蒼空の堕天使
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あなたが私を必要としていないことは、知っていた。
どれだけ泣き叫んでも、声を張り上げて名を呼んで追い求めても、あなたは振り返らない。
また別の女と共に歩いていくのを、ただ見つめるしかなかった。
私は、あなたに必要とされていないことを、知っていた。
「そういうことだから」
「うん」
「帰りは遅くなるから、先に寝てていいよ」
「……うん」
「きちんと戸締りしてから寝るんだよ」
優しく頬に触れる指。この手が好きで堪らない。
最近はこのマンションの近くも物騒だからね。そう言って玄関の扉を閉めた彼。優しい声は、感覚は、姿は、全てなくなり、冷たい箱の中に一人取り残される。
自由なのに、自由じゃない。ただ帰りを待ち続けるだけ。
もう疲れたの。もう待ちたくないの。あなたは私を必要としていないの。知ってるわ。
箱の中でシルクに包まれて眠る。カーテンも閉めずに。朝がきたら、眩しくて存在に手が届かないような太陽に起こされて、また同じことの繰り返し。
あなたは来ない。帰ってこない。あぁ、また一人の朝が来た。また一人になる今日がくる。
朝食は何もいらない。水も何も飲まない。ただ続く吐き気を堪えて、鞄を抱えて出ていくの。
いつもの通学路、いつもの道、見えてくる大学のキャンパス。いつも通り。
あなたがいないのもいつも通り。
門をくぐり、私のロッカーを開けたところで、遮るように誰かが立った。
「顔色が悪いぞ」
「元からこんな顔です」
「そういう意味ではない。血色の話をしている」
「斎藤くんの目が色を識別出来なくなっただけじゃない?」
初めて大学に来た時。たまたま腰掛けた席で、たまたま隣に座った男が彼だった。
物静かで、何を考えているのか時折わからなくて、でも嘘や偽りを吐いたりしない眼をしていた。
こんな人に愛されたのならば、きっと幸せなんだろう、と。頭のどこかで思っていた。
求めた男とは全く違う人。彼は、“彼”じゃない。
「単位とれてるんでしょ?わざわざ苦手な科目に出席する意味あるの?」
「苦手だからこそだ」
「ふーん、優等生」
「あんたはどうなのだ」
「別に。なんとなく」
家にいても暇だ。あの男が帰らぬ家など、私にとってはただの箱だ。
「……なぁ」
「何?」
妙にかしこまるその声、仕草、投げる視線の先。見つめられて、ドキッとした。こいつの眼は、容赦ない。すべてを見透かすくらい、まっすぐで、痛いんだ。
「いつまで、そうしているつもりだ」
「……、」
「あんたが想っている男は……「ねぇ」
うるさい。うるさい、うるさいうるさいうるさい。雑音、喧騒、騒音、迷惑、偽善者。
「私、あんたのそーゆーとこ、大っ嫌い」
「……」
「偽善者ぶってるだけでしょ。私の勝手、もうほっといて」
あぁ、彼はまだ立ち尽くしてる。
そんな目をしないで、私に視線を向けないで、痛いの、痛いの、痛いんだよ。
わかってる、あなたは何も悪くない。
「俺は……」
「そんなに心配してくれるならさ、解放してみせてよ」
「……――」
「斎藤くんが、解放してみせてよ」
素直に助けてだなんて、言えなかった。
愛した人に愛されなくて、必要とされなくて、必要としても拒まれて、彼の眼の先にいるのは私じゃなくて。
ただただ帰りを待ち続ける捨てられた人、都合のいい女、私は彼の何でもない。
あいつはきっと、今日も別の女を抱いて、その指で悦ばせて、愛を囁いて、果てるのね。
セフレがたくさんいることも、私が本命じゃないことも。
いえ、私がセフレだということも。
それでも愛していることを。
どうしようもない循環しきれない円の中で回り続けて、用意された冷たい箱の中に縛られて、私は殺されていくんだ。
愛してくれなくてもいいよ。
そんなの、嘘だよ、強がりだよ。愛してよ、一番にして。私だけを見て、お願い。あなたしかいないの。
お願い……――。
「おかえり」
大学を終えて、箱の中に帰れば、珍しく、あいつがいた。
「……帰ってたんだ」
「うん、もう行くけどね」
年上のそいつは、肺が弱いくせに煙草の匂いをぷんぷんさせながら私の横を通り過ぎる。
今日はどこのキャバ嬢?それともそこらで捕まえたOL?私より年下の娘?ねぇ、教えて。
どんな子が好みなの?どうして私じゃダメなの?ねぇ、なんで……?
「それじゃあ、今日も遅くなるから」
「……」
「不審者には気をつけてね」
「……いつ帰ってくるの」
精一杯の、叫びだった。
言えない、言えるわけない。声を出して“行くな”といえば、この関係も終わる。わかってる。愛される道なんてない、そんなルートなんて残されていない。わかってる、誰よりもわかってる。それでも、抜け出せないの。
お願い、助けて。
解放して。
「ごめんね」
「……」
「それじゃあ、もう行くから」
背後で扉が閉まる音。冷たく響いたそれを聞き届けたら、どうしようもなく涙が出た。
知ってるよ、あなたが私を必要としていないことくらい。
「知ってる……っ、そんなこと……っ」
あなたが私を必要としていないことは、知っていた。
どれだけ泣き叫んでも、声を張り上げて名を呼んで追い求めても、あなたは振り返らない。
また別の女と共に歩いていくのを、ただ見つめるしかなかった。
私は、あなたに必要とされていないことを、知っていた。
涙が頬を伝い、床を濡らし始めたのと同じ頃。あいつが出て行って、一時間くらいした頃。
外が救急車やパトカーのサイレンでうるさくなってきたことに気付いた。
何かあったのだろうか。
こんな泣き顔で、確認することでもないのに。あいつが“変な人には気を付けてね”と言っていたことを思い出した。
玄関の扉を開けて最上階から外を見下ろした。
真っ赤な血だまりが見えた。空には、黒い羽が舞っているように見えた。
よく知った、男が倒れていた。
よく知った、男が私の横に佇んだ。
「……あんたがやったの……?」
「……」
「……そう」
蒼い目は、とても澄んでいた。
いつもと同じ真っ直ぐだった。
血塗られていない汚れた手で私を抱きしめて、私が嫌いな愚直な目で、私を見つめた。
「ありがとう」
愛しいはずの男の死を見たのに。
口から出たのはそんな言葉だった。
蒼空の堕天使
( ど こ ま で も 共 に 堕 ち て ゆ け )
***
私が歪/死/切/救済不可ネタを使うのは珍しいですね。
なんか書きたい気分だったんです。
30分クオリティ。大人向け。
敢えてトップに更新したという記載はしませんでした。
2014.03.25 有輝