10. senso di nostalgia
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子供時代のあたしは、将来も当たり前のように、彼の背中を追っていくものだと思っていた。
そうすれば、正しい選択をし続けることができる、間違えることなんてないと、心から信じていた。
優しい笑顔、優しい声、優しい瞳。
強くて、誰よりも……――。
けれど、それは叶わなかった。
【ユエは……僕のことを……】
ちがう。
ちがうよ、そんなことない。
時を重ねた今でも、言い続ける。
【裏切り者】
違うの。
お願い、遠くへ行かないで…――。
【どうせ僕をキモチワルイって思ったんだろ】
そんな顔しないで。
お願い、話を聞いて……。
あたしを置いていかないで。
【助けて……ユエっ!!!】
セナ…―――。
10. senso di nostalgia
「お……気が付いたか?」
「……」
月の光が窓から差し込み、時刻を伝えている。
背には温かく、柔らかい布地の感触。
ぼんやりしながら、目に見える天井とそれを遮るように現れた金髪の少年の顔を、ユエは焦点が合わないまま見つめた。
「気付きましたか、ユエ」
「よかったな、意識が戻って!」
2人目の声に、そちらへ顔を向けることは出来なかった。
まだぼんやりしながら、自分になにが起きたのかを懸命に遡って考える。
ルカが反応がないユエを見て、リベルタと同じように視界に入ってきてくれた。
「まだどこか痛むか?」
「銃弾が体内に残らなかったといっても、あれだけの傷で痛くないわけありません」
「そりゃそうか」
リベルタとルカのやりとりを脳内の片隅で聞きながら、ようやく自分のことを思い出した。
洞窟で、銃弾を浴びた。
その状態で海底に落とされた。
そこで……―――
「(あぁ…力を……、)」
そこからは殆ど記憶がない。
デビトと少し話して、力の維持がもたなくて意識を失った。
気が付いたら、今に至る。
「ユエ、喉は渇いていませんか?今、水を……」
「デビト……」
「はい?」
「デビトは……」
一緒にいた彼が気になった。
ここがどこかは察しがつく。
この肌触りのいい布地は、アルカナファミリアの館であることをいやでも語っているのだ。
「デビトも大丈夫です」
「アイツはケガすらしてなかったぜ」
「そう……」
少しだけ安心できた。
再び目を閉じると、恐ろしいくらいの睡魔に襲われた。
このまま、寝れそうだ。
「ユエ、もう少し休め。お嬢やパーチェには、俺が伝えとくからよ!」
リベルタが太陽のような笑顔をくれた。
なぜこの場に接点が少ない彼がいてくれたのか……ということも気になったが、ここは感謝しておくだけにしよう。
頷いて、そのまま意識を睡魔に譲り渡した。
「ダンテが他国から輸入してくれた薬がよく効いてますね」
「ジョーリィのあやしげな薬もな!」
ユエの弾丸の傷には、ダンテが持ってきた薬と合わせて、ジョーリィが調合した痛み止めが投与されていた。
その強烈な睡魔は、ジョーリィの薬の副作用だろう。
「彼女は……」
ルカはその寝顔を見て、呟いた。
「ユエは、リベルタとそう年も変わらないでしょう」
「あぁ、そんな感じするよな」
口調や態度からは、リベルタより大人っぽさが滲み出ているが、その寝顔は“未成年”を感じさせる。
「お嬢様が海底の洞窟でもユエの心を見ています」
「……そっか」
「あの時……―――」
洞窟でデビトとユエを見つけた時。
ぐったりするユエの姿を見たフェリチータは――その隙だらけの心を見透かした。
「心の中は、混沌しかなかったそうです」
「……」
「あんな闇との隣り合わせ。そうそうないと」
その背に何を背負って、何を思って動いているのか。
フェリチータが間近に感じるそれは、他者が心配してほっとくことができない程のものだった……。
◇◆◇◆◇
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
次にユエが目を覚ました時、月の光に照らされていた部屋は、窓から朝陽を迎えこんでいた。
窓の方を見つめながら、だいぶ楽になった身体に溜息をつく。
かけられていた布団をどかし、手当てされた跡を見つめれば、そこでユエは正気に戻り、ハッと気づいた。
「!」
手当てされていたのは横腹と脚。
どちらも包帯が巻かれており、ユエが冷や汗を浮かべる。
体温が一気に下がった気がした。
自身の体について、ファミリーのものに見られてしまったのではないかという焦りからのものだ。
しかし。
「包帯を巻いたのは私だ」
「!」
唐突に声が聞こえ、そちらに顔を向けると、サングラスをかけていないジョーリィの姿が。
「ジョーリィ……」
「なんだ、年頃の娘が気にするようなことはした覚えはないが」
キッと反論のように睨みを利かせると、くっくっく……とジョーリィは笑みを浮かべた。
「そんな顔が出来るなら、元気はあるようだな」
「……」
「心配するな……。ダンテ以外には見られてはいない…」
一見、下ネタを含むような艶めかしい意味にも取れるが、ユエはそれが何を指しているのかがわかっていたようで顔を赤らめることも、反論も飛ばさなかった。
「一応……ありがとう」
足音も立てずに近付いてきたジョーリィが目の前に紙袋をしなやかな動きで差し出した。
「食べるといい」
「……なに?」
紙袋を受け取ろうと身体をねじった時だ。横腹に激痛が走る。
「っ!!!」
「痛み止めが切れる頃合いだな」
なんとか痛みを抑え込んで、受け取った紙袋の中を見る。
中には重層に守られた、ドルチェがちょこんと居座っていた。
「新作だ」
「作ったの?」
「違う。港の市場の通りの店ものさ」
こんな朝から?と思いながら、バラをモチーフに作られている芸術作品についつい見惚れてしまう。
昔から、ジョーリィは甘いものを主食にするような生活をしているのを、ユエは知っていた。
理由として挙げられた、糖分のことは納得ができるが、主食はどうかと思う。
――そう。ユエは、ジョーリィのことをよく知っていた。
「半分食べる?」
未だに手つかずの、食べれるバラを手に持ちながらユエがジョーリィを見上げる。
彼は鼻にかけて笑うと、葉巻を口にした。
「こんな朝から食えるものか」
「それをあたしに差し出すの……?」
嫌味で言ったつもりだったが、その優しさが沁みるようで、それ以上は言えなかった。
与えられたフォークで、花びらを1枚1枚はがすように、丁寧に口にしてみる。
優しい甘みが口の中に広がっていく……。
「……それで?今日の尋問は何から?」
ユエが沈黙を守るジョーリィに、口を切った。
彼は葉巻を咥えたまま視線すら合わせようとしない。
不思議に思ったユエがジョーリィの顔を覗きこむ。
ぱちり。とその視線同士が絡むと、ユエの瞳にはジョーリィの右目……スティグマータが映り込んだ。
「なんだ」
「…」
「ただ心配でここにいるというのは理由にはならないのか?」
「……」
少しだけ間を置いてから、ユエは“あっそ”と呟いた。
ジョーリィはそれからまた口を閉じる。
これでは、無言の問いを続けられているようで気分が悪かった。
まるでユエが様々な経緯について話すのを待っているようで。
「聞きたいなら素直に聞けば」
「そうか」
やはり無言の尋問だったようで、ユエが言葉を切り出せば息を吸い、吐くように返事を返してきた。
「お前には山ほど聞きたいことがある」