67. 邂逅
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慶応四年 四月。
江戸市中にて、狛神が血の宿命を果たし、妖力をすべて失った。
今後彼は獣化をすることも妖術を使うこともなく、妖の血を継ぐ妖ではない者に成り下がったということを茜凪と烏丸は理解し、狛神と別れるのであった。
今後、狛神がどうなるのかは二人には定かな未来はわからない。
だが宿命を果たした狛神家の者が命を落としたという話は聞いたことがなかった為、徐々に日常へと戻っていくと信じていた。
箱根から江戸市中までやって来たのは、近藤斬首の件を聞き、狛神に会う為だった二人。
江戸城も無血開城され、詩織や羅刹の目撃情報もなく、今となっては江戸に用はなくなってしまう。
時刻は月が空で踊り始めてから数刻後。
近藤が命を落とした翌日が、終わろうとしていた。
行く宛もなく、関所抜けをする元気も気力も欠如した二人は長屋の屋根の上でひっそりと休息をとっていた。
派手に動けば新政府軍に見つかる。かと言って旅籠で休んでしまったら最後、起きた出来事をいっぺんに飲み込みきれずに布団から動きたくなくなりそうだった。故に体に鞭を打って、中途半端な休息で誤魔化してみたけれが……。
「茜凪」
烏丸が飛ばしていた使い魔が戻ってくる。
ここで不貞腐れるのは間違っていると頭ではわかっているものの、返事をするための声が出ない。視線だけ彼に向ければ、烏丸も疲労感を携えた顔色だ。
「昨日、千住の関所で起きた騒動がまだ収束していない。今は動かない方がいいかもしれないな」
「そうですか。よりによって動いてないと気持ちが落ちてくだけの時に……」
「やっぱ宿とってくるか?」
「いえ……」
―――狛神の離脱は痛い。
本人を前にして彼の意志に鼓舞されたものの、心配も尽きない。
近藤を失った土方のことも、沖田の旅路も、なにより斎藤のこれからの行末も。
不安な心を押し殺して、見えない未来に進むべき時。
ふと、茜凪と烏丸は同時に動きを止め、感覚を研ぎ澄ませることになる。
―――見知った気配が、音もなく背後に現れたことに気付いたからだ。
「茜凪。烏丸」
気配を感じたことと、声をかけられたのはほぼ同時と言っても過言ではなかった。
殺気はないのを理解し振り返れば、久方ぶりの再会を果たす相手がいる。
強面の髭面に、姿勢と体躯のいい男。
その風貌は一見荒々しくも思えるが、義を通す所作をいつも見せてくれる。
西の鬼―――天霧 九寿が立っていた。
「天霧……?」
「二人とも探しましたよ」
「どうしてここに?」
天霧がいるということは、近くに風間や不知火がいるのかとも読み解ける。
新政府軍が闊歩するようになった江戸、彼らがいてもおかしくはない。
だが、気配は彼のものひとつだ。
「風間が君たちを呼んでいます。手隙であれば急ぎ来ていただきたい」
第六十七華
邂逅
夜が深まる江戸の町に一匹の鴉が放たれる。
烏丸家の使いが狛神の里を目指して力強く飛んでいくのを見届けてから、烏丸と茜凪は歩き出した。
目的地はわからない。
だが、鬼である天霧が使いとして来ていて、会いに来いと申しているのが風間家の頭領ならば茜凪たちには拒否権は無い。
鬼と妖とは、そういうものだ。
関所破りがあったという千住関所の付近まで来れば、真夜中であろうと警備の者たちが跋扈しているのが見えた。
茜凪と烏丸は視線だけで目を合わせ、天霧がこれから先どこを向かうのかを見極める。
関所破りがあったばかりだ。
手形もないし、正攻法で抜けられるとは思っていない。
「少し駆けます。ついて来なさい」
―――だが、彼は鬼だ。
妖以上に力を持ち、人が成す障害物をものともしない存在。
言われた通りに天霧の背を見失わないように林を抜け、森へと繋がる獣道を走り続ける。
江戸郊外に詳しくない妖たちからしたら天霧に見えているであろう標は無いに等しい。
いとも簡単に関所抜けを果たした三名は更に北上を続けていった。
やがて空の色が最高潮に深まる頃。
小さな民家へと辿り着いた。
「ここは……」
茜凪も烏丸も身に覚えのない民家。
風間家や彼らに従えている北見が所有しているものでもなさそうだ。
一時的な拠点として置かれたものだろう。
天霧が躊躇なく、しかしながらゆっくりと戸を開き中へと入れば茜凪と烏丸も後に倣った。
「来たか」
古ぼけた民家の中、囲炉裏の前に胡座をかいて陣取っている者が見える。
ゆらりと声をあげたと思えば、久方ぶりに会う人物であると再確認できた。
茜凪たちを探していたという、西の鬼の頭領だ。
「風間」
どうして今更、彼の方から茜凪たちを探していたのか。
手毬唄の件で一時は風間家まで赴いたこともあったが、もはやあれも数ヶ月前の話。
茜凪たちが風間へ助けを求めたり情報を提供することはあったとしても、逆は今までなかったと言える。
茜凪が民家の入り口から囲炉裏へと一歩踏み出す。
一瞥だけ寄越した風間は、茜凪から既に炎へと意識を移している。相変わらずだ。
さてどうやって話を聞こうかと考えた時、視界の端に思いもよらない存在が目に入った。
「―――千鶴さん……!?」
「え」
視界に入った光景に茜凪は思わず声を漏らした。
見覚えのある羽織をかけ、深く眠りについている少女がいたのだ。
新選組にいたはずの、千鶴の姿だ。
実に数ヶ月ぶりの再会である彼女は見るからに傷だらけであり、なにかがあったのだと伺える。
触れない方がよさそうで結果様々な角度から彼女を覗き込むだけで終わってしまった。
烏丸は茜凪とは違う反応を見せ、風間をただただ見つめている。
「風間、何があったんですか。どうして千鶴さんが……!」
風間が千鶴に手をかけたとは思えない。
語気を荒げないようにしつつ、問い掛ければ風間は炭をいじっていた手をとめ視線を寄越した。
「再会の挨拶も無いとは、随分と偉くなったものだな」
「っ……失礼いたしました。ご無沙汰しております」
取ってつけたような飾りの言葉を差し出し、茜凪は風間と千鶴を交互に見やる。
烏丸も背後から身を乗り出して風間に会釈をすれば、西の鬼の頭領は無表情ながらも二人の妖を迎え入れたようだった。
改めて千鶴の様子を見た茜凪は、風間の羽織をかけて眠る彼女に顔をしかめた。
打ち身があるようで、明らかに重症だ。
鬼だから傷は癒えるであろうものの、目覚めるまでもう少し時間がかかりそうである。
「随分と余裕のある江戸上陸であったな。おかげで新選組は頭を今や失った」
「まさか、ついでに千鶴を攫ったのか?」
「ハッ、つまらん発想だな。烏丸家の次期当主であればもう少し深く物事を見れると思っていたが、買い被りだったな」
茜凪に至っては隠しきれない殺気が僅かに滲んでいる。が、風間が千鶴を傷つけたとは思っていない。思いたくないというようだ。
妖の本能が、傷ついた女鬼を見ているだけで腸が煮え繰り返るように感情を掻き立てた。
「先日の関所破りは、彼女の仕業です」
風間を庇ったわけではないのだろうが、天霧が真実を差し出してくれた。
茜凪と烏丸が同時に振り返り、赤髪の巨体の彼を見つめる。まさか、散々影響を受けた関所破りの犯人が千鶴だとは思わなかったからだ。
「どういうことだよ。新選組は江戸にもう留まってねぇのに」
「千鶴さんは土方さんたちと一緒にいるはずじゃ……。どうして関所破りなんて……」
「……」
「千景が助けてくれたんだろ? なにか知らないのか?」
烏丸が風間の背を見つめるが、こちらに視線を向けることなく風間は炎を眺めていた。
風間も千鶴についての詳しい事情はまだ把握していないように見える。
茜凪も烏丸も千鶴の傍から一度離れ、風間の正面に回り込み、刀を置いて居住いを正した。
彼はきっと千鶴の件も含めてここに呼びつけたのだろうと思ったから。
「何故この娘が関所破りをしてまで江戸を一人で出たかったのかは未だ知らぬ。だが、俺はこの娘にも関わりのあることに決着をつけに行く」
「羅刹を討つ。ということですね」
江戸城が無血開城になった以上、羅刹に血を与えるためには次の戦場が必要だ。
妖の羅刹もだが、甲府の時のようなことが江戸や北の地で起きようものならば無辜の民が傷つくことになる。
風間は鬼の頭領として、それを止めるのだろう。
「雪村 綱道が土佐と組んでいる。南雲家の頭領と共に雪村家を再興するつもりだろうな」
「南雲 薫……千鶴と瓜二つだった、あの鬼か」
「貴様らを呼びつけたのは他でも無い。妖の手に変若水が渡り、妖の羅刹が生み出されている件だが、出所は雪村 綱道だ」
胸を僅かに締め付ける痛み。
千鶴が探し続けていた父親は、完全に道理を踏み外していることが決定的に伝わった瞬間だった。
「土佐と組んだ綱道。土佐にいる南雲 薫。そしてその南雲の傘下にいる妖を―――茜凪、お前が知らぬはずがない」
「……」
「春霞 詩織は南雲 薫と組み、もう一度絶界戦争を引き起こそうとしている。綱道を止めたとしても、春霞の件は手に余る。どう対処するつもりだ」
風間が茜凪と烏丸を呼び出した理由はこれだ。
鬼は鬼の始末をする。
妖も妖の始末をしろ、と暗に命じているのは理解した。
「詩織は、私が倒します」
「奴らは再び素戔嗚尊を呼び起こすつもりでいる」
「素戔嗚尊……」
水無月から聞き及んでいた過去。
その中に、常井家が呼び起こした凄まじい術があったのを思い出す。
八岐大蛇を封じたという神。その神の化身を生み出す術。
「前回、素戔嗚尊を斬ったのは貴様の兄・環那だ。自身を人柱とし、燈紫火に命を捧げて妖界を守った」
「えぇ……存じております」
「だが理解はしていないだろう。もし常井が春霞 詩織に脅され神の化身を再び繰り出すこととなった場合、誰がその化身を斬るつもりだ」
風間が伝えたかった事柄はコレだと悟る。
神の化身が生み出されようとしている。つまり、その御技が出される前に決着をつけろと話をしているのだ。
「燈紫火は妖力を吸う太刀だ。妖力を糧にどんなものでも斬り捨てる妖刀―――だが、捧げる妖力が足りなければ化身を斬ることは叶わん」
「それは、環那の妖力と比べて私の妖力が足りていないと言いたいんですね」
「無論だ。茜凪、お前はそこまで自身を過信しているわけではないはずだ」
耳が痛い話だ。
茜凪が頭のどこかで考えていたことを、不安を、風間はすべて見切っていた。
神の化身を斬った環那は、妖界を救い戦を終わらせた。
だが代償に妖力を捧げ、その命を終えることになる。
人柱として用意されていた藍人も妖力の量は凄まじかったが、茜凪はまだ藍人と同じ量にも到達できていない。
―――そんな状態で、常井家が神の化身を詩織たちに脅されて呼び起こしてしまったら。
環那がいない今。
藍人がいない今。
茜凪で太刀打ちなんて出来る話なのだろうか。
考えないように蓋をしてきた事柄が題材として出され、思わず目を伏せてしまった。
「九頭龍の元で修行をしたのはいい選択だった。力量は間違いなく上がっているだろう」
「へぇ……。なんか千景が素直に認めると怖いな」
「素直に認めても良いくらい、格段に力をつけたのが分かるということでしょう」
風間から続いた言葉に、烏丸と天霧が付け加える。
茜凪は自身の掌と床と、側に置いた燈紫火を交互に見つめながら黙るだけであった。
「春霞 茜凪。詩織たちと決着をつけろ―――素戔嗚尊が出てくる前に」
風間が告げた今の言葉が、呼び出されたすべての真相。
茜凪は赤い目をした鬼を見つめて、一度だけ深く頷いた。
「天霧」
風間は話が終わった。と言わんばかりに視線を再び炎に向けてしまう。
代わりに呼ばれた彼が、茜凪と烏丸に確認を続ける。
「春霞 詩織の動向ですが、現在は尾張国に身を潜めています」
「やっぱ尾張か」
「縹家が尾張を拠点にしていましたからね。羅刹の集団を隠すならば、大きな拠点は必要です」
「縹家ごと妖の羅刹にしてるなら、まぁそうなるよな。実際に去年の暮れの調査で尾張の状況を見る限り、そうだとは思っていたが」
「その尾張に、常井の者が攫われ監禁されています。君たちもよく知る、禁忌の術を施してくれた年老いた妖です」
「!」
「彼を助け出さないと、神の化身を生み出す好機を与えることになるでしょう」