13. Disagio
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「んもぉー!!」
その日、館の厨房では食器の片付けに追われていた。
「パーチェの食べる量、日に日に増えてなぁい?」
「増えてるよねーっ」
メイドドリアーデが文句を言いながら、こびりついたラザニアのチーズをごしごしとはがしていく。
昨日行われたユエの回復パーティで食べたパーチェのラザニアの量はいつも以上にやばかった。
それはもう20人前とか、30人前とかではない。
50人前はいったのではないだろうか。
「イザベラまだ足が痛いのにぃー!」
サファイアの箱が盗まれた事件。
現在、鍵が手元にあることで、安心しろというジョーリィの言葉により隠密に捜索活動が続いている。
館に侵入してきた男により負傷を負わされたイザベラは、足を庇いながらせっせと働いていた。
「せめてイザベラが、いつもと同じように動けるようになるまで人手を増やしてもらえないかしら?」
メリエラが提案したそれに、ドナテラが“それだ!”と手をあげる。
「マンマに相談したら、なんとかしてくださるかも!」
間違っても、相談だからといってジョーリィの所になんて行くもんか!と笑った3人。
食器の山はまだ目線の高さまである。
「とりあえず、これを片づけましょ」
メリエラの意見に返事を返し、3人はまた山の様な食器に手をかけていった。
13. Disagio
天窓から、小鳥の声が聞こえる。
風は強くないようで、強風により天窓が閉まることはないだろう。
愛しのお嬢様・フェリチータは今日も剣の幹部として、巡回にいかれて1時間。
供に行動をするつもりではあったが、ルカは今日は館へ籠っていた。
研究室かと思いきや……
「やはりない……」
そうではなく、彼が普段寝泊まりしている自室だった。
この館に来てからずっと使っている部屋であり、彼の私物はここか、おおよそ研究室にある
「この……何かを忘れてしまっている感じは……」
―――なんなのだろう。
先日から、この違和感はあった。
だが、頭に靄がかかったような感覚であり、決定的な何を忘れているのかがわからない。
「ユエに何か、関係があるのでしょうが……」
その呼び起こされる違和感は、きまってユエを前にした時。
その横顔を見た時。
後ろ姿、紅色の瞳に射ぬかれている時。
甦るのは、小さき女の子に自分の名前を呼ばれている所。
そして…
「昨日は泣いていましたね……」
昨日…パーティの最中に思いだしたのは、女の子が涙しながら叫んでいる様子。
自分を必要以上に呼ぶ声は、聞いているこちらが切なくなるようなもので……。
気になり始めたら、どうにもならない。
泣いている女の子は“女の子”ということ以外…靄の関係で瞳の色や、髪の色、長さ、背丈。
全てがわからない。
だが、わかることもあるのでは。ということで、自室のアルバムの中から写真をめくり、その子を必死に探そうとしていた。
探してみた。全て見た。
だけれど、いない。
自分が幼い頃に関わった“少女”はフェリチータだけであると再認識された。
「一体……」
―――あの子は、誰なんだろう…。
◇◆◇◆◇
場所を変えて、レガーロ島の郊外。
緑豊かな森の中に、ひっそり館を抜け出したユエがいた。
さすがに、今回はとてもお世話になったので、黙っていなくなるつもりはない。
近いうちにお礼をして、本来の自分に戻ることを決めていた。
今日は一応、館に帰るつもりでいる。
風が吹き、夏が近いということを伝える生温かいものが吹き抜けた。
いつもこの時期になると、海へと連れて行ってくれた、母親のような存在がいた。
「カテリーナさん」
森に近いこの場に来たのは、目的があったから。
目の前の墓石には“カテリーナ”と確かに刻まれていた。
「懐かしい……」
【やったな!このやろっ…】
【やだ、頭からかけないでーっ!】
【デビト、ユエ相手に本気になったりしたら…】
【おもしろそー!オレもまぜてぇー!】
【ちょ、パーチェまで!着替えの服は持ってきてないんですよ!!】
【あらあら、みんな水遊びになっちゃって…】
よく遊び、よく食べ、よく寝る。
子供としては当り前のことだったのだろうけど、ただそれをするだけで褒めてくれた彼女。
もちろん、お尻を叩かれる程怒られたこともあった。
人としての感情豊かな部分は、カテリーナさんに教えてもらったと言っても過言ではない。
「みんな、元気だよ」
あんまり来れなくて、ごめんなさい。と続けた所で背後に人の気配。
目付きを変えて、身構える。
ここに来るのは、当の息子かその友人のみ。
ユエがここにいるのは不自然極まりない。
だが、隠れる場所もなく、振り返ると同時にその姿が目に入った。
「貴女は……」
相手もユエに気付き、その入り口でこちらを見て目を丸くしている。
「お久しぶりです」
幸い、そこに来たのは、“自分を知っている方”の義理の息子だった。
「アルベルトさん……」
「懐かしいですね……。貴女が彼女に会いに来てくれるのは」
その腕いっぱいに抱えられていた花を見て、さすが貴族だと思った。
ユエが持ってきた花も劣らないが、ボリュームで負けている。
「ご無沙汰してしまって……」
ユエが居心地悪そうにして、俯く。
アルベルトは眉をはちの字にして笑っていた。
「貴女も忙しいでしょう。仕方のないことだ」
「…」
「パーチェとは再会しましたか?」
「……はい」
「そうですか……大変でしたね」
それだけで、何も言わないということは、恐らくダンテあたりが交渉の際に何か話したのだろう。
ユエがここにいたこと、ここから“いなくなった”こと。
レガーロ島を離れたこと。
「この人も、きっと貴女に会えて嬉しいでしょう」
太陽の光で、キラキラと墓石が輝く。
自分の持ってきた花の隣に、アルベルトがその花を手向けた。
「……お体など、崩されていませんか?」
「え?」
「貴女が昔から無茶をするということは、パーチェから聞いています」
「…」
「どうかお気をつけて」
「……はい」
何か返せればよかったのだけれど、ユエは何も言えなくて、ただ同意をした空返事を返しただけになってしまった。
「じゃあ、あの、あたしはこれで……」
一礼して背を向けると、彼もまた一礼して見えなくなるまで、その背を見送ってくれていた…。