02. 逡巡
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慶応四年 一月。
鳥羽伏見の戦いの火蓋が切って落とされ、京は戦場と化してしまう。
新選組が上洛してから守り続けた町は姿を変える結果となってしまった。
軍勢は、旧幕府軍が約一万五千に対し、新政府軍が五千。力の差は歴然と見受けられていたのだが、統率のとられた指揮と練度の高い外国から取り寄せた武器により、刀での攻め込みは通用せずに新政府軍の進軍を許してしまう。
何より、旧幕府軍の士気を落としたのは、錦の御旗が新政府軍に掲げられたことだ。
これにより旧幕府軍は賊軍として扱われ、徳川の味方であったはずの淀藩をはじめ、多くの寝返りが発覚する。
大坂へ逃げ落ちた新選組は、大坂城に籠城して戦うことを決意するが、その決意も反されてしまった。
理由は、将軍様が既に東に逃げ落ちていたことだ。
大坂城から離れ、江戸へと向かう海路の中……仲間との別れを思い出していた斎藤は、静かに目を閉じる。
鳥羽伏見の戦いで命を落とした井上さん。そして山崎。
それ以外にも多くの隊士が犠牲となったし、今もまだ多くの命が生死を彷徨っている。
一人でも命を救おうと昼夜問わずに動き続ける千鶴を気遣う者もいたが、船内の空気はとても重たかった。
「……」
斎藤も誰かと一緒にいる気になれず、重々しい空気を出す船内から遠ざかり、甲板へと移動することにした。
目に焼き付く、朝陽。
薄暗い群青を背景に、黄色や紫、そして強く差し込む赤や橙が輝かしい。血が流れたような赤は特に印象的で、斎藤の心をざわざわと揺らめかせた。
「無事に……、」
―――逃げられただろうか。
声でカタチにしてしまった音は、誰のこととは表れない。
戦っている最中は意識にいなかったあの娘のことも、こうして敗北の中で味わう空気にも感化され思い出してしまう。
燃え盛る京。壊されていく守りたかった町。
その町の中に守りたい娘はいないことを願う。
大丈夫だ、と何度も言い聞かせた。
斎藤の目の前で、茜凪は烏丸と四国へ去ったのだ。
会いたいとも思わない。斎藤と生きる世界が違うのだから。
半ば思わないように戒めながら、斎藤は朝陽を見つめ続けてた。
ふと、鼓膜の奥にちりん。と鈴の音が響いた気がした。
あの娘に送った簪に飾られた音色。
歩くたびに美しく奏でられる鈴は、茜凪の存在を印象付けていた。
どこにいても茜凪だと気付ける。傍にいるよ、と微笑まれた気がした。
―――いるはずなんて、ないのに。
斎藤はその音を、気のせいだと言い聞かせる。
ここから厳しい戦いが待っているのは目に見えているから。
妖怪の娘と恋だと現を抜かす余裕はない。
もう一度、目を閉じて心を静めた。
波間の静寂、閑静な空間に斎藤は一人佇む。
それが孤独だと気付いた時にはもう遅い。
しかし、斎藤が自覚をするのはしばらく後の話だった。
第二華
逡巡
慶応四年 一月下旬。
睦月の寒さはさすがの妖にも堪える。
今にも雪が降りそうな空を見上げながら、茜凪はため息をついた。
「もうここにきて二週間……」
烏丸の里に無事に辿り着いた茜凪と烏丸。
歓迎される空気にはさすがにならなかったが、事情を汲んだ現在の頭首―――つまり烏丸の父親が、茜凪を里に迎え入れることを許したのだった。
狐と天狗の犬猿はやはり事実だったと肌で感じるきっかけとなる。
頭首の口利きで、茜凪に絡んでくる者はいなかった。が、出歩けば鋭い視線を感じることは何度もあった。
茜凪個体に嫌悪を感じているというよりかは、「白狐だ」とコソコソとされ、種族に対して嫌悪を感じている者が多い。
天狗は統率がとれた種族だ。
仲間意識がとても強いことも特徴で、女子供だと里からなかなか出ない者もいる。
里自体が豊かなので、外の世界や人に関わる必要がないからだ。
対して尾張の縹家は滅びの一途をたどった後、妖界からの救いの手もなく人の町に奉公に出た者もいる。
小鞠も一時はそうだったはずだ。
外の世界をあまり知らないものが多い烏丸一族は、初めてみる本物の白狐に対して、嫌悪も多少ありつつも物珍しさの方が近かったかもしれない。
証拠として、興味が少しはあるくせに誰も茜凪に近付かないことが直感でわかった。
そんな烏丸の里での日々は、残念ながら茜凪にとって居心地抜群とはいえない時間だった。
誰からも向けられる好奇な眼や嫌悪を孕んだものはもちろんだが、決定打はやることがなかったからだ。
「そもそも、烏丸の話がオカシイ……」
―――……振り返ること数週前。
京にいた頃に『里まで来てほしい』といわれ、詩織たちや妖の羅刹に繋がる情報、絶界戦争の歴史を紐解く協力をするためにここまで来たのに、里に入るなり烏丸は茜凪に部屋を与えた。
そして
「長旅だったし、最近いろいろあったから疲れただろ。その……しばらくゆっくりしてたらどうだ?」
と言い出したのだ。
茜凪はすぐさま「そんなことをしてる暇はない」と言い返したのだが、なぜか烏丸は食い下がる。
茜凪の心配をしていたのは理解していたし、小鞠のことがあってから茜凪の纏う空気に微弱ながらも変化があったことは伝わっていたはずだ。
だが、これでは里に来た意味がない。
「茜凪、焦る気持ちはわかるけど……ほら、その……まだ資料を探すところから開始しなきゃだし」
「一緒に探します」
「いや、烏丸一族の蔵書だから一族以外の者に見せるわけには……」
「貴方それをわかったうえで私を呼んだのではないのですか?」
「そ、そうだけど……」
キッと睨み上げてしまう。
内心、烏丸の立場からしたら肝を冷やしただろう。
烏丸は斎藤との約束を懸命に守ろうとし、茜凪に嘘をつき続けていたからだ。命懸けで。
これが発覚したら、情報収集どころではない。
里をかけた戦いが始まる気もしていた。
納得できない、と茜凪がもう一言で論破を仕掛けた時だ。
烏丸に思わぬ助っ人が現れる。
「まぁまぁ、茜凪。凛の気持ちも察してやってくれ」
「!」