14. 環那
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現在からどれくらいの月日を遡れば、その日に行けるだろうか。
長寿を全うできるほどの体を持つ妖からしてみれば、人の体感時間など当てにならない。
水無月は瞼を閉じ、懐かしき日を思い出す。
辛く、切なく、悲しい思い出といえばありきたりだ。
そんな単純な単語で片付けられるほど、歳を重ねても水無月は大人になりきれなかった。
「詩織を生かしたのは、環那です」
「―――」
「詩織が成そうとしていることは、少なくとも環那の存在が絡むでしょう」
「茜凪の兄貴が……」
「環那は……平和な世を誰よりも望んでいました。その意志を引き継いだのが、藍人だったんです」
―――そして、夢の始まりは……
「環那が望んだ平和の始まりは、私たちの絆の崩壊が原因でした」
妖と。
鬼と。
人と。
すべてのものが、しあわせに暮らせる世界。
長い時を経ても、未だ実現し得ない世界。
「すべて……お話します」
第十四華
環那
人の世と鬼の世の境目を鞍馬にある山中の寺とするならば、寺から妖の足でしばらく歩いた場所に、水無月の里は昔からあった。
八瀬の里と程近く、泉に恵まれた地。
その地に栄えた小さな里で、水無月 綴は生まれた。
水無月は河童の姓を指し、妖の中でも特に長寿だった。水煙術を得意とし、見目麗しい外見を持つ者が多い。
水に愛され、水と共に生きる種族。
純血の者は重宝されていたが、綴が生まれた時代で既に、水無月家の純血は衰退の一途を辿っていた。
もちろん、綴も純血ではなかった。
河童として命を得たが、父に式神師の血が混ざっていた。
色濃く受け継がれた水無月の才覚に感謝し、式神師としての才は特に伸ばそうとは思わなかった。
水無月の里で育ったのだ、わざわざ他の妖と同じ力を優先させる選択は最初からなかった。
「綴ー!」
妖の一族は実に様々だ。
関ヶ原の戦いで失われた聖地があると聞き及んでいたが、聖地から離れた今の妖に、どれだけの種類がいて、どれだけの妖術があるのか計り知れない。
特異な体を持って生まれてくる種族もいるそうで、一定の年齢を重ねるまで子供の姿のまま成長が止まり、以降数月で大人になる妖もいると聞く。
種族のみに伝わる術もあり、開示できない禁術も多いとか。
代表例が、尾張に済む化け猫の一族・縹や、天王山付近に住まう呪詛師・常井の一族の御技だ。
一度繰り出せば、誰も止めることができないと聞き及ぶ。
妖として生まれたのならば。
そして男であるならば。
妖術を極め、鬼を、里を、女子供を守る本能が備わっていた。
ゆえに妖たちは、妖術と武道で高みを目指す。
そのために師をつけ、演習に通うのは当たり前の風習だった。
綴も風習に則り、特に名のある師のもとに弟子入りした。
ただひとつ、他と変わっていたことがある。
「修行いこーぜ!」
「爛、わざわざ迎えに来なくてもちゃんと行きますよ」
「いーんだよ!一緒に行った方が楽しいだろー!」
この頃、とある一部の地域に様変わりな指導者がいた。
本来、妖術や武道の手習は同一種族で師をつけて行う。
が、綴の師であるその者は、種族を問わずに弟子をとり、強力な妖術を教えていたのだ。
名を、喜重郎という。
「でも、師範も珍しいよな!天狗の俺も河童のお前も、等しく弟子にして」
「それでいて私たちに合った術をしっかり教えてくれるなんて、素晴らしいとしか言いようがないですよ」
水無月の里の門外まで迎えに来ていた友人―――烏丸 爛と歩き出した綴は、尊敬の念で口にする。
隣にいる天狗の純血である爛は、まさに喜重郎が構える道場で知り合った友人だった。
後に出会う烏丸 凛は、爛の弟である。
綴と爛に幼さが色濃く残っている為、この頃は凛はまだ生を受けていないけれども。
「今日はどんなこと教えてくれるのかな〜」
「爛は前回の疾風術をまだ会得してませんよね。続きではないでしょうか?」
「げぇ。あれ難しいんだよな。もっと派手で簡単にできる妖術とか教えてほしい!」
「基本から覚えないと変な癖がつきますよ」
「はいはい。お前も旭も真面目だよな〜」
鞍馬寺を抜けて、人が行き交う土地まで出てくる。
ここから先の領分は、人の世界だ。
紛れ、隠れ、関わらずに生きていかなければならない。
綴も爛も鳥居を潜ってからは怪しまれない速度で走り出すのだった……。
彼らの師範である喜重郎が仮の道場を開いているのは、丹波国の端であった。
若狭国との境目で妖の足なら大した距離ではない。
四国から飛んでくる爛を思えば、綴は良い師に近場で巡り会えたとも言えた。
人里離れた山の中、こちらも綺麗な泉が近くに湧く場所に、威風堂々と立つ道場。
喜重郎の仮の住まいでもあるそうで、生活感に溢れているが綴はその空気も含めて好きだった。
綴の母は、物珍しい異種族と交流を図る喜重郎の演習を最初こそ拒んでいた。
しかし、父の中に式神師の血が混じっていること、そしてそれでも父を愛したことを挙げれば納得してくれたのだった。
ただ、異種族の妖と関わりを持ち、傷付いたりしてほしくないという親心は、喜重郎を認めてくれた後でも強かった。
―――十分理解していたつもりだが……結局、母の願いは叶わなかったことになる。
「師範!来たぞー!」
爛が勢いよく玄関の戸を叩く。
天狗は快活明朗な者が多いのか、爛と綴とは全く違う性格だった。
宥めもしない綴は、顔を上げて喜重郎が出てくるのを待っていた。
が、反応がない。
「留守でしょうか?」
「えぇ?この時間に約束してただろ」
間違いだったっけ?と首を傾げる爛。
綴も気になり、道場の方へと顔を出してみることにする。
入口ではなく縁側から回り込み、中の様子を覗いてみた。
戸は開いていたのでやはり誰かいるらしい。
「師範……―――」
声をかけたところで、綴はハッとした。
動いた人影に見覚えがなかったからだ。
道場の中心に立ち、左手で剣を構えた男がいた。
構えた剣には青い炎が宿り、あたりに立ち込めている。
後ろ姿しか見えないが、骨格や背丈からして女でないことは見破れた。
とても美しい立ち姿であり、舞い踊るような剣技を魅せる。
その都度、炎の欠片が飛び幻想的な光景を映し出した。
同時に、腹の底から駆け上がってくる不思議な感情。
見惚れるともいえるし、畏怖とも呼べるよう。
色素の薄い黄金色の髪の隙間から、茜色の瞳。
ばりち、と目が合い……時が止まる。
「(あぁ……なんて……)」
強く、美しく―――恐ろしいのだろう。
「す、げ……」
隣にやってきた爛も、その者の演舞に恍惚としている。
相手が女ならば惚れていたかもしれない、と思えるほどの優美なものだった。
一連の動きが終わったのか。
構えを下ろした少年はこちらに気付いて微笑みながら声をかけてきた。
「こんにちは」
声の高さが予想していたより低かった。
やはり女ではない。
正面から見た彼は中性的な顔立ちだったけれども。
臆せず挨拶をしてきた相手に、綴はぺこりと会釈する。
続いて爛は道場に乗り上げ、名も知らない彼に駆け寄り心からの賞賛を送った。
「お前すごいな!とても綺麗だった!美しかった!」
「ほんと?嬉しいな、ありがとう」
相手も素直な質のようで、爛の賛辞を受け入れてまた笑顔を溢している。
綴から見たその男は、どこの一族かははっきりしなかったが、悪いやつではなさそうだ。
爛に続いて道場へ上がり、その男に近づいてみた。
側に行き、顔がよく見えれば見えるほど、自分や爛と同い年くらいか、僅かに年下だと綴は思った。
「俺、烏丸 爛!天狗の長の息子なんだ!お前は?師範の弟子になるのか!?」
爛は随分と興奮していて、相手の肩を掴んでぶんぶんと前後に揺らしている。
矢継ぎ早に質問を繰り返していた。
相手の少年は嫌がる素振りも見せずに笑う。
―――今思えば、爛の姓を聞いても顔色ひとつ変えなかった。
「僕は環那。春霞 環那だよ。白狐の長の倅だ」
「え」
―――対して、天狗である爛は環那の自己紹介を聞いて動きを止める。
「丹波と若狭の国境に、とても強くて面白い師範代がいると聞いてね。相模国からやってきたんだ」
弟子入りの儀はさっき済ませたら、よろしくね。
と、ほんわり笑う環那に、綴は目をぱちくりさせていた。
先程の演舞と同じ人物なのか、と思うほど環那の空気が穏やかだったからだ。
「君は?」
環那を白狐だと聞いた爛が大人しくなってしまい、環那が間を取り繕うように綴に声をかける。
綴も短く声を出した後、多少居住まいを正して挨拶をした。
「私は水無月 綴と申します。八瀬の妖で、純血ではありません」
「河童と天狗かぁ!初めてお見受けするよ。仲良くしてくれると嬉しいな」
頬を赤くして照れながら、人懐っこい笑顔を浮かべている。
へらへらと笑う彼の仕草は―――後の天才式神師に受け継がれた癖の一つだった。
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