22. Lemonade
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紅色の光が一直線に伸びる。
それは、喪失へのカウントダウン。
「ルカ」
ジョーリィがらしくもなく、焦りを見せながらその名を呼んだ。
「なんですか……っ」
呼ばれた人物も、この状況に戸惑っている。
だが今は細かく説明している暇がなかった。
「アルカナ能力を我々がいる一帯に使え」
「え?」
「早くしろ」
「ジョーリィ……っ?」
フェリチータも疑問に思って、制止の声をあげた。
ジョーリィがサングラスの奥……スティグマータが映る瞳の中に哀しみを漂わせているのが見える…。
「ユエがこのまま能力を使い続ければ……」
ダンテも続けるように、ユエを見ながら呟いた…。
「私達は、ユエに関する記憶を失う」
「!?」
「ユエの契約した第12のカード、ラ・ペーソ……吊るし人の代償は“宿主に関する記憶を他者から奪う”だ」
「!」
「え……―――」
デビトとパーチェが動きを止めた。
自分たちの記憶の中に、ユエの面影がないのは……――。
「ルカ、もう1度ユエを忘れるつもりか?」
ジョーリィが嫌味のように囁けば、ルカが決意し帽子を取る。
舌を隠すためにそれを使い、呟いた。
「イルバッチョ・デェッラジェッロ……っ」
ルカが一帯に集まった全員に届くように、その力を発揮させた。
「ユエのアルカナ能力は、運命の輪に匹敵する力を持っている」
「その代償は大きい……。ユエは12年前、その力を使った。近くにいたルカ、デビト、パーチェがその代償としてユエに関する記憶を失った」
「今ここでやることと、同じ能力だろう」
実際は暴走したユエの力を、その目で見たものはいなかった。
暴走はしないだろうが、ユエのアルカナ能力がファミリーの前で使われるのは、初めてだ…。
「吊るし人……」
他者のために、身を捧げるカード……―――
22. Lemonade
――――………
―――……
――……
「僕が君を守るから」
15年前……。
4歳の時、あたしはレガーロにやってきた。
両親があたしをおいて死んだせいで、あたしは特殊な力を持て余しながら孤独に生きることになる。
レガーロの子供達に、その力故に化け物扱いされていた時……セナがあたしの前に現れた。
その差し出された手を、迷うことなく受け取った。
この男の子が、あたしを助けてくれる。
この痛み、苦痛、哀しみから解放される。
それだけで十分だった。
「きみ、家は?」
「……ない」
「え、ないの?どこから来たの?」
「……ノルド」
「へぇ」
セナに手を引かれながら、そんな話をしたのは今でも覚えている。
あたしより背が高かった君を見上げるだけのあたしに、セナが太陽のような笑顔を見せてくれた。
それだけで、いつも安心した。
「じゃあ、今日は僕の家においでよ」
「いいの?」
「うん。お風呂に入って、とりあえず綺麗になろう!」
きっかけは、正義感が強かった君と出会えたこと。
正義感だけじゃなくて、君は本当に強かった。
彼に助けられた子供は本当に多かったと思う。
近所では“ケンカ大将”と呼ばれる程だった。
それからあたしとセナは、毎日のように遊ぶようになる。
セナの家に寝泊まりして、また次の日も、また次の日も……。
そんな日が、永遠に続くと思っていた…。
だけど、それから1週間もたたないうちに変化はやって来たね…。
あたしとセナが買い物をおばさんに頼まれたので向かった市場は、休日だからか込み合っていた。
今日はいうなればレガーロ晴れ。
どの屋台も人で溢れかえっている…。
「すごい混んでるね」
「ユエ、迷子になるなよ?」
「はぁい」
その手を握って、込み合う市場を進む。
今日の目的地は魚屋さんでヒラメを買うことだった。
ヒラメがどんな魚かは知らなかったけれど、あたしより4つも年が上のセナはヒラメを知っているみたい。
ぐいぐいと引っ張る手について行くのが精いっぱいだった。
「ま、まってセナ……!」
「えっ?」
歩幅が違う彼に合わせるのが大変で、ついにはその手が解かれてしまった。
支えがなくなり前のめりになったあたしは、市場のコンクリートめがけて顔面から飛びこむことになる。
「わぁッ!」
痛い思いをするのだと思ったのだけれど、それはなかった。
「……っ」
誰かに支えられている。
だが、その手はセナの手ではなかった。
黒い、手袋をした、もっと大きな手……。
「オイ」
「!」
低い声に呼ばれ、顔を上げれば綺麗な黒髪に、サングラスの男が前にいた…。
―――それが、ジョーリィ。
この人に出会うことがなければ、今のあたしは生まれない。
コイツがいたから、あたしは強くなる手段を手に入れることができたんだ…。
「ケガはないか……?」
「は……はい……」
間近にあったその瞳の奥にエンブレムが浮き上がっているのは、最初の出会い……この場面で気付いていた。
そして彼も、あたしが誰の娘であるか……わかっていたようだ。
「……」
「?」
まるで長い時のように。
見つめられて、心の中まで見透かされそうな視線。
わかっていたけれど、この時……この年では“恥ずかしい”という気持ちはなくて、ただ首をかしげた。
「……母親の名前は、なんだ」
「? お母さんは、いないよ」
「…」
「お星さまになったの」
そこまで答えなくてよかった。
今ではそう思う。
だけど、この時のあたしは素直に答えたんだ。
確信を持ったように、ジョーリィの瞳の奥が揺れた。
「……そうか」
ぽん、と頭を撫でられて彼が放った言葉は意外なもの。
「俺と来い」
「え?」
「ユエ!!」
ジョーリィがあたしを抱え上げるのと同時に、セナがその姿を見つける。
あたしを抱えた人物を怪しいと思ったのだろう。
いやそりゃ、怪しいと思うはずだ。
セナが武道の構えを見せていた。
「なんだお前!」
「この娘の連れか?」
あたしに確認を取るように目を向けたジョーリィに、不安と困惑の表情で頷く。
すると彼は理解をし、鼻を鳴らしてセナに告げる。
「娘は預かる」
「え!?」
「心配するな……すぐに会えるさ」
「あ、ちょっと!!」
「せ……セナ……!」
半ば無理やりに――今で言うなら立派な誘拐だ――ジョーリィに連れてこられたのが、そう。
自警組織・アルカナファミリアだった。
「お、おにいさん……だれ……」
館に連れてこられ、庭に来た時点で、その細い腕から降ろされる。
警戒を見せるとジョーリィが葉巻を取りだしながら告げた。
「おにいさん、と呼ばれるような年ではない」
「じゃあ……おじさん……?」
「……ジョーリィと呼べ」
後に“錬金ジジイ”と呼ばれるなんて、この時は想像もしなかっただろう。
あたしも、もちろんジョーリィ自身も。
そうして連れてこられたアルカナファミリア。
パーパとマンマの所へまず連れて行かれ、マンマに抱きしめられたことも覚えている。
パーパに関しては、“娘と年が近い!遊び相手になってくれ!”と頼まれた。
当時のフェリチータはまだ1歳。
遊べるという年でもなかったので、近い未来の話にそれはなるはずだった…。
当時の自分には、どうしてジョーリィに連れてこられたのか。
何故、アルカナ自体を所有しない自分が迎え入れられたのか。
わからなかった。
「この部屋を使え」
「……」
大きな扉の目の前で、ジョーリィが立ち止まった。
セナと引き離されてから、ほんの何時間しか経っていないのに、もう何年か経過したような……めまぐるしい1日だった。
自分の目線より高い所にドアノブがある。
そのドアノブにも綺麗な装飾がしてあり、あたしは目を輝かせた。
開かれた扉。
「わあ……っ」
ふかふかのベッド。
見たこともないくらい大きな窓。
猫足のチェストに、どれだけ服を入れても一杯になることはないだろう、クローゼット…。
貴族になったような感覚。
思わず笑顔が零れた。
「好きに使え」
「いいの……っ?」
「あぁ」
ジョーリィが優しく、微かに微笑んだのがわかる。
いきなり現れた男が、大きな城のような家に連れてきてくれて、お姫様にしてくれた。
そんな認識しかなかったのだ。
「私は突き当たりの階段を下りた研究室にいる」
「けんきゅう……?」
「何あるのなら、来るといい」
おでこに軽くキスを落として、おにいさん……いや、ジョーリィおじさんは出ていった。
「……」
急に1人になったことで、市場で別れたセナのことを思いだした。
ここが家になったことも忘れて――まだこの時は家だという認識はなかった――あたしはセナの元に戻ろうと、その部屋を飛び出すことにした。
「セナ……っ」
帰ったら、このことを話そう。
そして今度はジョーリィおじさんに、セナも連れて来てもらおう。
ここでセナと暮らせたら、きっと幸せだ。
「………あれ?」
だが、この大きな館。
そしてなにより4歳の子供にとっては大きな廊下。
全てが同じ景色に見えて、道に見事に迷った。
「……ここ…、どこ……?」
誰もいない、広い廊下。
そして綺麗なつくりの館に、宿に置いて行かれた時のことを思い出す…。
レガーロへ連れてきてくれた男の人は、あたしを化け物扱いし、そして置いて去ってしまった。
誰だかもわからないような、認識の人だったけれど。
誰かに置いていかれる記憶……。
それはトラウマになりかけていた。
「セナ……っ」
怖い、どこにもいかないでほしい。
守ってほしい。
1人にしないで欲しい。
「う………うぅ……」
耐えられなくなり、溢れだした涙を拭いながら、1番近くにあった扉に手をかけた。
ガチャリ。
音をたてて、鍵のかかっていなかったその扉が開く。
「う…ぅ…っ」
その先は暗くて、何も見えない。
だが、次の瞬間……ぱちぱちと音を立てて、青い光と白い光が弾けるのが見えた…。