篝火の想
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篝火が揺れる。
薄暗い部屋を照らす炎は、まるで今にも途絶えてしまいそうだった。
だが、俺の心がここから離れることなど無い。
新選組から離れることなど。
「報告ご苦労。下がっていいぞ」
「はい」
直に朝陽が昇る時刻。
新選組副長である土方さんの部屋に呼ばれた俺は、伊東派の動向についての報告を終えた。
離隊に向けて動き出している伊東さんにつき、間者として潜り込むことは年の瀬から決まっていたこと。
離隊までの動きを逐一報告し、今後の出方を考えるのはこの人の役目だ。
その役目を支え、迷いなき剣として動くため、俺はここに在る。
「失礼します」
障子に手をかけ、肌寒さが針のように刺さる廊下へと出る。
この人は…副長は一体いつ寝ておられるのだろう。
素朴な疑問と過労で倒れないかを案じ、声をかけようと口を開きかけた。
刹那、先に声を発したのは副長であった。
「斎藤」
「はい」
一つ返事で返してやれば、続きが………ない。
「あー…その…なんだ」
「はい」
「だから、その…あー…」
「…はい」
どうやら先を発することが躊躇われるのか。
または、考えながら口を開いてしまったのか。
副長らしからぬ行動に、俺は失礼ながら首を傾げそうになる。
咳払いを一つ残し、副長はようやく続きを俺に与えてくれた。
「休んだら、なまえに会ってやってくれ」
「みょうじに?」
「だからその…もう日付が変わってるから、今日か。何月何日だか分かってんだろ」
「…」
何月何日かと聞かれても。
零時を超えたので、今日は如月の十八日。
2月18日。
「とにかくだ。なまえの様子を見に行ってやってくれよ。頼んだぞ」
「任務ですか?」
「違う。行けったら行け」
「……分かりました」
今更、みょうじに“会いに行け”とまで言われる理由が思い浮かばなかった。
何より彼女は今、怪我の回復のために安静にしていろと言われているはず。
おいそれと出歩ける体ではないはずなので、かの者が俺に会いに来るというよりは、俺が会いに行けと言われる方が合点がいくが…。
一体、何の用だ。
会うこと自体は苦ではない。
怪我がどれほど回復したのかも、この目で確かめるのもいいだろう。
ただ、起きあがり、話が出来るほどなのか…。
「明日、巡察のあとに向かってみるか」
最近、みょうじの周囲が始めたという小料理屋。
その別宅で彼女は絶対安静を強いられている。
その正体が正体なだけに、人目につく所にいるのは避けているのだろう。
久々に会う、馴染んだあの声が聞けるかと思えば…ちくり、と少しだけ胸が刺された。
これは寒さのせいではない。
「何故…」
肌ではなく、心の痛みだと理解したのは、この時から一年後というのはまた別の話だ。
◇◆◇◆◇
陽が昇り、道場が騒がしくなる刻。
俺は少しだけ体を休め、再び道場で隊士たちに稽古をつけていた。
これが終われば、あとは巡察とみょうじのところに向かうのみ。
精神を統一し、今はやるべきことに集中せねばならん。
だが、俺の努力は……いや、俺の未熟さは次いで出て来た総司の言葉により、途切れた。
「一君。今日、なまえちゃんと逢い引きするんだってね」
「逢ッ…!?」
横から入れられた言葉の意味を理解し、思わずギョッとして総司の顔を見る。
隣にいる背の高い男は、これまた楽しそうに上機嫌だった。
肺の病で伏せってからは道場に来ることも禁じられていたそうだが、今日は調子がいいらしい。
ついでに機嫌もいいようだから、こんな日にこんな話題を出されたことが痛手だ。
「昨日、土方さんが言ってたよ。一君に会ったらなまえちゃんのとこに行けって伝えろってさ」
「そ、それは副長から聞いたが、何故逢い引きなどと…!」
「だって会いに行くんでしょ?もう彼女も烏丸くんも屯所にいないんだから、これって立派な逢い引きだと思うけど」
「ち、違う…!」
「とか言いつつ、耳まで真っ赤だけど」
「こっ、これは…あ、暑いのだ!稽古のせいだ…」
「ふーん?」
そもそも、逢い引きというものは人目を盗んで、隠れて行われるものであり、こうも公言されている時点で俺とみょうじが会うことは“逢い引き”とは言わぬ!
…はずだ…。
今は稽古に集中し、平隊士へに教えるべきことを…―――。
「あ、なまえちゃん」
「なっ…!?」
つくづく、総司のイタズラは性質が悪い。
ビクリと肩を跳ねさせ、おそるおそる振り返ってはみたが、そこにはにんまり笑顔の総司がいるだけ。
道場の入口には誰も立ってはおらず。
俺の暑さを理由にした熱はますますで引かなくなる。
「一君って素直だよね」
「総司、稽古に集中しろ…っ」
「はいはい」
そうは言ったものの、別のものに意識をすれば集中できなくなるのは俺の方で。
身が入らない稽古をしてしまったことを、あとで副長に詫びなければと心中で深く反省した。
稽古を終え、巡察を終え。
羽織りを置いてからやってきたのは、祇園の入口にある裏通り。
奥へ奥へと行ったところにはまた開けた場所があり、その角がみょうじがいるはずの別宅だった。
小料理屋は隣にあるので、先にそちらに顔を出せば、案の定…彼女の相棒の姿があった。
「お、よう!一」
「久しいな、烏丸」
「おう。俺も一昨日、京に戻ってきたんだ」
相変わらずの烏丸は、嫌味のない笑顔を向ける。
彼の方の怪我は完治したらしく、店の中をあっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返していた。
俺は料理を提供する台の奥にいた水無月に尋ねる。
見やれば、水無月は己の愛しい女と共に夕餉を提供する準備をしていた。
煮魚独特の、香ばしい匂いに食欲を掻きたてられたのも事実。
「水無月。みょうじは別宅か?」
「えぇ。会いに来たのですか?」
「あぁ。副長に会いに行って来いと言われたのだが…」
それを横耳で聞いていた烏丸と、奥で黙っていた狛神が顔を合わせて笑った。
何かを企むような笑みであり、でもどこか素直に喜んでいるようにも見える…謎めいた笑みだ。
「何だ、烏丸。狛神」
「べ、別に!?何も!?」
やはり烏丸は相変わらずらしい。
誤魔化すことも、嘘も下手な素直な男。
愚直で真っ直ぐな様は、俺が憧れる部分を持っている。
しかし、この状況でその反応は、俺に怪訝な顔をさせるしかないだろう。
「いーから。行って来いよ」
「…」
「そのために来たんだろ、斎藤」
奥で座っていた狛神が、烏丸ではダメだと思ったのだろう。
彼の隣まできて笑えば、納得せざるを得なかった。
「…邪魔するぞ」
「行ってらっしゃい!」
満面の笑みの烏丸と狛神に送り出され、俺は別宅へと足を伸ばすのだった。
扉を抜け、隣の扉に手をかける。
前に、俺は顔をあげる。
「―――…」
何も寒い中、待っていなくていいものを。
別宅の入口は死角になっており、着た時には気付かなかったが恐らく…最初から立っていたんだろう。
寒空の中を。
「みょうじ」
「あ、斎藤さん」
どうやら彼女の方の怪我は癒え切らなかったらしい。
腕と、首と、頬にも痛々しいほど手当てが施されている。
どうして傷付き、誰が傷つけたのかも理解しているからこそ…直視出来なかった。
「寝てなくて良いのか」
「一日くらい平気です。それに寝てるだけなのも退屈ですし」
「ならばせめて、部屋の中で待てばいいだろう。誰も行かぬとは言っておらぬ」
「ふ、不安だったんです…!」
「不安?」
思わず聞き返したが、どうやらここは聞かれたくなかったようだ。
ビクっと肩を振るわせてから、みょうじはゆっくりと懐に手をかける。
出て来た包みに、俺はついに首をかしげてしまった。
「ふ、不安というか……そわそわしてしまって」
「…?」
「早く…言いたくて…」
言いたい?
何を?
思い至る前に、みょうじは俺を真っ直ぐに見上げた。
翡翠色になってしまった、誠の意を見せる眼で。
優しく、微笑んで。
「お誕生日、おめでとうございます」
言われて、ようやく思い出す。
副長がどうしてその質問をしたのか。
何故、烏丸と狛神が笑ったのか。
どうして呼び出されたのか。
「……そうか。そうだったな」
「わ、忘れてたんですか……?」
「生まれた日など、さして気にするほどのことでもなかろう」
「わ、私は気にします!」
ズイッと顔を出して、真っ直ぐに俺を射抜く瞳が真剣に怒るので…。
驚きつつ、目が離せなかった。
「だって、斎藤さんが生まれていなかったら私は斎藤さんに出会えなくて…」
「…」
「新選組に斎藤さんがいなくて…そんなの…。そんなの新選組じゃありません!」
力説するように言う彼女に、俺は瞬きをするしかなかった。
だが心に宿るのは、今度は胸を刺す痛みではなく、本当の温かさだった。
「……そうだな」
誰ひとり欠けても、新選組は成り立たん。
俺もその一人に思われているのならば、光栄だ。
「わ、私の世界も……」
小さく続けられた言葉が。
伏せた瞳が。
躊躇いがちに続けられた言葉も。
「私のみてる世界も、斎藤さんが欠けたら成り立ちません…」
「……―――」
「だから、生まれてきてくれて…私に出逢ってくれて、ありがとうございます…っ」
篝火が揺れる。
今にも消えてしまいそうに。
でも、俺の心が新選組から離れることもないだろう。
「あ、これ、ささやか過ぎますけど、お祝いです!」
俺は後に…新選組を離隊することとなる。
「祝いなど…」
「大丈夫です!使えるものを烏丸や狛神と選びましたから!」
俺の心がぶれることなどない。
新選組、そして…“ここ”からも。
「研ぎ石に、打ち粉、あと髪紐と襟巻をお洗濯する時に便利な石鹸と……」
「…」
「それから…」
「…多いな」
「お祝いですから。それから今、水無月たちが豆腐料理作って待ってるんです」
気を使わせてしまったと、思う。
それでも素直に喜べた。
まだ説明を続けるみょうじの頬に触れ、施された手当てを見つめれば、彼女は“だいじょうぶです”と優しく笑う。
「みょうじ」
「はい」
新選組を離れる時、心をここにも置いて行こう。
変わらぬ、温かい日々と優しさが、いつまでも残るよう。
「ありがとう」
優しい笑みを返されれば、生まれてよかったと久方ぶりに思えたのだった。
篝火の想
***
最愛のはじめくんに捧ぐお誕生日短編。
はじめくん大好きすぎて頭が壊れた有輝です。
キャラの誕生日にお祝い短編をあげるのは初めてですね!
しかも三人称ではなく、一人称で書いた作品も久しぶりでした。
土方さんは烏丸に伝言を頼まれ、斎藤さんの誕生日を祝いたいなまえのために動いてくれました。
躊躇ってたのは土方さん自身も「おめでとう」と言おうか迷ったから。
でもわたしが個人的にそんな姿が想像出来なかったので流しました。笑
この物語は無名戦火録の最終決戦後のお話。
謎が伏せられるようにしたまま書いたので少し難しかった。
はじめくんの誕生日は現在ですと1月1日。
旧暦?ですと、2月18日らしいです。
元旦初っ端アップ、2013年最後の執筆作品でした。
改めまして、あけましておめでとうございます!
今年も遥かなる行路、そして有輝をよろしくお願いいたします。
2014.01.01 有輝