17. 共闘
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
俊足で森の中を駆ける猫の大男たちに抱えられ、赤楝は恐怖を感じていた。
手がぶるぶると震えてしまい、どうしてもうまく抵抗ができない。
道場の敷地内では抵抗をしていたものの、全く歯が立たなかったこともあり、既に半ば諦めかけていた。
「(大丈夫……爛が師範に伝えたら見つけてくれる、きっと……!)」
強く目を瞑れば、目尻から雫が溢れた。
悲しいわけでもない。苦しいわけでもない。
ただただ、無力であることが悔しい。
「そーいや、もう一人のガキは妖力が強そうだったな。そっちを連れてきた方がよかったんじゃねーの?」
駆けながら男の一人が告げる。
「どうせ試すならこんな妖力皆無のガキより、強いやつのがいいじゃねーか」
「たしかに。よかったのか、お頭」
「一人仲間を置いてきたんだ。連れてくるだろうさ」
「そりゃそうだろうけど、喜重郎が相手になったら一人じゃ不安だな」
「喜重郎は人里に下りて情報収集をしているはずだ。まだ戻るには早すぎる」
敵の狙いができるだけ多くの人を攫ってくることだというのは理解できた。
そのうちの一人に抜擢されてしまった赤楝は、耳を澄まして話を聞き入ることしかできない。
「弟子に喜重郎と同格がいれば話は別だがな」
恐らくこの仲間内で一番権力を持っている男が、馬鹿にしたように笑う。
喜重郎と同格の弟子なんて有り得ないという確信を持っているようだ。
「にしても、お前」
「!」
「本当に妖か?全く妖力を感じねぇぞ。姓はなんだ」
抱えた男に話しかけられた赤楝は、凄んで睨みつけるが効果はないらしい。
相手からすれば赤楝の視線は、怯えた者が強がっているような態度に見えたようで小馬鹿にする空気も出ていた。
「口が塞がってるから答えられねぇか」
「本当は人間だったりしてな!」
「まさか!あの喜重郎が弟子にとるんだぜ、もし人間なんだったら気付くだろ。そこまで馬鹿じゃねぇさ」
「つまるところ、なんだ。お前はあの道場じゃ落ちこぼれなわけだ?」
「……っ」
猫たちは赤楝を真正面から馬鹿にした。
彼が日々悩み、積み上がっていく不安をぶつけてくる。
「妖でこんなに妖力を感じないなんて、初めてじゃねぇか!?もやは人と同じだな!」
「妖のくせに人と同等か。死んだ方がマシだな」
「ならその命、変若水の実験に貢献してもらうとしよう」
「……―――!」
猫たちの瞳の奥が、赤く濁る。
綺麗な茜色ではない。鮮やかな赤でもない。
血が混ざったような、苦しみを訴える色だった。
赤楝は悟る。
なにか危ないことに巻き込まれる、と。
それは現在の妖界に起きている、不穏な争いの根幹に大きく関わるものである、と。
「(爛……っ、師範……)」
また涙が零れる。
死を覚悟するしかないのかもしれないと。
「(環那……)」
思い返される、艶やかな舞い。
青い炎に包まれた、白狐と呼ばれる男。
あんな風になりたい、といつからか思うようになった。
憧れを抱く友に、もう会えないかもしれないと思った。
その時だった。
「赤楝ッ!!」
「―――!」
期待を裏切るという言葉を知らないかのように、見知った声が届く。
空中から軍に飛び込むように、青い炎の塊が赤楝たちに突っ込んできた。
「何……ッ!?」
「追手か!?」
繰り出された青い炎は刀身を纏い、猫たちを次々に攻撃していく。
木々に阻まれた森の中で太刀を振り回すのは多少しんどいところがあるのだが、物ともしない剣さばき。
こんな技が出来る者を、赤楝は喜重郎とこの男しか知らなかった。
口に当てられていた布をなんとか力づくで引き剥がして叫ぶ。
「環那ッッ!!」
ついに追いついた環那が、赤楝を奪還するために茜色の瞳に強さを宿していた。
第十七華
共闘
「くそ……っ、どっちに行きやがった……!」
赤楝と環那が再会した頃。
爛本人は無理をしたと思っていないが、身体的にはかなりの無理をして彼らを追いかけていた。
頭はまだふらふらするし、夜目は利くといっても障害物を避けるために速度がいつもより上がらない。
今度から森の中を低空飛行する訓練も修行に取り入れようと決めた爛は、感覚を研ぎ澄まして環那と赤楝がいるであろう方向を探し続けた。
しばらく飛行は続き、道場から随分と離れたところで爛はひとつの音を聞き取った。
キン、キンと金属同士がぶつかる音。
音源は東の方角から聞こえてくる。
方向転換をすぐさま行い、今までで出せる最大の速度で向かう。
「刀の音……!つまり、戦ってる!」
こんな山奥で、しかもこんな夜更けに人同士が斬り合いをしているだろうか。
人が通れる歩道は整備されていない、獣道だ。
わざわざこんなところで決闘をすることも考えづらい。
つまり、そこにいるであろう者は……―――
「―――見えた!」
大男である猫の妖と戦っている環那だった。
怪我はしていなさそうだが、佇まいから乱戦であることがわかる。
このまま参戦しようと加速をするが、そこでもう一つの気配に気づいた。
敵方にもう一人の影が見える。
どうやら環那からは死角になっているのか、余裕がないのか、見えていないらしい。
「クソガキ……!」
「春霞流……―――」
赤楝を捕らえている敵とはあと一歩で決着がつきそうだ。
環那が腰を低く落とし、最大の一撃を放とうとしているのが見えた。
あれが決まれば、赤楝は助かる。
問題は隠れているもう一人の存在だ。
環那が赤楝を助けることは、信じていい。
なら、爛がここで仕留めるべき相手は一人だ。
「ぐぅああぁ……!」
「っ……」
「赤楝!」
抜き身同様の速度で放った環那の一撃は、敵を仕留めたらしい。
赤楝が投げ捨てられるかのように宙に舞い、環那がそれを支えに行く。
絶命はしていないものの、動けなくなった男たち。
環那もさすがに息を荒げながら、赤楝に声をかけた。
「赤楝……無事かい……?」
「……っ、環那……」
赤楝が恐怖から解放されたからか、また潤んだ瞳で環那を見上げていた。
左手に構えていた太刀はそのままに、環那は得意のへらへらした笑顔を見せた。
いつもと違ったのは、顔も体も泥や汗、埃まみれだったことだ。
「本当に……来て、くれた……っ」
「来るとも。赤楝も僕の仲間だからね」
裾で汗を拭う環那に、赤楝の不安は溶けるようだった。
敵も言っていたこと。
妖力が皆無で、人のように弱い妖であること。
課題は山積みだったが、赤楝は環那たちといれれば大丈夫じゃないかと自然と思えた。
こんなに風に思ってくれる仲間と一緒にいれるのならば。
「さて、帰ろうか」
環那が背中にある鞘に太刀を仕舞って、歩き出そうとする。
環那も赤楝もまだ子供である故に、背丈が少々足りない。だから環那がいつも背負っている美しい太刀は、振るのも仕舞うのも一苦労だろうなと赤楝は眺めていた。
「!」
そんな時だ。
環那と赤楝にとっては、一件落着。とみえる光景。
しかし、残りの隠れていた敵がついに姿を表した。
「死ね、ガキども……!!」
「っ……」
環那が一瞬でも気を抜いたことを後悔する。
疲労から感覚が鈍って周囲への注意を怠った。
上段に振り上げられた一撃は、体で受け止めるしかない。
赤楝を背後に突き飛ばして、環那は多少の受け身と間に合うかわからない抜刀をするため柄に手をかけた。
だが。
「ぐはァ……!?」
「!」
「え……」
赤楝は尻もちをつきながら。
環那は敵が不自然な悲鳴をあげたことから、今一度目を見開き刮目した。
環那を討とうとしていた相手は気絶しており、ずるりと脱力して倒れてくる。
男の背後に影がひとつ。
環那以上に生傷と汗、埃、泥、そして至るところに葉をつけた爛が立っていた。
「爛くん……」
「爛!」
この場の誰よりも重症であるのに、誰よりも勝ち誇った顔をした爛は、環那に向かってニヤリと告げた。
「これで貸し借りなしだ、環那!」
「爛……くん、追ってきてくれたんだ……」
頭部の傷は決して軽傷ではない。
そんな中、無茶とも言えるが加勢してくれた爛に助けられたのは間違いなくて、環那は心から嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
「……おう」
赤楝は、爛と環那の間に流れる空気が変わったことに即座に気付く。
きっと、この一件で彼らの関係が好転するのではないかと思えた。