26. To Paradise
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
レガーロには久々の静かな日々が戻ってきていた。
「ラ・ザーニア~♪」
いつものリストランテにはフェリチータをはじめとし、リベルタ、ノヴァ、ルカ、パーチェの5人の姿があった。
「いっただきまーす」
「パーチェ、本当にそれしか食べないよな」
リベルタがかさぶたになった瞼の傷に触りながら呟く。
それを見たルカが触らない方がいいです!と注意を促していた。
だが、その和みある空気の中で黙って俯いていたのがフェリチータだ。
「フェル?」
「あれ、お嬢食べないの?」
みんなでする食事のはずなのに、フェリチータは目の前のそれには手をつけることが出来なかった。
「え……?」
みんなが心配してこちらを見ている事に、フェリチータが顔をあげる。
取り繕ったように笑ったが、全員…気付いていた。
「ユエ、か」
「……」
ノヴァが静かに言えば、フェリチータは誤魔化しが利かず、頷いた。
「もうあれから1週間も経つのに……」
ルペタが消滅した。
組織を統括していたロベルトの手から、賢者の石がなくなりキマイラの生成はできなくなった。
無事、彼女は心の中の中心にあった親友を助けることが出来た。
だが……―――
「とんでもない時間を賢者の石に加算させ、ロベルトさん自身には何も外傷を負わせることなく救出したのです……。その力は大きなものですからね」
「でも……」
フェリチータの不安が消えないのは……彼女が、あれから目を覚まさないこと。
ユエはルペタの屋敷から戻ってくる途中で意識を手放した。
それから丸1週間、眠り続けている。
「ユエ……」
誰もが、彼女が目を覚ますことを願い…不安な日々を送っていた…。
26. To Paradise
「……」
それは、属する組織が違ったとしても同じこと。
アルカナファミリアによって保護されたセナは毎日、目を覚まさないユエの部屋で彼女の帰還を待っていた。
「ユエ……」
自分はその醜態と別れを告げ、本当の人間に戻った。
体はまだあの時のまま、男であるが、そんなこと今更どうでもよかった。
それよりも、失うことの怖さを知っている……。
そこへ、ノック音が響いた。
セナがその扉を開ければ、そこには……
「先生……」
「やあ。セナ」
12年前の―――いやそれ以上前に出会った、賢者の石の影響を何も受けていないロベルトの姿があった。
「ここにいるだろうとダンテさんに聞いてね」
「はい……」
「随分と、迷惑をかけてしまったね……」
「……」
ジョーリィの話によると――ロベルトとジョーリィは旧知の仲なので――今のロベルトは以前の温厚な彼だという。
恐らく最低でもこの12年間は、賢者の石に支配されていたのだろうと。
自我が石に支配され、復讐と力を貪欲に求める者に……。
セナも知らないことはたくさんあった。
どうしてアルカナファミリアを怨んでいたのか。
何故、キマイラを生成しようとしたのか。
「彼女は……」
「……」
ロベルトが視線で語る。
石がなくなった今、彼は失くした記憶が多いらしく、覚えていないことや曖昧なことがあるようだ。
それが石の影響か、はたまたユエのアルカナ能力の代償かはわからなかったけれど……。
「親友です……。アナタを助けた、張本人です」
「そうか……」
お礼を……と零したが、セナがそれを止める。
その眠りが通常のものでないことは、ロベルトもわかった。
「まだ……寝かせてあげてください」
「……あぁ、わかった」
その寝顔は、幼さが残るものの、女を魅せるものだった。
セナが憧れた、そのもの……―――。
「セナ。私はあまり記憶がないので、間違っていたら訂正してほしい」
「……」
「今でも……女性になりたいかね?」
ロベルトの問いの意味は解りかねたが、自分を見つめなおした。
習慣もあったが、今自分が着ている服も、髪留めも……女性物。
否めなかった。
「はい……」
「そうか……」
重々しく口を開いた。
ユエが聞いたら、なんて言うだろう。
12年前、あんなに大反対したのに……まだ言うか。と嘲笑うかもしれない。
今度こそ、友達でなくなるかもしれない。
「この海の向こうに、“楽園”と呼ばれる……島があるのを知っているか?」
「楽園?」
「どんな者も受け入れ、癒し、そして罰を受ける者はそれを全うするべき道を正す……いわばカウンセルのような島だ」
いつか、自分がユエに話した島の話しのようだった。
「私はそこへ行こうと思っている」
ロベルトの出航の話に、セナが戸惑う。
ロベルトに被験者にされ、力を得た。
憎むべきところもあるがそれ以上に、セナの心を理解し、この12年育ててもらった。
戦いが終わっても、この人についていこうと思っていた。
「明日……レガーロを発つ」
「明日……っ?」
「楽園への道のりは長い。私の心がまた“実験”などへ向く前に、踏み出そうと思ってな」
ロベルトは確かに記憶がない。
だからこそ、セナとユエがどんな関係で、何を築き上げてきたのかは知らないのだろう。
「セナ……私はお前を娘だと思っている」
「先生……」
「私と供に来ないか?」
パタン、と扉が閉じる。
セナはその部屋で、まさに葛藤のど真ん中にいた。
頷くことしか、できなかった。
夢にまで見た、新しい自分の新境地。
セナを知る者もいない。
女として生きていける世界。
憧れを抱きながら過ごしていた日々を、憧れではなく、現実にする……。
「最低だ……」
ぽつり。と、目の前で眠る少女に呟く。
自分のことしか考えられない、なんていう奴なんだと。
セナは自分のことを責めていた。
だが、力がなくなったからか、気持ちもどこか弱くなった気分だ。
断ることが、どうしても出来なかった。
「ユエ……」
明日などと言ったら、彼女に挨拶もできないではないか。
次はいつ帰れるかもわからないし、帰ってくるのかもわからない。
そしてなにより、彼女がここにいるのかも……。
セナを探す旅に出て、このアルカナファミリアを捨てた娘だ。
再び戻る。ということを、真面目なこの子が、自分自身を許すだろうか…。
「ごめん……」
その手を力なく握る…。
「ごめんね……ユエ……」
◇◆◇◆◇
また違う時間帯。
陽は暮れ、時刻は夜中という部類になるだろう。
時計の針が真上を指す時刻。
リストランテには姿を見せなかった、デビトがユエのもとにいた。
「……」
記憶は……ない。
だが、何週間か前に出会ってからの記憶はある。
自覚をしてしまえば、とても大切なものを失ったことがわかっていた。
「ユエ」
返事はない。
返ってくればいいのにと願いながら、その手に触れる。
キマイラと戦う前に、彼が眠っている間に同じことを彼女にされたのをデビトは知らない。
ルペタの屋敷を出る前に見えた、あの不思議な光景。
あれは……ユエの望みだろう。とダンテやジョーリィが言っていた。
その望みの中心に、自分だけではないが、自分達がいた。
供に歩き、供に笑う姿が……。
どれだけ、哀しんだのだろう。
どれだけ、孤独を感じたのだろうか。
逢いたいと思ってくれたのだろうか。
自分は記憶を失う前、彼女をどう見ていたのだろうか……。
金貨の部屋の前でパーチェが言い放った言葉。
それをもし聞いていたとしたら……
あの日、ユエを焦って追いかけたのは忘れてしまった特別な感情のせいだろうか。
「ん……?」
チェストの上に、不自然な写真立てがあることに気付いた。
近付いてそれを見つめる。
「!」
割れた写真立て。
その横に裏返しに置いてあった写真をめくれば、そこに写されたのは初めて目に見える……―――証拠。
「……っ」
胸が押しつぶされそうになった。
笑顔のパーチェ、ルカ。そしてデビト自身。
デビトの背にユエがおんぶのような状態で抱きつき、驚きと嫌な顔をしているが、照れてる自分がそこにいた。
ルカはそんなデビトとユエの後ろから寄り添い、片手はユエの頭を撫でていた。
パーチェは逆側からユエの上からデビトと合わせて抱きしめるようなポーズ…。
どれだけ自分達がお互いを大事にしていたのか、そして同じ時間を過ごしていたのか…。
ようやくわかった……。
「ハハ……、情けねェ……」