04. 曲筆
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
静まりかえった月夜。
閑散とした空間に、梟の声が響く。
この山奥に人気は全くなく、まるで自分以外の人語を話す生き物が絶滅したように子春は感じていた。
茜凪に感謝を告げられ、おまけに死ぬなと願いを託されてから数日。
如月となった暦を過ごしながら、子春は課された任務を着々とこなしていた。
新選組の側にいる子春の部隊―――もとい部下ともいう―――に伝達を届けるべく、江戸近くの山中、尾張、四国の天狗の里を行ったり来たりしていた。
里まであと一歩、といったところで休息をとりながら子春は、茜凪の存在について考えていた。
白狐として生きている彼女個体に怨恨はなにもない。
だが、白狐である彼女の存在には嫌悪感を覚える。それは里で聞き及んできた伝承のせいなので致し方ないとして。
聞いていた存在と茜凪の言動が随分と異なるので気になってしまう。
そして、その特殊な茜凪と、己が主人である烏丸が執着する新選組についても。
「新選組……。人という脆い体を持ち、武士ではない階級の者を中心に構成された剣客集団」
あの天才式神師・北見 藍人ですら魅了したと言われた腕は確かな存在だ。
聞けば、西の鬼である風間とも渡り合える力を持っている剣士がいるのも妖界では噂になっていた。
今までの子春なら、烏丸が言うことがすべて。
もっと言えば凛より、彼の父君である現頭首が命じることがすべて。
言われた任務を正確に、迅速にこなすことが使命だと思っていた。
今でも根本的な考えは変わらないけれど、任務として守る対象に興味が湧くことなんてなかった。そもそも人間を守るということが例外だ。
妖の羅刹の件は爛からある程度聞いたので、守らなければならないのは納得している。
人に関わりたくないという気持ちを持ちながらも、新選組に興味が湧いてしまうのは……烏丸の隣に並ぶ、あの白狐に感化されたせいかもしれない。
「白狐である春霞 茜凪と若様……そして新選組……」
妖界が今ある姿を変えようと、ゆっくりゆっくり動き出したのは、この時期からかもしれない。
遡れば、藍人が菖蒲を愛し、七緒との婚姻を断り大老に盾をついた時から。
小さな小さな一歩を踏み出すために、鉛のように重たい足を懸命に持ち上げた藍人の努力が報われ始めていたのかもしれない。
藍人が生み出した影響は、しっかりと烏丸と茜凪へ。そこから子春や誰かに伝わるのかもしれない。
そして藍人も、誰かから受け取っていたのかもしれない。
人と妖、そして鬼が……幸せに暮らせる世界をつくりたい。そんな希望を持った夢を。
漆に負けないように灰色がかった瞳を閉じて、子春は呼吸を落ち着かせた。
さぁ、里まではあと一歩だ。
羽はしっかり休めたので、帰郷できたらそのまま烏丸を手伝おうと心に決める。
夜明けはもうすぐそこだった。
第四華
曲筆
―――子春が里に戻ってきてから、数日。
暦は慶応四年 二月 上旬。
未だ烏丸の里に軟禁状態になっている茜凪は、今日こそ行動を起こそうとしていた。
「(いつまでもここで休んでいる場合じゃない)」
あと少しで里に来てから一月経つ。
確かに小鞠の件が起きてから精神的にもボロボロで、しっかり休むことを恐れていた。烏丸たちから休息を促されるのは理解したし、従った。烏丸の里に規則があるならば狐としては守るべきだと思ったのもある。
状況も状況だったが、彼らに甘えて休ませてもらった。
心が晴れることなどなかったが、寝不足は大分解消された。
特にやることも与えられなかったせいか、斎藤と別れて悠久の時を過ごしたような気持ちになっていた茜凪。
待っているだけではもう駄目だ。と、烏丸に与えられていた着物を脱ぎ、戦装束へと着替える。
なにか情報を掴みたい。そして茜凪自身も思考を動かして考えたいと強く思う。
待っているだけでは、真実なんて何も掴むことができないのだから。
「(それに、ここは人の世の情報も入ってこない……)」
何より気がかりだったのは、詩織と妖の羅刹についてであった。
だが、伏見奉行所に詰めていた新選組の安否も気になる。
最後に斎藤に会った時……あの地一帯が今にも争いが起きそうな、張り詰めた空気が思い出された。
戦が起きる。
新選組は戦う。
直感に頼るまでもなく、そう感じていた。
「だとしたら、もう一月も時間が経ってる。調べれば、どこからか情報が手に入れられるかもしれない」
正座していた足をあげ、立ち上がる。
ほんの少しだけ馴染みを覚えた部屋の畳を見つめ、その後襖戸に手をかける。
この一歩を、恐れてはいけないと強く言い聞かせた。
「―――……」
躊躇いもなく戸を開け、踏み出した茜凪を止める者は誰もいなかった。
烏丸から近状報告を受ける時や、食事を一緒にするときは部屋に来てもらっていたし、風呂へ赴くときは誰かしら侍女が声をかけにきた。
茜凪の意志で襖を開けたことはなかったので、誰も見張りがいないことを知らなかった。
天狗から狐が信頼されているとは思っていない。
が、こうして監視されているわけでないのは茜凪をそこまで警戒していないからか。
はたまた、爛あたりの実力ならば茜凪がどうこうしようと止められると思っているのか。
真意はわからないが、誰もいないなら好都合だ。
もともと奇襲をかけるつもりはない。烏丸に自ら行動をしたいと伝えるだけだ。
着物でいるより戦装束の方が動きやすいので着替えただけで、喧嘩をするつもりもない。
長い長い廊下も突き当りにぶつかり、左右に分かれることになる。
どちらに行けば烏丸に会えるのか迷いながら、耳を澄ませてみた。
風に乗り、烏丸の声が聞こえるような感覚になる。どんどん研ぎ澄まされて……―――茜凪は左に進むことを決めた。
進んだ先は中庭に繋がった。
開けた空間。石庭と竹林。堀の向こうには道が続いていたので、さらに奥に何かがあることが伺える。
特に意識はしてなかったが、行動を起こした高揚感からか、茜凪の直感能力は研ぎ澄まされ続けていた。
「不思議な感じ……」
無意識に導かれるように、烏丸のもとへと歩を進めていく。
ゆっくり、でも着実に茜凪は竹藪の中を知った道のように辿って行った……。
そして気付く。
どこか懐かしい気配があることに。
「狛神……?」