんと不器用な恋でした。
今回は暴走気味のヒロインで、言いたいことズバズバ言える子だったので書いてて爽快でした。が、長い、そして難しい。
歌詞モチーフになると原作キャラがとんでもなく酷い人になる確率が高くなっているのは、シドの世界観なのか私の発想不足なのか……恐らく後者。不快な思いをさせてたら申し訳ないです。
2014.05.08 有輝