11. 京
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風間家を発ってから幾許かの時間が過ぎた。
狛神の体力との相談、彼の背に乗る烏丸や茜凪が冷風で凍傷を負わないように配慮しながら歩を進めてきた。
何度目かの休息をしたのち、茜凪たちは懐かしい土地へと足を踏み入れることとなる。
「あれは……」
「もうすぐだろうとは思ってたが、早かったな……」
「―――……っ」
暦は慶応四年 如月の月 下旬。
新政府軍と旧幕府軍の鳥羽伏見の戦いから二月が経つ頃。
懐かしいはずなのに、懐かしい景色は残っていない。
焼け野原になった町の修復にあたる人々の姿が見える。
この日……数月ぶりに茜凪は京へと舞い戻ることとなった―――。
第十一華
京
心は驚いたり、辛いことを目の当たりにした時には本当に言葉を失うようだ。
言葉が出なかったは例えではなかった。
茜凪は、小高い丘から見下ろせる京の町並みを見て息を止めてしまう。
同じく烏丸も、鳥羽伏見の戦いで京が犠牲になったことを聞いてたが、ここまで酷いと思わなかったらしい。
嘘だろ……とぽつぽつと唇から声を漏らす。
狛神は烏丸の里へ行く前に立ち寄ったので把握していた事態だが、目にするたびに切なさを隠しきれなかった。
視線を足元に逸らし、その後曇天を見上げることにする。
茜凪と烏丸が落ち着くまでそうしていた三人だが、やがて京にいるはずの人物の名前を呼んだ。
「菖蒲は……」
茜凪の尋ね方には恐怖が宿っていた。
結果を知りたくない、だが聞かなければならないという気持ち。
心拍数が異様に上がる。
問いかけに狛神は静かに応える。
「会いに、行くか?」
「生きてるんですか……!?」
「あぁ。水無月の旦那も、あいつも無事だ。だが……」
―――菖蒲の小料理屋が戦の最中で破壊されてしまったことを、狛神は言い淀む。
あの店は、茜凪にとっても、もちろんこの二人にとっても大切な思い出の場所だった。
たった一年ではあったけれど、争いもなく、幸せを感じていた年月。
平和の中で生きるとは、こんなに穏やかで心地いいのかと誰もが思い知った。
そんな象徴の地が、滅びた。
悔しくて、切なくて、悲しくて仕方ない。
狛神は気持ちを乗せずになんとか事実だけを伝えようとしたが、どうにもうまくできなかった。
続きが発せられないので、茜凪も察したらしい。
表情に翳りを見せつつも、はっきりと望む。
「菖蒲に会いたいです」
「……そうだよな」
逃げても結果は変わらない。起きたことも。
ならば受け入れるために時間を使うべきだ。
狛神は内心で言い聞かせて、丘を飛び越える。
人間離れした動きで走り出せば、烏丸と茜凪も頷いて追いかけた。
ここからは人の領域だ。
獣化していて見つかってはまずい。
妖の速度で、新政府軍に怪しまれないように留意しながら京の町中へと潜り込むのだった……。
―――そんな気配を感じていたのか。
小料理屋跡地の程近くで、水無月は背後を振り返った。
普段は上等な着流しを身につけ、中性的な顔立ちも合間って人目を引くほど見目麗しい男であるが、この時世にそんな着物は格好の的になる。
あえて貧相なものを拵えて隣に並ぶ菖蒲と共に目立たぬことを意識していた。
「水無月……?」
そんな水無月に気付き、菖蒲が歩を止め声をかける。
普段なら微笑むところだが、確認しなくてはならない。意識をそのまま南西にある小山へと向け続けた。
「菖蒲」
そして、間違いないことを確認し、告げる。
「茜凪が戻ってきました。烏丸と狛神と一緒のようです」
「……っ」
「こちらに向かっています。急ぎ、隠れられる場所を探しましょう」
新選組と懇意にしていた茜凪は、新政府軍に顔を覚えられていることもあるかもしれない。
念には念を入れて、準備をしなければと取り掛かる彼は視線を戻して驚いた。
転けるような音がしたかと思えば、菖蒲が膝を折り、しゃがんで涙を見せていたから。
「茜凪……、無事なのね……っ」
「……えぇ」
「よかっ……た……!」
菖蒲にとって茜凪は素直になれずとも友であり、妹のような存在。
そんな茜凪が生きているのか否か、わからない状態が続いていた。
烏丸と共に四国へ行ったとは聞いていたし、出立についても聞いていた。
けれど、新選組が賊軍になったことを知れば茜凪は斎藤を追ったのではないかと考えていたのだ。
彼女が戦いの渦中にいなかったこと。
なにより無事でいてくれたことに、菖蒲は安堵の涙が流れたのだ。
「私も安心しました」
水無月が菖蒲の背中をさすりつつ、目立たぬように路地裏に抱えて移動してくれる。
涙を拭う愛しい娘を抱き寄せながら、水無月はもう一度山へと視線を向けた。
「(さて……彼らがどうするのか、今一度確認しておかなければ。私もいつまでも……―――)」
曇り空の下、水無月は後悔を滲ませる。
「逃げ続けることはできないでしょうから……」
◇◆◇◆◇
水無月が気配を感じて、茜凪たちの到着を待っている頃。
京の市中へと潜り込んだ茜凪たちは、運悪く裏路地で新政府軍の兵と出会してしまった。
「おい、貴様ら何者だ!」
「和装の戦装束に帯刀までして!旧幕府軍の残存兵か!?」
「不逞者、名乗れ!」
ぞろぞろとやってくる人間たちに、茜凪や烏丸、狛神は顔を合わせる。
奥歯を噛み締めて失態を悔いる三人に、更に不運が舞い込んだ。
「おい待て。この娘、見覚えがあるぞ」
「!」
「なんだと?」
「こやつ、新選組の屯所に出入りをしていた娘の顔つきと似ている!」
「おい貴様!」
「チッ、顔覚えられてんじゃねーよクソが」
茜凪の顔に見覚えがあった新政府軍の一人が、身柄を捕らえようと一歩前に出てくる。
狛神が悪態をつきつつも、茜凪を庇うように前に出た。
ここで捕まれば厄介だ。
逃げるために、全員が散り散りになることを決める。
「殿は俺が務める。先に行けッ!」
「助かる烏丸!」
「店の跡地で合流しましょう!」
「待て貴様ら!!」
「追え、追えー!」
声が交錯する中、狛神と茜凪も互いに真逆に逃げていく。
一人に対して結構な大人数で追いかけ回されるが、見つかってしまったのなら仕方ない。
妖としてもてる全力の速度で逃げることにした。
戦で残った商家の屋根を伝い、茜凪は人がギリギリ追いつけない速度で郊外へ。
背後では呼子が鳴り響いていたが、それもだんだんと遠くなっていく。
振り返りつつ、屋根の終わりが見えてきたので飛び越えた。
曇天の空、気付きにくいが既に陽は沈んでいるのだろう。
夜が近づく夕闇の中、目の前に不審な影がふたつ現れた。
人にしては人間離れした動き。
茜凪だからこそ見極められたかもしれない速度で、こちらに向かってくる。
刹那の閃光、鋭く光るものが一線となり投げられた。
「なに!?」
身を翻して交わし、地に着地する。
形勢が変わり、屋根を見上げる形になれば赤い目をした白髪の化物がこちらを見下ろしていた。
「羅刹……!?」
こんなにも大っぴらに外を出歩いていては、民に見つかるというのに堂々とした出立ちだ。
異様な何かを感じた時、羅刹の手に刀は握られていないことに気づいた。
しかし、先程間違いなく鋭利な攻撃を交わしている。
なにが武器になったのかと目を凝らしたところで、それが人の羅刹ではないことを悟った。
「猫……っ!」
新政府軍が追いかけて来たからか。
行燈の光が僅かに届き、異形の姿をしっかり捉える。
それは妖の羅刹であった。
「縹の羅刹……ッ」
つまり、詩織が近くにいるのか。
考える余裕はないが、近付いてくる新政府軍の人間をこの羅刹に殺させては行けない。
憎悪の中に僅かに残る理性と良心が茜凪を抜刀させた。