08. 決意
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東から登る太陽の斜光を肌で感じて、子春は目を覚ました。
時刻は黎明時だろう。今まさに来光が障子の隙間から生まれた気配がする。
背を預けていた壁から離し、大怪我を追った自身の大将・烏丸 凛の様子を確認しようとし、子春はギョッとした。
手当を終えた烏丸が、床にいなかったからだ。
「若様……っ!?」
あんな怪我で、一体どこへ行ったというのだ。
先の大喧嘩といえる、烏丸と茜凪の戦いは凄まじかった。
子春には事情が全く汲み取れなかったが、茜凪の殺気に体を動かすことができず、仲裁に入れなかった。
―――あれが、日の本にて最強といわれる白狐・春霞の妖。
薄れた狐に対する嫌悪感が少々復活する。
だが、子春は至って冷静だった。
なにか事情があるのだろう、と。
事情を聞いたうえで、子春自身が仕える烏丸を殺そうとした事実を許せるかどうかは別の話だ。
しかしながら、肩甲骨の箇所に大怪我を追った烏丸が、こんな明け方から床を空けるなんて考えられなかった。
「まさか春霞が……ッ」
茜凪が烏丸にとどめを刺そうと、彼を攫ったのではないか。と嫌な妄想をしてしまう。
急いで屋敷を飛び出し、微かに残る春霞の気配を辿って大門まで駆けて来た。
里と外の世界をつなぐここは、大きく立派な黒い門が構えられている。
東向きのここは、まさに暁光に焼け、冬の空気中の水分を輝かせていた。
その門に背を預けて、外界を見つめる者が一人。
彼は、烏丸の旧友と言われる犬の一族だ。
名を確か、狛神 琥珀というと聞いた。
子春は狛神の姿に一瞥した後、先の道にいた存在に気付き目を細めた。
太陽の光を背に受け、ゆっくりした足取りで帰ってくる二人組が見える。
「若様……」
光の中に、肩を貸し合う天狗と狐。
まさか、痛みを我慢してまで烏丸が喧嘩相手であった茜凪を迎えに行くなんて子春は想像できないでいたので驚いた。
天狗は手当てを受け、包帯でぐるぐる巻きにされた肩が痛ましい。
狐は生傷だらけで汚れた戦装束を見れば、激しい戦闘後だということがわかる。
だが今、この二人の姿を見て誰が……互いに殺し合いという名の喧嘩後だと思うだろうか。
それくらい、お互いを思いやっていると理解できた。
「ったく……」
呆れるような、憤りを抱えているように狛神が吐き捨てた。
大門から背を離し、盛大な溜息と共に歩き出す。
二人を迎えに行く狛神にも、彼女と、彼と、絆があるのだと子春に伝わる。
「この大馬鹿野郎共。いい迷惑だ」
「ははは……」
「ごめん。狛神」
大門に守られた位置で三人を見守る子春は、烏丸と狛神、そして茜凪を見つめて思うのだ。
「他の種族でも……」
―――こんなに強く、絆を結ぶことができるなんて。と。
「阿保みたいに大暴れして、人を心配させやがって。きちんと説明しやがれ」
「そうだよな……。狛神、迷惑かけた」
烏丸がぺこり、と素直に頭を下げる。
茜凪も烏丸に肩を貸しながら詫びを入れるように首を垂れていた。
けっ、と吐き捨てた狛神が顔を逸らしている様は照れも入っているように見える。
「でも、狛神が止めに入ってくれるなんて思いませんでした」
「確かに」
「はぁ?」
「私と烏丸が戦っていても、心配もしないと思っていたので……」
「あんな殺気漲ってたら止めんだろふつーに!お前からみたら俺様はそんなに薄情なのかよ」
「いや、どっちかっていうと感動だよ。狛神も俺たちがお前のことを思うように、俺たちのことを大切に思ってくれてんだなってイデッ!?」
「調子乗んな馬鹿」
狛神からの叩きを受けながら烏丸がまた笑う。
そんな態度を取りながらも、狛神だって満更でもなさそうだ。
茜凪も烏丸も更に続ける感動の言葉に、だんだんとジト目になっていく狛神。
天狗と狐、そして犬の一族の絆。
天狗として天狗の世界で生きてきた子春からすれば、その絆は子春にはないもので。
どこか美しく、羨ましいと思ってしまった。
「……彼らのように、種族が違ってもお互いを大切に思い合えるならば、」
絶界戦争は起きなかっただろう。
妖は、本当に戦いの中でしか生きていけないのだろうか。
野心を持ち、殺戮を繰り返し、血を流し続ける戦場でのみ輝くのか。
「(そんなこと、)」
―――そんなこと、ない。
彼らを見ているとそう思える。
人の世の中が新しい時代を迎えようとしているように。
妖界も新しい時代がやってくる。
その新世界では、種族が違えど互いを思いやれたならば……三頭も必要ないのではないかと思えてならない。
事実、この三人はそれを体現しているのだから。
物思いにふけって伏せていた顔をあげ、子春はまだ続く三人のやりとりを見守った。
第八華
決意
「で」
ツヤツヤと輝く、白い山。
芳醇な、深い香りを漂わせるそれは、目の前の誰もを魅了する。
嫌いだという者は誰一人いないだろう。
彼の煌めきにより、ついに星が舞うように見えてきた茜凪は、ごくりと生唾を飲み干したあとそれに箸をつけてしまう。
まだ良いと言われていないにも関わらず、口に含んでしまえば、あとに広がる優しく奥深い味わいに手を止めることができなかった。
「説明してもらおうか」
山盛りにされた膳の上には、白米。汁物。香の物。焼き魚に煮豆の小鉢。
さらに今日は豪華に玉子焼きまで提供されている。
稲荷がないのは残念で仕方なかったが、炊き立ての白米に免じてまぁ良いとしよう。
大喧嘩をし、お互いに怪我を負った茜凪と烏丸は、傷を癒すためにまずは腹ごしらえとでもいうように、箸の勢いが止まらない。
ここは格式高い、烏丸の里の屋敷だ。
茜凪が借りている部屋に通された狛神は、客人としての礼儀をしっかり果たそうと、食事前の揃えた挨拶を待っていたのだが。
烏丸と茜凪の食い気の前に、その気遣いは打ち破られる。
カチン、と頭に血が上る気配を狛神は誤魔化すことができなかった。
「おい、お前ら」
「この白米……素晴らしい……!」
茜凪が狛神の言葉に耳を貸すことなく、狛神より倍の山盛りご飯の茶碗を軽々持ち上げ掻き込んでいく。
香の物として提供された柴漬けひとつで数口の白米を勢いを減速させることなく食べている。
対して烏丸は狛神の話を右から左に流しながら、黄金色に輝くふわふわの食材に目を奪われていた。
黒い高価な皿の上に鎮座したその食材……厚焼き玉子は、烏丸 凛にとって好物のひとつ。
怪我を負った彼が早く回復するようにと願いを込めて、子春が用意させたものだった。
「この艶、この輝き……今日の出来は最高級の一品だ……!」
「おい烏丸」
「はむ……、んん!味もしっかり出汁がきいてて美味い!里の味だ!これこれ!」
端に寄せられた付け合わせの大根おろしをつまみ、玉子の上にのせてもう一口。
悶絶するほどの味わいに、烏丸は思わず合掌してしまう。
「ありがたき幸せ……」
「なにがだよ」
ツッコミを担当する狛神が、限界に到達する。
一口も箸をつけていない膳をひっくり返す勢いで立ち上がり、三つ巴で囲う食卓に喝を入れた。
「お前ら俺様の話を聞け!」
「狛神、食べないならこの白米、いただきます」
「食べねえなんて言ってねえだろ!触んな!」
「狛神、食事は戦だ。強い者に弱い者が喰われるのは節理だ。玉子焼きもらいっ!」
「ざっけんな!俺まだ手つけてねえのに!」
ついに狛神の膳にまで手が伸びてきてしまったので、こうもしてられない。
話の腰を折り、狛神も食事に参戦する。
膳の支給を担当していた侍女と、側付として控えていた子春は三人の食事風景に目を丸くしてしまう。
「なんだか……」
「賑やかで微笑ましいですね」
「ね、子春様」
侍女たちが次期頭首である烏丸を見つめてにっこり微笑んでいる。
話を振られた子春は声で応えることはなかったが、主人がとても楽しそうに食事をしている姿をみて、心が温まるのを感じていた。
「外で得るものは大きいのですね」
子春が呟く。
この烏丸には、里から一生出ないで人生を終える者もいる。
平和であり、独立していても成り立つ力がある烏丸だからこそだが、絶界戦争について紐解いていく使命を負った今、考えるのだ。
他の種族と交流し、友好関係がある方がいいのではないか。と。
かつて、関ヶ原の地に妖が種族関係なく集っていたように。
「あ、そろそろおひつが空になりますね」
「ふふふ、若様もよく食べてくださってます」
「次の準備をしなければね!」
烏丸が嬉しそうにしているからか、心なしか侍女たちも嬉しそうだ。
こうして喜びや幸せが伝染していけばいい、と心から思う子春も彼ら三人に充てられているのかもしれない。
静かな笑みを返して、侍女たちと共に子春は座敷をあとにした。
◇◆◇
狛神はまさか自分が食事を奪われる標的になると思わなかったようで、息を切らせながら死守したのであった。
「もともと食い意地の張った奴らだとは思っていたがここまでだとは……。恐ろしすぎんだけど」
「狛神?」
戦のような朝餉を終え、煎茶で一服ついたところ。
まるで何事もなかったかのようにお茶を啜る烏丸と茜凪を見て、狛神は溜息をつく。
言ってもこの二人が相手じゃ仕方ないのはわかっていたことだけれど。
諦めがついた狛神がようやく切り出した。
「それで?なんで喧嘩してたんだよ」
狛神の問いに涼しい顔する茜凪と、満腹で満ち足りた表情をする烏丸。
幼い頃から変わらない振り回されっぷりに、狛神は心が狭くなるのを感じていた。
用意された煎茶に口をつけながらも、今度はきちんと居住まいを正して向き合う三人。
狛神がここにいるのは、烏丸と絶界戦争の件で協力しているからだ。
ようやく空気が締まったところで、烏丸が潔く答えた。
「俺が茜凪に嘘をついたから、茜凪が怒った」
伝え方は拙い、というより幼いが、怒ったことはほぼ命をかけた殺し合いだった。
よく止まったな、と思いながらも狛神が確信を突く。
「―――なるほどな。新選組が絡むんだろ?」