【Another Day】 月と紡ぐ未来への夢想曲
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
月夜は、心が疼く。
空いた隙間を追って埋めようと自らの中で処理をする。
それでも間に合わないものに、自嘲するばかり。
この傷は癒えることなど無い……。
そう思っていた。
ずっと。ずっと。
背負って生きて行くのだと。
自身は不死ではないけれど、長い時間をこの傷と共に……。
「今夜はいい月夜だな……」
葉巻の煙を吐き出し、庭が見渡せる廊下に寄りかかっていたが、そろそろ行こうか。
こんな月の夜には、今となってはどうでもいいことを思いだしそうだった…―――。
Another Day
~ La Luna ~
「で、どう思います?」
「………」
庭で横になり、片手は枕に、片手は錬金術の本を読んでいた。
だが、その本をガバッと奪い、上から自分を見下ろすフリフリのエプロンをつけた女性が現れる。
「何がだ」
「ちょ、人の話聞いてなかったんですか!?」
「貴様の話など聞く価値はない」
「あ、相変わらずヒドイですね、ジョーリィさん!」
ここではろくに自分の時間がとれない、と思った黒髪のネコっ毛の青年が起きあがる。
女性は、“あっどこ行くんですか!?”と言いながら、彼を追いかけてきた。
「そーやって、人の話を右から左に流してるから、誰も寄りつかなくなっちゃったんですよ!」
「黙れ、貴様と話していると数式が崩れそうで苛立たしい」
「あら、それは錬金術から離れるいい機会じゃないですか!わたし、もっと喋ります!」
ぎゃーぎゃー言いながらついてくる女性に、一瞬眉間に皺寄せて、目をキッと細めた彼が、振り返る。
同時についてきていた女性の頬を片手で挟みこんで睨んだ。
「殺されたくなければ黙れ巫女」
「殺されてもいいので、黙らなくていいですか?」
「あぁ、いいだろう、今すぐその臓器を抉りだしてやる」
「やだ、ジョーリィさん怖い」
とか言いながら、頬を挟まれた状態で笑顔でいる女性。
何を言っても無駄だと思った彼は、その手を解放した。
解き放たれた女性が笑顔でそのままついてくる。
「ついてくるな、八つ裂きにされたいのか」
「串にさして裂くなり焼くなりなんなりと。焼いても美味しくは召し上がれませんけどね?」
自分を回り込むように、後ろからついてきていた女性が現れる。
小柄な体。紅色の瞳。薄い、栗色の髪。
あぁ、イライラすると手をくだそうとした時だ。
「ジョーリィ、巫女」
「あ、ロベルトさんっ!」
目の前に現れた知り合いに、彼……ジョーリィが離れた女性にくだそうとしていた手を下ろす。
「相変わらず、いつも君たちは賑やかだね」
「そんなことないんですよ。というか、ロベルトさん、聞いていただけます?ジョーリィさんったらね、」
長々しく始まるであろう自分の話を聞く気はない。
今のうちに、研究室へ戻ろうとしたジョーリィを、女性……メイドである巫女が掴み、留めた。
「ちょーっと!ロベルトさんが来てくれたのに、どこ行くんですか!?」
「うるさい、俺は来てくれなどと頼んでいない。帰る」
「そんな子供の言い訳みたいな事、言ってないでほらッ!」
「ははは、いいんだよ、巫女。ジョーリィの言う通り、頼まれてきた訳ではないから」
現れたジョーリィと同い年くらいの好成年が、放してやれ。と巫女に告げる。
仕方なく解放すれば、ジョーリィはやはり研究室へと帰ろうとし始めた。
「今日は報告に来たんだ」
「報告?」
巫女が背の高いロベルトを見上げながら、首をかしげた。
「巫女、今まで応援してくれてありがとう。おかげで……」
1枚の通知書のようなものを取りだして、ロベルトが巫女に…頬を赤らめて微笑んだ。
「まぁ……!」
出されたそれは、巷で医者であることを認める証明書。
「合格されたんですね!おめでとうございます!」
「あぁ……ありがとう」
「……」
きゃっきゃっと喜ぶ巫女。
それを見て、デレデレしているロベルト。
それを遠くで見つめるジョーリィ。
この関係は、僅か半年ほど前から始まっていた。
ロベルトとジョーリィは、医学関係の伝手で知り合い、一方的にロベルトの方がジョーリィを友人だと思っているような関係だった。
そして半年前、アルカナファミリアの館に、メイドとして、巫女がやってきたのだ。
彼女は誰にでも優しく、そして芯のある女性だった。
それは誰もが見てもわかることであり、そして誰もが虜になりそうな美貌の持ち主だった。
大きい瞳、長い睫毛、射抜くような紅色。
色素の薄い栗色の髪、毛先だけくるん……と丸まっていて、ウェーブのかかった長さ。
レガーロ美人だと、あのジョーリィでさえ、思ったのだ。
「ジョーリィも、色々協力してくれてありがとう」
ジョーリィは、この時からファミリーに“畏怖の対象”とされていた。
研究に没頭し、他人に興味を持たず。
彼に関わるのは、パーパ、マンマ、そしてダンテくらい。
そこに華を与えたのが……巫女だった。
何度突き放しても、何度暴言を浴びせても、迷うことなく、心に入ってくる彼女。
煩わしいとも思ったが……ジョーリィは彼女を払い切れなかった。
「フン……」
「あ、ジョーリィさん……っ」
そこからこの奇妙なメイドと、ジョーリィ自身の心を守る攻防戦を続けてきた。
途中、外部からロベルトという障害が更に加わるが、それはそれでメイドと奴を相手にさせておけばいいと軽く流していた程度だ。
ついに部屋へと戻ってしまったジョーリィに、巫女が小さく声をあげたが、ロベルトがそれを阻止する。
「報告はこれだけだから。行かせてやってくれ」
「でもせっかくロベルトさんが来てくれたのに……」
しゅん…と落ち込む彼女に、ロベルトがゆっくり手を握った。
「じゃあ……巫女は僕の話に、少し付き合ってくれるかな?」
「ロベルトさん……?」
手を握られたことに関して、巫女が大きな瞳を彼に向けた。
「大事な話に……―――」
一方のジョーリィは構うことなく、研究室へ戻り、先程の本の続きに目を通そうとしていた。
「なにが報告だ……」
ロベルトが合格した医師である証明を、ジョーリィは半年前に取得していた。
同じ時期にその試験を受けていたにも関わらず、ロベルトは1度ではうまくいかなかった。
ジョーリィの医者である証明を見た巫女がとても喜んだのを見て、彼もここ半年頑張って来たのも知っている。
今日この日、巫女に同じように喜んでもらえれば……とロベルトは考えてきたのだろう。
だが、なぜこんなにもジョーリィ自身が面白くないものなのか。
「チッ」
らくしもなく、舌打ちをかました。
「いちいち俺を口実に、あの娘に会いに来るな」
気に喰わない。と本を投げ捨て、試験管の中に朝、突っ込んでおいた薬草の経過を確認する。
だが、それでもこのイライラは収まらなかった…。
「なんだ……」
自分らしくもない。というのを感じながら、感情を持て余してしまった……。
だが、ロベルトが医師の証明を取得した日以来……巫女はジョーリィの前には現れなくなった。
なんとも静かな日々であった。
―――が、何かが足りないのだ。
「……」
試験管の薬草も、調合は正しくないようで、ただ萎れ、色素は抜けきってしまった。
小さく溜息をついて、気分転換に月夜の外へと足を向けようと部屋を出ることにする。
たまたま、この間のやりとりを行った庭へやって来た時。
ここ何日か姿すら見なくなってしまった、彼女の姿を捕えることができた。
「……」
何故、いきなり現れなくなったのか。
どうしたというのだ。
聞いてしまいたかったが、ジョーリィからそんなのを聞いてしまえば、まるで気になってしょうがなかった……と言っているようで、納得いかない。
何で告げなければならないのだ。
でも胸の閊えは気になる……と葛藤を繰り返していた時だ。
「あ……ジョーリィさん……」
噴水の前に腰かけていた彼女が、彼が立ち尽くしているのを見て、先に声をかけてきた。
……しかし、その声にいつもと同じような覇気は無かった。
「お久しぶりです」
「……―――」
明らかに様子のおかしい彼女。
少しだけやつれた面影が見えた。
「どうした」
咄嗟に出た言葉。
しまった。と自覚をした時にはもう遅い。
はっきりと発音された言葉は、巫女に届いていた。
「え……?」
顔をあげた彼女の瞳の奥に、不安が見える。
月の光が、彼女の顔に影を落とした。
「……明らかにいつも通りではない。だから聞いたのだが」
「……」
気付きましたか?と切ない笑みを浮かべるように、表情を変えた巫女。
ジョーリィはバカではない。
それぐらい、わかる。
「あはは……。気にしていただけるなんて、思ってなかったから……」
「…」
笑った瞳の目じりから……涙が零れ落ちた。
「……っ―――」
「あ、すみません……」
そんなにつらいことがあったのか…と聞く前に手が出てしまった。
指先で彼女の目じりをなぞり、涙を拭う。
「ジョーリィ…さん……」
無言でそのままでいろ、と訴えれば彼女は表情を崩し―――泣いた。
「……っ、ロベルトさんに……」
「……なんだ」
出てきた名称。
やはり現れなくなった理由は、そいつに絡んでいるのか……と確信を持てば、彼女が続ける。
「婚約を…申し込まれました……」
「―――」
「でもわたし……結婚なんて……っ」
「……」
「母が体が悪くて……もうわたしの稼いだお金だけでは援助がままならないんです……」
泣きじゃくる彼女を、戸惑うこともなく、ジョーリィが見つめる。
「ロベルトさんは、それを知ってて……でも、でも!……わたし……」
「…っ、巫女……」
「わたしは……―――」
伸ばされた腕、弱々しく掴まれた服。
彼女は自身の気持ちを捨てきれないのだ、と訴えるそれ。
「わたしは……っ―――」
ぎゅうう……と縋り、希う想いを、わからないとは言えない。
ジョーリィの心の中に眠っていたあのイライラの正体を……この時、彼は初めて理解した。
突き返すことも可能だった。
でもそれは……彼には出来なかった。
「巫女」
伸ばされた腕を、きっちり掴み、応えた。
「俺の花嫁になれ」
蜘蛛は巧妙だ。
賢く、そして狡猾に、獲物を狙う。
透明に張り巡らされたその罠が、正攻法であるとは誰が言えるだろう。
掛かる蝶々は、決してその罠がどれだけ狡猾かを知らない。
知った時には、激しく、そして強く……
「ジョーリィ……っ」
貪られ、後戻りなんて出来ない。
空へ帰るための羽は蜘蛛に食いちぎられ、飛ぶことを忘れる。
「巫女……っ」
足を生やすことはなく、羽を奪われた蝶々は命を落とすまで……蜘蛛のもとで生きるのだ。