43. 共鳴
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「こちらに新選組三番組組長、さいとう はじめ殿はいらっしゃいますか?」
衝撃波を生みつつ、白い太刀を持って参戦を示した者がいる。
「怪狸が一族、姓は狢磨、名は雪平と申す」
彼は間違いなく茜凪の味方。
だが、茜凪の仲間・部下・腹心の者と呼べるかどうかと言われると別の話だった。
「しがない墓守でございます」
「雪平……っ!」
彼から彼自身のことをよく聞いたことがない。
再会してから間もないので雪平と茜凪は心の底から信じ合っていて、お互いを理解しているとも言いづらい。
感じていることはただひとつ。
雪平の中心は、恐らく―――茜凪の兄・環那の存在であることだ。
第四十三華
共鳴
―――遡ること、数刻前。
夜明け迎える時刻、武蔵国と相模国の境にて。
「へー。じゃあお前、無事に里帰りできたってわけだ」
「えぇ。そこでこの怪狸の雪平と再会し、里に来ていた爛とも少し話をしました」
羅刹の軍隊おおよそ二百体と一戦交えた茜凪と狛神、そして助っ人として現れた狢磨 雪平は、無事に迎撃に成功する。
体は疲弊し、生傷は多くつきぼろぼろだという事実は否めなかったが標的とされていた新選組一番組組長の沖田 総司の無事も確認した。
あとは重丸の気配を追いかけるために再度西を目指し、道すがらこれまでのことを説明しようとしていたのだった。
「で、里に戻ったこととお前の気配が全然違うことは何か関係あんのか?」
体についた汚れや傷の手当てを軽くしながら、狛神が茜凪に尋ねる。
狛神と茜凪が会話を繰り返す奥では、何故か意気投合したのか沖田と雪平が他愛のない話を続けていた。
―――後で知った話、沖田と雪平の話題はほぼ“茜凪の想い人・斎藤とはどんな人物か?”というものだったらしい。
「実は、人間の手によって里を壊滅させられた時の記憶を藍人に封じられていたようで」
「……」
「里に戻って、改めて思い出して……憎悪と向き合ったんです」
「!」
狛神は、その先の話を聞くのが少しだけ怖った。
茜凪は茜凪だ。
それは何が起きても変わらない。
狛神と茜凪の関係性も変わりはしないだろう。
しかし、彼女の中で人間に対する思いや憎悪を覚えて飲み込まれてしまっていたから気配が変わったのだとしたら……―――なんとも言えない感情になると思った。
「それで?」
怖いと思いつつ、狛神は返事を待った。
「―――……赤い蛇を見ました」
「は?」
待っていた返事は、狛神が予想したものとは異なったので拍子抜けしていまう。
だが、この“赤い蛇”。
手毬唄の一節に出てくるもの。
見過ごせない。
「正直、小鞠の気持ちは理解できました。どうして人間から、私たち一族がこのような仕打ちを受けなければいけないのか、と。ですが……」
「……」
「それを言い出し、仕返しを正当化してしまえば争いは消えません。憎悪に呑み込まれ、また新たな憎しみを生みます。だからといって泣き寝入りするのではなく、別の解決方法を探さなければ、妖界は絶界戦争の歴史をいずれ繰り返すだけだと思いました」
茜凪は思考を変えてきたのだと、狛神は思った。
人間に対して酷い仕打ちをされたから嫌う。拒む。滅するのではなく。
妖を、自らを変えることにより妖界を変えようとしているのだと。
「私は、春霞を滅ぼされ、酷い仕打ちを一族が受けていたとしても―――人間を怨んで終わらせることはできません」
「……」
「そう思えた時……体が熱くなって。気がついた時には影法師から受けていた呪詛が解けていました。気配が変わったのはそのせいかと」
「なるほど。妖力を制御させてた呪いが解けて、本来の力が溢れてるから気配が変わったってことか」
結論、狛神は安心した。
茜凪が茜凪としての根幹が変わってしまったわけではなかったからだ。
「赤い蛇を見たって話は?」
「それなのですが、気になることがあります。こちらは烏丸たちと合流してから話し合おうかと思いまして」
「わかった」
「それから、環那が使っていたという太刀も拝借してきたのですが……」
そこで狛神は、茜凪がいつもの愛刀ではなく、もう一つの刀を佩いていることに気付く。
大小を下げるのは侍の基本であるが、茜凪も狛神も侍になりたいわけではない。
戦えればいいという理由と身軽さを活かしたいという理由から、普段差している刀はひとつだった。
故に腰周りが重たそうにしている彼女に、狛神は視線を太刀へ向ける。
真っ白な鞘、真っ白な柄。全体的に白を基調にし、豪華な装飾をつけた太刀。
どうみても実戦向きではなく、宝刀のようだ。
しかしながら刀が持つ気配や立ち込める空気は百戦錬磨の死地を乗り越えてきたと訴えているように見えた。
「雪平」
そこで茜凪は太刀に触れながら、背後で沖田と会話を続けている雪平に声をかける。
微睡むような垂れ目の視線を受け止め、茜凪は彼の前に歩み出た。
「これ、里から借りてきた環那の太刀なのですが、なにか詳細を知りませんか?」
「へぇ。これ随分と年代物でいい太刀だね。綺麗」
雪平との話の腰を折られた沖田だったが、茜凪が差し出す太刀をみてすぐに話題が切り替わった。
人間の武士からしてみても、その美しい太刀は一目で価値あるものだとわかるらしい。
「なにか、というと?」
沖田が貸してくれと手を出し出すので、そのまま刀は彼に預けることにした。
茜凪は雪平を見上げ、太刀についての悩みを打ち明ける。
「実はこの太刀、佩くと物凄く重たいんです」
「まぁ、太刀ですから。打刀より重量はあるでしょう。それに茜凪様は普段、一本差しでいらっしゃったのでは?」
「あ、いやそういう話が聞きたいわけではなくて」
雪平は安直に『今までの刀より長く重たい太刀だから重量は増えるし、打刀と併せて佩くなら当たり前だろう』と言いたげだ。
間違いではないのだが、そうではない。
「二本差しておくことも、太刀である重量自体は耐えられます。私が言いたいのはそういうことではなくて―――」
“重い”。
ただそれだけを伝えても伝わらないのかと思う。
頭を抱えて悩んだところで、雪平は顔を近付けて覗き込んでくる。
待っているから、ゆっくり告げてみろ。
まるで随分と年の離れた妹……いや、姪を見守るような視線を向けてくれた。
赤から茶に戻った雪平の瞳を見つめたまま、茜凪は言葉を慎重に選んだ。
「この太刀、重量以上の重みを感じるのです」
「重み?」
「はい。太刀に心があるというか、なんというか……」
「……―――」
沖田は茜凪の言葉を聞いて、抜刀して太刀を構えてみた。
が、重みという重みは重量以上に感じられない。
『茜凪ちゃん、何言ってるの?』
そんな視線が突き刺さる。
だが、雪平の反応は違った。
押し黙り、茜凪の拙い説明を聞こうと全身を耳にしているような印象。
「別に重みなんて感じないけど」
「大丈夫か、お前。呪いが解けて、ついでに頭でも可笑しくなったんじゃねーの」
狛神と沖田の種類の違う毒舌な二人が茜凪に同じような視線を向けてくる。
さすがに多勢に無勢になると、茜凪もうまく討論できずに唸るしかない。
「それに、もうひとつ気になることがあるんです。さっき、羅刹と戦っている時に妖力を込めたのですが……」
茜凪は狛神と沖田の視線を掻い潜り、話を聞いてくれそうな雪平に助けの視線を求める。
頬を伝う汗が心地悪い。
沖田は美しい刃紋の太刀を構えて素振りをし、狛神も茜凪からそちらに視線を移していた。
「その込めた妖力が、どこかに吸い取られてしまった気がして」
「!」
「普段使っているこの刀に、妖力を乗せることができなくて」
茜凪の言葉を最後まで聞いた雪平は、目を僅かに開いた。
茜凪は彼の視線の変化を見過ごす結果となったが、それでよかったのかもしれない。
「そうでしたか……」
雪平はただ一言、それだけ呟き沖田の手から太刀の鞘を回収する。
刀本体も手渡すように行為で促せば、沖田も素直に雪平に従っていた。
納刀され、白刃を隠して白い姿に戻った太刀。
茜凪の腰に戻ってくるかと思って手を差し出したのだが……雪平は茜凪の手に応えなかった。
「雪平?」
「この刀は、絶界戦争で環那様を人柱とし、神の化身を喰ったといわれています」
「……!」
“狐は化身を喰うなれど”
手毬唄の一節がまた、浮かんでは消える。
「少し気になることができました。茜凪様、この太刀をしばらくお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「え、えぇ……構いませんが」
―――こうして、茜凪が甲州勝沼戦に乱入した折りには白い太刀は携えていなかった現場が完成する。
この後、狛神と雪平によって甲府までの道を踏み越えることができた沖田と茜凪。
道中で沖田と薫の因縁などを聞き、彼らには彼らの戦いがあることを知る。
甲府に着いてからは斥候部隊として様子見をせずに飛び込んだ茜凪、隠れて技を出し参戦に力を貸した狛神、そして沖田が斎藤や烏丸の前に順々に現れることになったのだ。
江戸から乗り込んできた四人の中では最後まで機を伺うことに徹底し、身を隠していた雪平。
彼の役割は切り札であると自負しているらしく、最初から飛び込むことは性質からしても向いていないらしい。
詩織の情報収集に務めてくれていたようだ。
だが、情報収集だけではない。
彼が行っていた本当の行為は、全く別のところにあったのだが―――茜凪たちは未だそれを知り得ない。
――……
―――……
―――………
時間軸が冒頭に戻る。
雪平の参戦により、斎藤と原田の危機を脱することができた。
対して詩織は意外な人物の参戦に目を見張っている。
「狢磨 雪平……」
「お久しぶりですね。春霞 詩織」
「なるほど、茜凪は朧と春霞の里に戻っていたわけですね。どうりで気配が以前と異なっていたわけですか」
詩織と雪平は、やはりお互いに面識があるようだ。
茜凪が雪平を抱き込んだこと、そして茜凪の気配が以前とは違うことから、春霞の里に足を踏み入れていたとすぐに予測していた。
納得した面持ちで雪平を見据える目は、茜色だ。
「“狢磨”……? 狢磨ってあの……?」
ぼろぼろになりながらも雪平と原田、そして斎藤に並んだ烏丸は現れた男に瞬きを繰り返していた。
狢磨の一族が怪狸であることも、白狐と縁があることも知っている。
だからこそ茜凪と繋がりがあってもおかしくないが、今ここで助っ人として参戦してくると烏丸は思わなかったようだ。
「雪平……! てっきり沖田さんや狛神と一緒に行ったのかと……」
「馬鹿言わないでください茜凪様。俺が守るべき相手は貴女ただ一人です」
のんびりとした声をしながら、完全に最前線に乗り込んできた雪平。
新たな妖の参上に、斎藤と原田は視線を合わせる。
とりあえずは味方のようなので、警戒しつつも様子を見ることにした。
「沖田殿は面白いお方ですからね。話し足りずに追いかけたくなったのも事実ですが」
「お前、総司を知ってるのか?」
「えぇ」
原田が紫が美しい印象を残す出立ちの雪平に思わず尋ねた。
雪平は人間に敵対心はないようでうっすらと笑みを浮かべて頷く。
「彼とは道すがら色々お話しさせていただきました。そこで伺ったのです。茜凪様と関わりがある俺が、さいとう はじめ殿に会っておいて損はないと」
「俺に?」
砂埃がゆっくりと晴れていく。
詩織がいつ飛び込んできてもおかしくない状況であるのに、雪平は焦りを一切見せずに半面で斎藤を見つめていた。
「貴方が彼のさいとう殿ですか」
「あぁ……」
―――時間がほしいと切に願う。
斎藤について品定めをするような視線を投げてくる雪平も、烏丸とも、そして茜凪とも話がゆっくりできる状態に今はない。
背中で茜凪を庇いながら、斎藤は雪平の視線に鋭く応える。
対して雪平は、沖田から話を聞いていた斎藤について自身の目で確かめようとしていた。
沖田との会話は、甲府にくるまでの数刻の間で色々としたが主には斎藤のことだった。
茜凪が慕っている相手であること。
どんな男であるのかなどを事細かく―――冗談を交えて―――教えてくれた。
殊更目立ったのは、“人見知りであり、刀が好きで、上司の命令には絶対服従の居合いの達人”ということだ。
茜凪が惚れている相手ということは、狢磨からしても見過ごせない相手だったらしい。
その経緯は茜凪にすらわからない。
理由ははっきりしなかったが、沖田からの話を聞いた雪平は斎藤について仮説をいくつか立てていた。
人見知りである点から想像していたのは、会話もまともにできない気弱な男。
刀が好きということは、粗暴で武力行使である男。
上司の命令に絶対服従ということは、自身の意志や思考を持たない腑抜けではないかという不安。
そして居合いの達人という―――強者と認められる符号には対抗心を燃やしていた。
しかし。
半面の視線で顔を見ただけでスッと心に、その男は入り込んできた。
一言で表せば、青い炎。
静かに燃えていて、熱意は高い温度を保ちながら絶え間なく志を照らしている。
誠の武人だといえる空気や佇まい。
そんな人である斎藤が、江戸から戦い通しで傷だらけの茜凪を庇い立っている。
斎藤をみて、雪平は一目で納得してしまう。
「これはこれは」
―――あぁ、好かれるであろうな、と。
そして惚れ込んでしまうであろうな、と。
まして人と関わりのない少女時代に運命的な出会いをした茜凪からしてみれば魅入られてしまう性質を持った男であると思えた。
「貴方は妖に好かれてしまう人のようですね」
「なんのことだ」
「いずれ時間をつくり、ゆっくりと酒を酌み交わしたいものです」
にこりと目を細め、口角をあげる雪平。
斎藤は初対面の妖から敵意以外のものを向けられたのは久方ぶりだと思ってしまった。
それこそ、茜凪や烏丸以来だったのではないかと思う。
突発的な会話についていけないと思いながらも、斎藤は雪平の縁取りのある目から視線を逸らせなかった。
そして察する。
この怪狸、かなりの強者である、と。