11. Per voi
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館に来てから、ユエは手厚く看病され続けた。
おかげで傷はよくなり、今では動いても痛みは感じない。
もうどこかへ出かけても――立ち去っても――いいと思われた頃合いだ。
「はぁ……」
ここに居る間、いろんな人間に世話になりすぎた。
特に、フェリチータには。
「なんでそんな心配されてるんだか……」
毎日、必ず朝と夜にユエが逃げ出していないか、そして傷の具合を確認しにくる彼女。
誰かに見張り係に任命されたのかと思えば、彼女に命令する人間はそうそういない。
フェリチータの意志であるのは、見えていた。
にしても、ユエはフェリチータのことをよく知らない。
ここまで気にかけられている意味もわからなかった。
―――ましてやユエは、フェリチータの能力を知らないので―――不思議でしょうがない。
伏せていた目をあげた時、正面のチェストに気になるものを見つけた。
本棚の中、本と本の間に隠されるように挟まれた写真立てだ。
今ユエがいる部屋は、表向き客間として長年管理されていたようだが、実は馴染みのある部屋だった。
昔、自分がここで過ごした最後の日に隠したもの。
本当は処分するのが一番だったのだが、それは出来なかった。
「……」
ベッドから立ち上がり、隠されていた写真立てに触れる。
埃を被った状態のそれは以前と変わることなく、とある4人の幸せな笑顔を写していた。
「わかってる……」
あの時代に戻ることなんて出来ない。
11. Per voi
「どうかな……?」
不安げな顔をしつつも、自分の意見を述べたフェリチータ。
そんなお嬢様を食堂で全員が一斉に見つめた。
視線の数々にフェリチータは顔を赤らめて、気恥ずかしさを乗り越える。
「いーじゃん!俺は賛成!」
「はいはい、オレもっ!」
フェリチータの述べた意見に、笑顔で賛成してくれたのは先日リストランテでも相談を聞いてくれたリベルタとパーチェ。
「回帰祝いってことでさっ!いーじゃん、やろうっ!」
「たっくさん、ラ・ザーニアを用意しないとね!」
「それ食うのはオメーだけだろーが」
デビトの突っ込みに首をかしげたパーチェ。
デビトとパーチェのやりとりが始まると同時に、ルカがフェリチータに微笑んだ。
「私も協力します。お嬢様らしいアイディアです」
「ルカ……」
にこりとした彼の奥で、ノヴァもめずらしく反対意見を飛ばさなかった。
1番に反対するのは、彼だと思っていたのだけれど。
「確かに、連続的に発生したスリなどを捕まえてもらった恩義はある」
「いいの?ノヴァ」
「確かにユエはファミリーの人間ではないが……」
“今回は特別だ”と最後に付け足してくれたのを聞き、フェリチータも思わず笑顔になった。
奥にいたダンテもリベルタと共に賑やかにダジャレを披露しており、否定的な空気は感じられない。
残るは、デビトだけ。
「デビトは?」
一応、彼の近くに行って気持ちを確認してみると、一瞬何か考え込んだような瞳を見せた。
だが、彼も
「あぁ。バンビーナの頼みなら…喜んでなァ」
と同意してくれた。
「んじゃ、全員一致の賛成で!そーとなれば、さっそく明日にでもやろう!」
リベルタがやる気満々でパーチェと肩組んで、どんなことをするか意見し合っている。
フェリチータは安心して、その胸をなでおろした。
「ユエ、せめて明日だけでも……楽しんでくれるといいな」
明日だけではない。
その次の日も、その次も…。
時間が経つにつれて、彼女の心が少しずつ晴れていけば……―――。
次の日。
ベッドの上で膝を抱え込み、そのまま窓の外を眺めていたユエ。
こんなにゆっくりしていると、いつもの日常が嘘のように穏やかだった。
自分の目的も忘れるくらい……―――。
「ルペタの奴との取引から、もう1週間か」
【2日後に……】
「……情けないな」
あの日、ロベルトと丘の上で交わした取引。
2日後にサファイアの鍵を持って彼の前に現れることがキマイラの情報を手に入れるための条件ではあったが、結果的にすっぽかしたことになっていた。
ルペタの首領として、ロベルトがユエに奇襲を仕掛けるかと思っていたが、一向に何も動きは感じられなかった。
いや、館にいることがバレていないだけで街では自分を探しまわる手駒が山ほどいる可能性もある。
これは、街へ出た時には気をつけなければ。
「そういえば、エルモは……」
大丈夫だったのだろうか。
ジョーリィが来たときに聞いておけばよかった。
館で目が覚めた日――つまりここに運び込まれた日――以来、ジョーリィは姿を見せない。
別に会いたいと思っているわけではないので支障はなかったが、エルモについては少し気になっていた。
再び、昨日と同じように例の写真立てに視線がいく。
あの写真立てが、また飾られることはないだろうに、目の前にあるといろいろと未練がましく考えてしまう。
「不自然……だもんね」
写真があることではない。
そこに映り込んだ風景が、今の現状からでは“不自然すぎる”のだ。
「考えすぎて動いてないのに疲れるな……」
その背をシーツに投げだした。
視界に一杯ひろがった天井。
そこから吊るされている月と星と、太陽のステンドグラスの飾り。
日光を浴びるとキラキラ光り出すそれが、窓から入る風でくるくる回り、光を落とす。
「平和すぎる……」
いや、今までが平和じゃない場所で生きているだけだ。
この焦燥感との戦いも、もう何年目だろう。
きちんと安らぎ、眠れ、胸を張って戻れる日は来るのだろうか。
――それは自分次第だとユエは思う。
「もう少しだけ……、」
休みたい。
ここで。
安らぎと、力を使わずとも、自分を守れるこの場所で。
◇◆◇◆◇
ガタン、と近くで音がした。
「ちょっとリベルタ……っ」
気が付いたら瞼が重たくなり、深く眠っていたようだ。
覚醒する意識の向こう側で、フェリチータとリベルタの声が聞こえた。
だが、足音が3つであることもわかっている。
もう1人は聖杯の幹部…――ユエは、ノヴァの名前をまだ知らない――だろうと思いながら、重たい瞼を開けた。
「リベルタ……」
「わ、わるいって!」
目を開けたユエを見て、ノヴァがリベルタを責めるように口を開いた。
リベルタが先日と同じように、視界に現れる。
「悪いユエ、起こしたか?」
無邪気な顔で、ユエの容態を確認するリベルタ。
その隣で仏頂面をしているノヴァ。
背後からコツンコツン、とヒールを鳴らして、笑顔のフェリチータも現れた。
「大丈夫?ユエ」
最近は寝起きに油断している自分がいるとユエは自覚した。
もしここが教会の真下で、同じ状況で3人が現れたら、間違いなく鎖で縛りあげている。
だが、そんな気配すらも感じ取れないくらい最近は深い眠りについていることが、認めたくない事実だった。
「そろいもそろってどうしたの……?」
起きあがって、目を擦るとフェリチータが顔を黙って覗きこんだ。
「…………。」
「……な、なに?」
ぐいっと翡翠の瞳に覗き込まれ、どこか気恥ずかしさを感じてしまう。
フェリチータの顔を押し返して視線をずらすと、お嬢様は笑いかけてくれた。
「うん、ちゃんと寝れたんだね」
「え?」
「前は顔色わるかったから」
出逢ったばかりの時は。と、言いたいらしく、ユエを更に平和ボケしていると自覚させることになった。
「……そうかな」
小さく呟き、居心地悪そうに視線を逸らしたユエにリベルタがにっと笑った。
「ユエ、起きて来いよ」
馴れ馴れしくリベルタに名前を呼ばれることにも、もう違和感がない。
逆に言えば、ユエの方はリベルタのことを……いや、フェリチータのこともよく知らないので、少し不思議な感覚であった。
起きて来いというのは、おそらく部屋を出て来いという意味だと思うが怪訝に言葉の真意を探る。
ユエの反応に、今度はノヴァが答えた。
「いくら休養をしていると言っても、1日何も食べていないのは身体に毒だ」
しっかりとした口調で言われれば、もう1日が終わりに近付いた時刻であることを空の色から判断できた。
綺麗な夕陽に染まる空を見て、ユエはしまった……と1日を無駄に過ごしたことを後悔する。
「ユエ。仕度して、食堂へ行こう?」
フェリチータにも促されれば、空腹感も言われれば感じてきた。
お腹も鳴りそうになったので、少々居心地が悪い。
背に腹は変えられないので頷けば、3人はこれほどにないくらい笑顔になった。
「……着替えるから廊下にいて」
ユエが身支度を始めるために告げれば、彼女たちは扉の向こう側へと消えていった。
言いつけを守って、3人はぎゃーぎゃー騒ぎながらそこに立っていたのだろう。
「……ほんと、変なかんじ」
そのつぶやきは誰にも届くことはなかった。