06. 信友
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腰にさげた刀の重さをずっしりと感じる。
重量的に重たいということではない。この刃を抜き、切っ先を向けなければならない相手との戦闘を思い心が重たくなっているからだ。
「茜凪、お前に嘘をついたことは悪いと思ってる」
口をついた言葉は、嘘偽りない。
だが、背中を伝う冷や汗は止まることはなかった。
幾度となく組手をしたことはあった。修行として刃を交えることもあった。
だけど茜凪が俺に対して、こんなに殺気を丸出しにしたことは……ない。
そんな中で命をかけて戦わなければならない状況に、不安がないわけじゃない。
「でも俺は、間違ったことはしていない」
それでも、俺は俺の矜持にかけて一から受け取った思いを貫き守りたい。
悩んだが、一の願いを聞き入れると決めたのは他の誰でもなく俺の選択だからだ。
「……ッ、それは人と関わるなという、妖界の習わしに従うべきだからですか……!?」
「違う」
俺の言葉を聞き届けて、茜凪の顔が歪む。
どうして、と。
「俺は、俺が正しいと思う選択をした」
「―――」
「その選択を信じてる」
鞘から柄を滑らせて、白刃を抜刀した。
現れた刃紋を美しいと感じる。
この刃に、茜凪の血を吸わせるのかと思うと……僅かな恐怖が生まれる。
本当に後悔しないか?
もう一人の自分が尋ねてきた。
「ったく、ほんと女々しいな」
茜凪や他の奴らに聞こえない程度に吐き捨てた。
俺自身を嘲笑し、構えた茜凪を真っ直ぐ捉える。
「なら、貴方が選択した答えを教えてください」
相棒とも呼べる女の瞳が、意識的にか、無意識にかわからないが翡翠から茜色に変わる。
滅多に見れないその色も、刃紋と同じように美しいと感じた。
「答えによっては、私は貴方を許しません」
だろうな。と心で返事をする。
腰を低くし、どこから来ても受け止められるように注意を払った。
凄まじい殺気に巻き込まれた狛神と子春は、おそらく動けないだろう。
それでいい。
これは、俺と茜凪の戦いだ。
例え天狗と狐がまた犬猿の仲だと長い歴史で謳われても、構わない。
俺にも、茜凪にも譲れないものがあっただけだ。
【 俺は茜凪を好いている 】
そう言ってくれた、一の顔を拭うことができなかった。
あいつが苦しそうなのに、寂しそうなのに。
俺が辛いという理由で折れるわけにはいかない。
お互いに呼吸を浅くし、茜凪と俺は同時に踏み切った。
第六華
信友
烏丸と茜凪の刃がぶつかり合う。
妖力の込められた本気の火力に、一面に砂埃が舞い始めた。
外部から戦いを見ている狛神と子春からは、砂埃の内側にいる烏丸と茜凪の姿は捉えられないだろう。
茜凪の一打を受け止めることで開始されたど派手な喧嘩は、烏丸に不利だとすぐに理解させた。
詩織戦で憎悪という感情に覚醒し始めた茜凪は、心の中にある黒い感情の制御がうまくできていない。
烏丸の偽りは、彼女にそれだけの傷を与えたのだ。
自覚をしていただけあって、本当の意味で命を懸ける覚悟があった烏丸は、すぐに天狗の姿に獣化する。
「(一太刀がこんなに重いなんて……ッ、別人じゃねぇか!!)」
ぎりぎりで押し返し、黒い翼に包まれ姿を変える烏丸。
踵を蹴って空中に飛び上がり、羽を鋭く硬化させ茜凪のいる位置に投げつける。
が、茜凪の戦闘力は桁違いだ。
ここまで溢れ出ている殺気という名の妖力は、妖としての器の違いを見せつけている。
素早く回避されたかと思えば、自慢の脚力で空中にいる烏丸に追いついてきてみせた。
「説明してくださいッ!」
「ぐ……ッ、……!」
軽々と動く茜凪は簡単に喋りながらまた重たい一太刀を浴びせてくる。
烏丸が受けるのをやめ、柔軟な身のこなしで交わし、翼を活用しながら妖術と剣術で茜凪に対抗する。
恐ろしいのは、影法師の呪いは解いていないにも関わらず、高等な妖術まで繰り出そうとしている点だ。
剣術だけなら体格差でまだ凌げる。が、妖力の強い術を打ち破れるかは大いに不安だ。
「どうして私を新選組から……ッ!」
「う……ッ」
話をする余裕は、烏丸にはない。
未だに空中戦が続くが、茜凪は飛べない。
咄嗟の機転であえて低空飛行で速度をあげて、彼女から距離をとる。
一度地面に戻った茜凪はそのまま、脚力だけで烏丸を追いかけてくるから恐ろしい。
「貴方の答えは何なんですか!?新選組の近くに妖の羅刹が現れたら誰が彼らを守るの……!!?」
「子春の部隊がついてる!!お前がわざわざ守らんでも何とかなるんだよッッ」
「なら、私の役目は!?この里へ軟禁されるために来たわけじゃない!!」
「じゃあお前は、京に残っていたとしてどうしたんだ……ッ」
攻撃を仕掛けるのを控えつつ、まずは会話を成立させるためにも距離を開く作戦でいく烏丸。
背後からでも茜凪はお構いなしに妖術である狐の炎を投げつけてくる。
羽が焼けたら堪ったもんではないので、きちんと交わしながら言葉を吐き続けた。
「もしお前が新選組の近くにて……ッ、人の戦に巻き込まれたら……!お前はどうしてた!?」
「……っ」
「一が目の前で羅刹化したら、お前はどうする!?」
「!?」
「もし一が目の前で命を脅かされた時、お前は人の歴史を変えるのか!?」
「―――」
「お前は一を救えなかったと、傷つくだろ……!!?」
彼女の目尻に涙が浮かんだのが見えた。
烏丸は、もうどうしていいか、なんて説明すればいいかわからないまま話を続けていた。
斎藤の願いを口にするわけにもいかない。
だからこそ、支離滅裂で脈絡が綺麗に成立していないとしても、烏丸自身の気持ちを話し続けていた。
「俺はお前を失いたくないッッ!!」
「……っ」
「お前が人の戦で死ぬことも、人の戦で傷つくことも……ッ!そんな姿は見たくねえ!!」
茜凪が揺らいだのがわかる。迷っている。妖として理解はいしている。
人と大きく関わる妖もいるが、人間の政に関わり、歴史を変えることをしてはいけない。
「はじめくんはそんなに弱くありませんッッ!羅刹化なんて……っ」
―――きっと、烏丸と同じく茜凪は斎藤の答えを知っていたのだろう。
必要な時、羅刹化する覚悟を斎藤が持っていることを。
だからこそ、烏丸への返事が子供じみていた。まるで自分に言い聞かせるように口にしていたからだ。
「はじめくんは……ッ」
「烏丸流・風車三式!!」
茜凪を止められるかもしれない機会と呼んだ烏丸が、翼を大きくはためかせて強風を送る。
茜凪が地面に戻り、足をつけながら強風に耐える。風の合間から羽が飛び交えば、茜凪の腕に切り傷をいくつもつけていく。
だが、彼女は怯まない。
「俺たちは詩織を止めなきゃならない!そのためにも、お前の存在は必要だ!」
「“妖術”……」
「お前が新選組を守って羅刹を倒し続けたとしても、詩織を止めなければ根本的な解決にならないだろッ!!」
「“青炎鬼灯”!!!」
烏丸の言葉は聞き届いているようだったが、茜凪は本能のままに青い炎を繰り出していく。
高温であり、身を包まれたら伝承のように丸焦げになることは明白だ。
剣術で弾き、体術で交わしながら烏丸も次の術を仕掛けていく。
「人がいくら妖より脆いとしても、何万もの人の軍勢を相手にして、おまけに妖の羅刹までいたらお前が無事でいられるわけないだろ!」
「うるさい……っ」
「茜凪!!お前には一にかけるそれだけの覚悟があったとしても、俺はお前を見殺しにする覚悟は持てない!!」
茜凪が茜凪らしくいられる場所は、斎藤の傍だったはずだ。
何度も何度も逢瀬を重ねて、お互いを好ましく思っているのを知っている。
茜凪が笑顔でいる回数が増えたのも、幸せそうな空気を生み出せていたのも。
憎悪で強くなるはずの妖として、憧れで強くなってきた茜凪に、どれだけ斎藤が大切だったのか、烏丸はわかっていた。
そして斎藤にとっても、茜凪が想いの対象であったことも。
「烏丸にそんなこと言われたくないッッ!!」
叫びに乗った涙がこぼれた。
一遍が煌めき、茜凪の赤い瞳に切なさをこれでもかという程映し出す。
「どうして貴方が……!!嘘をついてまで……!!」
「ぐぅ……!!」
飛んできた迅速の剣技を避けきれずに受け止めてしまう。
鍔迫り合いに持ち込まれ、巨体で逞しい天狗の腕が、妖力に全力で頼る茜凪の細腕に動かされる。
「重……ッ」
「嘘をつく必要はなかったはずです……!どうして正直に話してくれなかったんですか!!」