27. Eccomi qua
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「フ……」
その男は、目を覚ました紅色の瞳の少女の部屋で葉巻を揺らし、笑った。
「相変わらずでなによりだ」
その部屋に残されていたセナから宛てられた手紙を見て、ジョーリィは笑う。
起きて、手紙を確認して、すぐに飛び出したのだろう。
玄関ホールから行くのは遠回りだ!とでも言うように、自室の窓は大きく開け放たれて、着ていた部屋着は放られていた。
晴れ渡るレガーロ晴れ。
ジョーリィは薄くもう1度笑うと、その部屋を出た。
27. Eccomi qua
セナが乗った船が見えなくなるまで見送った。
「……」
もう自分の役目は全て終えた。というように、ユエは少しだけ目を俯かせた。
これから……自分のために生きるとは、どうしたらいいのか。
目的を失ってしまった喪失感に少し戸惑う。
溜息をつきたくなり、それを止めて振り返った。
その時だ。
「な……、えっと……」
踵を返すと同時に、そこにまさに不機嫌です。というように頬を膨らませたフェリチータの姿が。
「フェル……?」
「ちゃんと説明して」
「なにを……?」
彼女が怒るようなことをした覚えは……考えて、いくつか見つかったので黙った。
「いつ目覚めたの!?」
「さっき……」
「さっきっていつ!?」
「えっと……20分くらい前」
「信じらんないッ!!!」
激怒の声を聞いて、ユエが困惑の表情を見せた。
その姿は、今までファミリーには見せたことのない物。
少し新鮮であった。
「病み上がりなのわかってる!?」
「いや病んでな―――「うるさい!」
フェリチータのお怒り攻撃はまだ続く。
「だいたい、人に相談せずに動き過ぎだよ!いつもいつも!」
「いつもって……!フェルと出会ってそんな経ってないし」
わかったように言わないでよ……と続けようとした言葉が、先に読まれてしまったようで蹴りが飛んできた。
「わッ!?」
「だいたいタロッコの話も、代償の話も何にも……ッ」
「お嬢様……っ」
「バンビーナ……」
「フェル……」
もう1発!! というように繰り出した蹴り。
「聞いてないッッ!!」
防ぎきれると思っていたユエだったが、細い船乗り場の足場でやられた為に、かわす時に足を踏み外した。
「うわッ」
同時にフェリチータの足が腕に当たり、ユエは海へと投げ出される。
「ユエ……ッ」
ルカが投げ出されてしまった彼女の身を案じて、海を見つめたがフェリチータはご立腹であった。
海面へ姿を現した彼女に、フェリチータが切ない表情を見せる。
「フェル……」
そのままスタスタ歩いて行ってしまったフェリチータの姿。
あぁ……そうか……。と納得する。
「フェル」
もう一度名前を呼べば、彼女は立ち止まってくれた。
「ありがとう」
彼女にはそれだけて伝わるとわかっていた。
フェリチータは確かにその心の中を読み取ったようで、そのまままた歩き出す。
心配かけたな……と、自分の行動に反省しつつ海面から上がろうとした時だ。
「ユエ」
掴まってください。と手を差し出したのは……ルカ。
「ルカちゃんの細腕じゃあ、心配だなぁ」
「あ、ちょっとパーチェ!」
じゃあ、片方はオレね!というようにパーチェがもう片方を海の中にいるユエに差し出す。
「……ありがとう」
少しだけ気まずかったが、ユエが素直にそれを受け取り、地上にあがる。
びしょびしょになってしまったユエを見て、リベルタが赤面していた。
ノヴァがそれを見て“アホ”と呟いたことが発端で、2人はまたケンカを始める。
ダンテがそれを見送りながら、フェリチータの後を追ってくれた。
気を使ってくれたのだろう。
「……」
少し、残されたメンバーでいるのは違和感があった。
違和感が生まれてしまったことに、時間と記憶が関係していると思ったが、その思考は頭から被された上着のせいで停止される。
「!」
「風邪ひくゼ」
「デビト……」
「いつかの礼だ。着てろ」
それはいつのだろうか。
海底の洞窟で自分の上着を枕にしていたことだろうか。
「帰りましょう?ユエ」
歩き出したファミリーを追うため、ルカが告げる。
自分が帰る場所があそこになっていることを、誰もが認めているという風だった。
頷けはしなかったが、ユエは3人の背に続いた……。
◇◆◇◆◇
言われた通り、館に戻り、お風呂へ入った。
あの日。
ルペタとの戦いから1週間が過ぎていたことを知らされて、ユエはまた時間を無駄にしたと思った。
だが、もう時間を気にする必要もない。
目的は果たされたのだから。
自室に戻った時。
自分の部屋に誰かがいた形跡が見えた。
まぁ、1週間も眠っていたので、その間に誰かが出入りしているのは当り前である。
だけど、最後にそこにいたのが誰だかはわかる。
「まったく……」
濡れた髪を少しだけ整えて、戻ったばかりの自室を出るのだった。
◇◆◇◆◇
その部屋から見える空を、みあげて煙を吐き出す。
よく晴れた1日だと思いながら、ノックもなく開いた扉。
目を向けずとも、そこに誰がいるのかは……わかった。
「お目覚めか?眠り姫」
「人の部屋に灰を残して帰るな」
イラっとしている表情を剥き出しにして、“掃除しやがれ”と吐き捨てるユエ。
ジョーリィが笑った。
「生憎、忙しいものでな……どこかの誰かさんが、1週間も眠っていたせいで……」
「あたしが寝てたのと、アンタが仕事をさばくことは全く関係ないでしょ」
呆れて相談役執務室の上等なソファーに座ってやった。
窓辺にいたジョーリィがユエの言葉に煙を吐き、反論する。
「本当にそう思っているのか……?」
足音も立てず無言で近寄って来た相手に、ユエは頬杖をつき、そっぽを向く。
「ユエ」
ガッとその手を引っ張られ、目を合わせられる。
この男のこの行動の早さには、毎回驚かされるばかりだ。
「なに」
ふてくされたように言ってやれば、ジョーリィが顎に手をかける。
この行為は……今日二度目。
「私の目を見て……もう1度、言ってみろ」
「……」
気まずくなったのか。
ユエは溜息をついて、視線を逸らした。
「わかったよ、ごめんって」
「……」
「それより、忙しいなら仕事しなよ」
パシッと手を弾いたが、ジョーリィは動かなかった。
逆に更に強い力で拘束される。
「お前は……俺にケンカを売ったのだぞ」
「……」
「わかっているのか」
恐らく、指示しているのはアルカナ能力の代償のことだろう。
あの場に……ルカやフェリチータがいなければ、きっと自分は再び孤独と戦う事になる。
ジョーリィは、そのことを指しているのだ。
「ごめん……なさい」
表情は少しだけ、哀しみを見せて謝罪を述べた。
ジョーリィが片手をユエの頭に回し、ゆっくり…自身の胸へ手繰り寄せる。
「俺の作ったカクテルで、素直にその心の隅々まで本音を吐かせてやってもいいんだぞ……。反省しているのかどうか、見極めるために」
生憎、俺にはお嬢様のような能力はない。と続けた彼に、ユエはお手上げだった。
しばらく黙って、ジョーリィの腕の中にいると、彼が口を開いた…。
「お前の母親を……、愛していた」
「……知ってる」
「俺のもとを離れ、子供を置いてアイツは出ていった……。結果、それは正しい選択だ」
ジョーリィが葉巻を潰す。
「他の男の元で……幸せだったのだろうな……」
「……」
「関係を断ち切られてからは、連絡などするつもりもなかったが……一度だけ、手紙が届いた」
今思えば、それは不思議なことだ。
だが、彼女……ユエの母親が頼れるのは、ジョーリィだけだったのかもしれない。
「難病に掛かり、医者を探し求める旅に出ることになった、と。自分には、今の男との間に娘が生まれた」
「…」
「自分達に何かあったら、その娘―――ユエを頼むと」
「え……」
知らなかった。という顔。
ユエが顔をあげる。
「何故俺が。と思ったさ……。そしてそれが予告状……いや、遺書になるようにお前の親は死んだ」
抱きしめられる腕に力が籠る……。
「探しもしなかったがな、お前のことなど……」
ジョーリィの言葉に、ユエが笑う。
だろうね。と彼女が零した。
「じゃあ、なんであの日……市場から誘拐したの?」
「人聞きの悪い……」
4歳の時の話。
もう15年も前になる。
「お前を見つけた時……生き映しだと思った。お前の母親に」
「……」
「助けるつもりなどなかったんだがな……。どうにか流れてこうなっている」
自嘲するような笑みに、ユエが溜息をついた。
「あの“錬金ジジイ”でも、そんなことあるんだね」
「黙れ」
「まぁ、そうじゃなければあたしはいないけど」
今まで抱きしめられていただけだったが、ユエがジョーリィの上着を掴む。
「あたしはそんなのどうでもいい」
「……」
「あたしが母さんなわけじゃないし、ジョーリィの気持ちを理解することはできるけど、応えることはできない」
「だろうな」
「でも、1つ言えるのは」
額をコツン、とその体にぶつけてやった。
目を閉じて、幼い時、よくくっついて回っていた時の記憶を思い出す。
その感覚、匂いに涙が出そうになった……。
「あたしの育ての父親は……ジョーリィだよ」
血は繋がっていない。
彼の列記とした息子とは、半分同じ血が通っているのだけれど、自分の父親は別の人間だ。
だが、そうではなく……彼女を“人”として育て、想い、生かしたのは――彼だ。
「心配かけて、ごめん」
今度は素直に呟いた。
どこのことを、や、どの内容について。などは触れなかった。
全部に対して。
館を飛び出したこと。
タロッコと契約をしたこと。
今回、代償があるにも関わらず、能力を限界以上に解放したこと。
全部に対してだ。
「他にも言うことがあるだろう?」
そんなのどうでもいい。というように彼が一蹴にする。
少し考えてから、ユエが眉を下げて、笑った。
「ただいま」